ゴブリンの襲来
『グリモワール・オンライン』にログインしようと二階に上がる。
イベント開始までまだ時間があったので、公式ページからイベントの情報を確認する。
「目新しい情報は…ん?」
新しいお知らせの欄に今日のイベントとは別の物が記載されている。
「バージョンアップのお知らせ…?」
バージョンアップの内容を確認して、口元が想わずニヤける。
「空腹度の実装…ついに来たか」
VR技術としては定番の発想である空腹度。
女性ユーザーの夢の一つでもあるな。幾ら食べても太らないって奴だ。
さすがに実装はイベント終了後になるみたいだが、実に楽しみな内容である。
他にもユーザーの要望によって改善されたり、モンスターの分布や状態なんかも微修正され続けるらしい。
「調理スキルは使ってなかったな…」
現実の料理が出来ないので、正直スキルを持っていても宝の持ち腐れな気がしてならない。
調理スキルは母さんが取るだろうし、会いに行く機会が出来たと思えば良いか。少なくとも他のプレイヤーが露店を出すだろうし、街を拠点にしている間は食べられなくなる事もないだろう。
「そろそろ、時間だな」
時計を確認して、『アライン』を装着する。
そのまま、ゲームの世界にログインした。
♪
「うわ」
ログインして直ぐに変な声を出してしまった。
「これは…また数が多いな」
最後にログアウトしたのは、生産ギルドの前だった。
『グリモワール・オンライン』では、基本的にログインした時は最後にログアウトした場所から始まる。
普段の生産ギルドは、人通りが少ない。
職人を目指すプレイヤーは、部屋に籠って中々出てこない。出てくるのは素材が無くなった時くらいだろう。
しかし、今は違う。
広場を中心にして、どの道にもプレイヤーの姿が見えるのだ。
イベントの開始場所が冒険者の国カルセドニーとしか公言されていないので、みんな取り敢えず集まったのではないだろう。
俺も来るなら街の中だと思っていたしな。
「…時間だ」
時計の針が時間が来たことを教えてくれる。
秒針が午後を刻み始めた瞬間、門の方から叫び声が聞こえた。
「ゴブリン…ゴブリン共の群れだぁぁ!?」
イベントの始まりである。
周りにいるプレイヤーも知らせが届くと共に、次第にざわめきが広がっていく。
騒然とする中、俺はいつもの通りに冒険者ギルドに向かう。
襲来と銘打っているのだから、イベント解決に向けて何かしらの情報を得られると思ったからだ。
多分だが戦いになるのだろう。
戦える人を集めるなら、冒険者ギルドだ。実に単純な発想である。
「出遅れたかなぁ」
普通に考えれば、冒険者ギルドはプレイヤー全員が利用する施設だ。イベントが始まるからとプレイヤーが集まるのは当然の事だろう。
そんな事を考えるほどギルドの中は混雑していた。
パーティで話し合う為に設置されたテーブルは、当然満席。
流石にクエスト掲示板の前には人はいないが、ギルド内の人口密度は全ての冒険者ギルドの中で一番多いのは疑う余地が無い。
何だか冒険者ギルドで待つのも面倒になってきた。
もう帰ろうかと思っていると、後ろの扉が開けて男が駆け込んできた。
「ギルドマスターは居るか!?」
息も絶え絶えの男をギルドの職員が、体を支えつつも話を聞いている様だ。
「…始まったかな?」
ギルドマスターの部屋がある二階に運び込まれた男を見つめながら、ぼんやりと言葉を零す。
ギルドマスターが部屋から出てきたのは、その5分後の事だった。
「皆さん、緊急クエストです!」
ギルドマスターが大声で宣言すると、クエストウインドウが視界に現れた。
ゴブリンの襲来 ランク不明 報酬 功績により変動
冒険者の国カルセドニーに突如ゴブリンの軍隊が現れた。討伐隊に参加して、カルセドニーを救ってくれ!
種類 イベントクエスト 討伐
「ほう」
プレイヤー達の歓声が聞こえる中、俺は静かに感心していた。
クエストウインドウから読み取れる情報が、かなり有力な物だと思った為だ。
ゴブリンの軍隊に討伐隊。
これからのストーリーに関わってきそうな予感がする。
「クエストを受ける者は、王城へ急げ!」
この場でクエストを受けるのではなく、王城に向かう必要があるのか。
入るのは二回目だが、今回も城内に入ることはないだろう。
プレイヤーの人数は多い、数えるまでもなく。冒険者ギルドにいるプレイヤーが、全員移動しても多いと思う。
そんな人数を中に入れるのは、無理があると思う。
「…城か」
移動するプレイヤーの背中を追いかけるように城へと向かう。
移動する一団を見つけては合流を図り、出来た道は祭りの混雑を思い出す。
城門はすでに開け放たれていて、誰でも入れるようになっていた。
案内されるまま中庭に整列する。
しばらくして、登城するプレイヤーが少なくなってきたのを見て、国王が姿を現せた。
「皆の者、今カルセドニーは危機を迎えている。外壁の外を見たか!」
国王の演説に釣られるように首を外の方へと向ける。
「これまで見たことのない規模のゴブリン共である。これまで監視を続けていたが、奴らは軍としての組織力を持っているとしか思えない!」
国王の宣言にざわめきが起こる。
しかし、どうやって声を拡声しているのだろうか?
どうでも良い事が気になってしまう。
「我等はかのゴブリン軍に対応するべく、討伐隊を組織する事にした。諸君ら冒険者には、緊急クエストとして討伐隊への参加を依頼するものである。なおクエストの詳細などは、担当の者に聞いて欲しい」
メタな発言は控えますっという事だと納得しよう。
「では健闘を祈る」
国王の宣言が終わるとクエストを受けるかの確認が求められた。
当然、YESを選択する。
「さて、担当の者とやらは何処にいるのかな?」
俺は人ごみを分けて歩き出した。




