交渉人
声が聞こえて来た方向へと顔を向ける。すると何となく見覚えのある二人が、隣の席で食事を摂っている場面が視界に飛び込んできた。
「アリマ…アリサ?」
二人と最後に会ったのは、イベント開始前のジェネラルゴブリンと戦った時だったか。あの時は、初めてパーティを組んで戦ったんだよな。
「ジンさんは、どうしてこちらに?」
「ボクが聞いた話だと、いつも宿使ってないみたいじゃない?」
なぜ俺が宿を利用しているかどうかが、話題になっているのだろうか?
理由を聞いてみると。
「『死神のジン』は有名ですよ?」
という事らしい。
宿屋での目撃情報が全く無かった為に、話が進むにつれて様々な話題に移って行ったのだろう。宿屋の話は、その一つらしい。
「…ハァ」
掲示板で『死神』の話題で賑わっていたのは知っていたが、自分の事だとは思ってもみなかった。そもそも他のプレイヤーに興味がなかったのが原因だろう。
「『死神』の噂はβのイベントの時から聞こえていたみたいで、最強の前衛とか一人で五十人分の前衛とか言われてたんだよね。だから僕ら、最初に見かけた時に声を掛けようって思ったんだ」
「二人が知り合いなのは気づいてたけど、そんな理由で話しかけて来たのか…」
「そ、それはもう許して?!」
これは後で、『死神』関連の噂を詳しく確認する必要がありそうだな。悪い噂が広がって生産系プレイヤーに相手にされなくなるのは、痛手以外の何物でもない。俺は生産技能を持ってはいるが、HP1デメリットの解消を果たすまでは、なるべくダメージを負うリスクを避けたい。生産活動中にケガをすれば、直ぐに死にかねないのだ。
それはともかく、アリマに会った事で面白い試みを思いついた。
「まぁ、丁度良かった。アリマに頼みたいことがあったんだ」
「え…何だか嫌な予感がするよ…?」
「そんなに難しい事じゃない。俺達とパーティを組んで、ドラゴンの巣に乗り込むだけだ」
「「え!?」」
♪
心地良い潮風に髪を撫でられる。
「ロックス、船の調子はどうだ?」
船の舵を任せているロックスに声を掛けると直ぐに返事が返ってきた。
「はい、何の問題も無く航行中です。ジン殿」
「しかし、そのスファレ島用に船を手配していたとは、流石の手際ですわね。国王様は」
「船がタダで手に入ったからな。こっちとしては助かるが…ロックス達がいなければ船員を雇う必要があったから、船代を出すより高くついたかもな」
国王からの手の込んだ嫌がらせだろうか?
実は国王から報酬として島を貰った際に、島へ移動する船も譲渡されていたらしい。ロックス達も、船が譲渡された事は知らなかった様で二人とも驚いていた。
俺が思ったのは、結局どの島を選んでも島民はいなかったんだなぐらいのものである。
ロックスとクロエの二人で船の操舵が出来ているのは、大きな船ではなかったのも要因の一つだろう。外装はシンプルな中世風の木造船で、詰めて乗り込んだとしても十人が限度のサイズだ。
「ジンさんは、何のゲームをされているのでしょう?」
「間違いなく、ボク達とは別のゲームだよね…」
アリマは説得に応じて、おとなしく船に乗ってくれている。アリサは何故かついてきたが、船代も掛からないので一緒に乗船している。もちろん、この五人でパーティを組んではいる。
「実際、王都からスファレまでの距離ってどれ位あるんだ?」
「そうですね…直線距離で約十四キロ程でしょうか。途中海流の関係で、航行距離は伸びますが」
十四キロの距離ぐらいドラゴンなら飛んで行けそうなものだが、王都でドラゴンによる被害があったと言う話は聞いたことが無い。飛行は苦手なのだろうか?
