三者面談
高校生活も年を明け、三学期となった。 本格的な受験シーズンの幕開けだ。クラスを見回すと、みんな机に向かって参考書なり教科書なりノートを開いては格闘している。 三学期、初日の私は、祖母と担任との三者面談が控えている。 昨年の暮れに、玄さんに言われたとおり、担任に連絡をして面談の申し入れをした。 担任も私に適した、大学を決めてるようで最終的にどんな話になるかはまだ分からない。 しかし、もう時間もない。ここではっきりとした答えを出さなければならないのだ。
朝礼後は、ホームルームだが、自習という時間になった。今日は、午前中で授業は終わり・・・午後は下校になる。私はこの午後にこの教室で三者面談だ。 自分のこれからの人生が決まりそうで、ドキドキする・・・・
午前中で終了のチャイムがなり、私は担任に呼ばれた。
(月岡さん? 面談は下でやりましょう。保護者の方も来られてるから・・)
どうやら、職員室の待合室か、どこかでするのだろうか・・ 一階に下りて職員室に向った。
(こっちよ。)
担任が呼んだのは、校長室だった。 何で?校長室で? 校長室に入り、ソファには祖母と、その前には知らない2人が座っていた。 私も祖母の隣に座り、先生は校長先生と一緒に、この2人の横に座った・・
(月岡さん、この前、大学の推薦って話、したろ? 今日の面談にこちらのお二人にも同席してもらったんだ。こちらの方たちはね・・・・)
校長先生が話し始めると、その2人は何やらパンフレットを私に渡してくれた。手に取ると・・
【秋田国際大学】
あきた こくさい だいがく・・・そう記してあった。
(今日のために、私が、こちらの大学の方に秋田から東京に来てもらったんだ。ちょっと長くなるけど話をさせてくれ。)
校長先生が私のために?秋田県から、わざわざ呼んでくれた? 何でまた秋田???
(私がこちらの大学を月岡さんに、進めたいのは、とてもグローバルな大学だからなんだ・・・これからの時代、外国人とも接しながら仕事ができる人間が本当に必要になってくる。それも、ただ会話ができればいいというものではない。 その国々の生活、習慣、言葉、色々、知らなきゃならないし、出来なければならない時代が必ず来る。こちらの大学は、【国際教養学部】というのがあるんだ。月岡さんには是非ともこの学部に行ってもらいたいんだ。)
【秋田国際大学 国際教養学部】・・・・・
早稲田とか慶応、東京大学なんて名前は聞いたことがあるが、【秋田国際大学】なんて初めて聞いた。 担任が話し始める・・・
(月岡さん、この大学はね、4年在学するなかでそのうち一年間は、海外留学をするの。イタリア、フランス、イギリス、アメリカ・・・どこの国かはそのときに選抜されるのだけど在学生は、4年間、学生寮に入り、授業はすべて英会話。先生たちも日本人ではなく外国人。私が選んだ大学はこの【秋田国際大学】。月岡さんには黙っていたけど、叔母様と校長先生と、前から話を進めてたの。 月岡さん、こちらの大学をぜひ学校側からも【推薦】したいの。4年間、この大学でたくさんの事を学んで大きく成長して欲しいの。)
(どうかね? この三者面談は、【推薦入学】という形をとらせてもらい大学の方にも話を進めたいんだ。校長側からもお願いしたい・・・)
てっきり、定時制か通信制の大学に通い、働くことなども相談するのかと思いきや、何だかとても大きなことになってるようだ。話はありがたいが、やはり私の中によぎるのは【お金】だ。祖母に負担をかけるのはもちろん、今の生活だってすべて祖母に頼っている状態だ。それにアルバイトなどしていないし、貯金などない。正直、東京を離れて秋田で学生寮に入り、生活しながら勉強なんてできる自身がない、それに授業料や生活費をさらに祖母に負担をかけるのは、私にはとうていできることではない。ここは、断らなければならない。
(いえ・・でも、私は・・・)
自分の今の気持ちを正直に伝えた。 すると祖母が、
(愛?・・・チャンスというのはそう何度も訪れるものではないよ。お金のことをずいぶん心配してるようだけど、こういうときのために愛のお父さんとお母さんはお金を残しておいてくれてたんだよ。それをおばあちゃんがちゃんと預かってる。その大事なお金を使うときがようやく訪れたんだよ。)
私は言葉を失った・・・私のために父と母がお金を残してくれていた・・・?
