傀儡
滑らかな岩肌が作られた一室の印象をあたえるダンジョン最後の大部屋。部屋の端々は周辺の環境を説明するように、溶岩が赤々輝き空間を紅色に染め上げている。
「辿り着いたか」
部屋の中央から、重々しく低い声が室内に響いた。
「驚いたな…」
自然と言葉が漏れる。
「左様な認識とて致し方なし、然らずとも石塊が語ろうものか」
「道中のゴーレムが話さねば、そのように思う」
「然り」
くぐもった笑い声が、部屋の中で木霊する。
「我は双子の守護者、汝は何を求めんと参上したか?」
石像から放たれた訪れし者に対する問いかけが、周囲の温度が下げたような嫌な緊張感が、部屋中にに押し詰められた。
「何を…か」
知のダンジョンに来た理由など、言葉にするほど大した理由などない。姉や妹たちと火のダンジョンに向かう為の前座的な場所でしかなく、鉱石素材が多少気にはなるものの、今回はほぼほぼスルーしてしまっている。
さて、何と答えたものかと思案していると、他に誰も見ている人などいないのだと気が付き、何となく格好を付けた台詞を叫んでみた。
「この身にそぐわぬ大望の為!」
石塊がニヤリと口端を釣り上げ、微動だにしなかった身体を大きく動かし、翼を広げて見せる。
「なればその覚悟、この土塊のガーゴイルが見定めよう!」
戦いが始まった。大鎌を握る右手に、自然と力を入れて握り込む。
「『ウインドボール』『ダークランス』!」
身体の周囲を風の玉が旋回する。ガーゴイルに向けた左手の掌から、慣れ親しんだ漆黒が一番槍を買って出る。
「魔術か、それとて威力が不足とあればな」
ガーゴイルが虫を払うような動きで、ダークランスを打ち消した。しっかりと右腕に触れたハズだが、ダメージを負ったふうには見えない。
「無傷っ…『識別』!?」
まるで傷を負った様子には見えないガーゴイルの姿を見て、焦りと共に嫌な予感が脳裏を過り、ガーゴイルに識別を掛ける。
「なに、これでも魔力の操作には心得がある」
≪土塊≫ガーゴイル レベル15 ランク15
「ランク15!?」
「そう驚くこともあるまい…番人が弱ければ興ざめというものよ。どれ…っ!」
ドンっと音を鳴らしガーゴイルが地面を強く踏みつけ、部屋を僅かに揺らす。そっと脚を横に滑らせると、深く刻まれた足跡から一本の長い棒がゆっくりとせり上がってくる。
ガーゴイルは地面から伸びたそれを勢いよく引き抜くと、三つに枝分かれした穂先が此方を鋭く睨んだ。
「槍だと!?」
重たい翼をはためかせて空中に浮かび上がり、槍を前に水へ飛び込む様な体制で降ってきた。ガーゴイルの身体は大きく2メートルを優に超えようと言う巨体は、その全身が岩肌を晒しており、それが頭上から落ちて来る姿は、光源となっている溶岩の赤熱色も相まって、隕石だと説明されれば納得してしまいそうな姿をしている。
「ッ『ステップ』!」
次第に大きくなる影からどうにか逃れようと、アーツを使って無理やり体を後に飛び引かせる。その数秒後に石の欠片が辺りに飛散し、固い地面を易々と抉り取った。
「あんな攻撃受けたら、どれだけ体力が有っても足りねえだろ…っ!」
地面が砕け散り、粉塵となってガーゴイルの姿を覆い隠していた無数の砂は、煙の中心で揺らめく赤紫色の光に誘われる様に吸い込まれ、ジワリと水を吸い取る土の如く新たな形を成型してゆく。
漂う煙が光に吸い込まれるに従って、次第に隠れていたガーゴイルの姿が見えて来る。
「…ッ『ダークランス』『ダークランス』『ダークランス』『ダークランス』『ダークランス』」
