毒の罠
光を蓄えた何かが、ダンジョンの内部を薄暗くも照らしている。一歩一歩を進む足音が遠くまで残響する様で、夜の静けさと共にどこか恐怖心を揺り起こした。
「はぁ、はぁ」
身体に疲労を覚えた訳でもないというのに、しだいに息があがり始める。これは精神的な疲労から来るものなのだろか。
ガスッと小さな音が、足元から全身に伝わる。予期せぬ出来事に、足を止めて音がした左足へと視線を向けた。
「ガッ!」
突然、左脇腹を襲う殴り付ける様な衝撃。減少を知らせるHPは、時間の経過と同時により小さくなってゆく。
事態を知らせたのは、ステータスに浮び上がる緑色をした泡が描かれたアイコン。
「毒か!」
減少を続けるHPに確かな焦りを感じ、インベントリの中に解毒ができるアイテムを入れてはいなかったかと急いで確かめる。
ダンジョンに入るに当たってポーションの補充は済ませていたが、進化するまで一撃死を強制されていた為に、攻撃を受けてから被る状態異常には必然として縁がなかった。
「ない…か」
飛来してきたであろう地面に転がる矢を睨み付けながら、備えの甘さに歯噛みする。
「四階層からは罠が追加されるのか…」
尚も減少を続けるHPに、ポーションを飲むことで急場を凌ぐ。時間が経過するに従って、毒が体外に追い出されるかもしれない。
もう少し事前に調べて於けばと頭を過るが、初見の楽しみはこの一度だけなのだと思い直す。
ダンジョンのモンスターが徘徊しているのだから、このまま留まる訳にはいかない。このダンジョンに休憩ができる安全地帯が配置されることを祈りながら、ダンジョンの探索を再開した。
「毒と言っても、移動する分には問題ないか」
夜目が利く種族のおかげで、松明などの光源を必要としないために、光源に引かれたモンスターと戦闘になることもない。
しばらく道なりに進んでいると、小部屋のような広さの空洞にたどりついた。
「…ゴブリンの住処か?」
中の様子を覗き見てみれば、十匹前後のゴブリンが火を起こし、獲物と思われる何かの肉を焼いている。その姿はキャンプで火を囲う人のようで、クロバクに来る前に寄った理性あるゴブリンの集落を思い起こさせた。
「…ダメだな」
ここはダンジョンなのだから、遭遇するゴブリンは全て討伐対象のハズだ。
知らない間にキャラクター作成時の時点で、ゴブリンを選択出来るようになったのかも知れないが、ここに来るまで他の宿主と遭遇しなかったことから、個人またはパーティ毎に部屋が割り振られる由緒、インスタントダンジョンだと予測できる。
だからここで遭遇するするのは、倒してもいいモンスターのハズなのだ。だが、集落で過ごした事を思い出した後だと、一番簡単な魔法で奇襲に踏み切れなくなった。
「…それなら、『召喚』『サモン』」
意思の疎通が出来るのか確かめる為には、一度姿を晒す必要がある。カード召喚でも何か呼び出せないかとも考えたが、対して広くもない通路でゴーレムを呼び出すのは躊躇われた。
一通りのモンスターを呼び出し終えて、黒子豹の手触りのいい毛並みをひと撫ですると、曲げていた足を伸ばし立ち上がった。
「…ふっー、やれやれだ」
わざとらしい独り言が、小部屋の中で木霊する。中に入ってきたことに気が付いたゴブリンが、警戒心を剥き出しにした様子で視線を向けてくる。
「あー、肉の焼ける良い匂いだ。それ…なんの肉だ?」
ジンの姿を認めたゴブリン達が、奇声を上げながら標的に迫った。
「安心したよ」
一言呟くと、召喚したモンスターをけしかけた。
スケルトン、ゴースト、黒子豹。呼び出された魔物が、ゴブリンを相手役に踊り始める。
スケルトンが振るう刃毀れだらけの剣がゴブリンの肌を叩き、ゴーストは棍棒が届かない天井にて魔法を放つ。柔軟な体を持つ黒子豹は、乱戦となった会場で足の間をすり抜け、愛嬌たっぷりに遊撃を買って出る。
いつもの光景だった。
「【ネクロマンシー】…」
呼び出されたのは、生命なき骸の群れ。ダンジョンに入ってから、打倒したアースゴブリンの骨を用いたマリオネットだ。
「毒があるから、体力が減りやすい接近戦は論外だ」
杖をゴブリンに向けながら、言霊を飛ばすように告げる。
「…前衛に召喚モンスターを配置するのは前提としても、やはり短期決戦が望ましいか」
以前モンスターの骨を組み合わせて作り出した歪な巨影。ネクロマンサーの基礎スキルである【ネクロマンシー】を活かすスキルが【アンデッド作成】だと思っていた。
だが今は【ネクロマンシー】を使用する為に、倒したモンスターの素材を手に入れる【アンデッド作成】が必要だったのだ。
「【ネクロマンシー】は、死者を操るスキルだ。大成すれば、戦いが続く限り戦力が増強される」
いまだスキルLevel1の【ネクロマンシー】では、そのような威力を発揮することはない。だからこそ【アンデッド作成】で集めた素材で、扱いやすいアンデッドを作成するのだ。
そうすれば扱い易く、能力も調節した強個体を素材の許す限り生み出せる。ネックになるのは【アンデッド作成】が生産に分類されるだけあって、一体を作るのにそれなりの時間が掛かる事だ。
ならば作成の過程を捨てて、素材をアンデッドとして操ってやればいい。
「…起き上がれ、骨の戦士達!」
インベントリの中に収められたアースゴブリンの骨が地面にバラ撒かれ、ネクロマンサーの呼び声に応えるように立ち上がる。
「殲滅せよ…ボーンゴブリン!」