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かく有れかしと祈む  作者: 湖守 汀琴
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【三】ノクトグアルの証





「宜しいでしょうか」



話し合いが終わりラヘネンへ声をかけようと会議室正面の扉へ移動すると、見計らっていたのか入室の合図と声がかけられる。


扉を叩いた後ではなく同時に声が聞こえるというのは、己の主人であるマッツの部下に対してでも侍従として褒められた行動ではないのだが、元近衛兵という特殊な経歴を持つラヘネンは心酔するマッツ以外には形ばかりの礼儀であることが多く、以前、バルイジャ師団長の部屋に扉を叩きながら声をかけて同時に入室するという姿を目撃したマティアスは、隊長の部下だからむしろ気を遣われているのかもしれないと思い至ったが、ジェナは意味が分からずにラヘネンとマティアスを交互に見ることしか出来ない。



「マッツ様の侍従、ラヘネンと申します」



ベストからシャツ、ボトルネックまでの白色以外は全て黒でまとめた王宮守護隊の侍従服に濃く深い赤色の蝶ネクタイが、にこりと微笑み挨拶をするラヘネンを印象的に映す。


納得がいったという表情するジェナを見る限り、警備師団にもマッツとラヘネンの噂の数々は届いているのだろう。もしかしたらマティアスの侍従かと勘違いしていたのかもしれないが、その勘違いを口に出されていたら今後ラヘネンにとんでもない扱いをされただろうと想像できたのでマティアスもほっと息をついた。



ラヘネンは扉の前で重ねた手の甲を胸と平行になる様に移動させると深く頭を下げる敬仰の礼をすると、どこからか現れた銀色のグリップに黒いシャフトの杖を手に移動し、二人を会議室の中央へと促す。

マティアスとジェナは事の詳細が分からず、戸惑いに顔を見合わせたが、問う前に移動してしまった方が無難だと判断し素直に部屋の中央へと向かった。


ラヘネンは両手を合わせると次の瞬間には右手に二枚のカード、左手に青色の極々小さな宝石のついた指輪を出した。さっとカードを胸ポケットにしまうと、左手は見えやすいように二人の目線の位置の真ん中辺りに移動させた。



「今代ロライ・トフゥムシュ様から授かりし指輪でございます。トフゥムシュ様の魔力にて練り上げ作られた魔術具でございます。各地に赴く際にこの指輪がノック守護隊(ノクトグアル)である事の証明になりますので、紛失または指や腕を落とさぬようお気をつけください。サイズはマティアス様に合わせてございます。」



指をお出しくださいませ。

そう言われたが、理解が追いつかず固まってしまった。

なにかとんでもない事を淡々と言われたような気がするのだが。指や腕を落とすとはどういう事なのか。

爽やかにも見える笑みを浮かべたマッツ隊長が容赦なく剣を振り下ろす姿を思い浮かべ、ヒッと言う声とともにどっと汗が浮かんだ。



「私は何も察していませんし、伝えることもしません。ご安心ください。ただそのぐらいの恐怖心でもって指輪を死守した方が良いかと思われます。」



にこりと微笑みそう言うと、ラヘネンはマティアスの左手の中指に指輪をはめるよう言うと、更に指輪よりも一回り大きく幅広の細かな細工の入れられた金の輪を、指輪を隠すようにはめさせ、小瓶に入れられた少量の赤い水滴を魔法で一つ浮かせ取り出し金の輪の上にポタリと落とした。


すると金の輪に彫られた模様を通って全面に赤い線が引かれると、陽の光を直接見たかのような強烈な光が辺りを覆った。人差し指にぷすりと何かが刺さるような感触があったが、咄嗟の事で目を閉じるのが遅れたマティアスは、光が消えた後も瞼の裏に焼き付いた光が取れずに情けない声を出すだけで、何もかもの確認ができずにただ目をつぶっていた。

そんなマティアスの状態を加味することなくラヘネンは説明を続ける。



「今の金の輪は契約者を決め、その者だけが所持、使用できるようにする為の魔術方円でございます。万が一紛失した際に契約者、つまりマティアス様の元に戻ってくるようにしております。また、万が一の時も生きている事、そして一定の活動が見られる場合はマティアス様の元に戻ってまいります。また、本当に万が一の時は王宮へと自動転送されるように設定されております。悪党の手には渡りませんのでご安心ください。」



万が一、万が一と言っているが、直接的な言葉を言わないだけで容赦のない指輪の守りと、一騎士である己の命との差に、眩い光のせいだけじゃなく目が霞んでいるような気がする。



「緊急時の対応としましては、ジェナ様が仮契約できるように設定しておりますので指輪に血を一滴垂らした後、名前と仮契約の旨を言葉にして指輪を握りこんでください。そうすれば指輪は外れジェナ様の指にはまり、短期間に限り使用できるようになります。マティアス様からジェナ様へ契約者の変更をしたい場合は、王都、ラウマッジャ、オファヴァリウのどこかで騎士団へ連絡を入れてください。」



何重にも張られた予防策に非常に重要な魔術具だと言うことは理解できたが、自分にも優しさを分けて欲しいと思ったマティアスの気持ちも理解してあげてほしい。



「金の輪は見えないのか。…あるにはあるのでしょう?」

「はい、むしろ他の方々には飾り気のない古びた指輪に見えるようになっております。男性であり騎士でありますマティアス様の違和感が少ないように宝石自体は小さくしておりますが、宝石は宝石でありますし、周囲の模様を見ると大層手の込んだ逸品だと判断され盗難の危険も高まります。事実、大層手の込んだ高価な一品で御座いますので。」



