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王城に咲く白百合は、たまに黒くなるそうです。







白の騎士団の本部は、王城の一角にある。まだ何回かしか入ったことはないけど、足を踏み入れるたびに思い知らされるんだ。どうしようもない場違い感を。




「――――おはようございます、クロエさん」

「お……おはようございます。遅くなってすみません」


にこやかな口元が滑らかなに言葉を発する様子に、ついつい見惚れてしまう。私は白百合と呼ばれるほど綺麗な白の騎士団団長を前に、慌てて背筋を伸ばした。

すると団長がそれまで見ていた書類を机の端に寄せて、音もなく立ち上がる。


「問題ありません。補佐官殿から話は伺っていますから。

 ……そういうわけなので、よろしくお願いしますね。キッシェさん」


私が男だったら、こんなに綺麗な女性に頼まれたらあっさり頷くのに。ぶすくれたまま一緒に白の本部へやって来た彼は、やっぱり不機嫌そうな顔を隠す素振りすらない。それどころか唇をへの字に傾けたあと、溜息をついた。


「どうせ覆らないんでしょ。だったら、白百合殿。

 この人事を一体誰が決めたのか教えてくれてもいいよね」

「やっぱり、気になります?」


もしかしてこの笑顔、上に立つ人達が身につける処世術だったりするのかな。そう思っちゃうくらい、団長と補佐官様の困ったように微笑む顔は似てる。食堂の厨房で見た、リアさんに向ける笑顔とはまた違う。なんか、もやもやする笑顔だ。


あ、そうか……。

これが白の騎士の言う“腹黒い”ってことなのかも……。


継母の毒のある笑顔に慣れていた私は、王城に来てからちょっと広がったらしい自分の視野に驚きつつ白の騎士を見遣った。

彼は団長を見据えて、顔色ひとつ変える気配もない。

すると団長が小さな溜息をひとつ、そして口を開いた。


「私達や補佐官殿も、ちゃんと知っていますよ。

 あなたの事情や、念願叶って騎士として働いていることを。

 けれど今回ばかりはリディちゃんのお願いですから……」

「お姫様の?」


言葉を紡ぐのと同時に張り付けた微笑みを取り払った団長を、白の騎士が訝しげに見つめる。言葉の通りには解釈出来ない、といった顔で。

団長は頷くと、私にちらりと視線を走らせて言った。


「昨日は故意に護衛を付けませんでしたが、本来はきちんといるんです。

 けれどクロエさんがいらっしゃる前に、護衛の者が腰を悪くしてしまって。

 バードさんといって……キッシェさんはご存じですね。

 リオン王子の護衛も務めていた、騎士歴の長い者がいるんですけれど。

 仕方ないので彼が復帰するまでは代わりの者を……と、なったわけです」


リオン様といえば、かの伝説の子守……と思ってるのは私だけだと思うけど……が世話をしていたっていう王子様だ。おおまかなことしか知らないけど、たしか蒼鬼さまが後見人を買って出たという話。涎が零れそうなくらいに夢のあるお話だわ。

団長の言うバードさんという騎士は、その時の護衛だったのか。ぜひ会ってその頃の話を聞かせて欲しいものだけど。


そんなことを考えていたら、無意識のうちに指先が口元を撫でる。……涎は出てなかった。あぶないあぶない。



しばらく考え込んでいたらしい白の騎士が、溜息混じりに口を開いた。さっきまで直立不動だったのに、格好を崩しちゃって態度が悪い。


「バードさんの代わりなら、まあ、仕方ないか……。

 でもなんでまた、僕なんか?

 あの子とまともに喋ったの、昨日くらいのものだけど」

「肩車したでしょう?

 あれがよほど楽しかったみたいですよ。

 陛下がせがまれて、文字通りヘトヘトになってましたから」


その光景を思い出しているんだろう、団長がくすくす笑う。

白の騎士は天を仰いだ。


そりゃそうだ。自分のせいで国王陛下がヘトヘトになるまで肩車するはめになったんだもの。普通だったら変な汗がドバッと湧き出るくらい、心臓に悪い。余計なことをした罪でクビになっちゃうかも、と心配にもなるはずだ。



