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王子様? はい、彼は王子様です。








むっすりした白の騎士の頭の上で、上機嫌な王女様が鼻歌を歌ってらっしゃる。そんな彼らを眺める私の手には、カップケーキの入った小さな箱。


「あのね、はこ、ぜったいおとさないでね!」


王女様が頭上から無邪気な声を上げる。それに私は、にこりと笑みを浮かべて頷いた。


「お任せ下さい。

 お兄様、喜んで下さるといいですねぇ」

「うん!」


小さな頭が大きく頷いた瞬間、ぐらりと王女様の体が傾ぐ。慌てたのは白の騎士だ。彼は腕を伸ばして王女様の体を支えながらバランスを取る。


「ちょっ、あぶなっ……」

「きゃー」


うん。王女様が楽しそうだから良しとしよう。





厨房でのちょっとした修羅場は意外とすんなり終息した。溜息をついたリアさんが、補佐官様にお茶を淹れ始めたからだ。曰く、「ジェイドさんもキッシェさんも、働き過ぎでイライラしてるんでしょ! 今焼けたの食べていいから、甘いもので落ち着こうね!」だそう。

いやいやいやいや違いますよね!……って、私がどれだけ言いたかったか。どう見ても仕事上に発生した険悪な雰囲気じゃなかったもの。個人的な何かがなかったら、いち騎士と補佐官がバチバチ視線を交わすなんて、ありえないと思う。ていうか、白の騎士は命知らず過ぎる。下手したら不敬にあたると思うんだけど。


それにしても。白の騎士から絶対零度の視線を逸らしたあとの、補佐官様の変わり身はすごかった。お茶を淹れようとするリアさんの隣に並んだかと思えば、その手からポットをするりと抜き取って。困ったように微笑んだかと思えば、「あなたはリディの相手をしてあげて。お茶なら私が淹れますから。執務室に持って行って、カップケーキと一緒にいただきましょう」……なんて。

ほんとにリアさんのことしか見えてない、って感じで。冷たくて怖い補佐官様のイメージが変わったかも知れない。


ともかく補佐官様が自らお茶を淹れている間に、リアさんと王女様がカップケーキを箱に詰めて。私も邪魔にならない程度にお手伝いをして、食堂を後にしたというわけ。





そんなことがあって今、私は大事なカップケーキの入った箱を持って、疲れた王女様を肩車した白の騎士の隣を歩いている。

そもそも一国の王女様を肩車なんかして大丈夫なんだろうか……なんて疑問は、「剣が抜けるから問題ない」なんて言われて流されちゃった。剣を抜いたあと、王女様はとにかく邪魔になると思うんだけど。そこ問題じゃないかな。


階段を上がって廊下を歩いて。いろいろあったけど、なんとか無事に王女様を居室に送り届けることが出来そう。もう、心底ほっとする。

そんな気持ちが顔に出ちゃってたらしい。気づけば、白の騎士とがっつり目が合ってしまった。ああ、また貶されるんですね分かってます分かってます。

思わず身構えれば、やっぱり呆れたような笑みが返ってくる。


「そんなんで明日から大丈夫なの?」

「が、がんばりますよ!」

「うわぁ心配……」


もうポンコツ呼ばわりは嫌だもんね、と力んだら、彼の顔が思い切り曇った。張り切ったら心配されるって。あんまりだ。

素直に落ち込んだ私が肩を落としていると、廊下の先から手を振りながらやって来る人影が。思わず後ろを確認するけど、誰もいない。もちろん新参者の私が知っている人なわけがない。とすると、白の騎士か王女様と関係のある人物ってことなのかな。

考えを巡らせていると、白の騎士の頭にしがみついていた王女様が暴れ出した。




「……ってぇ……」


黒い頭を擦りながら、白の騎士が立ち上がる。結構なボサボサ加減だ。ちなみに、そうさせた本人は半ば飛び降りるようにして、やって来た人物のもとへと駆けだしてしまった。

子どもって、あんなに足が短いのにどうして走ると速いんだろ。あんなに体が小さいのに、どうしてそんなに元気なの。……って。

突然のことに呆気に取られていた私は、はたと我に返る。王女様を追いかけなくちゃ、今度こそ本物のポンコツになっちゃう!




