『創造』の名を持つ街
ありがとう
ゴブリンの集落から、また一日の道中を経た。
モンスターが跋扈する世界だけあって、ただマントを寝袋代わりに野宿をするのでは命が危ない。集落のゴブリンたちから聞いてあった野宿の方法が大いに役立ち、安全に朝を迎えることが出来た。
体が小さく持ち運ぶ食料が少ない彼等ゴブリンは、長時間の移動を伴う行商に向いた種族であった。集落出身の行商人も珍しくなく、里帰りの折に色々な知識をもたらしたのだとか。
野営の方法など当然のように集落の子どもですら知っていた。ハウスオーブを両親に譲ったばかりだと告げて事無きを得たが、知らずに旅に出たジンを老人達が数日滞在するよう説得し始めていたからな。
「…漸くか」
巨大な火山を中心に二重の円環を描く大都市は、城壁に開けられた巨大な城門で訪れる人々や物資を飲み込んでいる。
何よりも目を引く巨大な火山は、優に三千メートルはあるだろうか。
「次の方!」
出入りを管理する衛兵が、周囲に聴こえる様に声を放つ。
大都市の容貌に見とれていた俺は、その声に我を取り戻し急いで列の最後尾に並んだ。
次第に目前の列が短くなり、一つ前に並んだ馬車が城門を通り抜けるとジンの番になった。
「止まれ…クロバクへは何の目的で?」
意外な事にクロバクの出入りを監視している衛兵は、ドワーフではなく獣人だった。耳を見る限り、犬か狼系の種族であるとあたりを付ける。
「俺は冒険者だ。ダンジョンでの冒険を求めて来た」
「ダンジョン?」
男はため息を吐くと「冒険者の登録をした場所を確認したい」と質問を投げかけた。
「カルセドニーだが…」
「カルセドニー…冒険の国か、だとしたら冒険者カードを持っていないんじゃあないか?」
「冒険者カード?」
ゲルマの冒険者ギルドでは、依頼を受けるのにカードの確認など無かった。
「ゲルマではカードの提示を求められなかったが…」
「ゲルマ…あー、港の町か。町の中での雑務なんかは、孤児なんかへの仕事を斡旋するんで登録カードは要らない。それに他国の冒険者が登録するなら首都のギルドでと言う決まりだ」
言われてみればゲルマの受付嬢は、俺たちの目的地が最初からダンジョンだと知っていたし、自分が語らずとも俺たちは首都へ向かう。ゲルマで受けたクエストももとはと言えば、受付嬢の勧めで受けたものだ。大方、受けてのいなかった塩漬け依頼をまとめて処理させてやろうと考えたのだろう。
「そうだったのか…それで、その冒険者カードがないと中には入れないのか?」
「いや、そんなことない。カルセドニーの冒険者は特にな」
出入り禁止では無いのは助かったが、カルセドニーの冒険者だと何か特別な処置があるのだろうか。
ジンの訝しげな表情を読み取ったのか、衛兵が声に苦笑いをしながら続けた。
「別に悪い話じゃないが…他にも並んでいる人がいる。話は冒険者ギルドで聞いたらいい、この板の上に手を置いて…ほら」
「冒険者登録の石板みたいだな…」
手を置いた板は、金属に触れたような冷たさを感じさせる。
「…反応なし、珍しいな中庸とは…。ほら通行許可証だ通って良いが、許可証の期限は今日一日までだ。正式に出入りしたければ、ギルドで登録して来るのが手っ取り早いぞ…次の方!」
衛兵の声に促され、歩き出す。
「クロバク…ブラックオパールの和名。宝石言葉は『創造』…楽しみだ」
石、石、石。城壁も足元の石畳も家屋の壁も、建材の多くが灰色の石が建物に統一感を与えている。チラホラと見える木製の建物からは、エルフやビット族が出入りしている。
「さて…ギルドはどこだ?」
近くの店で買い物がてら話を聞こうと歩き回っていたら、腰に剣を差した上半身だけ鎧の剣士とわざとらしい三角帽子を被った魔法使いが人込みの中を進んでいる姿を見かける。
「…ああ、他のプレイヤーや現地民の冒険者も当然いるよな」
呟きながら冒険者と思われる者たちの背中を追いかける。まるで同じ方向に用事がるのだと言わんばかりに。