動きの止まっている間に、少しでもダメージを与えようとダークランスを撃ち続ける。今持てる最大火力の魔術だが、それがどれだけ役に立っているかを実感する暇はない。ガーゴイルの身体に向かって次々に飛来する漆黒の槍は、ガーゴイルの身体に命中するものの、何発かの狙いを外したダークランスが地面に激突し、ガーゴイルの周囲に新しい土煙が巻き上がった。
「ッチ!」
ゆらり。土煙の中で巨影が揺れる。
「魔法で創造した物は強度が劣る。少許手間をかけてやれば…この通り」
大剣。ガーゴイルが右手に握り引きずるソレは、赤紫色に発光する宝玉が刀身に埋め込まれた両刃の大剣だった。
ガーゴイルは片手で剣を軽く振ると、剣身は半円を描く様に地面を切り裂いた。勢いをそのままに軽々と肩に乗せ、柄に両手を掛けて握り一刀の構えを取って見せた。
「未然の者よ…越えて見せよ『岩剣一線』」
上段に構えた岩剣から放たれたのは、なんの変哲もないただの振り下ろしの一撃。担がれた大剣を用いた技巧の影も無い。ただ空に一線を引くだけのありふれた振り下ろしの動作に過ぎない。
「くッ!」
振り下ろされ起こった剣圧が、岩肌を容易く削り穿つ。
直進する剣圧に湧き出る恐怖心を抑えようと、立ち姿のまま身を縮こませる。足が竦み小さくなった体は思う様には動いてくれず、運良く当たらないといった奇跡が起きることもなかった。
真っ直ぐに直進する剣圧と身体の真正面から衝突して、身体は枯れ葉のように空中を舞って、硬い岩壁に強く打ち付けられた。
「ガッアァ!!」
肺から強制的に空気が吐き出され、意味を持たない音が喉から噴き出る。残りの体力は30を下回り、あのガーゴイルが優しく撫でただけで死に戻るのだろう。
「はは…強いな」
「お主は脆い」
「間違っちゃ…いないな」
思えば一撃死の理不尽を押し付けられ、防御力を磨いても実感が得られる訳もない。それでも夜の内ならと、均等にステータスを振ってきた。
もし防御の薄さに見限って素早さを追い求めていたら、立ち回りを制限される場所で必ず死んでいただろう。おかしなことにその制限される空間こそが、夜郷族のデメリットが無くなる貴重な場なのに。
夜行族に進化して、本来のステータスで存分に戦えるようになった。だから新しい防具を作ったんだ。
「……走馬灯ってやつか?」
人が死の間際に見るという人生の記憶。
「柄じゃないよな……なぁ、ヘカトンケイルを知っているか?」
「ヘカトンケイル?」
ガーゴイルが律儀に話に乗ってくれている間に、ダメージの所為か震える身体を抑えて、ゆっくりと立ち上がる。
「ヘカトンケイル…とある神話に登場する巨人。ただ醜いという理由で、地獄の奥底に閉じ込められた可哀想な純血の神だ」
「ほう」
ガーゴイルは感心したような声で応えるが、その瞳には好奇心が映っている。
「ここで大事なのは、ヘカトンケイルの腕が100本あったって事だ」
それだけ言い放つとインベントリの中から、巨大なスケルトンを掴み出した。
「ここからがセカンドステージだ。『死霊術』…起きろヘカトンケイル!」
「これは…」
暗い魔力に覆われた骨の塊は、まるで生きているかの様に滑らかに動き、ガーゴイルが飛び回れる程に高い天井に頭を擦りながらも立ち上がった。
「実際のヘカトンケイルが、コイツと同じ大きさだったかは分からないが、きっちり100本……用意したぜ?」
クロバクに着いてから組み上げた失敗作。
「すっかり忘れていた。…俺は指揮官で最前線で戦うのは、俺の仕事じゃねぇ」
「なるほど……脆い訳だ」
巨体を支える太く硬い足《骨》を前進させ、ヘカトンケイルがゆっくりとガーゴイルに迫る。
「俺の傀儡とアンタの剣技、どっちが強いか決めようじゃないか!」