「おっ、おうじょさま……っ」


たいした距離じゃないのに、ちょっと駆けたら心臓がばくばく騒ぐ。深刻な運動不足だ。

ていうか、白の騎士は何をしてるんだ。剣が抜ければ問題ない、なんて言っといて大事な時に動けなかったじゃない。

息が上がった私を見て、王女様が手を振った。見た目麗しい男の人に抱っこされて、超絶にご機嫌な様子で。


「やっほ~」

「いやっ、あのっ?」


この人は誰で、一体何が起きてるの。

頭の中が真っ白になった私が口を開けてアワアワしていると、男の人が真っ白な歯を見せて笑った。


「どうも。妹がお世話になってます」

「あ、ああ、いえいえ、こちらこそ……」


きらりと輝いた白い歯に見惚れたまま頷きかけて、はたと気づく。

今、妹って言ったよね。てことは、あなたがお兄さんということで。だからつまり王女様のお兄様というあなたは、もしや巷で大人気の。


「おおおおおーじさま……?!」


すんでのところで指を差すのだけは堪えた自分、偉い。でも残念、ちょっと頭がクラクラする。

なんだって今日はこんなに目まぐるしいんだ。そもそもお兄様と王女様は生活のリズムも活動範囲も違うから、まず出会うことはないって言われたのに。話が違うじゃないですか補佐官様! 王城2日目にしてあっさり出会っちゃってますよ!


心の中で半ばやけくそ気味に叫んじゃったのは疲れの所為だ。たぶん。


「すみっ、すみませんっ」

「いえいえ」


沸騰しかけの頭が選んだのは、どういうわけか謝罪の言葉で。リアさんにも同じようなことしちゃったし、雲の上の人だと認識した途端に謝ってしまうのは私がやっぱりポンコツだからなのか。また白の騎士に鼻で笑われちゃうよ……。


驚いてヒヤリとしてショボンとして。まったくもって忙しい。

だから気づかなかったんだ。背後に白の騎士が立っていたことに。



「――――ちゃんと挨拶したの?」

「うわぁっ」


せめて隣に立ってくれたら気づけたのに!






「今日から正式に子守になりました、クロエと申します」

「どうも、オーディエです。補佐官の補佐官をしてます」

「あっ、よ、よろしくお願いします!」


器用に王女様を抱っこしたまま頭を下げて、ぺこり。

王子様らしからぬご挨拶の仕方に、私は慌ててもう一度お辞儀をする。なんか思ってたのと違う。違いすぎる。王立学校にいた頃に聞いた噂話だと、かなりの女好きでいい加減で面倒くさがりで……とにかくその肩書きにヒトメボレした女の子達に大人気だったはずだけど。こんなに爽やかな好青年だなんて、誰も言ってなかった。


戸惑いを思い切り顔に出していたんだろう。私を見た王子様が噴き出して、おとなしく腕の中に収まっている王女様を見遣る。


「やー、なんか面白い子が子守でよかったね。リディ?」

「うん!

 きょうね、かくれんぼしたのー」


あ、あれってかくれんぼだったのね……。今度から隠れていい場所と範囲を決めないとダメだな。毎日こんなことが起きてたら、私の心臓がもたないもの。


「かくれんぼ……ああ、そういうことか……」

「やっぱり。オーディエ、何か知ってるの?」


ぽつりと呟いた王子様に、私の背後から白の騎士が尋ねる。


もしかして私を驚かしたあともずっと、背後に佇むつもりなんだろうか。なんか落ち着かない。

……あれ、ていうか彼らは知り合い? ただの騎士が王子様と馴れ馴れしく話せるなんて、とっても不自然な気がする。今日これまでの経験で、立場を越えた関係がありえないことじゃないってことは分かるけど……。

白の騎士、一体何者なんだろう。


「んー……ていうか、心当たり?

