告知と日常と
「兄上、朗報です!」
朝目が覚めて洗面台で顔を洗っていると、突然後ろから声をかけられた。
咄嗟に掛けて置いたタオルで顔を拭く。
「…なんだ楓。朝から…」
「最近は起きて直ぐに『グリモワール・オンライン』の公式サイトにアクセスしているのですが、プレイヤーの行動に由って条件が達成したとかでイベントの告知があったのです!」
「イベント?」
あのゲームでイベントなんて言葉を聞いては、隠滅のアリアを思い出してしまう。あのイベントが切っ掛けで、無駄な知名度が付いてしまったのだ。
「イベント名は『ゴブリンの襲来』です。名前から察するに、そう難しそうには思えませんね」
「ゴブリンの襲来ねぇ…」
最近はゴブリンの話題が多い気がするな。
昨日のログインも戦いは、ゴブリン系だけだったし。
「ゴブリン以外のモンスターは、いないのか…」
「え?」
「いや、正式版に入ってからゴブリンとしか戦ってない気がしてな」
クエストで盗賊と戦ったが、あれは魔物ではない。ゲーム的には魔物扱いらしいが、気分的にはPvPをした時と変わらない。
「確かに最近では、ゴブリンのクエストが多いですけど他の討伐クエストもありましたよ?」
「例えば?」
「うーん、コボルトとか」
そう言えば、クエスト掲示板で見かけたな。
「他には?」
「ポップンとか?」
「ポップン?」
初めて聞く名前だ。
「黄色いモンスターで、レアポップなのか目撃情報が少ないですねー」
「今回のイベントでゴブリンの上位種は出てくるだろうから、苦戦はするとは思うんだけどさ…」
偶には、別のモンスターと戦いたいと思ってしまう。
「海側に行けば他の種類もいましたが、平原側となると…」
「海側!?」
そうか!
平原でばかり戦っていたが、海側のエリアで戦えばよかったのか!?
「あれ…平原の話ですよね?」
「いや、海側でも良い!」
海か…何がいるんだろうな。
カニ、海蛇、王道のサメ、期待が高まっていく。
「馬鹿な事言ってないで、さっさとご飯食べなよ」
姉さんの突っ込みが入るまで、モンスター情報の交換会は続いた。
朝食を済ませて、学校へ向かう。
本来なら俺は通う必要はないのだが、建前上通うことにしている。
「おはよー」
「おはよう」
通学路を進む内に、同じ学校の制服姿が視界に映る。
家から学校へはそう遠くもないので、すぐに他の生徒と合流してしまうからだ、
「『リンクス』の販売って一瞬で終わったらしいね」
「第一生産は、一万台ってニュースで言ってたー」
俺の前を歩く女子生徒達の今朝の話題は『リンクス』らしい。
購入するユーザーが全員『グリモワール・オンライン』をプレイする訳でもないし、目的は人それぞれと言ったところか。
「うちの兄さんが、買えなかったって悔しそうにしてたわ」
「そっかー、お父さんも欲しがってたけど。予約の時点で大変そうだったよ」
「買えたの?」
「一台だけね。結局お母さんに見つかって、今は私が使ってる」
「ええー!?」
朝から大きな声で、元気な事だ。
♪
「うーん、どうも怪しいのよね」
私は今、同じクラスの藤堂君を眺めている。
ここ最近、彼のことが気になっているのだ。気になっていると言っても、女子会が盛り上がるような恋の話題には繋がらない。
気になっているのは、他でもない彼の行動が原因である。
最初の内は、不真面目位にしか思っていなかった。
「不自然さに気が付いたのは、アレがあったからよね…」
そうアレだ。
アレは私たちの中学校入学に合わせて、パソコンが一新された時の事だ。
新入生の内、一部の生徒が運び出しを手伝っていたのだ。
いつも自堕落に虚無を見つめる様な性格の彼が、それを見て小声で呟いたのだ。
「もうすぐ新しいの出るのに…」
と、その一か月後に誰も知らなかった新型インターフェイス『アライン』が発売された。
事前に公表もなく発売後その性能が公開された。この『アライン』の登場で世界のシステムを作り替えられたと言っても過言ではない。
彼はそれを言い当てたのだ。
「何かある」
そう思うのは、仕方のないことだと思う。
実際に声を聴いていたのは私だけだったし、同時期に新しいパソコンが出ていたのかもしれないけど。中学一年生の私が思い込むには、十分だった。
その後も色々と機械的な部分での予言が続いた。
新しい義手が出来るだの銀行システムがどうだのと、いつも独り言なのだがブツブツと言葉を発している。その発している内容が数か月後、テレビのニュースで報じられるのである。
「ぜったい、突き止めてやるんだから」
こうして私、森本美空の調査は続くのでした。




