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それは触れてはいけない逆鱗です。







あ~……ドキドキする~……。ここもそこも、蒼鬼さまが通ったんですよね。ていうか今も通ったりするんですよね! もしかしてすれ違っちゃったりしますかね。しますよね、きっと!




「クロエ!」


くわっ、と目を見開いて振り返った白いコインの騎士に言われて、私は小首を傾げた。何をそんなに怒っているのかと。

すると彼はいまいちピンときていない様子の私を見て、もっと目を見開いた。そしてツカツカと靴音を高らかに私の目の前に立ちはだかると、びしっと人差し指を突き付ける。


「まったく……落ち込んだのを心配して損した。

 好きなのは分かったから、心の中だけにしといてよ。

 口にチャックして。蒼の連中に捕まる前に黙って!

 今は人探しの途中だろ。君はポンコツか?!」

「ぽっ……?!」


酷い言われようだ。しかし残念。咄嗟に言い返せるだけの度胸も頭の回転も持ち合わせていない私は、言葉に詰まってしまった。

白の騎士は愕然としている私を見ると鼻息荒く前を向いて、「分かったら、ちゃんとついて来て!」と言いながら歩き始めた。その姿に気圧されたのか、すれ違う蒼の騎士が頬をひくつかせている。

私は後輩らしく、そのあとを追うことにした。小走りに駆けながら、やっぱりポンコツは言い過ぎなんじゃないか……なんて思いつつ。






大股で歩いていた白の騎士に追いつくと、そこは大きな部屋の前だった。部屋というよりも、広間と表現した方が正しいかも知れない。たくさんのテーブルと椅子が、同じ組み合わせと間隔で規則正しく配置されているのが見ていて気持ちがいい。それに甘い匂いがする。


「ここが食堂。

 騎士団の連中や文官、外から来た一般の人も利用してる」

「……ここに?」


さすがにもう王女様の名前を口にするなんてヘマはしません。ポンコツ呼ばわりされて落ち込んだから、これ以上は貶されたくないもの。

すると斜め上から私を見下ろす白の騎士の目が、何か言いたげに細くなる。でもそれは一瞬のことだった。彼はすぐに食堂の中へと視線を投げる。


「まあ、とりあえず見てみようか。

 ここで駄目だったら部屋に戻ろう」

「分かりました」




食堂に入った私は、ぐるりと中を見回して溜息をついた。お昼時を過ぎてずいぶん経つせいか、お客さんは少ない。1人だったり2人だったり、何人か集まっていたり。

人が少ないから、ちょっと見ただけで分かる。ここには王女様はいないみたいだ。


「うーん……いないみたいですね」


残念な気持ちで小さく息をついた私は、おそらく隣で同じように残念そうにしているであろう白の騎士の顔を見上げた。

ところがである。私の目に映ったのは年季の入った石壁だけだった。


「え、え?」


……嘘でしょ。いなくなっちゃうなんて。

食堂に入ったのと同時に消えてしまったとか、そんな不思議なことが起こるとも思えない。

不測の事態に少しばかり混乱気味ではあるけど、私は慌てて廊下に出てみた。でも、やっぱり姿は見えない。あの黒頭は目立つから、いればすぐに見つけられると思うのに。


それなら食堂のどこかを探してくれているに違いない。

巡り巡った考えがそこに行き着いた時だ。そんなに多くない人の中に投げた視線が、あっさりと白の騎士の黒頭を探し当てた。




「ちょっと。いなくならないで下さいよ」


カウンターで飲み物を受け取る白の騎士のうしろから声をかける。隠そうと思っても棘が入ってしまうのは仕方ない。だってこの人、王女様を探すどころか休憩しようとしてるじゃない。


すると彼は驚くふうもなく振り返った。そして、持っているグラスを口元に寄せる。


「食堂にはいないみたいですし、部屋に戻りませんか?」

「うーん……」


今しがた飲み物を受け取ったばかりの彼は、当然ながら渋い顔をしたわけだけど。私は毅然として言葉を続けようとした。

その時だ。ほとんど同時に……いや、遮るようにして彼が言った。


「いやでも」

「――――まだ探してない所があるよね?」

「……え? どこですか?」


面喰った私が尋ねると、グラスの中身を飲み干した彼が無言で指を差す。その何か言いたそうな顔が余裕に満ちていて、ちょっと腹が立ったのは秘密だ。

……ていうか、私だって何か飲みたかったよ。迷子になって駆けずり回ったから、すごく喉が渇いてる。それに気付いたのは、たった今だけど。


私の先輩だというその騎士は空になったグラスを持って、自分が指差した方へと歩いていく。やり場のない気持ちがいくつか湧き上がるものの、私はそのあとについて行くしかなかった。




移動距離は、全然大したことがなかった。ほんの数歩で辿り着いたそこは、大きな鍋を抱えても簡単に通ることが出来るように作られたドアで。いわゆる厨房の出入り口というやつだった。


