出張靴磨き
玄さんたちが住んでるとこは、通称【六郷村】と呼ばれている。ここ最近はだいぶブルーシート小屋も減っていて玄さんの場所の近辺にはそれほど多くない。ピークのときは河川敷だけでなく架橋下にまであり、区の担当者が撤去にとても苦労したらしい。 減っていったホームレスの人たちは、区や都などの支援で【生活保護】や就労支援、一時的な宿泊施設などに身を寄せ社会復帰していった人もいるらしい。 しかしなぜ玄さんたちみたいに大学にも出て企業でも働いてた人が、ホームレスになんてなってしまうのか・・・
いろいろな事情があるだろうが、社会復帰をしようとする気持ちがあればできるはずだ。ま、あまり余計なことを聞かないようにはしないといけない。あくまで私は【靴磨き】を教わりたいだけだから・・・
翌日、朝、9時ころに、グランディオ蒲田の地下通路に向かった。 しかし、玄さんはいなかった。 携帯の番号を聞いとくべきだった・・・ここにいてもどうしうよもない。よし!六郷土手まで行くか! 京急蒲田駅に向かった。
各駅停車に乗り、六郷土手駅で降りて、玄さんの住まいに向かう。天気の良い日は土手を歩いてると清々しくて気持ちが良い。 こんな日は河川敷でのんびり過ごすのもいいかもしれない。 玄さんの住まいに入り、中を覗く・・・いない。出かけてるのか・・それとも行き違いで蒲田に行ってるのか・・ と、後ろから誰かが来た。
(お?昨日の女の子じゃないか? どうしたんだ?玄さんかい?)
玄さんと同居してる2人だった。
(あ、そうなんです。さっき、蒲田に行ったらいなくて・・だからここまで来たんですけど。)
(そうか。玄さんは今、そこの会社で靴磨きに行ってるよ。一緒にいくかい?)
(え? 会社に靴磨きですか???)
(そう。玄さんはここらの会社の人にも人気があるんだ。今日は出張靴磨きってヤツだ。)
(出張までするんですか・・・)
(意外だろ? 笑。じゃ、ちょっと行くか? あ、俺は健三っていうんだ。みんなはケンさんって言ってくれてる。お姉ちゃんは、何だっけ?)
(愛です。月岡 愛と言います。)
(愛ちゃんか・・いい名前だな。じゃ、俺も愛ちゃんと呼ぶな。もう一人のやつは譲二。譲二さんとかジョウさんなんて言ってるよ。ま、親しみやすいから下の名前で呼び合ってる。笑。 よし、行くか!)
ケンさんと一緒に玄さんが靴磨きに行ってる会社に向かった。
その会社は、土手沿いにある大きな工場だった。私も聞いたことのある会社だ。まさか、本当にここで靴磨きをしてるのか? ケンさんと一緒に会社に入った。警備の人に話をしてそのまま通過した。顔パスなんてすごいじゃん・・・
玄さんは、一階の売店の横にいた。
(お?ケンさん。あれ?お姉ちゃんとどうした? 笑)
(いやぁ、玄さんが蒲田にいると思ったらしく行ってみたらいなくて六郷村に来たんだよ。そんでここにいるっていったら行きたいって・・)
(そうか。こっちおいで。よし。今日は、実践だ。実際に磨いてみろ。な。)
(え?まだ無理ですよ。ぜんぜん出来ないもん。)
(ダメだ。やるんだ。出来ないと思うから出来ないんだ。 )
(あ、そうそう、玄さん、この子、愛ちゃんっていうんだ。いい名前だよな。)
(愛ちゃんっていうのか・・よし。愛ちゃん、社員の人が来たからやってみろ。)
玄さんが横に居てくれて教えながら磨くことになった。果たして・・・
(あれ?娘さん? 玄さんの娘さん高校生なんだ?)
社員さんはニコニコしながら言ってきた。やはり、親子のように見えるんだろうな・・・
早速、作業にかかった。 革靴を馬の毛ブラシでほこりを落とし、かたく絞った布で靴全体を拭く。次にクリーナーで汚れを落とし、油性クリームを靴に塗る。豚の毛ブラシで靴を擦り、乾いた布で拭きあげる・・最後に丸缶を靴に薄く塗り、わずかな水滴とともに布で磨き上げていく・・・・昨日、教わったことだが、まだ出来ない。いや、出来なくて当たり前なのだ・・・しかし・・・
(そうそう・・まだ力が強い、もう少しやさしく・・)
玄さんが横で言いながら私に教えてくれている・・・ぎこちない手さばきだけど、何か昨日よりかは上手くいっている。
(なかなかいいぞ。その調子だ。)
ようやく仕上がった。時間にして約30分・・ちょっと時間がかかったけど、出来はなかなイイかも? 社員さんも、
(ほーうまいじゃん。ほら、ピカピカに光ってる。最高だ。)
良かった・・うまくいったみたいだ。 その後、ケンさんは【六郷村】に戻り、私は玄さんと一緒に社員さんの靴を磨きあげていった。 仕事中だというのに結構、社員さんが来る。
(お昼にすっか。食べに行こう。 ここの社員食堂は美味しんだ。ごちそうしてあげるから)
そうか、もうお昼なんだ。夢中になってやってると時間も早い。 社員食堂でお昼を食べることになった。外で食べるのとは違い、社員食堂って本当に安い。それにボリュームもある。これなら会社で働いてる人にはありがたいはずだ。 玄さんが好きなものを食べろと私に言った。 エビフライ定食が本日の日替わり定食。よし!これだ!ご飯をちょい大盛りにしてもらった。 玄さんはかつ丼。私のは350円。玄さんは300円。計650円で食べられる。信じられん・・・
(愛ちゃん、今、高校何年?)