「なるほどー。

 いやでも肩車くらいで……体力ないなぁ、陛下も」


ところが白の騎士は私の懸念をよそに、さらりと言い放った。

いやいや、そんなこと言っちゃダメだよ白の騎士。さっき聞いたでしょ、紅の騎士団の人達がどこで聞いてるかも分からないのに。不敬だよ不敬。


必要もないのに彼の心配をしていると、今度は団長が楽しそうに声を弾ませる。


「最近は城下での肉体労働も休みがちみたいですし。

 しごき甲斐がありますよねぇ」

「ディディア……君、白い鬼、って言われないようにしなよ」


うふふ、とはにかんだ団長も、失礼なことをあっさり言っちゃう白の騎士も。なんかもう、いろいろおかしい。城下で肉体労働する国王陛下って、何なの。何してる人なの。

……もういいや。タイルの目地を迷路に見立てて現実逃避しよう。


私は下手に口を挟まないよう気をつけつつ、なるべく空気になってその場に存在することにした。すると団長が思い出したように口を開く。


「そういうわけですので、キッシェさん。

 陛下の体力を削らないために、あなたがバードさんの代わりを。

 彼の復帰後、もう一度あなたをゼナワイト氏の護衛騎士にしますから」

「……まあ、そういうことなら……」


王女様や陛下直々の人事だったことを聞いて諦めたのか、白の騎士は肩から力を抜くようにして息を吐いた。

その様子を隣で見ていたら、ふいに団長の視線が私に向けられた。


「ああ、そういえばクロエさん。

 しばらくの間、食堂の辺りには近づかない方がいいかも知れません」

「え、っと……?」


子守の話でも護衛の話でもないことを言われてびっくりした私の頭の中が、一瞬真っ白になる。思わず敬語も何もない反応を返してしまったことを後悔する間もなく、団長は言った。しれっと。


「――――“どうやら前団長を狙う女が王城の中にいるらしい。”

 蒼の騎士団の本部で、既にまことしやかに囁かれているようですよ」

「あー……噂が治安を心配する方に傾いちゃったか……。

 捕まらないように気をつけてね、クロエ。頑張れ!」


白の騎士が意地悪な笑みを浮かべる。私は何も言い返せなかった。

たしかに蒼の騎士団は治安を維持するためにあるけども。王城に危ない輩が入って来たら、対処してもらわないと困るんだけども。


……どうしよう。私の顔、もう覚えられちゃったかなぁ……。


「ちょ、クロエ。また口開いてる」


半分笑いながら肩を揺さぶられたけど、捕縛の心配をする私はそれどころじゃなかった。

ていうか聴こえてますよ団長。「あら、意外と息が合うかも知れませんね~」じゃないです。ほんと。








「気にするなって。

 実際あいつらが動くことはないだろうし」


ずんずん進む私の歩幅に合わせて歩きながら、白の騎士が顔色を窺うようにして話しかけてくる。気休めだって分かるだけに、私は足を止める気にはなれなくて。


「前団長の蒼鬼だって護衛の騎士が付い……ってないのか今日から。

 あー……うん。でも大丈夫だろ、きっと」


歩きながら耳に入ってくる声がボソボソしてて、ものすごく聞き取りづらい。聞く気がないから余計に聞き取れないんだけど。

不安に後押しされた私は、思わず声を上げていた。


「もうっ。ボソボソ喋らないで下さい!」

「はいはいごめんごめん。もういいから。

 ディディアの言ってたことは気にしなくて大丈夫。忘れようか」

「不安を煽ったの、あなたのひと言なんですけど。

 私は捕縛されないか心配してるんですっ」


くわっ、と目を見開いて言ってやったら、白の騎士が耳を塞いで明後日の方を向く。私はそんな彼を目の前にして、ちょっと泣きそうになった。

たしかに私は煩いかも知れないけど、今はそんなことまで気にしてる余裕はないんだよ白の騎士。捕縛されても身元を引き受けてくれる人もいないし。どうしよう怖いよ白の騎士~……。


見上げれば、ぎょっとした顔の彼がいて。


「うん、分かった分かった。

 ちょっと遊びすぎた僕が悪かった。ごめん。

 とりあえず落ち着いて。あと心の声はしまっておいて」


ぽんぽんと頭を叩く手は、刀とやらを握るくせに柔らかくて。まだちょっと癪な気持ちが残っていたけど、私は静かに頷いた。




「あのさクロエ。

 一緒に働くにあたって、まずは僕の名前を覚えようか。

 白の騎士って王城の中に大勢いるんだよ。知ってるでしょ?」

「え?」

「え、じゃないよ。それでも一緒に働くパートナー?

 それにほら、蒼の連中に取り囲まれても僕を呼べれば事情も話せるし」


再び歩きだして冷静さを取り戻した私が訝しげに首を捻れば、もっともらしい理由が突き付けられる。たしかに何かあっても白の騎士が擁護してくれるなら、ちゃんと呼んだ方がいいかも知れない。

私は頷いて、口を開いた。


「えーっと何だっけ……きっしゅ?」

「キッシェ。先輩には敬意を払いなさいポンコツ」

「じゃあキッシェ、先輩?」


歩きながら見上げれば、ポンコツ呼ばわりした割には穏やかな顔をした白の騎士がいて。

私がぐちぐち言ったり前触れもなく護衛の任務を与えられたりして、まだ多少は納得いかないままなんだろうと思ってたのに。そういう雰囲気でもなくて。

たぶん今の私、また口が開いてるよね。

先輩がちょっと笑ったのは、きっとそんな私を見たからだと思うんだ。


「なんか違うような気もするけど……まあいいか。

 今日からよろしく、クロエ」








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