「クロエ、また口開いてる。

 君は霞か何かを食べてるの?」


厨房を前に呆然としている私を、意地悪な笑みを浮かべた白の騎士が「すごいね幻の生き物みたい」とか言いながら見下ろしてくる。

私はその発言にはだんまりを決め込んで、前だけを見ることにした。つまり、馬鹿にされるのは気に入らないけど、それよりも残りの一か所を探して部屋に戻りたい気持ちの方が大きかったわけだ。


「……厨房の中を見させてもらえばいいんですよね。

 じゃあ私、許可をいただいてきます」


そう言ってドアの向こうを覗きこもうとした瞬間。弱くも強くもない、私が踏み止まれないくらいの絶妙な力加減で背中を押される。押したのは誰か、なんて愚問だ。白の騎士に決まってる。

唐突なことにびっくりしつつも数歩よろめいただけで姿勢を正した私は、後ろを振り返って口を開いた。軽口を無視しただけで手を出すなんて、騎士にあるまじき行為だ。

そんなこと蒼鬼さまだったらしない。彼は自分の気分次第で手を出すようなこと、しないに決まってるんだから。いつかこの人に、彼の爪の垢を煎じて飲ませてやらなくちゃ!


「もぉぉぉっ……!」

「もう許可は取ってあるよ」


言葉にならない言葉で抗議をしても、白の騎士はどこ吹く風。鼻歌交じりに言いながら私の脇をすり抜けると、自分だけさっさと厨房の中へ入って行ってしまった。






最初に声をかけてくれた時とは、雰囲気が全然違う。これじゃ詐欺だ。詐欺騎士。まあそれでも冷たい雰囲気の方の人とふたりきりになるよりは、良かったと思うことにしよう。あっちの人は見かけも優しくなさそうだったし。


「あーもー……」


厨房の中へと消えた白の騎士を心の中で詰りつつ、自分もドアを押して入る。許可を取ったのは私じゃないから、腰が引けてしまうのは仕方ないところだ。


「お邪魔しまーす」

「……あっ、来たみたい」


恐る恐る様子を見ながら入ったら、私のかけた言葉に反応する声が。それも、どこか楽しそうな雰囲気が漂っているんだけど……。




調理台でお茶を飲んでいたらしいその人は、私の顔を見るなり椅子から立ち上がった。


「えっと、どうも! お疲れさまです!」

「え、あ、はい……お疲れさまです……?」


勢いに圧されて曖昧に返事をすると、その人の隣に白の騎士の姿があることに気づく。王女様を探した様子はまったくない。それどころか、さっき何か飲んでたくせに今もお茶を用意してもらってたらしい。カップを片手に、思い切り寛ごうとしてるようにしか見えない。


……まあでも、仕方ないんだ。これは私の仕事なんだし。

私は彼をちらりと見遣ってから、居住まいを正して口を開いた。


「すみません、こちらに4歳くらいの女の子が……」

「リディちゃんですよね、いますよ~。ほら、ここ」

「えっ、そ、そこって?」


間髪入れずの返事に面喰った私は、思わず調理台に身を乗り出してしまった。ていうか、いるのか。王女様。ここ食堂の厨房なんだけど。

カップの中身が揺れたのが嫌だったのか、白の騎士が立ち上がる。そして彼は、くすくす笑いながら調理台の下を指差した。





「なっ……何してるんです……っ」

「カップケーキをやいてるの!」


開口一番の台詞は、今までで一番子守っぽかったと思う。

調理台の下を覗き込んだ私が見たのは、オーブンの前にしゃがみこんだ王女様の小さく丸まった背中だったのだ。

そりゃあ何かを作っていたんでしょうよ。厨房だし。甘い匂いもしてたし。だけど、私が聞きたいのはそういうことじゃないんだよ。ていうか得意気にしているのは何故なんだ。


「どうしてもカップケーキをプレゼントしたい人がいるみたいで……。

 あっ、あの……リディちゃんのこと叱らないで下さい。

 こっちに来た時点で知らせを寄越さなかった私もいけなかったし」


ぐわっと膨らんだ感情に飲まれないように深呼吸をしていると、王女様と一緒にいたらしい女性がぺこぺこ頭を下げてきた。


……あれ……?


違和感を感じた私は、内心で首を捻る。そしてその正体は、すぐに分かった。それは彼女が王女様を“リディちゃん”と呼んだこと。

そんなことが出来るのは、本当に限られた人達だけのはず。だって王女様だもの。たくさんの人が仕えるべき、この国の王女様。だから間違っても“リディちゃん”だなんて呼んじゃ……。


――――じゃあ、この女性がその限られた人達の一部だったら?




そこからあることを思いつくまでは速かった。“口を開けて霞を食べてる”なんて意地悪言われた私でも、それくらいは知ってるんだ。


「す、すみません!

 まさかもしかしてひょっとしたら……!」


きょとん、とした表情を浮かべて瞬きをしている女性。薄茶の髪に赤い花を身に付けた、王女様を“ちゃん付け”で呼ぶことが出来そうな人。


それは少し前、まことしやかに囁かれた噂話。

“薄茶の髪に赤い花は、補佐官の逆鱗。悪戯に触れた者は地獄を見るらしい。”




ああ蒼鬼さま。

いろいろあって王女様を見つけたっていうのに、補佐官様の逆鱗に触れてしまったかも知れません……。








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