(へ?あ、高3です。)
(じゃ、受験だろ? 大変じゃないか?)
(え、まぁ・・・でも、私、働きながら大学に行くつもりなんです。担任が私に合う大学を選択してくれていて・・・)
(働きながらって・・・定時制か?)
(はい。通信制か定時制を希望して、あとは働きたいんです。)
(愛ちゃん・・お母さんとお父さんはどうしてるんだ?)
あまり聞かれたくないことだけど、玄さんには正直、今の生活環境を伝えた。
(そうか。悪かったな。嫌な事、聞いて。)
(いえ、いいんです。でも、大学に行くと決めてもなんかしっくり来なくて・・)
(まだ、面談とかしてないんだろ? 先生と面談してからもう一度、よく考えてみな。)
(そうですよね。3学期が始まったら、担任に言ってみます。おばあちゃんと一緒に面談になるはずですから。)
(結果が出たら、俺にも教えてくれ。何か力になれることがあるかもしれん。)
相棒(iphone6s)を見ると、12月28日。あと3日で一年が終わる。年が明ければすぐに3学期。 大学受験もすぐ目の前だ。 それが終われば高校生活にもピリオドが来る。
お昼を終えて、玄さんと靴磨きを再開。 次から次へとよく来るなぁ・・と思ってたら今日が会社の(仕事納め)で午前中でほぼ終わりらしい。 一人、二人と数をこなしていくうち、磨き方のコツもだんだん分かってきたみたいだ。
(愛ちゃん、いいぞ。上手くなってきたじゃないか?)
いやーうれしい。だんだんと手の動きがサマになってきている。次は、女子社員の人だ。
(女の子の靴磨きなんて初めてみるね。これショートブーツなんだけど大丈夫かしら?)
(愛ちゃん、ブーツのときはブラシは踵と先だけな。あとは手で直接、塗りこんで磨いていくぞ。)
玄さんの言うとおりにやってみる。先端と踵は固いからブラシをしても大丈夫だけど柔らかい部分にブラシを当ててしまうとこすり後や細かいキズが出来ることがあるそうだ。だから柔らかい部分は手で油性クリームを塗りこみ、湿らせた布でらせん状に指を回しながら擦り込んでいく・・・・するとどうだろう、先端と踵は鏡のような仕上がりだがあとの部分はじんわりと艶がでて輝きのグラデーションの仕上がりになっている。 これも今、私がやったんだ・・・お姉さん、どうですか?
(すごいじゃない! こんなにきれいになるなんて貴女、プロ級よ。笑。)
(ありがとうございます!)
信じられん・・・嬉しい。プロなんて言われてしまった・・
(何度も同じことを繰り返してると体で覚えてくるだろ? 職人技術ってこういうことなんだ。)
相棒(iphonr6s)を除くと時刻は16時。そろそろ終わりなのかな・・・
(よし。ここで閉めよう。)
最後の1人で終了した。 ここでなにやら偉いような人が玄さんに近づいて来た。
(いや・・玄さん、今日はありがとう。みんなも喜んでたよ。これ今日のね。玄さんの娘さんなの?)
(いやぁ、ちょっと知り合いなもので・・・)
銀行の封筒にお金が入ってる。
(玄さん、また来年も頼むよ。良いお年を・・)
(愛ちゃん、ほら、今日の取り分だ。)
そういうと5千円を私にくれた。
(いえ・・いいんです。私はただ教わってただけだから・・)
(何いうんだ?ちゃんと働いたんだから、受け取れ。ほら。)
本当にもらっていいのか??? 靴磨きは一人、500円。朝から何人、磨いたのかハッキリとは覚えてないが・・・結構、来たけどそんなに収入にはなってないはずだ。 なんだか悪いな・・・
(遠慮すんな。笑。ほれ。)
恐る恐るいただくことにした。 (ありがとうございます。)
後片付けをして、会社をでるともう夜のように暗い。まだ5時前だというのに・・
(愛ちゃん、それじゃ俺はここで戻る。学校のことだけど結果は知らせてくれ。)
(はい、わかりました。)
六郷土手、第一京浜のところで玄さんと別れた・・・・