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第三話 1.

幼い頃の茂雄は、よく喋る子供だった。

 アルバムの中の茂雄はお調子者で、当時流行していた戦隊ヒーローの決めポーズをとっていたり、両手でピースサインを作っていたりする写真が多い。

──タイムスリップして、この頃の自分に未来を教えたらこんな顔はできなかっただろう。

 茂雄は幼少時の自分の写真をちらりと見て、苦しくなってすぐにアルバムを閉じた。

 得意げな茂雄の視線の先には、母親の優しいまなざしがあったに違いない。

 また「この頃のお気に入りポーズ!」「一人でできたね」など、写真に添えられた母親の手書きのメッセージを読むのが耐えられなかった。

 茂雄は断言できる。自分は確かに母親に愛されていた。

「だけど、自分はそんな母に何ができたのだろう」

 茂雄は自問自答する。答えなどもちろん出ないことはわかっている。それでも茂雄は、繰り返し考えてしまう。

現在の茂雄は銀色のフレームの眼鏡を武装するようにかけ、笑顔も見せなければほとんど感情を表に出さないような人間になっていた。

最後に心から笑ったのはいつだったかーー茂雄はにわかには思い出せなかった。


 茂雄は毎朝決まって五時に目を覚ました。

 不動産屋を始めてから、最初は店の掃除をするために早起きをするように心がけた。しかし、だんだん店の掃除も慣れてきて短時間で済ませられるようになったにも関わらず、習慣的に目が覚める。

 そのうちに茂雄は起床すると、自然と自宅を掃除するようになっていた。

 掃除機はあまり使わず、棕櫚の葉で作られた箒で畳を履く。家具と調度品の一つ一つを拭く。余裕があれば雑巾がけも行う。

 朝からなかなかハードな作業ではあったけれど、家の中が清められると心の中まで清められたようにすっきりする。

 すっかり整えられた部屋の中で、茂雄は日課にしている軽い体操を始めた。腕を伸ばし、足を伸ばす。体をねじって右を向いたその時、

「茂雄ちゃん、今日も精が出るわね」

 凛と朝の空気を切るような声がした。いい歳をした自分を、「茂雄ちゃん」と呼ぶ唯一の人物。

「ああ……おはようございます。朔子さん」

 振り向いて茂雄は返事をする。

 声の主は穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。顎の位置で切り揃えた艶やかな黒髪の、目の涼やかな美少女である。

「おはよう。茂雄ちゃん」

 十五、六ほどにしか見えない少女は、見た目に不似合いな老成した話し方をする。

 一言でその存在を説明するならば、朔子は茂雄の恩人だった。

 茂雄が最も苦しんでいた時期に現れ、家族の一員のように荒んだ心を埋めてくれた──。


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