六郷土手の河川敷
担任が大学の選択をするから・・と言ってくれたはいいが、私に入れるような大学などあるのだろうか・・・ 推薦も視野にとも言ってたけど、どんな大学なんだか・・・
ちょっと蒲田の駅ビルまで行き本屋で受験のことでも調べてみようか・・
グランディオまで行き6Fの本屋まで行った。まぁ・・受験シーズンだからか、大学だけでなく高校に関する本がとても多い。受験する人たちは皆必至なんだな。 私の希望はあくまで働きながら大学に行きたいから、通信制や定時制にはなるはずだ。そうとなると限られてくるんじゃないか? ペラペラと受験対策や学校案内なんか見ていても、しっくりとこない。やっぱ帰って昼寝でもしていたほうがいいっか・・・エレベーターを降りて、TSUTAYAに入りDVDのケースを見ながら、何も借りなかった。 西口に出てもドンキの看板が目立つだけ。はぁ・・帰ろ。
西口から東口に抜ける地下通路に入り、ちょっと目に止まった。 ホームレスの人かもしれないけど何かしている。 とそこに会社員らしきおじさんがお酒やビールを入れるケースに座った。何してるんだろう・・・?
ホームレスっぽい人は束子みたいなものと丸い缶を取り、なにやら黒いものを着けておじさんの靴をいじくりだした。私も通り過ぎればいいのだけど何故か立ち止まり見入ってしまった。 小さな布きれで靴をこすってる。艶が出てきてきれいになってくる。靴の先が鏡みたいに光ってる。 すごい・・・
わずか10分ほどだけど、おじさんは1000円札を渡して立ち去った。 何でこんなに靴がきれいになるんだ? また次の人が来た。ビールケースに座り同じく束子みたいなのに丸い缶の黒いものに着けて磨いている。その人も1000円札を渡した。とそこにまた人が来て座った・・・何のお仕事なんだろう? 少し見たい。
1時間ほどいたのか、この間に7人の人がこのホームレスっぽい人に靴を磨いてもらっている。この1時間で7000円の収穫じゃないか?
(そこのお姉ちゃん?ちょっとおいで。)
(え?わたし?)
(そう。おいで、おいで。)
やば! ずっと見てたから何かされるかも・・どうしよう? あ、階段上がれば交番があるか。よし、何かされたらすぐさま逃げるぜ・・
(あの・・すいません・・ちょっと見ちゃった・・)
(ハハハ、いいよ。ほれ、そこ座って靴だしな。)
通学には基本、革靴。高校生は(ローファー)というのを履いている。 学校は休みだけど私は制服。私服よりこっちの方が落ち着くのだ。
(高校生かい? もう休みだろう?)
そういうとおじさんは、私の(ローファー)を磨きだした。
(あ、あの・・私、お金持ってないんですけど・・(本当はちょっとあるけど・・) )
(いいんだよ。俺が声をかけたんだから。)
そういうと靴に手をかけて布で拭きはじめた。
(その束子みたいなのは何ですか?)
(え?たわし?ハハハ、これはね、束子じゃなく、ブラシだよ。豚の毛から出来てるんだよ。)
(豚の毛ですか? その黒いのは?)
(これは、靴墨。ポリッシュっていうんだ。これをこの豚の毛ブラシにつけて靴を擦るんだ。そうすると艶が出てきて、次にこの布でふき取ればOK.。そしたら仕上げにこれを着けて磨くんだ。)
黒の丸缶は、2つあり磨き用と仕上げ用があるらしい。わずか10分ほどで完成。私の(ローファー)が鏡のようにピカピカしている。
(おじさん、すごい!何でこんなにきれいになるんですか?)
(靴も手入れをすればきれいに光る。だからお姉ちゃんも靴は大切に履きなよ。)
(ありがとうございます。 ところでこんな所でやって怖くないですか?)
