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採れたて! 王城菜園!








王城に勤めるようになってから、何回目かの朝が来た。

やっぱり部屋は散らかっていて、洗い物は溜まってる。干しっぱなしのハンカチを畳んでポシェットに詰め込む。ここ数日、毎日くり返してきたこと。

……だけど、違うこともあったりする。


袖を通したワンピースの胸元のリボンを、きゅっと結ぶ。動きやすいようにレースや飾りボタンみたいな装飾がないからパッとしないけど、それでも生地の質の良さは分かる。思わず溜息が零れちゃうくらい。実家にいた頃だって、こんなに質のいい服は早々買ってもらえなかったもの。仕方ない。


「これが制服だなんて、もったいないなぁ……」


一応白の騎士団の端くれとして働いているものの、私は騎士じゃない。事務官でもない。だから、騎士団の制服も文官さん達の黒い服も支給されないみたいで。でもそのかわり、リディ王女様の母上様であるレイラ様が直々に制服を注文してくれたんだ。

そんなのもう嬉しさ半分、畏れ多さ半分。だって2番目の王妃様がそんな世話を焼いてくれるなんて信じられなくて。タダほど高いものはないって言うし。だから“制服を作りましょう!”って笑顔全開で言われた時に思わず頬が引き攣っちゃって、あとでキッシェ先輩に小突かれたんだ。痛かったなぁ……。


「見た目の割に力が強いんだもん……って、違う違う」


しっかりしなくちゃ。制服に着替えて部屋を出たら、もう王女様の子守なんだから。

連日のように“仕事とは……”みたいな小言を言われてるのを思い出して頭を振る。そうして気持ちを切り替えた私は、ふぅっと息を吐き出してドアを開けた。


すると何処からか、同じようにドアの開く音が。


私が住んでるのは、有事の際に駆けつけなくちゃいけない騎士さん達向けに王城に近い寮で、結構な部屋数がある。私の部屋がある2階は、騎士団の中でもベテランさん達や上の方の役職に就いてる人達用。子守も一応は上級職なんだって。ちなみに3階は2階の人達よりも偉い人向け。例えば団長とか、副団長とか。ちょっと広くて、王都を眼下に望めるらしい。


そんなわけでドアが開いた方になんとなく目を遣った私は、同じ2階の住人に挨拶をしようと口を開いた。


「あっ、おは――――」


私の挨拶を遮ったのは、ひょっこり現れた黒い頭の後ろ姿。ゆらりと揺れるひとつ結びの黒髪。白い半袖のシャツ。

ああもう、どうして今まで想像すらしなかったんだ……!


「……よう、ございます先輩……」


衝撃的で言いようのない気持ちは、たぶん顔に出ちゃってたと思う。このあと先輩は私の頭をがしっと掴むと、低い声で挨拶を返してくれた。ちょっとどころじゃなく痛かった。そろそろ感情の変化を顔に出さない修行が必要かも知れない。






「えーっと……キューリでしょ、それでこっちがピーマン!

 あっちにあるのが、えっと、なす!

 ……あっ、ちいさいトマトもあるのよ! ほらっ」

「これのどこにナスが出来るの……?」


水をたっぷり入れたバケツを下ろした王女様が、得意気にひとつひとつを指差して教えてくれる。麻のワンピースに麦わら帽子を被った彼女は、街角にいるやんちゃな子ども達のひとりに見えちゃうくらい似合ってる。

私はほとんど独り言みたいに呟きながら、初めて見る野菜達の姿に視線が釘付けだ。


それにしたって誰が想像しただろう。王城の一角に家庭菜園があるだなんて。しかもそれを、王族の方々が直々に世話しているだなんて。夕方の涼しい風が吹き始めた頃にお母上であるレイラ様から「そろそろお野菜さん達も、お水が欲しい頃じゃないかしら」なんて言われて、ほんとに目が点になったんだから。


「なぁ姫様、これってもう食べられる?」


大きいバケツを下ろした先輩が、何気なくトマトに手を伸ばす。尋ねてる割に、その指はもう真っ赤に染まったトマトを摘まんで引っ張ろうとしてるけど。

すると王女様がトコトコ小走りに駆け寄って、じっとトマトを見つめた。というよりも、先輩が摘まんだトマトのお尻の方を覗き込んでいる。


「ん?

 ちょっとまって……うん、どうぞ!」

「じゃ、いただきます」

「えっ、いいんですか?

