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かく有れかしと祈む  作者: 湖守 汀琴
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【四】熱狂的ボトルタイプ愛好者




神殿に向かいライア様への謁見申請を行うと、なんと本日中にお会いしてくださる事になった。普通はあり得ない事なので、やはりノクトグアルというのは責任重大だと身が引き締まる思いがする。


ただ、現在は公務の最中で、謁見できるのは数時間後になるという。


四番鐘の後に来てほしいと言われた二人は、その待ち時間は旅に必要なものなどの話し合いをしようと、取れず仕舞いだった昼食も兼ねて神殿の横にあるダイナーへ向かった。


このダイナーは神殿が経営しているお店で、スパイスの効いたコルヴァを目当てにやってくる人がいる人気店であり、神殿の維持のための大切な収入源の一つでもある。

神殿内の畑で採れた新鮮な野菜のサラダや酢漬け、肉団子や海で採れた新鮮な魚、独自配合したカフヴィも有名で、神殿への寄付としてチップを払わなければいけないが、それを含めても安くて美味しい、王都民が集まる憩いの場だ。


ノクトグアルはノック様と共に各地を巡らなければならず、相談して決めることは山のようにある。この時間帯は混んでなくゆっくりと話せると、上向き牙のまんまる豚プレートと肉団子を頼み席に着いた。


食事を終わらせ、カフヴィの香りを楽しみながら移動手段をどうするかについて話していたのだが、なにがどうなってこうなったのか、気がつけば興奮したジェナがボトルタイプの説明を胡乱な目をしたマティアスに気づくことのないまま(つぶて)の様に投げつけていた。




ジェナ曰く、魔力を通す事によって首回りの無防備な部分の魔防を上げる役割と魔力の量によって銅ぐらいまで硬度をあげられるというのが今までのボトルタイプの長所であったそうだ。


ただ、硬度を上げた際に肌に触れる部分にも影響があり、当たると痛く、動きを遮られ、上げられる魔防の上昇率は低く、その割に使用する魔力の量は多く、硬度を変えるまでに数分かかり、咄嗟の時に瞬時に変換出来ないという多くの短所があった。


そのため、ボトルタイプは制服の主流ではなくなり、デザインが好きだとか、防寒や防御を重視する人間だけが着るようなあまり見ないものとなっていた。



しかしボトルタイプを愛用する人間というのは少数だがいて、その中でも研究者の一人に異様なまでのボトルタイプ制服愛好者いるそうだ。



ボトルタイプの認知度、着用度向上の為に研究に研究を重ね、ついに二、三十秒ほどで鉄と同程度まで硬度を上げられるように改良できたそうだ。

範囲を首の前面部に限った事で効率化と性能の向上が叶ったのだという。

裏地には硬度化に影響を及ぼさない布を使用し、肌に触れる部分に不快さを感じさせず、動きを出来うる限り遮らないようにした。

弱点ともなりうる場所を部分的にとはいえカバーできるという選択肢が増えた事にボトルタイプの向上を願っていたその研究者は、これで着用者が増えるだろうと思っていたのだが、現実は違った。


ボトルタイプで使用する魔力量よりも、圧倒的に少量の魔力量で威力を上げ、さらに付与魔法や魔術方円がなくとも属性を纏わせることもできる剣が開発されてしまったのだ。



王国人は武器で戦うよりも魔法を使用する民族であったため、杖が基本装備になる。

魔力によって武器を変化させる技を持つ王国人は、杖に仕込む武器として刃を装着したり、変化後の武器に刃を付ける為、剣のみの使用はされてこなかった。

そのため王国内では剣の製造というよりは、部品の製造に近く、剣といえば国外のものしかなかった。



しかし、纏剣と命名された剣は魔石の魔力を剣自体に纏わせることに成功し、魔石の数や大きさによってこまめに魔力を込めなければならないが、剣の耐久性と威力の向上に、魔法自体との連携や、付与魔術との相性も良く、付与魔術や魔術方円単体と比べると威力は大幅に劣るものの、魔石による威力増幅よりも纏剣を使った方が魔法の威力は強くなったため、利便性と手軽さがある画期的な発明であり、魔獣狩りにおいて大きく有利になるその剣は、騎士団を始め民間団体でも取り入れられ、他国からの買い付けの列も収まらない、常に品薄の爆発的人気商品となった。



それに引き換えボトルタイプは王宮隊のみが着用する制服である。いずれ性能は民間団体の人間が着る防具にも転用されていくだろうが、着用者自体が少なかったボトルタイプの進化は、纏剣の革命の陰に隠れ、認知されなかった。



