7.
「それ、本当なの?」
都は固い表情で茂雄と広夢を交互に見つめた。茂雄が重々しく頷くと、都は縋るような目で広夢を見るが、広夢もため息をつき、頷いた。
都に話すべきかどうかは、茂雄と広夢の間で少しばかり議論があった。と言うのも、都は順調に次の転居先を決め、ひと月以内には引っ越しを完了させる手はずになっていたのだ。
何なら性格の良さそうな次の住人を見繕ってもいい、とまで言っていた都にこの話を切り出すのは少々勇気がいる。
しかし断固として広夢が主張した。
「黙っているなんて、都ちゃんが許さないと思う」
茂雄も確かにそう思った。しかし、正義感の強い都が言い出しそうなことも察しがついた。
「それなら私、もう少し引っ越しを先延ばしします。大家さんには交渉すれば待ってもらえると思うし」
予想通り、都はそう言った。やっぱりか──茂雄と広夢は顔を見合わせる。
「オリーブの木は切る方向で進めるとしても、その日に朔子さんを一人にはしたくありません」
きっぱりと都は言う。
「それは……私と広夢くんも同じです。台風が接近した日には、あの家に詰めようと話していたところで……」
もごもごと説明をする茂雄の弁舌の途中で、都はばんと机を叩いた。
「もうっ、どうして?どうして朔子さんは危険だってわかっていながら……」
耐えきれないように大声を出した後都は我に返ったのか、小さな声で「ごめんなさい」と言う。
「茂雄さんたちに怒ったって仕方がないのに」
恥じ入るように都は俯いた。茂雄は構わない、という意味を込めて手を左右に振る。
「その気持ちは私たちも同じです……よく、わかります」
都は少しの間考えた後、顔を上げた。
「台風の進路や規模を調べてみますね」
前向きな都らしく、パソコンに向かう顔は真剣だった。
しばらくして都はため息をつく。「なんてこと」と大げさな動作で頭を抱えるが、今はその心境がわかる。
「これはもうド・ストレート。直の撃ですよ」
やぶれかぶれな言い方だった。
「直の撃……」
茂雄も広夢もぽかんとして都の言葉を繰り返す。都がこんな軽口を利くのを初めて聞いたが、声はいたって低く、何だか凄味があった。
「ああごめんなさい。キャラ崩壊してますね、私」
都は抱えた頭をぐしゃぐしゃとかき回す。せっかくの整ったパーマヘアが鳥の巣のようになる。
──自分だけじゃないんだな、慌てるのは。
茂雄は密かにほっとした。しかしそれが顔に出てしまったようだ。目ざとい都が気付いて目を吊り上げる。
「ちょっと!何気を抜いてるんですか、茂雄さん」
「すみません……」
広夢は噴き出した。
「はあ?何で笑うの」
都は呆れ顔をしたが、一気に場が和んだ。
「ごめんごめん。ピリピリしてるのはここにいる全員なんだなと思ったら、何かほっとしちゃって」
広夢の本音に、茂雄も頷いた。
広夢が体制を立て直し、都のパソコン画面を覗きこむ。
「現段階の予想進路では……ほんとだ、どんぴしゃなんだね」
ふー、と都が再び小さくため息をつく。
「落ち着かなきゃダメなんですよね……ただ三人顔を合わせておろおろしてたって始まらない」
都は自分に言い聞かせるように言う。
──ピクニック。
ふと茂雄は朔子と母のピクニックの光景を思い浮かべた。そして、我知らずその単語を口に出していたようだ。
「ピクニック?」
都も広夢も不審げな顔をした。眉間にしわを寄せ、突然の茂雄の言動に戸惑っているようだ。
「……ピクニックしませんか。みんなで」
茂雄は重たい口を開いた。
「なんで!?」
「いいね!!」
二人が同時に叫んだ。肯定派が広夢で否定派が都。いや、否定というより茂雄の発言の意図を読み取れないようだ。
逆に何故広夢は何のてらいもなく受け入れた。
「こんなときこそ、皆で楽しもうよ。どうせなら」
広夢が身を乗り出す。
「オリーブの樹の下で、最後の思い出を作るんでしょう?」
最後の思い出。
不吉な響きが引っかかったが広夢が助け船を出してくれ、都も少し納得がいったようだ。
「……あ、ああそういうこと」
口から偶然にも飛び出しただけの提案だったが、茂雄も悪くはないと思った。
きっと朔子さんは喜んでくれる。
ごちそうは何を用意しようか──。
母の無邪気な笑顔を思い出しながら、茂雄は当日の準備に思いを馳せた。




