学校
澄美は正志と顔をあわせることを恐れ、部屋から出てこなくなった。
涼子は正志を恐れ、家に帰ってこなくなり、病院に寝泊りするようになった。
家族へ復讐の結果は孤独。しかし、正志はむしろ心地よく感じていた。
(さて……。今日から本格的に『救世主』としての人生が始まるな。具体的には何をしたらいいか……)
涼子に命令して銀行からおろしてこさせた3000万を見て考える。
(こんなはした金じゃ何もできないな。いや、そもそも金なんてのは人間同士のトラブルを避け、円滑に取引を行なわせるための物だ。新人類である俺にとっては全く意味がないな。この金は元手にする程度だな。まずは自分に従う人間を集めないと。その為には少々突飛でも全国に俺の名前が知られるようにすればいい。一億二千万人の日本人のうち、100人に1人でも俺に人生を賭ける奴が出れば、充分にノルマ達成だな。とすると……)
これからの計画を練る正志。
(くくく……。決まりだな。人間のルールに沿ったやり方なら下策もいいところだが、俺はもともと人間社会をぶちこわす存在なんだ。何の遠慮もいらない)
一人で悦に入る正志。夜は静かにふけていった。
家族への復讐を果たした数日後、何ヶ月かぶりに学校に行く。
(ククク……。お前らの平穏な日常は今日で終わりだ。その事を知らずに平和を享受している。愚か者達め)
一人でブツブツといいながら歩く正志。今まで憂鬱だった通学路も、全然違った景色に見える。
例のごとく周囲の生徒たちはその姿を不気味そうに見ていた。
教室への扉を開けた瞬間、クラスメイトからの視線が集中した。
「ゴヘイだ」「生きてたのか」「またきやがった」
正志は平然と教室を見回し、自分の席をみる。
なんと、机の上にはまだ花瓶が乗っていた。以前なら見るたびに嫌な気持ちになった正志だが、今はそれをみてニヤニヤと笑いがこみ上げてくる。
「何~?あいつニヤニヤ笑っているよ。気持ちわるい」
さっそく見咎めて、美香が笑う。
「車に引かれた時に頭でも打ったんじゃない?ま、以前からおかしかったけどね」
「たしかに。あれ以上おかしくなんてならないか」
里子と弓のかけあいに、キャッキャと笑いあう女達。
「ほんと、あいつ来て欲しくないわよ。最近姿見なくてせいせいしてたのに」
憎々しげに言う弓。正志を貶めれば貶めるほど、周囲から同意を得られて幼馴染だったという過去が帳消しになる。その為、正志が何をしたわけでもないのに、心の底から憎しみを感じていた。
「でも、またどうせすぐ来なくなるんじゃない?工藤君たちが教育してくれるわよ」
嘲笑う里子。スポーツ選手のさわやかな精神は、正志に対しては発揮されないようだ。自分の手を汚さず、誰かに苛めをやらせて、それをみて笑う楽しみを享受している。
「呼んだ?」
その時、明るい声で工藤啓馬が女子に話しかける。
「別に~。ただ、また誰かあいつを追い出してくれないかなって。みてるだけでキモいし」
里子が聞こえよがしに言う。
「任せとけって。俺達正義の戦士が、邪悪なナメクジを退治してやるよ」
鳥田光利が太った体をゆらしてアピールする。
彼らが好き勝手に言ってる間に、正志は学校中にソウルウイルスを散布していた。
ソウルウイルスはエネルギー体なので、半径500メートル以内なら壁もすり抜け、本人に気づかれることなく人体操作プログラムをインストールできる。彼らは気がついていないが、正志の意思によって自由に操れる。正志がひそかに作業を終えた頃。ホームルームをするために体育教師の岡田泰が入ってきた。
がっしりとした体、明るい好青年を装っているが、クラスをまとめるためイジメを放置している卑怯者だ。
「出席をとる……なんだ、吾平、生きていたのか」
残酷な言葉を投げかける。いい年をして自分の言葉がどう相手を傷つけるか理解していない。本人は冗談のつもりだったのだろう。教室中が笑いに包まれる。
正志は今まで我慢していたが、これ以上猿たちの集団にいるのが耐えられなくなってきた。