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ギヴ アンド テイク for gals  作者: 月岡 愛
18/22

卒業式前の再会

クラスメイトたちの合格発表も近くなり、学校もその後の対応や処理、また卒業式の準備にも追われバタバタとしている。そんな中、私は担任に呼ばれ職員室に向った。職員室で待っていた人は、パン屋のおじさんの娘さんだった。


(月岡さん、おじさんの娘さんがどうしても会って話したいことがあるからって今日、来たの。)


(あ、はい。話って・・・?)


(ごめんなさいね。急に来て。実は、父の面会に月岡さんも一緒にって思って・・・)


パン屋のおじさんは、今、府中刑務所というところに収監されている。裁判員裁判も終え、おじさんは懲役8年という実刑判決を受けた。求刑は12年だったが、弁護側と裁判員、検察との裁判の結果、求刑より低い温情判決が出た。 刑が確定し小菅の東京拘置所から府中刑務所に移った。娘さんも週2くらいのペースでおじさんに面会に行き、会っている。


その後のパン屋だが、娘さんとそのご主人が引き継ぐことになりご主人も会社を早期退職、その退職金でパン屋を再開させた。理解のあるご主人で、娘さんもずいぶん助かってるようだ。見よう見まねでパン作りを始めたが、パン教室やカルチャーセンターなどで色々と学び、ようやくお店に出せるパンを作れるまでになったらしい。近所の評判も中々上々で受けがいい。 私の高校でもこの4月から販売が再開する予定になっている。


(でも、学校があるので、土曜とかでもいいですか?)


(月岡さん、明日にでも行ってらっしゃいよ。学校も午前中で終わりだし・・出席扱いにしとくから。)


(え?いいんですか?そんなことしてもらって。)


(いいわよ。みんなだってちゃんと分かってるから。)


担任に甘えることにして私は、娘さんと府中刑務所に行くことにした。


翌日、娘さんとは、蒲田駅で待ち合わせ、刑務所のある国分寺駅まで向かった。

東京駅まで来ると中央線に乗り換えた。終点、始発の駅なのでゆっくりと座って行けそうだ。娘さんからパンを頂いた。


(これ、父がよく作ってた【ロケットパン】なの。うまく出来てるか食べてみて。笑。)


(はい、いただきます。)


サクッとして歯ごたえがいいし、それに中に入ってるソーセージも美味しい。おじさんが作ったのと全然変わらない。


(美味しいですよ。全然、おじさんのと変わらないです。)


(良かった・・父がパンのレシピを残しておいてくれてそれを元に、作ったの。他のパンもみんなそう。近所の人たちも昔と変わらないって言ってくれて・・)


娘さんと一緒に【ロケットパン】を食べながら、中央線は国分寺駅へと向かった。


駅に着き、タクシーに乗り、府中刑務所に到着した。受付で面会の旨を伝え面会室に通された。


(父も初めは元気なくやつれた感じだったけど、落ち着きも取戻して少し元気な姿になったかな。月岡さんの事も話してたわよ。)


刑務官と一緒に、おじさんが面会室に入ってきた。


(愛ちゃん・・・迷惑かけて本当にゴメンな・・・本当にすまない・・・)


おじさんは号泣しながら私と再会した。


少し、気を治まるのを待ち、学校のことなどから話すことにした。


(おじさん、私、大学受験したんだ。それも秋田県。すごい雪でびっくりしたよ。)


(大学受験なんて、良かったじゃないか。俺も心配してたんだぞ。高校でパンを渡してるときにも、進路などどうするのかな・・なんてさ。この府中刑務所に来てからも、愛ちゃんには、もう会えなくなるのかな・・とか、大学に行くのかな・・それとも働くのか、ちゃんと決めてるのかな・・とかさ。でも、愛ちゃん、こんな自分に会いに来てくれて・・・そんな話を聞いて本当に嬉しいよ。)


(でも、合格してるか・・心配なんです。)


(大丈夫だ。絶対に受かってるよ。愛ちゃんなら無事に合格だ。笑。)


おじさんの笑った姿をしばらくぶりに見れた。思いのほか、元気で安心だ。


(ここではちゃんとご飯は出てるの?)


(当たり前だよ。笑。ここのカレーライスは本当に美味しいんだぞ。だって、府中刑務所のカレーライスが食べたくて再犯で来る受刑者がいるくらいだから。)


信じられん。刑務所のカレーがそんなに美味しいなんて・・・


(だからもし、刑期を終えて自宅に戻ったら、ここのカレーをパンにしようと思っている。味を再現させてさ。それが俺の最後の仕事だよ。娘たちが店を再開させてくれて本当にありがたく思ってる。だから絶対に迷惑かけた人たちには恩返しをしたいんだ。愛ちゃんにも、高校や近所の人たちにも・・・)


(お父さん・・お父さんが帰ってくるまで絶対に待ってる。主人も娘も絶対に待ってるから・・)


おじさんは娘さんの言葉を聞き嗚咽した。


面会時間は限られていてそう長居は出来ない。20分ほどか・・・そろそろ時間のようだ。


(愛ちゃん、合格したら娘に伝えてくれ。それと手紙も書くからな。笑。)


(分かりました。笑。ちゃんと伝えます。私もお手紙します。)


(じゃ、お父さん、また来るからね。)


おじさんとの面会は終わった。


府中刑務所を後にし、国分寺駅から蒲田駅へ。 帰りの電車で娘さんは話した。


(このまま問題もなく、刑期を過ごして【模範囚】となれば出所も早くなるかもしれないの。8年の刑期だけど、仮出所までもしかしたら5,6年で・・って可能性もあるみたいなの。だからそれを信じて父の帰りを待とうと思ってるんだ。月岡さん、今日は本当にありがとう。父の笑った姿を見たのは久しぶり。私も嬉しかった。)



介護殺人。 人は切羽詰まった環境の中で生きてると、時に自分が自分で無くなる時が来るのだろう。色々な事が積み重なり、もう1人の自分というものが(事)を起こしてしまう。 これは、おじさんだけの話ではない。 明日は我が身・・・ こんな言葉を聞いたことがある。



私は卒業式前に一つ、課題が終わったようだ。




おじさんと再会し元気な姿を見て安心した。早く刑期を終え、娘さんたちの元へ帰ってくることを切に願っている。おじさんが作った【ロケットパン】を食べれる日がくるように私も待っている・・・






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