やがてジンと反対方向に進む槍使いや、同じ方向に進むリスを肩に乗せる少女。子どもに手を引かれるシスター風の女、全身を金属鎧で固めた騎士風の男などプレイヤーを思わせる風貌の者たちとすれ違う。
「ギルド…」
それからものの数分もしない内に、冒険者ギルドの看板が掛けられた酒場に到着する。
前の二人が酒場に入る姿を見とめると、歩く速度を緩めゆっくりとギルドの中に入った。
「…」
ギルドに酒場が併設されるのはドワーフの要望なのか、冒険者への需要があるからなのか、ギルドの中は酒で出来がった酔っ払いが騒音を撒き散らしている。
装備を一新したお陰か、他のプレイヤーから声を掛けられる様なこともなく受付の列に並ぶことが出来た。
「ようこそ当ギルドへ、ご用件をお伺いします」
長蛇の列を忍び待ち続けて辿り着いたのは、可憐な容姿の女性ドワーフ。やけにれつが長い気がしていたが、この娘が目的だったのか。
「冒険者登録をしたいのだが……手の空いている職員がいるなら呼んでもらえるだろうか?」
後ろで睨みつけて来る冒険者をチラリと一瞥する。
「そうですね…マスター!」
受付嬢が振り向き、自分の後方へと声を響かせる。
「なんだぁ…また馬鹿が出たのかぁ?」
のっそのっそと巨体を揺らし、部屋を隔てる暖簾を長い二本の角が突きき破った。
「今回は、マジメなお客さんですよ。わたしが受付を開けるので、マスター代わりお願いします」
「…っ!」
そう言い切りジンの手を引いて、カウンターの奥へ立ち去ってしまう。
ジンは靴の裏が摩擦を失ったかの様に容易く引き摺られ、倒れない様にバランスを取るので精一杯で、ギルド内から沸き立つブーイングを気にする余裕も無い。
「うるせぇ!」
事情の読めないギルドマスターの叱咤で、ギルド内が静まり返る―ことは無かった。
「ギャハハハ、ガキどもが叱られてやがるぞ!」
「子供好きの変態共が、酒が不味くなるわ」
「ガッハハ、おいマスターこっちで飲もーぜ!」
すっかり酒に飲まれた冒険者は列を作っていた宿主を一頻り煽り倒し、飽きたらその矛先をギルドマスターに向けた。
「だあぁ、オラァ仕事だ!」
酔っ払いの笑い声に紛れ、蜘蛛の子を散らす様にギルドを後にする一部の冒険者たちの背中を睨みつける。
自分たちが抜け出した後の様子など知る由も無いジンは、出されたお茶を何の警戒心も無く飲み乾していた。
「…ふぅ」
「あら、良い飲みっぷりだこと…おかわりはいかが?」
「頂こう」
少し食い気味に反応してキャラが崩れかけているが、水魔法を使えないジンにとって道中の水分補給は水筒を頼る他なかった。その水筒も夜の内に底をつき、今のいままで飲み水を得る事が出来ないでいた。
「…美味い」
しみじみと呟くその顔は、若者らしい元気さどころか足湯には入りながらお茶を楽しむ老人の様である。
「それで登録よね…えっと幾つか質問に答えてね?」
「わかった」
彼女は一枚の紙を引き出しから取り出しテーブルに置くと質問を始めた。クロバクでは情報を用紙に記入して登録しているようだ。
「出身はどこ?」
「特にどこという物はない…以前はカルセドニーで冒険者をしていたが、冒険者カードなどこの街に来て初めて知った」
ジンがそう口にすると、ドワーフの受付嬢は大きな目をパチパチと瞬かせた。
「あら、カルセドニーから来たのね。亡び行く約束の地…もっとも約束は果たされて役目を終えたようだけど。そうね…衛兵に何か言われたんでしょ?」
「さあな」
初めての町で迷子になりかけ、幼い容姿の女性に力尽くで引きずられたという濃い経験に塗りつぶされたジンは、衛兵の言葉など殆ど覚えていなかった。
「難しい話じゃないのよ…カルセドニーから来た冒険者に便宜を図っているだけでね?」
「便宜を…なぜ?」
カルセドニーが滅亡したのが最近とは言え、冒険者は元々根無し草だ。避難民として扱われるのかも疑問だ。
「第一王女シードル様の発案よ」