しかし、それで諦める熱狂的ボトルタイプ愛好者…もとい研究者ではない。



魔力伝率と伝達方法、仕組みを根本から考え直し、全く新しい布を作り上げたのだ。

防御力は維持しながら柔軟性も維持され、軽く触り心地のいい不思議な布なのだそうで、ボトルタイプ用に作られただけあり、魔力を通す事で硬度が増すような仕組みを最初から織り込んであるそうだ。その布を使用する事で範囲を胸の辺りまで広げでも動きを阻害せず、魔力の消費率もぐんと下がるそうだ。



「初級魔法の半分以下の魔力で発動、維持できるんです!」



というのは着用しているジェナの体感だ。

実際、使用実験での数値も、概ね一般的に使用される初級魔法の魔力の半分以下で発動、維持できているし、被験者のレポートでも驚きとともにボトルタイプへの認識が変わったという意見がたくさんあったようで、


「仲間が増えたんですよ」


と喜びに溢れた笑顔で幸せそうに話していることから、熱狂的ボトルタイプ愛好者が増えたのだと思う。


さらには咄嗟の攻撃に対応できるように、硬度を増す仕組みを布自体に組み込んだ事で、材質の変化と硬度を高める二段階変化ではなく、材質を変化させるだけで良いため、魔力伝達の速さと防御を高める事の両立を目指せた。

その結果、刺創に強い新素材の開発に成功してしまったそうだ。



その研究者の熱意とボトルタイプへの愛情が乗り移ったかのように熱弁を振るっているジェナの話をぐったりしながら聞いていたマティアスはハッと気づいた。



「ちょっと待って、それって王宮隊に試作販売される事になったウェスト用肌付と関係ある?」



ノクトグアル任命の前、食堂での光景を思い出して切ない思いをすると同時に、着用している下着の性能を思い浮かべていた。

着ている実感が少ない、そう、《軽さ滑らかさと素肌と一体化しているかのような違和感の無さ》が売りの刺創に強いものだった。

全く興味のなかったボトルタイプ制服の話に食いついてきたマティアスに、嬉々としたジェナが更に興奮した面持ちで前のめりになり話を続ける。



「ありますよ!このボトルタイプの研究の論文を読んで衝撃を受けた研究者達の一人で、軽さと防御力の維持、更に動きを阻害しない柔軟性を兼ね備えた新しい布に更なる発展をと、制服ではなく下着にも応用できないかと研究をしているそうです。実は私、ボトルタイプ愛用者として使用感の差を知りたいと協力を依頼されて装備しているんですけど、今のところこの制服の足元にも及ばないんですよね。」



衝撃的な言葉に口と目が開いたまま静止するマティアスに気づかず、自分の制服の首辺りと腰辺りに触れ、質感を確かめたあとジェナは不満げに口を尖らせる。



「違和感が大きいんですよね。ボトルタイプの様に硬度を上げる必要がありませんからその仕組みの代わりに新素材を入れ込んで織ったそうです。防御力が高く、刺創に強い物を重ねて着用できて動きを阻害しないのなら、これほど素晴らしいものはありませんから。でも、それが着心地の良さに影響があるみたいで。この制服を見て苦しそうだとマティアスは言いましたけど、肌に触れているのは確かなのに、首回りの着用感は無いに等しいんです。硬度化した時は多少着用感が増えますけど、体に合わせて柔らかくなりますので当たって痛いという事もありませんし」



硬化しているのに柔らかくなる?

真逆の性能に首をかしげる。そういった現象を想像できないのはマティアスだけではないのだが、当然の知識として話すジェナ以外この場にいないため、解らないと口にすることに少し気恥ずかしさを感じてしまい、言い出せないまま話は進んでいった。


もちろん、詳しく聞くということは、より爛々とした目になるジェナの嬉々とした熱く長い話に、”熱狂的ボトルタイプ愛好者の筆頭“とマティアスが勝手に判断した研究者の、論文の朗読まで始まっていたかもしれないと危惧できるから正解ではあったが。



四番鐘が鳴った後のダイナーは、仕事終わりに一杯のカフヴィを飲みに来た客や夜間勤務に向かう前に夕食をとりに来た人で混んできた。


ボトルタイプについてまだまだ語り終わらないジェナに、ライア様との謁見の時間だと伝え、正気に戻ってもらうと、長々と居座った詫びにミュゲの丸石を一つテーブルに置くと、神殿へと向かった。






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