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グリモワール・オンライン  作者: 灰猫
七つのダンジョン編
151/168

信への歩みロバの如く

 堅牢な城が見下ろす城下町。ジン達が船で降り立ったクロバク海域の玄関口である港町ゲルマは、国の名を関する首都クロバクから馬車にして、数日の距離に在する。この港町には、海からの攻撃に備えた堅牢な石造りの砦が睨みを利かせている。

 てっきり城なのだと思っていたジンは依頼を受けた商店へ向けて移動する最中、クロバクの情報を得ようと開いた掲示板を見て認識を改めた。

 今回の依頼は食料品を中心に扱う卸売業から出された依頼だ。行う業務は商品の運搬だが半日ほどの時間を掛けて、船に積み込んだり小売り店の倉庫まで運んだりと肉体を酷使する作業が続く事になる。

 駆け出し冒険者の為の依頼なのか、報酬は1200コルと拘束時間の割に報酬は少ない。仮に首都からやって来た冒険者がいたとしても、既に駆け出しと呼ぶには不適格な実力を伴っているだろう。

「…冒険者ギルドから依頼を受けて来た冒険者だが、依頼人は戻られただろうか?」

 店の前に立ち木のドアを叩きながら言葉を投げかける。

「…はぁーい」

 店の中からなんとも気の抜けた返事が耳に届いた。数秒掛けてガラガラと音を立てながら店の戸が開き、見覚えのない男性がジンを出迎えた。

「ああ、貴方が妻の話していた冒険者の方ですね」

 男性は寝ぐせの付いた頭を軽く掻き、眠たげな表情を誤魔化そうとしている。

「先に挨拶に伺った折に対応して頂いた女性が、貴方の奥様であるのなら恐らく…」

「ははは、アイツも奥様なんて呼ばれる年になったんだなぁ。昔は…いや、昔から僕より大きくて強かったか」

 過去に想いを馳せながら、また片手で頭をポリポリと引っ掻く。

「ああ、すまない。妻とはいわゆる幼馴染という奴でね…まぁ、小さい頃からよく泣かされたものさ」

「…それで仕事の件だが」

「…あー、申し訳ない。四時間程前に帰って来たところで、いま仮眠から起きた所なんだ。なので着替えて来るまで待って貰えないかな?」

 ジンが快く了承すると、店舗の車庫に案内された。車庫に止められた荷馬車の荷台は、仕入れ荷と思われる木箱で一杯になっている。

「それじゃあ…さっさと着替えて来るから!」

 ドタバタと忙しなく駆け出す男性の背中を見送り、車庫の中を見て回っているとブルルそして、ブルブルと生き物の吐息が室内に響いた。

「馬…か」

 日常で目にする車庫には、馬を飼育するスペースを作る事はそうない。馬車を運用していた時代で一時的に馬車を留め置こうとすれば、馬小屋の前に留めるだろう。

 四時間前に帰宅したそうだから、他の従業員に積み荷を任せるのを遠慮したのかとも考えたが、他の従業員などジンは見た事がない。まぁ他に従業員がいるのならば、積み荷の運搬をギルドに依頼する理由など無いのだ。土地勘もない自分が知らないだけで、あまり治安が良く無いのかも知れない。

「…遅いな」

 男の背中を見送ってから車庫の中を興味深そうに観察していたジンは、視界に表示されているデジタル表記が過ぎ去った時間を告げている。

「あれから三〇分か…」

 思い返して見れば、応対に出た男が昨日あった女性の夫だとする確証も無い。

「…人の家に勝手に忍び込むのは気が引けるが、中で倒れているという事もある…か?」

 こちらが訪問して急がせてしまったようだから、どこかで転んで頭を強打している可能性もある。

 ジンは自分の都合の良い可能性を盾に、夫婦を探すため店舗内を調べる事にした。

「おーい…って名前も知らなかったか」

 店番をしていた女性は兎も角、依頼をだした店主の名前を確認していなかったのは自分の落ち度である。店内に踏み込む前に引き受けたクエストの依頼主を確認する。

「…書いてないな」

 クエストには、クエスト名と難易度の指標になるランク。そして報酬と依頼内容を簡単に記したもの。後はクエストの種類であり、それらの内容からは依頼主の名前を確認する事は出来ない。

「それ以前に依頼主が男か女かも分からないじゃないか…」

 このときジンの頭の中で、悪い予想が湧き出ては組み上がっていくのを自覚した。

「…もしかして応対に出た二人は、依頼人どころか店と何の関係も無い人だったりしないよな?」

 そんな不安が辿り着いたのは、依頼を出した店主が強盗に遭ったのではないかという根拠のない推理だった。

 店に押し入った強盗は、店主を拘束。店の物資を回収している所に、冒険者ギルドから冒険者が訪れる。そして拘束している店主に出した依頼を聞き出し、適当にやり過ごす為に応対に出る。その場をやり過ごした強盗は店を離れようと思ったが、何かしらの理由で店から動けなくなり、建物内に冒険者を誘導して始末しようとしている。

 強盗は応対を受けた男女の二人組で、っとジンの頭の中を駆け回る不安がどんどんと加速していた。

 ガラッ。

 古い引き戸がゆっくりと開かれれば、顔に青あざを付けた男がフラフラと車庫に入って来る。男の顔を確認したジンは驚いて駆け付けると、今にも倒れそうな男の体を支えながら声を掛ける。