(え?怖い?何が? ハハハ、そんなことはないよ。ここ蒲田は人情のある人が集まってるから大丈夫だよ。いいお客さんばかりだからさ。)
(空いてる?やってよ。じんわりとした仕上げで・・・)
新たにお客さんだ。それも警察官。 この上の交番勤務の人のようだ。
(じゃ、お姉ちゃん、またおいで。そんときは学割料金でやってあげるから。笑。)
おじさんにお辞儀してその場を後にした。
靴磨きか・・・ 磨きたての(ローファー)は歩いてるだけでも光輝き目立つ。なんだかウキウキしてくる。靴がキレイなだけでこんなにも嬉しくなるなんて・・・
家に帰り、靴を眺める。電気にあたる靴が尚、輝きを増している。マジでイイ・・靴がキレイなんて本当に最高だ。どうやったらこんな風に出来るのか・・・知りたい。絶対に知りたい。 でも教えてくれるだろうか・・・いや、ダメ元で聞いてみるだけ聞いてみよう。よし!明日、また会いに行こう! そう思うとドキドキしてきた。はぁ・・明日が待ち遠しい。
翌朝、朝食はしばらくぶりに、朝マックにした。あまり早くてもまだ来てないだろうし、9時ころがベターか・・・ソーセージエッグマフィンのコンビをオーダー。入れたてのホットコーヒーはマジでうまい。これで300円だから私みたいな女子高生にはお財布にやさしい・・・ まだ少し時間があるから、相棒(iphone 6S)で靴磨きでも調べてみるか。
検索してみると結構、出てくる。それも個人でやってる人もいれば、お店を構えてやってる人もいた。 磨き方もyoutubeで検索すると意外に多くヒットする。ちょいと覗いてやるか・・・ 映像をみてると、あのおじさんみたいに、豚毛ブラシと丸缶を使い黒い革靴を磨いている。それも若い人だ。 靴磨きというと年配のおじいさんというイメージが強いがyoutubeを見る限り、磨いている人は若い男の人だ。 仕上がりはやはり鏡のように光っている。 おじさんと同じだ。 私も知りたい。どうしたらこういう風に光るのか? 果たして教えてくれるだろうか・・・
そうだ。コーヒーを持っていこう。このマックのコーヒーなら缶コーヒーとは全然違うし、おじさんも喜ぶはずだ。 朝マックを終わらせて、100円のホットコーヒーを持ち帰りにした。 時刻は9時前・・まだいないかもしれない。でも昨日も10時ころだったからもしかしたら磨いてるかも・・
グランディオ横の地下通路を降りた。 あ、いた。すでにお客さんが靴を磨いてもらってる。私もすかさずこのお客の横に並んだ。
(お? 昨日のお姉ちゃん?どうしたんだい?別の靴かい?)
(え?いや・・あの・・・その・・)
(何だよ? 笑。 あ、1000円になります・・すいませんね。)
磨き終わったお客さんが1000円札をおじさんに渡した。
(あの・・この靴の磨き方を知りたくて・・あ、コーヒーどうぞ。昨日のお礼です。)
(ハハハ・・・ありがと。どれ、お、マックのコーヒーか。俺、好きなんだよ。)
良かった・・とりあえず第一関門突破だ。
(んー美味しい。 ところで何で磨き方を知りたいの?)
(え?あの・・あまりにもキレイに光るんでビックリしたんです。で、どうしたらこんなに鏡のように光るのかどうしても知りたくなって・・)
(そうか・・・でも夕方までここで仕事だから終わったらでもいいかい?)
(はい。いいです。)
(じゃ、六郷土手って駅あるだろ? そこの前で、4時に待ち合わせだ。)
(分かりました。絶対に行きます。)
おじさんにお辞儀をしてその場をあとにした・・・
帰り際に、あ!と思った。携帯の番号を聞くの忘れた・・私も伝えるのを忘れてしまい参ったと思ったけど、ま、夕方4時に六郷土手駅まで行けばいいか。
夕方4時、約束通り、六郷土手駅に着いた。おじさんはいるのか?
約束通り、待ってくれてる。 足早に改札を出た。
(来たね。じゃ、ちょっと歩くけどすぐ近くだから、行こうか?)
おじさんの住んでる家へと向かった。 でも、何か変・・・だって土手を越えて川の方へと歩いていく・・・
(あの・・家はこの先にあるんですか???)
(そうだよ。もうすぐだ。)
草が生い茂り、視界が悪くなっていく・・・やばい、まさか私、何かされるんじゃ・・?
(さ、着いたぞ。ここが俺の家だ。ガハハ・・)
私は目を疑った・・おじさんの家は、河川敷の小屋・・いわゆる(ホームレス)だった。初めてみたときはそれっぽかったが、まさか本物だったなんて・・・
(お姉ちゃん、入りな。こう見えても電気はあるし飯も炊けるんだ。なかなか住み心地はいいぞ。ガハハ・・・)
でも、ホームレスの住まいにしては、何だかキレイだ。臭くないのだ。
(ここには3人で住んでる。あとの2人はまだ仕事から帰ってこないんだ。)
仕事?どんな???