 せっかく育てたのに、先輩なんかにあげちゃって……」


何かを確認して頷いた王女様に、私は思わず声を上げてしまった。そしてその間に、先輩がぷちっとトマトをもぎ取ってしまう。

彼は真っ白なシャツでトマトを軽く拭くと、口の中にあっさりと放り込んだ。その満足そうな顔ったら……。ただの護衛騎士の分際で、しかも水やりの前に食べるなんて。


これまで小言ばっかりもらってきた私が、文句のひとつでも言ってやろうかと口を開いた時だった。王女様が先輩と同じように、実ったトマトをぷちっと。

小さな手は、気づけば私に差し出されていた。


「はいこれ、クロのぶんよ」

「あ……えっと……?」


いつの間に自分が“クロ”と呼ばれるようになったのかも気になるところだけど、その前にトマトをもらっていいものか……。私は内心で右往左往しながら、先輩の顔色をちらりと窺う。

すると彼は、無言で頷いた。そりゃそうだ。自分だってトマト食べたんだもの。


私は、恐る恐る手を伸ばした。



「おいしい……!」

「ふふん、でしょー?」


それは甘くて酸味があって、ほんの少し青臭いんだけど。それすら美味しくて。

口の中いっぱいに広がった味を噛みしめた私は、唸るように呟いた。それを聞いた王女様が、鼻の穴を膨らませて頷いている。

麦わら帽子がちょっと傾いてる。ちょっと格好がつかなくなってるけど、まだ直さない方がいいんだろうな。水を差しちゃいそうだし。


「おみずがすくないと、あまくなるのよ。

 あとね、おしりにおほしさまがみえたら、おいしいしるし」

「へぇ、よく知ってるね」

「ほんと、すごいですね!」


素直に関心したらしい先輩の言葉に、私も首を縦に振って同意する。すると王女様は、ちょっとだけ私達から目を逸らした。


「……って、にーさまが」


ずれた麦わら帽子を直しながら言う姿は、途方もなく可愛らしくて。ぷ、と噴き出した先輩は王女様にポカスカ叩かれてたけど。




「これくらいのは、ぜーんぶとっちゃおう」

「わかりました」


軍手をして園芸用のハサミを持った私に、王女様が指示をくれる。枝なんかをバッサリ切れる上に重たい大人用のコレは、王女様には持たせられない。万が一、細くて小さな指を切ったりしたら大変だもの。

私は王女様の両手で示した大きさと同じくらいのキューリに手を伸ばす。

細かい突起があるのが、軍手越しでも分かる。素手で触ったら、ちょっと痛かったかも知れないな。伸びた茎や蔓から実ってるのだって初めて見てびっくりしたのに、採れたてのキューリの感触にまたびっくりだ。


ハサミで実を茎から切り離す。しゃく、と瑞々しい音と手ごたえが伝わって、私は無意識の内に声を漏らしていた。


「わぁ……!」


なんだろう、この感動。嬉しさとも違う気がする。何て言ったらいいのか分からないけど、いい感じ。

そんな気持ちで思わず後ろを振り返ったら、目の前に王女様がいた。彼女は目が合った私に向かって、音もなく手を叩く。


「クロ、じょーずねー」


……違うよね。それ、小さい子を褒める時のアレですよね王女様。

子ども扱いされたことに気づいた私は、乾いた笑いを返しながら心の中でがっくりと肩を落とした。


「クロ、こんどはこっちのよ。

 とどくかな~?」


……違うんだ。違うんだよ王女様。先輩も薄ら笑いしてないで。ちゃんと水やりして下さい。





籠いっぱいに収穫した野菜を前に、王女様が手を上げた。


「よし。じゃあかえろ~」

「はーい」


返事をして、私は空を見上げる。もう日は沈んだあとみたいで、空と地上の境界線あたりに青や紫が滲んでいる。とっても綺麗だ。王城にやって来てから……ううん、王都に戻って来てから、じっくり空を見ることなんてなかった。心の余裕も時間もなかったから。


ちょっとばかり感傷的になって、ぼんやりしていた私は、何やらコソコソしている気配を感じ取って我に返った。見遣れば、王女様と先輩が耳打ちしている。

何を話してるんだろう、と私が口を開きかけた時だ。王女様が握った手を差し出して言った。


「あのね、クロ。

 いいものあげる~」

「え、っと……はぁ……」


王女様の背後にいる先輩の顔が気になるけど、私は言われるがまま小さな手の中にあるらしい物を受け取ろうと手を差し出す。


「どーぞ」


可愛らしい声と共に渡されたのは――――


「――――っ、あっ……」


息を飲むほどに綺麗な緑色の……。


「あおむしぃぃぃっ!

 いやぁぁぁぁっ!!」




そのあと、しばらくの記憶がないのは仕方がないと思うんだ。王女様の話では、「クロがなげたらね、あおむしさん、はたけにとんでったわよ」らしいけど。

ていうか、王女様をけしかけてイラズラするなんてズルイです。先輩。








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