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かく有れかしと祈む  作者: 湖守 汀琴
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【七】男の正体






「いや、悪気はこれっぽっちもなかったよ。ひとえにノック様を心配している一市民の善意、だね」



騎士団、しかも王宮隊の騎士に問答無用で襲いかかってきた男は、警備師団に連行した後、事情を聞くため聴取用の小部屋へと入れられている。

本当に悪気はなかったのかもしれないが、やり方が褒められたものではないこと、ノック様への安全のためしばらく団内で待機してもらうことを伝えるが、



「それは困るなー、一応これでも忙しくて指名依頼が入ったりすることもあるんですよ。ノック様の安全のためと言われるとそりゃそうだろうなとは思うんだけど、そこをなんとか、もう一切近づいたりしないから、契約してもいいよ。ただ“しばらく”っていうのを明日、いや二日、…三日!三日でどうにかならない?」



決めるのは上官であるため事情を聞いている騎士に明言はできないのだが、三日で済ませて欲しい訳をつらつらと並べ上げて懇願している。

取り調べを引き受けてくれた騎士は若干うんざりしている雰囲気があるが、扉の横にある窓からでは騎士の背中しか見えないため、どんな表情かは想像でしかない。


自分たちもそれぞれに説明をし、少しの待ち時間の後、警備師団長の面会があった。

あの男、冒険者組合に所属する冒険者の一人だったらしく、調べたところトップクラスの高ランク冒険者だった。

チームは組んでおらず依頼によってその場限りのチームを組む、流浪冒険者と言われる種類らしいのだが、単独任務も多くこなす冒険者は得てしてランクもそこまで高くない。


頂上(オリ)ランクの依頼はチームで当たらなければ難しく、単独では受けられない。

しかし高ランク冒険者にまでなったチームはそれぞれの能力は高いし、チームとして活動してきた期間も長く、実績もあるので、実力があったとしてもチームの和や連携を乱されるのを厭い外部の人間を入れないのだ。


故に、一定のチームに留まらない流浪冒険者は高ランク、つまり頂上(オリ)ランクまでは届かないはず。


しかしあの男、どういう訳か流浪冒険者であるはずなのに高ランクに辿り着いているのだ。

それは即ち、和や連携を乱す可能性よりもこの男をチームに入れた方がいいと判断される能力、実力があるという事だ。


さらにランクを維持するために高ランク冒険者は一定期間高ランク依頼をこなしていないとランクが下がるというシステムがある。事情があり依頼を受けられない場合は申請をすれば最大一年間猶予があるが、この男の経歴を調べたところ六年間にわたりランクを維持し続けている。

つまり、一時的な高ランク取得ではなく、あの若さで流浪冒険者のまま維持し続けられる優秀な人族であるという事だ。


そうなれば、この男、ユライ・ハルバーマの名前はかなり売れているはずだ。冒険者組合からも突き上げが来る可能性もあり、どうするべきか、この話でかなりの時間がかかった。



「これ、ずっと喋ってたのかな。あいつ」

「アレクの様子を見る限りそうだと思います」



アレクという名の後輩騎士の様子を見て同じ警備師団のジェナが言う。

人当たりが良く、いい印象を持たれやすい。

《聞き上手》の能力を持ち、辛抱強く、人の話の中から有益な話を拾い上げるのが得意だと言うアレクは、ユライの冒険者としての立場を踏まえた上で、丁寧に対応できるだろうと向かわされたのだが、そんな彼がゲンナリとするほど、ユライとの会話は大変だったようだ。


顔は見えないが、肩が心なし下がっているというのはアレクの入団の頃から親しいジェナの談だ。



「まさかまだ終わってなかったとはな。大丈夫か、これ。隊長と話してから決めるのに、この分だと話し合いが終わる前にアレクの精神に限界が来ないか心配なんだが」



警備師団長と話した結果、ノクトグアルに関わる事だから隊長の指示を仰いだ方がいいということで、連絡待ちで今は一時解散になっているのだ。

この後、隊長からの返事を受けて最終決定を下すのだが、アレクは大丈夫なのだろうか。



「私達が代われるわけではありませんし、おそらく処遇の決定をしないとアレクは解放されないかと思います。彼を自由にするためにもマッツ隊長との話し合いをできうる限り早く終わらせなければいけませんね」

「ハルバーマがアレクを人質に取ってるみたいな言い方だけど、ただ単に話が終わらな…いやもう、人質かもしれないな、流石にあの後ろ姿は初対面の俺でもかなりへばってると分かるぞ」



とうとう頭を下に向けたアレクはおそらく笑顔も消えているのはないだろうか。こちらからは顔は見えないのだが…そして相手があのような体勢なのに気にすることなく話し続けるハルバーマを見て、わざとだと判断したマティアスは、アレクを救出するため隊長との話し合いを早急に終わらせることを胸に誓うのだった。








「遅い」


再度、師団長室へと伝言を受けた二人は、“隊長への報告待ち”だという事もあり近くで待機していたため、そんなに時間もかからず師団長室の扉を叩いたのだが、開口一番に発せられた言葉は、マッツからの叱責だった。



「申し訳ありません」



まさか遠映板で会話することになるとは考ていなかった。

しまったとマティアスは内心焦る。隊長の元に使者が伝言を持っていき、返事も使者を通してもらうのだと思っていた。遠くの都市や街、国外などへ伝言紙よりも早く連絡を取らなければいけない場合や、『顔を見て話さなければならない時』に使用する遠映板は魔力をかなり食う魔術具で、そんな代物をわざわざ王都内で使うとは考えず、隊長本人と“目を見て”話すとは予想していなかった。


(これはまずい)


