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8.

「そっか。すでにそのお家は立ち直っていたんだね」

 広夢はベースを片手に、日本人形が並んだ防音室にいた。傍らでは朔子がぺたりとビロードの絨毯の上に体育座りをしている。座り方が少し奇妙だが、並んだ人形たちと見紛うばかりだ。

「でも俺、満足しました。まあ、ジコマンですけどね」

「いいんじゃない? 行かずに後悔するよりはね」

朔子は手近な人形を手に取っていじっている。異様な光景だった。

「こんな見かけにしたのも……俺、卓也に憧れてたからなんです。卓也はいつも明るくて誰にでも好かれて、俺みたいな暗い奴のことまで救い出してくれた。卓也に俺は心から感謝してるんです」

広夢はこんな話をするつもりではなかった。しかし、朔子を目の前にすると何故だか無防備になる。

「初めて会ったときの広夢くんは、自分で自分の輝きを隠しているみたいだった」

朔子が珍しくためらいがちに話し出す。

「でも、自分ではわからないと思うけど、広夢くんの輝きはどうしようもなく漏れ出しちゃってるものなのよね。あー、こじらせちゃってるなー、ややこしいなーなんて私は思ってたのよね」

言い終えて朔子はにやりと笑う。

「今はやっと、少しずつ自分の輝きをコントロールできてきたように見えるかな。似合ってるわよ、その髪型も。まあ、広夢くんは基本的に物凄い美男だからね」

広夢は反射的に自分の髪に触れる。朔子の言葉が広夢には恥ずかしかった。

恥ずかしくて仕方ないはずなのに嬉しかった。


広夢は、半年ほどバイトと茂雄の家の往復を繰り返した。夜になると茂雄の家を訪ね、朔子と茂雄と話し、ベースを練習する。

その日もベースを背負って、広夢は茂雄の家へと続く坂道を下りていた。

見慣れた日本家屋が見えてきた時だった。

「坊ちゃん」

広夢が振り向くと、おばあさんが立っていた。今度は一瞬で姿を消したりせず、ちんまりと広夢の目の前に立っていた。腰が曲がっているせいでだいぶ小柄に見える。淡い緑色の着物をきちんと着こなして、体の前で両手を組んでいる。

「あなたは……ええと、貞さん」

貞さんはニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべていた。

「今坊ちゃんが思いつかれたことが、正しいことです」

「えっ?」

広夢が聞き返すと、既にそこには貞さんの姿はなかった。心中を言い当てられて広夢は大いに動揺した。

──やられた。

笑いを押し殺して広夢は呟く。と言うのも、つい先ほど新たな考えが頭をよぎったばかりなのだ。

──家を継ぐのもありなのかもしれない。

つい半年前までは頭の片隅にもなかった選択肢だった。


「……ずるいですよ広夢さん」

「予言かあ。それが貞さんのスタイルなんだよね」

先程繰り広げられた貞さんとのやり取りを報告した時の、茂雄と朔子のそれぞれの反応がこうだ。

「私がこんなに家々に尽くして……大体この家の主は私なのに、どうして私には見えないんだ」

「貞さん謎めいてるなー。やっぱいいよね神秘的で。私はついついお節介おばちゃんキャラになっちゃうのよねー」

不公平だと繰り返す茂雄と、キャラ設定を気にする朔子は、どちらにせよ広夢の話を聞いてくれそうにない。

広夢が貞さんに言い当てられた考え事とは、家業を継ぐ決意をしたことだった。大学を卒業したものの、家業とは関係のない学科に進んだ。家を継ぐ気は小さい頃からまるでなく、両親とも険悪な関係に陥っていたのだ。この頃ではすっかり両親も諦め、広夢の姉が婿を取ることで跡を継ぐ計画を立てていると聞く。

──今から勉強するのは二度手間なんだけど。

それでも広夢は現在の自分の決心を緩めずに両親に打ち明けようと考えた。

「……あ、で肝心の広夢くんの言い当てられたことって何なの?」

ようやく朔子が気がついて広夢を見るので、広夢は苦笑した。

「今頃ですか……まあいいや。えっと、今まで逃げてたんだけど家業を継ごうかと思います」

広夢が答えると、朔子も茂雄も押し黙った。

「ちょっと二人とも……なんで深刻な顔なんですか?」

広夢は茶化す。茂雄は我に帰った様子で、こほんと咳払いをした。

「いえ、そんな大それたことだと思っていなかったので」

「あたしも!」と朔子が手を挙げる。

どこまでも失礼な人たちだ、と広夢は再び失笑した。

──でもこの人たちって嫌いじゃないんだよな。

「広夢くんにも将来のビジョンとかちゃんとあったんだ、って感心しちゃった」

茂雄も賛同を表すように大きく頷いている。

朔子の言葉に広夢は前言を撤回しかけるが、やはりこの二人には悪い感情を持てないのだ。

「残念ですね、せっかく家霊コレクションを手伝ってもらおうと思ったのですが」

茂雄が例によって眼鏡を直しながら、いつものクールな表情で言う。さほど残念そうには見えない。

「バイトでやりますよ」

広夢が答えると、朔子が顔を輝かせた。

「広夢くんの継ぐ家業って何なの?」

身を乗り出した朔子に広夢は答えた。顔には自然と笑みが浮かんでいた。そんな自分が広夢は自分でも意外だった。

「……神主ですよ」


すぐに両親に連絡を取ると、あまりに意外な展開だったのか絶句していた。その少し後にすぐに家に戻るよう言い渡された。

「おまえってやつは今頃になって……」

父親は困ったようにしきりに文句を言いながらも、どこか嬉しそうに見えた。

何もかもが一からの勉強になる。それでも広夢は自分の選んだ道が正しいものだとこの頃では思うようになっていた。


「なるほどー」

「だから……なんですね」

茂雄も朔子も納得した顔になり、途端に広夢に一目置くような態度を取り始めたのが意外だった。

「広夢くんの力は、神様の後ろ盾があるからなのかも」

 朔子は何度も深く頷き、どこかまなざしに尊敬の念まで込められているようだった。広夢は慌ててそれを遮る。

「いや、俺、これから修業とか勉強とかするわけですから」

 広夢は手を振りながら弁明すると、朔子はにいっと笑った。

「私はしがない下っ端家霊だけど、神様とはどこかで繋がってると思ってるの。だからこれからも広夢くんのお世話になると思うわ」

 よろしくね、とちょこんとお辞儀する朔子に広夢は照れくさくなる。

「これからも末永くよろしくお願いします」

二人のやり取りを静観していた茂雄も、珍しく高揚した様子で仰々しく握手を求め、戸惑いながらも広夢は握手を返した。

──これからも。

 明るい未来が続いていくようで、その言葉は広夢にとってかけがえのない言葉に思えた。

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