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 ここしばらくの話、カリンガの姿を見ていない。というのも、どうやら意図的にぼくと会うのを避けている節があるのだ。まあ、それもいいだろう。これで、コトコとの距離も少しは縮まるかもしれない。

 ここ数日、コトコはほとんど家から出ていない。たまに買い出しに行ったり、ぼくが強引に連れだしたりしない限りは、ほとんど引きこもっているのだ。そして何をしているかと言えば、大体は本を読んだり、ただぼんやりとテレビを見たりしている。きっと、突然手に入れた大量の自由な時間をどう使っていいか分からないのだろう。しかし、こうして情報を摂取してくれているのだから、そう遠くない内に願望が出て来てもおかしくは無いと信じている。

 やはり、ここはカリンガに期待するしかない。彼女が女の子としてのイロハを教えてくれれば、良い方向に向かうはずだ。

「それはそれとして、どうしようかな、コレ……」

 今、自室の机に広げられた三つの資料束を見ながら、ぼくは脱力した。二つは、今までぼくがこなした仕事のターゲットについて。一人はある企業の研究員。随分と昔から続く老舗であるらしく、扱っている商品は総合薬。一昔前なら、誰でも知っていたような有名な薬だ。二人目は、システムエンジニア。作っているのは……ふぅん、アニメーション? ああ、なるほどね。パソコンなんかに詳しくない高齢者の為に、行った動作がどういうものなのかを示す為の映像を付けるわけか。中々興味深いな……。

 この二人に共通しているのは、全く新しい事を開発しているって事か。これのどこが、一族に不都合な人間だっていうのか。意味が分からないな。

 まあ、それについてはいずれじっくりと取り組むとして、目下最大の関心事はこっちの最後の資料についてだ。

巧断源一郎くだん げんいちろうか。結構、すごいみたいだ」

 このじい様、先代代表の相談役だったらしい。しかし、今の代表とは反りが合わなかったか、半年前に出奔。その際、直に族長の人形、赤備えと戦うも惜敗。今は行方をくらませているが、未だに族長を狙っている可能性アリ、か。なるほど、こっちは分かりやすい。きっと、今のやり方に疑問を持っちゃったんだろうな。……へぇ、巧断家は彼が裏切るまでは、家格は二番目だったのか。今はぼくの斜向かいなのに。誠慈郎くんが貶められたのも、こういう背景があっての事だったりするのかね。

「じい様の人形、花断。僧兵っぽい感じだなぁ」

 花断の姿は、頭に白袈裟を被っているが、鎧は着ていない。それどころか、着物さえ片方は腕を抜いており、桜吹雪が目に入らぬか状態。しかしそこから露出している肌は黒々としていて、まるで鉄のようである。それよりも、一番目を引くのはやはりその武器だろう。全長一メートルほどの巨大なボルトカッター。鋼材などを切断する、デカいペンチのような工具だが、それにしてもデカい。どうして武器だけが近代チックなのかは分からないけれど、とにかくよろしくない感じだ。

「これ、殴られても怖いな。というか、もしかして人形を破壊する為の兵器だったりして」

 手元の資料にはそれは見た通りの使用法しか書かれていないが、もしかしたら何か変わった機構があるかもしれない。それに、武器がコレだけだと思うのも危険そうだ。こっちの利点といえば、まだ戦力を把握されてない事だけれども、一族内も一枚岩じゃないから情報が漏れててもおかしくは無いし……。益々、やり合うのは避けた方がいい相手ではあるんだけれどもなぁ。しかし、何にしろ請け負ったからには無傷で事態を進展させる事はできない。何が何でも勝ちにいく。頑張るしかない。

 ぼくは椅子から立ち上がり、大きく伸びをした。そして、ジャケットを掴むと、部屋を出た。

「コトコ。ぼくはちょっと、出かけてくる」

「そう」

「遅くならないつもりだけど、どうなるか分からないから、ごはんは勝手に食べておいて」

「分かった」

 こっちを振り向きもしない。さては、また新しい本を読んでいるな。もしかして、結構お気に入りだったりするんだろうか。うんうん、いい傾向。

「じゃ、行ってきます」

 コトコの無感情な見送りの言葉を聞きながら、ぼくは玄関の扉を閉めた。

 ぼくはエレベーターを待っている間、スマートフォンを取り出してリダイヤル機能で誠慈郎くんの番号を呼び出すと、通話ボタンをタップした。

『はい、もしもし』

「ああ、どうも。ご無沙汰。それで、どう? 何とかなりそう?」

『ダメですね。じじいとは全く連絡がつきません。向こうも相当に警戒してるようで。それと、どうも向こうは水瀬サンの事を知りたがってるみたいなんですが、どうしましょう?』

「構わないさ。なるべく焦らして、小出しにしつつ本当の事を教えてやればいい」

『了解しました。それから、頼まれてた戦闘の候補地ですけど、近くの山中にいい場所を見つけました。条件にもほとんど一致してます』

「いいぞ。それじゃあ、準備は半分くらい終わったわけだ。具体的な話はできればじい様と直接したいな。君は準備を万端、整えておいてくれ」

『了解です。それじゃあ、もう少し色々と手を変えてアプローチしてみます』

「ああ、よろしく頼むよ」

 ぼくは通話を切り、再びスマートフォンをポケットに突っ込んだ。

 マンションを出て、ぼくは商店街の方向に足を向けて歩き出した。すると、五メートルほど先の電柱の所に見知った姿を発見した。ぼくが近づくと、向こうも気づいたらしく、体をこちらに向けた。

