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第二話 1.

「卓也、亡くなったって」

 確かに啓は、広夢にそう告げた。最初は悪い冗談だと思い取り合わなかったが、電話の向こうの啓の声がひどく重苦しいことで、これは夢などではないのだと知る。途端に心臓がおかしな音を立てて鳴り出した。

「眠るように静かに息を引き取ったって……」

 啓が続けて言ったが、広夢の耳は正確な意味を捉えず、情報は上滑りしていった。

──……そんな。

 広夢は電話を受けながら目の前が真っ暗になった。そのまま腰から崩れ落ちるような錯覚を覚えたが、実際にはその場に立っていた。絶望的な事態に直面していながら、頭の中がふわふわと落ち着かない。

 卓也が亡くなった。その事実が、とても広夢には受け入れられそうになかった。

──つい最近まであんなに元気そうだったのに……?

 啓の説明には「病気」「癌」などという不穏で聞き慣れない単語が混じっていた。広夢は混沌とした頭で、断片的な情報から少しずつ現状を理解し始めていた。

どうやら卓也は病死したらしい。それも癌を患っていて入院先の病院で容体が急変し、思いがけず急逝したという経緯のようだった。全てを伝える啓の声は震えていた。

「啓」

 広夢は思考力が欠如していたが、一つの疑念が頭に浮かんで啓に問いかけた。

「ん?」

「お前は卓也の病気のこと知ってたのか?」

 電話の向こうの啓は沈黙した。無言の中、重々しい空気が流れる。返答がないことが十分な回答だ、と広夢は悟った。

広夢は、卓也が病気であることすら知らなかった。

「そうか……」

声に出して呟いてみると先程より確実に現実味が増す。啓はまだ言葉を発さなかった。広夢は何も知らずに能天気に卓也に接してきた自分が情けなかった。

 再び広夢は目の前が暗くなり、そのまま何も言えなくなってしまった。電話の向こうで啓が心配そうに広夢を呼んでいた。

 それから広夢は、どうやって電話を切ったのか覚えていない。先程まで通話していた携帯電話を机の上に置くと、夜中だったにも関わらず家を出た。とても一人家の中で夜を越せる気がしなかった。

 家族はすでに眠りについているようだった。広夢はそっと家を抜け出すと、空を見上げた。空には満月が輝いていた。

 行き先も決めずにぶらぶら歩き出したが、突然たまらない気持ちになり、気が付くと広夢は走り出していた。

 走っていると息が切れたが、苦しい方が安心できるような気がした。夜の闇の底が、広夢を受け止めてくれる気がしていた。

 どのくらい走っていたのだろう。広夢はすっかり見慣れない街に迷い込んでいた。夜の様相は、広夢の知る昼間の姿とは異なっていた。

 住宅街に迷い込んだ広夢はぐるりと周囲を見渡した。ほとんどの家の電気が消えていた。

──さすがにこんな時間に住宅街をうろついていたら不審者と間違われるかもしれないな。

 広夢はそう考えて、住宅街を足早に抜けようとした。すると、明かりを落とした家々の中で、一軒だけぽつりと明かりがついている家が目に飛び込んできた。

 広夢は吸い寄せられるようにその家に近付いて行った。窓に人影が映り、部屋の中を移動していた。

──まだ起きている人がいるんだ、こんな時間に。

 何故か広夢は安堵して泣き出しそうになった。明かりのついた家は周囲の家の中でも抜きん出て古く、どことなく陰気な風情があったが、広夢は明かりに惹きつけられてしばらく家の前に佇み、明かりの中の人影を目に焼き付けるように凝視した。人影が暗闇の中で息づく同志のように思えた。しばらく眺めていた広夢は、はっと我に帰る。

「他人の家の窓を覗き込んでいるなんて、それこそ不審者の行動だ」

 広夢は胸の中で呟き足早に立ち去ろうとしたが、そのときふいに窓が開かれた。光の加減で顔は見えなかったが線の細い、女性のようなシルエットだった。

 広夢は警察に通報されることを恐れて慌てて家から離れたのだが、家の内部から女性の声が聞こえた。広夢に向かって投げかけられた声だろうか?

 広夢は逃げるように去りながら耳を疑い、一度だけ振り返ったがすぐにその場を離れた。

「大丈夫ですか?」

 か細い女性の声は、確かにそう言ったのだ

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