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王子様? いいえ、違います。







「も、申し訳ありません!」


――――あれ、なんで謝ってるの。


どういうわけか謝罪の言葉を口走った私を見て、白の騎士がぽかんと口を開ける。

ああ、そういう間抜けな顔を私もしてたのね。そりゃポンコツとも言いたくなるか。でもほら、偉い人を前にするとペコペコしたくなるのが庶民の心理だと思うんだ。





「あのー……」


困った顔をした“逆鱗さま”が、助けを求めるように白の騎士を見上げてる。でも彼は、白々しくあさっての方向に視線を走らせた。

ちなみに王女様というと、大人達の話には興味がないのか再びオーブンの中を覗きこんでいる。顔が熱くないんだろうか。


一応子守らしく心配していると、“逆鱗さま”はやっぱり困った顔のまま私に言った。


「ええと……とりあえず座ってみましょうか。

 カップケーキもまだ焼けないし」

「いえっ、とんでもない!」


稲妻のような迫力と速さで遠慮した私を見て、“逆鱗さま”が言葉に詰まる。

しまった。もうちょっと考えてから遠慮するべきだったか。いやいや、厨房の調理台に補佐官様の奥方様と向かい合って座るだなんて、考えただけで失神出来る。

ぶんぶんと首を振った私から目を逸らすと、彼女は難しい顔をして溜息をついた。そして隣でカップを傾けて寛ぐ白の騎士に言った。


「……なんか、やっと分かった気がするよ。

 ジェイドさんやシュウさんが、“普通の人”に惹かれるわけだわ。

 こんな気持ちになるんだねぇ」

「まあ、普通は怖れ多くて出来ないよね。

 “補佐官様の逆鱗”と厨房なんかで向かい合ってお茶するなんてさ」

「そんなもんかなぁ?」


どの口がそんなこと言ってるんだ。

平然と喋る白の騎士を、椅子から引きずりおろしてやりたい。憧れの職業、白の騎士の彼ですら“逆鱗さま”とお茶を飲めるような立場じゃないと思うんだけどな。

私がそんな気持ちを堪えつつふたりの会話を聞いていると、ふいに厨房と繋がったカウンターの方から赤毛の女性が顔を覗かせた。


「厨房なんか、って言い方は酷くないですか~」


そんなことを言いつつも、彼女の目は笑っている。すると“逆鱗さま”もくすくす笑いながら口を開いた。


「だよね~。

 厨房は憩いの場だもんね!」

「や、調理をする所でしょ」

「今まさにお茶飲んでるキッシェさんが言いますかそれ」


白の騎士の言葉に笑いながら言った赤毛の女性が、顔を引っ込める。どうやら新しいお客さんが注文に来たらしい。カウンターの方から何人かの声が聴こえてくる。

お客さんが来たなら厨房から出た方がいいと思うんだけど……それにしても雰囲気が家庭的過ぎやしないだろうか。たしかここ、王城だったよね。


そんなことを考えながらカウンターとお茶を飲む白の騎士を交互に見遣っていると、“逆鱗さま”がポットを手にして言った。


「あ、平気平気。この時間は出来上がったものしか扱わないんだ。

 とりあえず座って。カップケーキが焼けるまで、まだ時間があるし」

「はぁ……」


私の気の抜けた相槌を背中で聞きながら、“逆鱗さま”がお茶を淹れ始める。

白の騎士も王女様も相変わらずだし、まだまだここで寛ぐつもりらしい。


座って、と言われたところで、どうしたもんか……。

“逆鱗さま”直々の言葉でも、そう簡単に同じ席につくのも抵抗がある。そんな私が立ち尽くしていると、白の騎士と目が合った。

また嫌みでも言われるのかと思うと、なんだか身構えてしまう。


「な、なんですか……?」

「いや、座れば?

 歩み寄ろうとしてるのを拒むのも、かえって不敬だと思うし」

「……そう言われちゃうと、断れないじゃないですか……」


私の反応が面白かったのか、彼が口の端に笑みを浮かべてそんなことを言うから。だからつい、椅子に腰を下ろしてしまったじゃないか。


オーブンからは相変わらず甘い匂いが漂ってきていて、王女様は中でゆっくり回るカップケーキを飽きもせずに眺めている。

この小さなお姫様がカップケーキ好きだとは思わなかったな。今度休みをもらったら、最近まで働いてた店の焼き菓子を買って持ってこよう。王室御用達の焼き菓子店だから、もしかしたら食べたことがあるかも知れないけど。

……なんだったら、ひとつくらい白の騎士にも買ってきてあげてもいいかな。一応お世話になったことだし。


椅子に座ったら王女様とはぐれてからバタバタしていた気持ちがようやく落ち着いたらしく、私はホッとして息を吐いた。落ち込んだり驚いたり恐縮したり、なんかとっても疲れちゃった。


そんな時だ。目の前に水の入ったグラスが差し出されて、私は視線を上げた。するとそこには、何食わぬ顔をした白の騎士が。


「喉乾いてるんじゃない?