【秋田国際大学】の2人も話す・・・
(うちの大学には(授業料の減免制度)というのがありまして、経済的な事情や不測の災害等などで授業料の納付が困難な方のために設けられた制度なんです。それだけでなく大学独自の奨学金制度、海外留学時の支援制度など、ずいぶんと手厚くなっています。月岡さんにはこちらの高校からの【推薦入学】という手続きをさせていただきますし、授業料や学生寮の費用、奨学金などのことも十分、考慮させていただきます。しかし推薦とはいえ、入学試験・・一般入学と変わらない試験は受けていただきます。 話は変わりますが私たちも昨年の事件のことは聞かせていただきました。大変だったとは思います。でも、それが本校の入学に影響するなんてことはまずありません。もしあったなら私たちは今、ここにはいませんから・・・ぜひ、本校を受験してもらいたい・・)
私の気持ちは、揺れ動いている・・・本当にここで、(はい)と返事をしていいものか・・もし事が上手くいったとして結局は祖母に心労と負担かけてしまいとんでもないことになってしまうのではないか・・・余計なことばかり考えてしまう。しかし、もう私には時間がない。今、ここで断り、諦めたら・・・・
私は一生、後悔することになる・・・・
なぜ、あの時に・・なんて思い続けながら生きていく人生を歩むことになるだろう・・それも一つの選択かもしれない。だけど、そんなつまらない生き方でいいのか? ごくごく当たり前の生き方で満足するのか? 祖母のことを心配するのは当然だし、でも、心配ばかりして自分のことはこのままでいいのか?
(愛・・おばあちゃんの夢を叶えてちょうだい。何でお前のお母さんがお金の高い私立高校に通わせたか分かるかい? それはちゃんと高校を卒業して大学に行って立派な社会人として働いて・・・その姿を見たかったからなんだよ。愛が成人になり働くようになりお給料をもらい生活して・・・お金を得るのは本当に大変なんだということを身をもって感じて欲しかったんだよ。それはおばあちゃんも同じ。愛が立派に成人になった姿を見るまでは元気でいたいんだ・・・)
何故か、頬に冷たいものが流れる・・・・目の前が曇り、よく見えない・・・
(月岡さん、私もあと4年はこの高校で教師を務めようと思ってる。大学に進学して、たくさん色々なことを学んで、大きくなった月岡さんを見届けることが出来たら任期を終えようと思ってる。だから先生たちの期待にぜひ、答えて欲しいの。)
私の手元に、瞳から涙が静かに落ちる・・・ふと、顔を上げると・・・
え? まさか?
お母さんとお父さんが先生たちの後ろにいる・・・
(愛・・・あなたならきっと出来る・・・ちゃんと守ってあげるから。)
(愛?お母さんと一緒にいつも側にいるから大丈夫だ。安心して行って来い・・)
お父さんとお母さんが私に語りかけている・・・
涙が溢れ出てどうしようもない・・・・
先生がハンカチを渡してくれた。 ふと見ると、お父さんとお母さんはもういない・・・
幻想を見たようだ・・・・
私は我に返った。返事は一つ・・たった一つ。
(私・・・秋田国際大学を受験します。)
校長先生も担任も、【秋田国際大学】の人も、そして祖母も大喜びだ。良かった・・担任に面談を希望して本当に良かった。担任も祖母も泣いている・・私が高校受験に合格したときに両親が喜んでくれた姿と一緒だ。
私は、両親にも、祖母にも、先生たちにも、本当に守られている。その期待を絶対に裏切ってはいけない。
私の、ステージ2が始まろうとしている・・・・