 まあでも、今はいいでしょ。明日あたり話があると思うよ」

「明日か……」


白の騎士の声が曇る。

顔を見上げるほど気にはならないけど、一体何の話をしてるんだろう。そんなことを思っていたら王子様の視線が私の目を捉えて、そしてすぐに上に向かった。

小首を傾げれば、それを後押しするみたいに大きな手のひらが私のこめかみを下へと圧をかけてくる。ちょっと何してくれるの白の騎士。


「いたたたた!」

「まあいいか。当のクロエがこんなんだし」

「うん」


よく分からないけど、あんまり良い扱いを受けてないのは分かる。大きな手の圧力から解放された私は、首を擦りながら痛みの根源を睨みつけた。

ところが私のことなんて見えてないのか、彼は王子様に向かって口を開く。


「――――じゃあ、僕は行くよ。あとよろしく」

「うん、今日はどうも。

 あ、そうだ。次の視察までに1回くらい稽古つけてよ」

「えー……」


白の騎士が嫌そうな声を上げた。王子様じきじきのお願いなのに。


「無理。

 怪我させないように手加減するの面倒くさい」

「稽古なんだから、多少の怪我なんか気にしないのに。

 手加減なんかしたら稽古にならないし」

「……やっぱダメ。いろいろ面倒くさい。

 ヴィエッタかディディアに相手してもらえば?

 あいつら強いし怖いし、いいじゃん。手加減しないよきっと」

「俺、女性は斬らない主義なんだよね」

「いや稽古なんだから誰でも斬ったらダメだよオーディエ……」


背後で大きな溜息をつく気配がして、私はなんとなく振り返った。王子様相手に、ほんとに怖いもの知らずな態度だ。ここまでくると感心してしまいそうになる。

王子様が稽古をせがむってことは、たぶん強いんだろうな。そんなふうには見えないんだけど。どちらかといえば、出会った時に一緒にいた冷たい感じの人の方が強そうだったし。


そんなことを考えながら彼の顔をまじまじと見つめていると、ふいに目が合う。その瞬間、私は後悔した。だってまた、口が開いてたから。

残念ながらそのことには白の騎士も気づいていたらしい。彼は呆れたように溜息をつくと、私のほっぺを摘まんで言った。


「じゃ、僕はここで」

「……ひゃい」


そうですか。

摘ままれたまま頷いた私を見て、白の騎士の口の端が引き攣る。心なしか、摘まむ指に力が入った気がするけど……。


「帰るって言ったんだけど」

「……ひぇ?」


うん、そう聴こえましたけど。

思わず小首を傾げた私を見て、今度はその目が細くなる。白の騎士は不機嫌そうに声を低くして言った。ちなみに摘ままれたほっぺは解放されたけど、とっても痛い。ひりひりする。


「お礼も言えないポンコツなのクロエちゃん」

「ぎゃぁっ」


怖い顔が目の前に迫って、ほっぺの痛みが吹っ飛んだ。全然可愛くない悲鳴を上げた私の肩を、白の騎士がガシッと掴んで。王女様の大事なカップケーキの入った箱を落とさなかった私、偉い。

でもそんなこと思っていられないくらい、顔が近い!


「おおおお世話になりましたありがとうございました!」


背中に変な汗をかきながら早口で捲し立てれば、目の前にいた怖い顔がふわっと緩む。白の騎士は私の頭に手を置くと同時に、そっと囁いた。


「ま、これから頑張って」


その表情をじっくり見つめる間もなく、彼が背を向ける。そしてその背中は、あっという間に遠ざかっていった。

もしかしたら私に合わせて、歩幅を小さくしてくれていたのかも知れないな。ちょっと意地悪な人だったけど、嫌な人じゃなかった……かも。

応援してもらったし、頑張ろう。





――――と、その時は思ったんだけど。

どうやら世の中、そんなに甘くなかったみたいです蒼鬼さま。









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