いじめられる弓
「なによ。あいつがちょっと変な力付けたからって。そんなに怖いの? 意気地なし」
必死に言い返す弓だが、誰も同意しない。
「だったら、お前がどうにかしろよ。お前は怖くないんだろ? ご立派で勇気がある弓さんにここは任せようじゃねぇか」
揚げ足をとって光利が煽る。
「偉そうにそんな事言うからには、どうにかできるんだよね~?」
「ゆみっち。お願い。成功したらおごってあげるからね~」
クラスの女子からもそんな声が上がった。
「椎名弓があいつにふさわしいと思う人~」
里子がわざとらしく言うと全員の手があがる。誰もがニヤニヤと薄笑いを浮かべていた。
「み、みんな…」
絶望する弓。彼女は生まれて初めて周囲から苛められる経験をした。
(何……なんなの。これは悪い夢なの。昨日まで友達だと思っていたみんなから苛められる立場になるなんて……。苛められるのはいつだってあいつだったはず。小さい頃から何があっても叱られたり悪口を言われるのはあいつで、私はいつだって褒められる立場だったのに。なぜなの? ……いや、誰か助けて。私は悪くないのに)
昨日まで正志に何をしていたかを棚に上げて、自分が仲間に裏切られた悲劇の少女のよう泣き出す弓。クラスメイト達は冷たく弓を見下ろしていた。
一つずつ教室をゆっくり回っていく正志。1―Bに入っていった。
正志が教室に入った瞬間、今まで騒いでいた生徒が静かになり、教室の隅に集まった。
「おいおい、これからお前等の救世主になる俺様に対して挨拶もなしか」
正志が嘲笑うと、教室に怒号が湧き上がる。
「ふざけるな。一体何が目的だよ。俺達が止めてやる」
一際体格のいい男子生徒と、その取り巻きらしい2人の生徒が殴りかかってくる。正志が軽く念じると、殴りかかろうとした体勢のまま固まった。
「馬鹿には躾が必要だな。お互いの歯を一本ずつ抜け」
正志が命令すると、体が勝手に動く。
「な、なんだよ……なんで体が勝手に!」
「やめろ!ギャァァァァァ」
普段では絶対に出せないような力で、互いの歯を一本ずつ強引に抜きあう。
生徒たちは床を転げまわって苦しみもがいた。
それをみて戦慄する他の生徒達。
正志は余裕たっぷりに彼らを見回すと、口を開いた。
「まあ、現実がわからない馬鹿は放っておいて、助かりたかったら一人生贄によこせ。お前達の中で最も嫌われている奴をな。一人を犠牲にして後は助かるんだから悪くないだろう。一時間以内に校長室によこせ」
正志が言うと、教室はシーンと静まり返る。
「へたなことをすると、、こいつ等みたいになるぜ。あと、自発的に俺に魂を売りたい奴は歓迎する。将来負け組みが決定しているお前らの人生のたった一つのチャンスだぜ」
正志の言葉に動揺する生徒たち。
「チャンスって? 」
「別に信じなくてもいいが、少なくとも今の世界は近いうちにに崩壊する。いわゆる人類滅亡だな。俺はこの滅ぶべき腐った世界に降り立った、たった一人の救世主だ」
正志は自慢にそうに胸をそらす。皆は恐怖と会議にあふれた目で見た。
「あんたが救世主だって?」
「『信じる者は救われる。お前らの助かるチャンスは俺の僕になって、新人類に進化すること以外ない。そうすれば約束の地エデンに行って、幸せに暮らせるぞ。生き残りたいならこちらにこい。すべてを捨てて俺に帰依するなら、救ってやろう」
正志は一転して慈悲に溢れた笑みを浮かべるが、言っていることはカルト宗教の教祖と同じなので誰も納得できなかった。
「……気でも違ってるのか?」
「ああ、発狂しているという自覚はあるよ。というか、正気で人類の救世主なんかやっていられるか」
正志ははき捨てるようにいう。
「だけど、言っていることは事実だ。今まで現れたエセ預言者とちがい、俺は力を直接見せてやっている。信じるか信じないかはお前たちの自由だ。俺は100人の中の一人が俺に従う選択をするだけで、充分人類救済のノルマはこなせる。あとはお前ら次第だ。こうやって直接勧誘されただけでもありがたいと思え」
言いおいて次の教室に向かう。正志が出て行った教室では、喧々囂々の言いあいが行われていた。
全校生徒のクラスを回って同じ事をする。
(これで二段階目は終了だな。この学校には三年まであわせて12クラスあるから、先生を一クラスとすると少なくとも12人の下僕が手にはいるだろう)
正志の目的は自分の部下を揃えることだった。自分と同じ能力を持つ進化した新人類を作り、自分の王国を作り、日本中に広げる。
(次は第三段階だな。そろそろ警察やマスコミが来る頃だろう。俺一人で日本、いや、全世界を相手にするんだ。最初から事を起こして、有名になって俺の信奉者を集めないと話にならない。せいぜい踊ってくれよ……)
学校の外に騒ぎが知られて、警察が来ることを期待する正志だった。