 ずっと走り回ってたみたいだし」

「あ……ありがとうございます……!」

「いえいえ。

 また口が開いてるよ、クロエ」


さらりとした気遣いに思わず感極まった声が出てしまった私を、彼が失笑する。

……あんまり笑ってると、焼き菓子なんか買ってこないからな。



「あ、私もクロエ、って呼んでもいい?

 初対面でちょっと馴れ馴れしいかも知れないけど」


決意を胸にグラスの水を一気に飲み干した私に、ポットを片手にした“逆鱗さま”が小首を傾げて尋ねた。

もちろん私は、首をぶんぶん振って頷く。


「もちろんです! 馴れ馴れしいだなんて、とんでもない。

 というか、逆鱗さまに覚えていただけるなんて光栄すぎます!」

「……げ、逆鱗さま……!」


彼女が頬を引き攣らせるのと同時に、白の騎士は私をちらりと見遣る。そして溜息混じりに呟いた。


「やっぱりポンコツ」


……焼き菓子買うの、やめるぞ。




「もうちゃんと自己紹介しよう。そうしよう」


淹れて下さったお茶を前に恐縮していると、“逆鱗さま”が調理台の向こうから身を乗り出して私を見つめてきた。あんまりじっと見つめてくるから、私もこくこく頷くしかない。

すると彼女は、にっこり微笑んだ。


「私は逆鱗じゃなくて、リア。

 夫のジェイドさんが補佐官をしてるだけだから、あんまり構えないで。

 キッシェさんも、普通にリアって呼んでるし。ね!」

「え……でも……」


ね! なんて言われても、すごく困る。だって相手はこの国の偉い人の奥様なんだもの。しかも昨日面談をした補佐官様の。

私は助けを求めて白の騎士に視線を投げるけど、彼はあさっての方へと目を逸らす。なんて分かりやすい騎士なんだ。

なんとも言えないまま視線を彷徨わせていると、“逆鱗さま”が言った。


「そっか……ダメか……」


しょぼん、と彼女が肩を落として呟く。

そんなにガッカリされたら胸の辺りがちくちく痛んで仕方ない。私は謝ろうとして口を開いた。でも、そうさせないかのように彼女が言葉を続ける。


「まあ、無理強いは出来ないもんね。仕方ないよね。

 ジェイドさんの前で泣いちゃったりしても許してね、クロエ。

 ……私は、あなたと仲良くなりたいだけなんだけど」


“逆鱗さま”はそう言うと、ちらりと私の顔を窺うように見遣った。

仲良くなりたいと思ってもらえることは嬉しいけど、私はたまたま王城で働くことになっただけの庶民なんですよ……。

そう説明したいけど、壁際に追いつめられたネズミみたいな心境の私の口では、もにょもにょと変な声しか出せそうにない。


「うわ。リアが補佐官みたいなこと言いだした……」


白の騎士は少し体を引いて“逆鱗さま”を見つめると、すぐに私に向かって囁いた。その目は、いつになく真剣そのものだ。


「どうするクロエ?

 リアって呼べば、補佐官に余計なこと言わないでくれるみたいだけど」


その言葉の意味を理解した途端、頭が真っ白になった。これが権力というやつかと。






「クロエは、どういう経緯で王城の子守を引き受けたの?」

「もともと働いてた店の常連さんが、話を持って来たんです。

 それで昨日、王城に来たんですけど……」


オーブンの中身を見ながら尋ねた“逆鱗さま”改めリアさんが、私の言葉にふんふん言いながら頷いている。彼女は冷蔵庫を開けて、何かを探しながら言った。


「そっか~。ここって広いし、慣れないと大変だよね」

「はい。今日も早速迷子になっちゃって……。

 でも憧れてた場所なので、ここで働けて嬉しいです!」


さっきまで駆けずり回ってたことを思い出した私は、なんとなく照れ笑いを浮かべてしまった。白の騎士の視線が痛い。でも気にしない。

するとリアさんが、見つけた物を調理台に乗せながら私を見た。


「憧れって、もしかして王子様とか?」

「違います違います」


わくわくしてます、と顔に書いてあるようなリアさんに苦笑しながら手を振る。彼女の言うオーディエ王子の噂は、王立学校に通ってた頃から耳にはしてきたんだ。器量よしだけど女好き、頭がいいのにサボり癖がある。そんな王子様が格好良いと憧れる友達もいたけど……。


視界の隅で、白の騎士が肩を震わせてるのが分かる。なんで笑ってるのかも分かる。でも私は世間の評価なんか気にしないもの。

そんなことを考えていたら、心の声がするっと滑り出ていた。


「蒼鬼さまに会いたいなぁ、って」




卵が床に落ちて割れる音がして。

同時にちょっと離れたところでは、グラスの割れる音が響いて。

白の騎士は、やっぱり笑ってた。







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