偽装や契約、それに“手元に戻ってくる”という技術に、更に万が一の時の予防策、どれもできなくはないが、すぐに、気軽に、簡単に、できるものではない。予算もかなり割いているはずだ。今代ロライが作りし指輪であるという事も、ノクトグアルの証であるという事も、重要ではあるがここまでするほどかと問われれば頷くのを躊躇(ためら)ってしまうのだ。


もしかして他にも何か意味があるのではとマティアスは疑問を口にすると、ラヘネンはにこりと笑みを浮かべ恭しく敬仰の礼をとった。


マッツの侍従であり家令であり側近の筆頭、第一側近のラヘネンは、マッツに心酔し、近衛隊副隊長という役職を捨て、マッツの侍従兼側近になるべく突き進んだマッツ命の男である。

そんなラヘネンがこの礼を人にするのは基本的にマッツのみだ。警備師団長や近衛隊の隊長にも普通の礼さえしない事があるというラヘネンの行動に怪訝になり身構えた。

視界の隅に映ったジェナもラヘネンの行動が不信なものだと感じ取ったのか体を震わせている。



「流石でございますマティアス様。ただ私はお話をする権限を持っておりません。また私自身、それを知りませんし、知る権利もございません。」



笑顔のまま言い放つと、気になりましたら神殿へと行きライア様へと謁見なさってください。とだけいい胸のポケットにしまっておいたカードを取り出した。



「さて、このカードでございますが、これはお二人の証明書となります。」



重さを感じさせない真っ白なカードは、裏も表もつるんとしており何も描かれず何も写していない。



「騎士団のカードとは色が違う。何も彫られていないし。これがノクトグアルのカードという事ですか?」



王宮隊の制服の内側にある隠されたカードの収納部位に手を当てると、魔獣の獅子とベアルフ、剣、守護師団の名称が細工された鈍い銀色カードが手に中に現れた。



「マティアスは心臓の所なのですね。私はここです。」



そう言うとジェナは自分の喉元に手をやり鈍い銀色のカードを取り出した。



「なんでボトルタイプなのかと思ったらそんな所に入れてあるのか。動きづらくないか?苦しそうだし。」



顎の辺りまで首をしっかりガードするボトルタイプを着用している人間は少ない。マティアス自身も首回りに違和感があるボトルタイプは好みではなく、一番人気の襟付きのものでさえ二番目までのボタンを外してある。

妙な圧迫感を感じるように、つい自分の首を摩ったマティアスは自分が着用しているかのように苦しげな表情で着心地を問うた。



「確かに以前のボトルタイプは首にまとわりつくような感触はありますが、最新のものは首回りに接触している感じが殆どありません。しかもボトルタイプの最大の魅力は、魔力を通す布と魔力によって硬度が変質する布を使っているところですが、これがまた進化しまして…」



興奮気味にボトルタイプの説明を始めたジェナを見て、これは触れたらいけない話だったと後悔するように目線を彷徨わせていると、スッと黒色の袖がマティアスとジェナの顔の前に現れた。



「ジェナ様。ボトルタイプのお話はあとでじっくりマティアス様に説明なさるとして、先にカードの説明を終わらせても宜しいでしょうか?」



ラヘネンの存在と状況を思い出し、頬を染め俯くと、先ほどまでの興奮した大きめの声はすみませんと恥ずかしそうに小さくなった。



「いえ、ボトルタイプは非常に優れた防具ですが認知されていない性能が多々ありますし、マティアス様の為にも後ほど説明はされた方がいいかと思います。」



ラヘネンが微笑みながらそう言うと、無邪気に目をキラキラさせたジェナが、お任せくださいと胸をはって頷き、あとでしっかりと説明しますねと虚ろな目に向かって元気に宣言した。



「はい、では続けます。マティアス様がお付けになられた指輪がノクトグアルの証明に役立つものとすれば、このカードは身元の証明になります。基本的に騎士団のカードと同じ性能ですが大きく違う事が三つあります。一つは、その指輪を付けた手でカードに魔力を通さなければいけない事、もう一つはノック守護隊の活動資金が入れられているのですが、全ての記録が即時王宮に届くようになっていること。そして最後に、これが一番重要ですが、お二人が付くノック様の情報が入っております。無くされた場合再発行は致しませんので、指輪同様死守してください。」



そう言うと、左手に持っていたカードをマティアスへと差し出した。

早速魔力を流してみると中央に小さく葉の模様が浮き出る。



「それはロライア様がお好きなレイラスタの花の葉でございます。各地を回ると模様が増えていくそうですので、頑張ってください。ジェナ様はこちらでございます。」

「私は指輪がありませんが、魔力を通すだけでいいのですか?」



差し出されたカードを緊張した面持ちで受け取ると、指輪を渡されていないジェナは疑問を問いかけた。



「いえ、今の段階ではジェナ様のカードは使用できません。この後、神殿へ向かいライア様へ謁見の申請をしてください。続きはライア様からご説明されると思います。」



ラヘネンは大変な道のりを歩く二人へ励ましの言葉を渡すと、数秒頭を下げたままの正式な敬仰の礼をして下がっていった。







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