(俺も以前は、大工。あとの2人は帰って来たら話すよ。本人たちがいた方が話もしやすいからさ。)
大工ですか・・・どうりで家っぽい作りだ。それに庭のようなとこと大きな傘の下にはイスとテーブルもある。 しかし何でこんな河川敷に・・・ましてやホームレスなんて・・
(さ、暗くなってきたから明かりを点けるぞ。ここで靴磨きの基本を教えてやる。)
(は、はい・・お願いします。)
(まずは、これからだ・・・)
おじさんが道具類を出して説明を始めた。 まず、ほこりを払うのに(馬の毛)で出来たブラシ、次に丸缶(ワックス、ポリッシュともいう。)をつけて靴に直接、磨く(豚の毛)で出来たブラシ、こちらは(馬の毛)より毛並が硬い。それに汚れ落としの(クリーナー)、靴に栄養を与える油性クリーム、光沢を与えるポリッシュ(ワックス)、仕上げにつかう(羊の毛)で出来たブラシ・・以上が基本の道具らしい。
(じゃ、初めからいくぞ。)
そういうと、まず、馬の毛ブラシで、靴の表面をシャカシャカと当てている。
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次に白い布切れを人差し指と薬指の2本に巻いてクリーナをつけて靴の汚れを落とす。
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汚れを落としたら固く絞った布で靴の表面を拭きあげる。
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靴に栄養と艶を与えるのに、油性クリームを塗り豚の毛ブラシで磨く
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乾いた布で拭きあげる。 この時点で結構、艶が出ている。
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新しい布を人差し指と薬指に巻いて・・・
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ポリッシュ(ワックス)を靴の先と踵に少しつけて、少量の水とともに弧を描くようにらせん状に指を動かして磨きあげていく・・・ここの過程だけを何度か繰りかえす・・
↓
靴の先と踵が鏡のように輝き始めた。
↓
仕上げに羊の毛ブラシで少し水をつかながら、ブラッシング。
↓
光沢のある鏡みたいな靴に仕上がった。
ここまでで約15分ほど。 すごいの一言だ。しかし大工といえ、この靴磨きといえ普通に生活できそうだけど・・・・ま、いっか。そんなことは・・
(ちょっとやってみな。初めはうまくいかないから・・ガハハ・・)
まず、靴がうまく持つことが出来ない。それにブラシも持ってみると意外に大きく感じ靴に当てることすら無理だ。見てると簡単にできそうだけど、自分でやってみると全く出来ない。
(出来ないだろう? 初めて触ったんだから出来なくて当たり前だよ。でも、何度も繰り返し練習していけば必ずうまくなるよ。)
他の2人も仕事から戻って来た。
(あれ?玄さんの娘さん?)
(違うよ。笑。 靴磨きを知りたいっていうんで教えてあげてるんだ。)
(お姉ちゃん、玄さんは、大工職人だけでなく靴職人でもあるんだぜ。この辺りの人もよく靴の修理やちょっとした家の修繕とかお願いしにくるんだ。)
(こちらの2人は、俺とは違い、エリートなんだぞ。こっちは、名古屋大学、こっちは明治を出てるんだ。すごいだろ? ま、俺は中卒だがな。ガハハ・・・)
嘘の話かもしれないが、本当なら驚きだ。 以前、社会の授業で先生が話してたことがある。多摩川や荒川、隅田川などホームレスの中には驚くほどの経歴の人がいる・・と。その中には、有名大学や上場企業などの出身もいる。と。 本当にいたんだ・・
(でも、何でホームレスになってるんですか? )
(人にはいろいろな事情がある。俺たちもこうなりたくてなったわけではないんだ。言えないこともあるしな・・・)
(すいません。聞いてしまって。)
(ハハハ・・いいんだよ。ちょっと暗くなってきたから今日は帰りな。駅まで送るから。)
(いえ、一人で大丈夫です。)
(ばか。こんな河川敷、お姉ちゃんみたいな可愛い子が1人で歩いてたら、殺されるよ。)
(可愛い?ですか?私・・)
(ああ、可愛いよ。お雛様みたいだ。笑。)
顔が赤くなってきた・・・六郷土手駅まで玄さんについてきてもらい改札を入った。
(また、おいで。いつでも靴磨きの授業はやってあげるから。)
(ありがとうございます。またお願いします。)
玄さんと別れた。
ホームレスというと世間は敬遠する。私もそうだった。しかし、玄さんや2人と会い考えた。人にはどうしても言えない事情というものがある。詳細は語らなかったが、私の想像として家庭の事情ではないかと思う。帰りたくても帰れない事情・・・玄さんと2人を見るとそう思ってしまう。
でも、また会いに行く・・・新しい人との出会いが始まった。