先生の過去
学校はすでに冬休みになっている。受験シーズンのこの時期、生徒たちは気持ちが不安定になっているため、何かあったときなどすぐに対処できるように先生たちは交代で職員室に待機している。
私は朝、担任に連絡した。幸い、今日は学校に来る日だった。進路のことで・・というと担任も私に伝えたいことがあると言った。お互いに話があるようだから都合が良いようだ。
早速、学校に向かった。
学校は休みでも電車や街中は通勤などいつも通りである。満員電車に潰されながら登校した。休みの学校は驚くほど静かだ。朝の通勤ラッシュの騒がしさから急に別の世界に来たようだ。 職員室に入り担任と対面。
(おはよう。今日は私が当番なんだ。何もなければ一日、ここで過ごしてるだけだから。笑)
(でも静かなんですね。休みの学校って。)
(ま、何も無かったらこのまま終わるだけだし。笑。ゆっくり話そうか?ちょっとコーヒー入れてくるから。)
(え?こーひー?)
(大丈夫よ。誰もいないんだから。コーヒーくらいいいじゃない?学校も冬休みなんだし女同士、ここは内密に・・・笑。)
何か理解のある担任だ。ここはじっくりと話をしたい・・・
(さ、どうぞ。これ、イケるわよ。)
コーヒーとお菓子が出てきた。ここは遠慮なしにいただくとしよう。
コーヒーを啜りながら担任が話を始めた・・・
(私、昔、すごいワルでさ・・)
(え?ワルって?)
ちょっと意外な言葉が出てきてびっくりした。どんなワルだった?
(私が中学生のころ・・まだ昭和の時代ね。当時は(校内暴力)が深刻な問題になっていてね・・生徒が先生に殴り掛かったり、校舎のガラスや壁など壊したり消火器を撒いたりして凄い時代だったの。だって学校の中で(タバコ)を吸ったり、暴走族が校庭に入り込んできたりしてさ。そんな連中の中の一人だったんだ・・)
校内暴力問題・・・
昭和50年代に中学校を主に学校内で先生に暴力を振るう、学校内でタバコを吸う、酒を飲む、器物を壊すなど社会問題化し国会でも取り上げられるまでになった。警察が中学校に入り生徒が逮捕されるという事件も多く、連日、新聞やニュースなどで報道されていた。番長グループ、ツッパリグループなどと言われ、昭和50年代をピークに少しづつ沈静化していき昭和60年代になるとその報道はほとんどされなくなった。
(私が中3のとき、暴走族の集会で警察に捕まってね。その時に担任の先生と両親が警察に来たんだ。それ以前にもシンナーや万引き、家出とか色々やってね・・迷惑かけたんだ。そして先生と両親がさ・・・)
【もう、今度こそはダメだろう・・と思い今日も来ました。何度も補導されてそのたび裏切られて・・・確かに起こした行動は決して許されることではありません。しかし、やはりこの子は私たちの子どもです。その子供が過ちを犯したときその親は決して背を向けてはいけないんです。間違いを起こしたら何度でもこれはダメなんだと教えるべきなんです。
正直・・私たち親子は関係が上手くいってません。でも絶対に諦めません。いつか分かってくれるときが必ず来る・・・その時が来るまで親としてこの子と向き合うつもりでいます。 それでも分からなかったら、出来なかったら・・・そのときはこの子の寿命だと思っています。】
【私はもう、今回だけは行くのはやめようと思っていました。しかし、それでは私は何のために教師になったのか?自問自答しました。やはりこの子にはキチンと向き合っていかなければならない。生徒を信じてあげる・・きれいごとのように聞こえますがその答えは必ず帰ってくると・・そう思いご両親と来ました。 この子はまた問題を起こすかもしれません。いや、起こすでしょう。 でも私がそういう問題に直面しても打つかっていかなければこの子は本当にダメになります。分からなかったら何度も何度もこれはいけないんだ!とキチンと伝えるべきなんです。もしそれが出来ないなら私は教師を辞めるべきなんです。 いつか分かってくれるときが必ずくる・・その時が来るまで私はこの子を見守り続けたいと思います。】
(担任も両親も涙を流しながら言ってた。 本当に悪いことしたな・・と思ってね・・もう先生にも両親にも悲しませることはやめようと思ったんだ。)
(その後は、どうしたんですか?)
(その時には、逮捕者も出てね。私も補導されてのちに家庭裁判所までいき審判を受けて(保護観察処分)になったの。)
(でも、高校も行き大学にも行って先生になったんでしょ? どのようにしたんですか?)
(保護観察処分になったときにはもう、2学期も終わりに近くて担任が今から、全力で受験勉強だぞ!って言ったの。私はえ?ってなるじゃない? だってほとんど勉強なんてしてないんだから。笑。でも、他のクラスの先生や生徒も親身になって支えてくれたの。あれだけ学校やみんなに迷惑かけたのに、こんな私にここまでしてくれるなんてって本当に情というのを感じたな・・・だから私もやれるとこまでやったんだ。)
(高校は合格?)
