第二階層の罠
ゴギャっと小さな悲鳴を上げて吹き飛ばされる人影を睨みながら、携えた大鎌の刃を逆立てる様に構え【識別】で情報を読み取る。
アースゴブリン レベル1 ランク1
「ゴブリン?」
集落で出会った様な理性的な姿とは程遠く、身に付けている物も腰のボロ布一枚切り。カルセドニーで初めての戦闘をした時を思い出す。
「ギィ…」
子供の唸り声を連想させる低すぎない声を響かせながら、地面に手を付いて立ち上がってみせる。
「ああ…今はクロバクが開始地点のプレイヤーもいるんだよな」
カルセドニーが戦火に呑まれ、国としての体裁を保てなくなった。それからカルセドニーを除く、各国を初期配置とするプレイヤーが参戦する訳だが、その中には生産を主軸に楽しむプレイヤーも含まれる。
ダンジョンに入る許可を得るのに必ずしも戦闘をする必要はなく、地のダンジョンがあるクロバクは鍛冶技能で知られたドワーフの国である。ダンジョンでしか入手出来ない素材があれば、生産しかしていないプレイヤーが乗り込んで来るのは容易に想像できる。
「ギッ!」
土色の肌をしたゴブリンは、短い助走の後に飛び上がり、両手を自身の頭上から勢い良く振り下ろした。
「あ」
アースゴブリンの攻撃をなんの抵抗もなく受け入れてしまった。
俺に一撃を加えたゴブリンは、体制を崩して足元に転がり落ちた。
「ッ!」
二撃目を貰わない様に、急いで足元を大鎌で攫う様に切る。
「ギ!」
短い悲鳴を上げながら、ゴブリンの体は粒子となって消えて行った。
「しまったな…これがゴブリンじゃなかったら、複数体だったら…気を引き締めないとな」
洞窟の様なダンジョン内部で、大鎌を振り回すのを諦めて杖を取り出す。
「有形無形はもう使えないか…注意しておこう」
前衛役に黒子豹を召喚し、ダンジョンの奥へと向かう。
何度かの戦闘を経てダンジョンのモンスターの傾向が掴めて来た。やはり入って直ぐのエリアから、次の第二階層までの間は初心者用というか、難易度が低く設定されている様だった。
出現したモンスターは、アースゴブリンを始めアースドードーという地面に潜る鳥が現れた。モンスターを倒したら、壁の一部が発光していた。気になって【鑑定】してみると、採掘ポイントと出た。
思い返して見れば【採掘】のスキルは、βで衝動買いしたのは良いもののなかなか使用する機会が訪れなかった。統括者の鋼はクエストの産物だし、鍛冶の基本素材であるカラー鉱石は割高でも購入可能だ。
「周回するなら、つるはしを買って挑まないと報酬は見込めないか?」
攻略以外に目的を持たず挑んでいるのだから、報酬の見込みが薄くても仕方がないと割り切れるが、宝箱の一つでも見つかってくれないとダンジョン攻略という気分の高揚が薄れてしまう。
第一階層を突破して、石でできた階段を上る。
登り切って周りを見渡し、第二階層も変わらぬ土と石が混在する洞窟状の道が続いているのが見えた。
進んでいくと所々に、つるはしや壁が崩れてできた小石が散乱しているのに気が付いた。
「態々買わなくてもダンジョン内で拾えると…」
何の気なしにツルハシを取って、石壁を叩いてみる。
「なっ?!」
絶命の叫び声を思わせる不気味な音が洞窟内に響き渡り、ガリガリと何かを削るような音を立てながらソレは現れた。
太く長い身体に体内まで生え揃った無数の蠢く牙、暗い四つの瞳が餌を求めて零れた唾液がジュワリと地表を溶かした。
「なッな…っ」
アースワーム レベル20 ランク3
一拍の無音が過ぎ、巨体が波打つ。
「勝てるかぁ!」
蠢くアースワームを背に向け、迷ことなく一時撤退を選択する。
広い場所で大鎌を装備しているのなら話は別だが、いま手元にあるのは頼りない木製の杖が一本。巨体に似合った体力をしていた場合、召喚モンスターではHPを削り切るまでの時間稼ぎも難しいだろう。
「ハァ…はぁー」
一層に逃げ戻り、息を深く吐き出す。
アースワームは階層を移動することが出来ないようで、階段を降りた後はあの蠢く音も聞こえなくなった。
「黒子豹は食われたのか?」
【召喚魔法】で呼び出した黒子豹は、気が付いたらいなくなっていた。再び黒子豹を召喚し、続いてゴーストを二体召喚する。
「前衛には頼りないが、二階層の入り口に陣取っているかもしれないしな。『ウインドボール』」
杖を構えて、今一度階段を上った。