すぐ近くで待機していたとはいえ、休憩場所でカフヴィを飲みながらだ。伝言を受けた後もゆっくり歩いて移動していたし、いつもの隊長であれば無言でこちらの表情や態度、雰囲気を読み取る目を向けていたところだ。警備師団内だという事で言葉に出すという配慮をしてくれたのだろう。


さすがにあの隊長の目線を受けたらジェナは恐ろしさで腰が抜けていたのではないだろうか。

それよりも恐ろしいのは遠映板を使用した意味だ。

隣を見るとジェナはぽかんと口を開けている。


そういう反応になるのは仕方がない。遅いと叱責を受けた事も王都内で遠映板を使っている事も、マッツ班で隊長とともに仕事をこなしていなければマティアスだって同じ顔をしていただろう。

しかし、隊長はこれが一番いいと判断したのだ。


何を言われるのかと遠映板に映る隊長にハルバーマの対応を問うと、隊長のやり方に慣れているマティアスも思わず固まった。




「ユライ・ハルバーマをノクトグアルに入れ、ともに旅をしろ」



予想していなかった言葉に二人とも呆気にとられてしまう。

二の句を継げないまま視線だけが彷徨うが、マッツは気にすることもなく「以上だ」と言うと通信を切れと手を顔の下で振ろうとする。



「ちょ、ちょっと待ってください」



マッツは手を途中で止め、発言をしたジェナへ目線を向けると、『なんだ』と一言だけ返答をした。



「理由がわかりません。なぜノクトグアルに冒険者をいれなければならないのでしょうか?私たちははハルバーマから攻撃を受けました。ノック様のためという発言も彼の口からでまかせで他の理由がある可能性もあります。彼は名の知れた優秀な冒険者であるかもしれませんが、その理由が、彼が安全な人族である証明にはなりません。事実。王宮騎士隊である我々に攻撃をしかけました」



マッツの指示に慣れていないジェナは泡を食ったのだろうが、彼女の問いは全く的外れなわけではない。しかし、それらの事にマッツが思い至らないはずはないという事は頭から飛んで行っているのかもしれないとマティアスは興味深げにジェナを見遣る。


(いや、もしかしたら、それも踏まえて詳しい説明のない隊長と指示に異議を唱えない隊長の部下である俺への意思表示なのかもしれない)


マッツに問いかけるジェナを横目にこれらの問いを自分が答えるべきなのか、それとも隊長に対して求めている事を隊長がどういう対応をするか読み切れていないままで己が口を出してもいいものか、そもそも、マティアスの説明でジェナが納得できるのかが分からない。


(隊長が言うから納得できるということもあるだろうし、判断材料が少ないな)


マッツの手を煩わせてしまうのも、ノクトグアル内の空気を悪くするのも望んでいない。ジェナとマッツの様子をつぶさに観察しながらどうするべきかマティアスは考える。



「そもそも冒険者組合は政治に不介入が原則です。災害などで協力体制をとることはありますが、国の事には口出ししない。それが決まりです。ノクトグアルに入れるという事が冒険者組合に所属するものとして違反するのではないでしょうか?」

「いくつ必要だ?」

「…え?」


隊長の言葉に、ジェナが戸惑う。



「理由だ。いくつ必要だ?」



見開くまではないが、隊長が人を観察する際、少しだけだがいつもより大きく目を開く。

周囲の白の面積が増えると目を惹く青い瞳がより強調され、体重移動をこまめにしながら、目の前の人物がどういう状態か、何を考えているのか、全て読み取るかのようにジッと観察されるのはヒヤリと冷たいものが流れる。


圧をかけられているのかといえばそうではない。だが受け手にとってはそれに近しいものはあると思う。実際にマッツから本当の圧を加えられた経験があるマティアスは、はっきりと違うものだと断言できるが、目を逸らすことはできないし、緊張もするし、背筋は冷たくなる。



(角うさぎの気分だよな、分かるよ)


隊長の目線を浴びているジェナは微動だにせず、見開き気味の目だけは左右に大きく揺れている。


「ハルバーマが優秀な冒険者であるということ。ノック様のためという発言の裏が取れた事。お前達への攻撃は俺の名前で無かった事とした。あと、お前は冒険者組合がどうして創られたか知らないのか?」



マッツは目をそらすことのないまま端的に答えていくが、肝心のジェナの頭にきちんと届いているのか分からない。こういう時はどうするべきなのか、班の先輩騎士達はどうやっていたのか、真剣に思い出そうとするがジョルジャーノが茶化したり喋り倒している事が最初に頭に浮かび、マティアスはため息をつきたくなった。


ジョルジャーノとは班の中でも古株の一人でマッツが一番信頼している部下でもあるが、少々お調子者なところがあり班内で最もマッツの圧を受けている騎士だ。

実際、ジョルジャーノの存在はこういった状況の時に流れを変えてくれているが、問答無用でマッツの睨みが向かう。それを何度も繰り返し受けることのできるジョルジャーノの事はマティアスも尊敬しているが、自分が同じ立場にはなりたくはないとジョルジャーノの名前を選択肢から外した。


(隊長も俺がその位置になる事は期待はしていないだろうし)


「明日までに調べろ」という言葉をジェナに投げかけると、ふいにマティアスへと視線を投げてきた。瞬間に首を少し振り合図を出すと、ジェナへと視線を戻す。



「質問には答えたが、まだ理由が必要か?」



えっ、いやっ、などと言葉にならない音を口から出すジェナに、わかり易く溜息をつくと、少し顎を逸らすように顔の向きを変え、自分の意思ではないとでも言うように肩を竦めた。



「ノック様に確認したところ、ハルバーマの同行にご了承いただいた。文句があるなら明後日ノック様に対面した時に直接文句を言え」



手を顔の下で降り遠映板に映っていたマッツは消えた。












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