(合格した。笑。二次募集でね。合格発表の日は卒業式当日でね・・・高校側から中学に連絡が来たんだ。卒業式の真っ最中に校長先生が緊急発表みたいに、無事に高校に合格しました。と言ったんだ。そしたら式場の中は拍手喝采で大盛り上がり。笑。もう、嬉しくて嬉しくてしゃがみ込んで大泣きよ。 警察署で担任と両親が言ったことがようやく理解できたような気がしたな・・・)
(その中学も私が卒業をする頃に東京都や区の教育委員会や警察、PTAなど立ち入り調査が入り劣悪な環境から徐々に改善されていき、時代の流れもあり(ツッパリグループ)なんて言葉もなくなっていったな・・その後は少子化の影響もあって他の中学と統合になったりして今は廃校となってる。)
・
(高校に入ったあとはどうだったんですか? 何で教師になろうと思ったんですか?)
(私も最初は教師になろうなんて思ってなかったの。卒業してから・・高校2年になるころかな? クラス会があるっていうんで卒業生で集まろうってなってね、久しぶりにみんなで会うことになったんだ。その頃はまだ廃校になってなかったから当時の教室で再会することになったんだ。一年くらいしか経ってないのに、みんな大人っぽくなっててさ。ツッパリグループの連中もいて、あんまりにも真面目姿になってるから本当にビックリ!アフロヘアや金髪の髪も黒く真っ直ぐになっていて、社長になるんだ・・とか大学目指し将来は上場企業に就職・・とか・・女番長なんて言われてた子も英語を話せるようになって海外に行く・・など、別人になっていてね・・・本当に。他の子たちもバイクで世界を周るとか日本を自転車で旅するとか、色々な夢をもっていたな。)
(そこで先生も教師になろう・・って?)
(うん。私も何か目標を持たないといけないな・・・と思って。 私がいままで迷惑をかけた分、なにか恩返しをしたいと思ってさ。だったら今度は私が教師になり生徒と向き合って行こうって思ったの。それからはエンジンがかかって教員免許を取得するために猛勉強よ。笑。)
(大学にも進学して、免許を取った?)
(そう。大学に進学して教員免許を取得したときには真っ先に中学時代の担任に会いにいったな。教員免許を見せたときに担任は良くやったって泣いてた。両親も喜んでくれてさ。本当に迷惑かけたんだな・・って20歳こえてようやく分かったような気がした。でもさ、研修も終えて中学校の教師に配属されたとき、担任は亡くなっていてね・・私の晴れ舞台は見せられなかったな。これだけは本当に悔やんだよ。)
(あ、コーヒーもうないわね?ちょっと持ってくるわね。)
先生が伝えたかったことはこのことなのかな・・なんで私に過去の話をしたんだろう? そう思っている間に追加?のコーヒーを持ってきてくれた。
(月岡さんの相談って今後のことよね?)
(そうなんです。あと3か月ほどで卒業になるしまだ、何も決めていないんです。だからどうしようと思って。今は祖母が生活を見てくれてるから安心してるんですけど、高齢なので無理はさせたくないんです。)
(うーん・・そうようね・・大学進学は無理っぽいことをいっていたけど、でも高校と同じ、通信制と定時制もあるのよ。聞いたことない? 通信制や定時制っていってもちゃんとした卒業資格よ。これなら働きながらも大学に通えるし。今日も何でこんな話をしたかっていうと人は変われるんだってことを月岡さんに伝えたかったの。私だってあんな過去からここまでになったんだから。)
(でも私、本当に何をしていいのか分からないんです。瞳やおじさんのこともあるし・・)
(よく分かる。本当に。でもね、自分の事も気にかけないと。人のことばかり心配しても先に進まない。それに先生くらいの年齢になったとき、ああ・・あの時、こうしとけば良かった・・ああしとけば良かった・・なんて思いをして欲しくないの。だから全日制の大学が無理なら、通信制や定時制でも大学に行きキチンと卒業すべきよ。これは就職がどうこうとか、そんなことしたってどうせ・・なんていう問題ではないの。)
先生の言うことは本当に理解できる。本当にそうかもしれない。私たちの世代には大学に行きたくても行けない人もいる。それは私と同じく家庭の事情とか、何らかの生活状況で困難な状態の人だろう。このまま、卒業をしてまだ何も決まらないから、とりあえずバイトでも・・・っていうのも一つの選択だろう。 しかし、そんなんでいいのか? 本当に20歳、30歳になって後悔しないのか? 定時制や通信制だって大学を卒業するのとしないのとでは全く違うのではないか?
今、私は働きながら大学に行けるという、自分への将来の(切符)を手に入れようとしているのだ。こんなチャンスはないはずだ。
(先生・・・私、大学に行きたい。受験します。)
(気持ちが固まったみたいね。月岡さんらしい。推薦も視野に月岡さんに合う大学を選択するから。)
(ありがとうございます。やっぱ先生に相談して良かった・・)
(先生との付き合いはまだまだ続くからね。フフフ)
こうして私の進路は【大学受験】という選択に決まった。