「あ、島が見えてきましたよ」
「ホントだねアリサ、あれが目的の島かな?」
島が視認出来る距離になるとマップの名前が、スファレ島に変更された。
この島は俺の持ち物なのだ。そう思うとこんな物を貰ってもよかったのか、不安に駆られる。
「そうだ。俺の持ち物になったスファレ島」
国王から聞いていた通り、砂浜から続く森が見える。その奥にはとがった様に突き出た山が、船の上からでも確認できる。マップで確認すると島から山を取り除けば、ドーナツ状の島になりそうだ。
「宿でお話を聞いた時は、いくら何でも報酬に要求する様なものじゃないと思いましたが…」
彼女たちには、イベントの報酬で手に入れた物と住み着いているドラゴンを如何にかするのを手伝って欲しい、という事までしか話していない。
「上陸する」
「では、浜辺に上陸します」
船を砂浜まで進めると錨を下ろす。
砂浜に足を付けると砂の柔らかさにバランスを崩しそうになるが、何とか堪える。
「…っと問題なさそうだ。降りてきていいぞ!」
船に残っている四名に声を掛ける。
「ここがジン殿の島ですか…手の入れ甲斐がありそうですな」
「それでは、ジン様。早速ですが、山に向かいましょう」
「…ボクちょっと酔った…」
「ジンさんの島ですか…」
これからの行動を見据える従者二人とキョロキョロと周囲を見渡す魔法使いが一人、そして船酔いでダウンしている戦士が一人。二人の温度差が酷い。
「これから山に向かう。…アリマ大丈夫か?」
「うん…なんとか」
十五分ほど休憩を取るとアリマも回復したようだったので、全員で山に向かう。通常なら見張りの船番を残して置くものだが、この島は元々無人島なので船が盗まれる心配はない。あるとすればモンスターの襲撃だが、グロノスの【召喚魔法】で船の護衛を召喚して配置しておいた。
「山に近いほどモンスターが少ない様ですな」
森に入ってしばらくするとロックスが呟いた。
「島の上位者であるドラゴンが、住んでいる為だろうな」
森に入ってからであったモンスターの中に、そう強いモンスターはいなかった。
β版でおなじみのホーンラビットやホーク、ボアを始めゴブリンといった力の弱いモンスターしか生息していない様だ。
「これなら食料の確保は難しくありませんな」
「そうだな…肉に限っての話だが」
山の麓に着いた時には、周囲にモンスターの気配は完全に無くなってしまった。
「いよいよですね。頑張ってくださいアリマ」
アリサがファイテングポーズを取りアリマを応援する。
「他人事だと思って…」
「失敗したら戦闘だから、他人事じゃないんだよな…」
「アリマ、頑張って!」
俺の呟きが聞こえたのか、応援に力が入る。
「登るか…山」
「お待ちください。その必要はなさそうです」
山に向かって歩き出そうとした矢先にロックスから、待ったが掛かる。
足元が突然揺れたかと思うと地面の土が盛り上り、地面の中から何かが這い出て来た。
「ジン様、地竜です。ご注意を」
「…【識別】」
クロエの忠告を受けて【識別】を発動させる。
地竜 レベル20 ランク35
「まだ子供の様ですな。なるほどドラゴンと言うのは、地竜の事でしたか…」
この大きさで子供なのか、昔恐竜博物館で見たステゴザウルスと大きさも姿もよく似ている。違うのは鱗と尻尾の形ぐらいだろうか。背中の棘が小さいのも違う点と言えるだろうが、良く見なければ鱗と見間違うほど小さい。
「子供だと…親が近くにいるのか?」
「いえ、地竜は卵を産むとその卵が孵る前に別の場所に移動します。火竜と違い仲間意識などはありませんので…恐らく親の地竜を討伐できず、そのまま放置していた為に卵を産んで別の島なり大陸なりに移動したのではないかと」
通りでカルセドニーでの目撃情報が無い訳だ。誰だってドラゴンと聞けば、空を駆け巡る翼竜を思い浮べる。地上または地中を住処とする地竜を見る機会は、そうはないだろう。
「…ハァ。アリマ、頼む」
「はーい。『初めまして、ボクはアリマ。うん、そうなんだ。それでね、この島はジンさんの持ち物になったから暴れないで欲しいんだ。えーそっか、そうだよね。分かった聞いてみるよ』戦わないとご飯が取れないから、無理だって」
アリマを連れて来たのは、竜人であったからだ。
掲示板で知ったのだが、竜人の固有スキルは【古代魔法】だそうで、古い言葉を紡いで魔法を発動させることが出来る。俺はこの古い言葉が、竜言語なのではないかと思ったのだ。竜人の体には竜の血が流れている。ファンタジーでは定番の設定なだけに可能性はあると思っていた。
結果はその通りだったという訳だ。
「あー、なるほど」
地竜が何を食うのかは、分からないけど食事を摂るために戦闘が発生する事は、考えるに難しくない。
「確か地竜は鉱物を好んで食べるそうです。ただ雑食なので、好み以上の意味があるかは解りかねますが…」
「という事は鉱物資源が取れるのか…」
地竜の餌で終わらせるには、資源が勿体ない。
「別の場所に移ってもらうことは出来ないか?」
「聞いてみるね。『ここからさぁ、別の場所に…ダメ?』ダメみたい」
移動するにしても場所の候補も無ければ、移動を勧める事は出来ないか。
「しょうがない…戦うぞ」
地竜(幼竜)との戦闘が始まる。
会話の間に罠は仕掛け終えたし、今回はパーティを組んでいる。
「…魔装化」
油断できる相手ではないが、絶対に勝てない相手でもない……と思いたい。




