事後承諾とお食事と
起動中の『アライン』を停止させようと頭に手を伸ばした所で、メールの着信に気が付き伸ばした手を止める。
「父さん?」
メールの差出人には『藤堂秀臣』と明記されている。
癖になっているウイルスチェックを済ませてからメールを開く。
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差出人:藤堂秀臣
件名:被験者確保
例の余った『リンクス』の使い道で募集した被験者だが、今日の昼頃に確保出来たぞ。
結構な数の応募があったが、面白い事にお前のクラスメイト二人に白羽の矢が立った。
その二人の名前は『水島弘明』君と『森本美空』君だ。
余っていた『リンクス』分の被験者が用意できたのだが、これからの状況次第では被験者を増やす可能性も十分あるから覚悟はしておいて欲しい。
追伸
二人にはお前が『グリモワール・オンライン』をプレイしている事を伝えてある。
学校で話しかけられる機会も増えるだろう。
この機会に友達を――――
「…ふぅ」
追伸の一行目までメールを読み終えると、そっとメール画面を閉じる。
「面倒だな…」
つい口から愚痴が零れる。
仁が面倒だと言ったのは、同じゲームをプレイしているからとクラスメイトとの会話が発生する可能性が高くなったのがその理由である。
仁は普段から必要以上の人付き合いをしない様にしている。
元々人付き合いが苦手な面もあるのだが、自分の立場を考えると気楽に友人を作る事も出来ない。
「あー、面倒だー」
だが友人が出来ない原因は、面倒な事を避ける仁の性格にあるのかもしれない。
♪
何時もの様に学校から帰宅すると、これまた何時もの様に『アライン』を装着して電源を入れる。すっかり『アライン』が日常に溶け込んでいる事に苦笑いしながら、ゲームの世界に飛び込んで行った。
「…ああ、冒険者ギルドか」
何処でログアウトしたのか忘れていたが、どうも冒険者ギルドだったらしい。
「なんだ、ログインか…。」
「場所考えてログインしろよな」
小声ではあったが、他のプレイヤー達の声が耳に入る。
冒険者ギルドは、住民とプレイヤーの両方が利用する公共施設みたいな物である。時間帯によってはクエストを求めて込み合う。そんなギルドにログインで中に入ろうものなら、邪魔以外の何物でもない。
次回からはログアウトする場所をしっかりと確認しなくてはいけないな。
ふと気が付くと空腹を示すアイコンが点滅している。何か口に入れようと近場の飲食店に入る。ギルドに隣接する様に作られた建物は、実は酒場になっている。
酒場はギルドの中から行けるように中続きになっているので、住民の冒険者が仕事終わりに顔を出している。
早速酒場に移動すると適当な席に座り、お勧めの料理を注文する。
「手が空いてるし掲示板でも見てるかな。そろそろ別の町に行くのも良いかね」
掲示板を開いてプレイヤーの雑談に目を通していく。
「へぇ…上位種族にグリモワールの能力議論、それに加えて未確認情報…いや、噂話か?」
興味深い内容に心が躍る。
スキルの情報も読んでいると中々面白い。
「へい、お待ち!」
時間を忘れて読みふけっている内に注文した料理が出来上がっていた様だ。肉が焼ける香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。久し振りに出会ったステーキに、思わず腹が鳴ってしまいそうだ。
「何の肉だ?」
「おう、これはランバーボアの肉だ。ランバーボアって言えば、その突進力で木を薙ぎ倒す力自慢のモンスターよぉ。今朝入った新鮮な奴だぜ?」
「鮮度を疑ってはいない」
短く自分の意を伝えると「なら良い」っとカウンターの方へ戻って行った。恐らく、厨房に戻るのだろう。
「いただきます」
手を合わせて合掌するとナイフで肉を切り分け、ランバーボアのステーキに歯り付く。
「美味い」
溢れる肉汁とステーキに掛ったソースが混ざって、歯応えのある肉が口の中で踊る。イノシシの肉は獣臭さと硬めの肉というイメージが有ったのだが、このステーキには獣臭さも硬いと感じる部位もない。恐らく丁寧に仕込みをやった事で、問題になる臭みなどを解決したのだろう。
「ご馳走様でした」
ステーキは、気が付いたら無くなっていた。
いや、無心に食べていた所為で、無くなって行くのに気が付かなかったと言った方が正しいだろう。御代わりを要求したい所ではあるのだが、既に空腹度が一杯になってしまった。頼んだ料理は一皿だったのだが、肉は分厚くそれだけで済んでしまった。
現実で同じ量の肉を出されたら、食べきるのは不可能だっただろう。俺は大食いでもなければ、フードファイターでもないのだ。
「ほう、アレを食い切ったか…気に入った。俺の依頼…受けてみないか?」
どうやら食後の運動は、クエストになりそうだ。