「やあ、カリンガじゃないか。しばらく姿を見せなかったのに。今日はどうしたの?」

「……アンタ、私の知らない所でコソコソやってるみたいね」

「誤解だよ。ここしばらく君と会う機会が無かったから、説明し損ねてただけさ。仕方ないだろう? 君は頼んでいた事を一方的に送りつけて来るだけで、電話にも出ない」

「それとこれとは別よ。いい? 私はアンタと一蓮托生なんだから、何をするにも最初に相談して。そうじゃないと、こっちも動きづらいのよ」

「すまないね、今後は気を付けるよ。ぼくも、色々と辛い立場なのさ。ところで、今日はそれを言いに来たのかい?」

「まあ、本題はそれだけど……。実は、アンタに聞きたい事があって来た」

 彼女は少し迷うようなそぶりを見せてから、話し出した。

「アンタの周辺を少し調べた。アレって全部本当の事なの? だとしたら、最終的な目的は何? どうして、コトコに近づいたの?」

「なるほどね、そういう事だったのか」

「答えて」

「いいよ。別に隠すような事でも無いしね。君が調べた事は大体が事実だと思うよ。それからぼくがこうして勤勉に仕事に精を出しているのは、一族内での地位を上げる為さ。もっと自由に動きたいからね。それから、コトコに会ったのは偶然だな」

「それは、本当に本当?」

「やれやれだな。君だって、自分の能力に自信はある方だろう? それなら、情報に嘘は無いし、ぼくが隠すまでも無く、目的なんて想像がついてたはずだよ」

「ええ、想像はついたわ。その結果、腑に落ちないからこうして聞きに来たんじゃない」

「ぼくは自分の軸をずらしてはいないよ。ずっと、自分の為に動いてる。あとは、君の想像力の問題だと思うけども」

「いいえ、情報が足りないのよ。ねえ、一つだけ答えて。どうしてアナタの関係者じゃなくて、何の恨みも無い人を殺すの?」

「全ては自分の為。ずっとそうだって言ったろ」

「アンタは……コトコの味方なの? 本気であの子に普通の幸せを与えるつもり?」

「質問は一つじゃないのか……。まあ、いいけどね。その点については、ハッキリ言っておくよ。ぼくはコトコの味方だし、彼女が幸せに生きる事を望んでる」

 彼女はまだ、何か釈然としないようだったが、ぼくはそれ以上、古傷をいじられたくないので、さっさとこの場から立ち去る事にした。

 まあ、確かにぼくが自殺を決意した理由には両親が絡んでいるけど、それが全てってわけじゃない。あくまで、ぼくが考えて結論を出しただけの事。まあ、その事をここで彼女に細かくベラベラと喋っても構わないのだけど、やはりそれは違うだろう。こればっかりは、一番最初にコトコに話すと決めていたから。そうだな……まあ、この仕事が済んでから、改めて二人の時間を作って話すとしようか。

 それからぼくは数時間ほど図書館で調べものをしてから、川のほとりにあるベンチに座ってチョコレートを齧っていた。すると、ポケットの中の電話が震えだしたので、画面を見てみる。見覚えの無い番号だったが、執拗に震え続けている為、ぼくは電話に出てみる事にした。

「もしもし」

『お前が、水瀬呼人とかいう、鉋木家の獲児か』

 スピーカーの向こうから、野太くて少し枯れた声が聞こえた。

「もしかして、アナタは巧断源一郎さん?」

『いかにも。ワシが源一郎だ。ただ、もう巧断家とは縁を切ったから、苗字は無いがな』

「驚きですね。ぼくはずっと、コンタクトを取ろうとしていたっていうのに。まさか、そちらから連絡を貰えるとは思いませんでしたよ」

『フンッ! 白々しい奴め。どうやったかは知らないが、繋ぎ役を手懐けてこっちを丸裸にしよったくせに』

 カリンガ……。なるほど、流石に有能だ。だから好きだよ。本当に、よくやってくれた。

「源一郎さん。どうあってもぼくはアナタとやり合わなきゃならない。こうしてかけて来たんだ、そっちだってその気なんだろう?」

『ああ、その通りだ。お前を殺せば繋ぎ役も黙らざるを得ないだろう。お前のような新参者に露見する程度なら無視しても構わんが、流石に族長の耳に入るのはうまくない』

「御安心を。ぼくはこの情報を漏らしたりしませんよ。何しろ、他人に横槍を入れられて手柄を失いたくはありませんから」

『ほう、言いよったな、新参者。未だ、人形に固有名も無いクセに、このワシに勝てるつもりでいるのか』

「勝算はあると思っていますよ。それに、ぼくがまだ蛹守だなんて、一言も言ってない」

 まあ、ハッタリだけど。

『どっちでもいい事だ。ワシの人形には勝てん』

「そこまで自信がおありなら、ぼくが御招待しましょう。後日、指定した場所でお待ちしております」

『ハッ! せいぜい、罠をたくさんこさえるんだな。それくらいのハンデはくれてやる』

「楽しみにしていて下さい」

 ぼくがそう言うと、通話は一方的に切られてしまった。

 これで一番の問題は解決してしまったわけだ。これからもカリンガとは上手くやっていけるといいな。ぼくも、頼もしい仲間は一人でも多いほうが安心できるし。

 ぼくは立ち上がると、足早に帰途についた。


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