「…ど、どうしたんだ店主・・?」

 未だ不安が巣くう心情の中、店先で話した時には見られなかった痣に付いて尋ねた。

「い、いやぁ。お恥ずかしい所を…顔を洗って着替えにと準備をしていたら、妻に長々と人を待たせるもんじゃないと説教されまして」

「…説教で痣が出来るのですか?」

「はは…昔から口より先にって奴でして。ささ、馬車を出しますよ!」

 男は誤魔化す様に馬の元へと駆けて行った。

「夫婦喧嘩は犬も食わぬ…触らぬ神に祟りなし」

 走って行く店主の背中を見送りながら、先程の醜態を思いジンはそっとこの話を見なかった事にした。

 朝の早い時間は、日常の朝とは違った特別な空気を持っている。走り去る車の排気ガスがないこの世界では、ランニングで爽やかな汗を流すスポーツマンの代わりに汗だくのオッサンたちによる魚の争奪戦が始まっていた。

「この時間は、取れたての魚を売り出す市が開かれている時間なんです。なのでもう少ししたら、魚料理を出す店に青果類を届けに行きます」

 馬車の上からオッサン達による魚介類の争奪戦を横目に、馬車の積み荷を両手で抑える。

「っとなると店に卸す分で終わりなのか?」

「いえいえ、最後に一番大切な所にお届けします」

 その場所が何処なのかと聞こうとしたが、最初の目的に到着した馬車は歩みを止めた。店の中から年老いたドワーフが現れ、二三言葉を交わすと店主は振り向きジンに仕事の始まりを告げた。

「さぁ、運んでしまいましょう」

 指示された積み荷の箱を手分けして店の裏口に運び入れる。正方形の木箱を八箱運び込んだ所で次の店へと向かう。

「さぁ次が最後ですから、もうひと踏ん張りですよ」

 最初の一軒を合わせて、五件の店舗に木箱を運び入れた。馬車の荷台もスッキリしたかと思えば、長方形の箱が荷台の底に四箱も敷き詰められていた。

「今回は仕入れ過ぎて間に合わないかとも思いましたが、冒険者さんのおかげで何とかなりそうです!」

 いくら肉体的な疲労を感じないと言っても、同じ作業を続けるのは辛いものがある。娯楽としてこの世界に来ているのなら、その疲労度は一入ひとしおだ。

 馬車が最後の積み荷を届け様と走らせていた馬の足が止まったのは、衛兵達が集まる兵宿舎であった。

「この建物…だろうか?」

「ええ、はい。兵宿舎の料理番宛で」

 店主の言葉を聞いて馬車から飛び降りる。

「ああ、冒険者さん…兵宿舎の中には入れないので、衛兵さん方が運んでくれますよ」

 顔を馬車から兵宿舎に向ける。そこには兵宿舎の中から筋肉質な男たちが、馬車の方に向かってしっかりとした足取りで向かってきているのが確認できた。

「…そのようで」

 これ以上の運搬作業は無いのだなと言わんばかりに、ホッとため息を零す様に声を漏らしたジンに生暖かい目が向けられた。

「おはようございます。ライズさん」

「おや、おはようございます。ヘンリ副隊長」

 店主の名前はライズで、兵宿舎の中から参上したゴリマッチョ体格のお兄さんが衛兵隊の副隊長なのか。

 それにしても町の治安を維持するのに必要以上に兵宿舎が大きいような気がするのだが、一体何人の衛兵がこの兵宿舎で働いているのだろうか。

「それで、そちらの彼は?」

「はい、冒険者ギルドから派遣してもらった冒険者さんです。そろそろ一人で木箱を運ぶのも辛くなって来たので、従業員を雇う前にどれだけ負担が減るのかと思いましてね?」

 副隊長がこちらをチラリと目配りし、目が合ってしまったので慌てて一礼する。

「そうでしたか…顔に怪我をされていたので、何か問題でも起きたのかと心配したのですが…」

 言われてみるまで頭から抜け落ちていたが、奥さんに怒られたとかで顔に青あざを作っていたな。

「あはは、お恥ずかしい。また妻と揉めましてね」

「またですか…」

 副隊長が右手で額に手を押し当てる姿は、頭が痛いを言外に物語っている。

「余り酷い様なら我々に相談してくださいよ?」

「いや、はは…ご心配をお掛けして」

 いつもの事なのか。

「ヘンリ副隊長、食料品の搬入作業完了しました!」

 二人の会話に気を取られていて気が付かなかったが、兵宿舎から副隊長と同時に出て来た男たちが木箱の搬入をやっていた様だ。いつの間にか荷台が空っぽになっている。

「よし、平時任務に戻れ!」

「ハッ!」

 店主がジンの方へと向き直る。

「それでは冒険者さん。依頼はこれで完了です。報酬はギルドで受け取ってください」

「…わかりました。では」

「お疲れ様でした」

 店主の言葉に一礼をもって返礼すると、次のクエストに向けて冒険者ギルドに向かう。報酬を受け取ったら別のクエストを受けるより先に、ケーキでも食べながら休憩を取ろう。

「無口な人なんですね…彼。あ、納入確認書です」

「さぁ、衛兵さんと一緒では落ち着かなかったのでは?」

 ライズは搬入確認書を受け取りながら、世間話に応じる。これが今日最後の仕事なのは、話し相手のヘンリ副隊長も良く理解している。

 ライズが帰宅できるのは、もう少し遅くなりそうだ。

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