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ステーキ

「巧断家代表の方、ぼくに何か御用ですかね?」

「言わなくても分かっているだろう? お前からお館様に進言しろ。家の問題は、家の中で片づけるべきだ、と」

「それで、アナタがたはちゃんと仕留める事ができるんですか? もしもまた、いつまで経っても成果が出なけりゃ、今度はぼくの評価も一緒に落ちるわけなんですがね」

「無論、こちらも全力でやっている。あと少しの所まで来ているんだ」

「まあ、アナタがたに同情はしますし、気持ちを汲んであげたいとも思いますよ」

「それじゃあ……!」

「でも、そうはいかないんですよねぇ……。一族の人間って事はもしかして、人形を使うかもしれないでしょう? だったらぼく、とても興味がありますよ。是非とも、戦ってみたい。一度、他人の人形というのを破壊してみたかったんです」

「何だと……! お前のような初心者に、おじい様の『花断はなたち』を倒せるものか!」

「ほう! 相手はやはり人形使いですか! これは益々、手放すには惜しい仕事ですなぁ」

「何だと!」

「まあまあ、そうカッカしないで。アナタの言った通り、そのおじい様が相当の手練れだというのであれば、最悪の場合、ぼくは真っ二つにされてしまうかもしれません。そうなれば、この件は再び宙に浮きます。後は努力次第でアナタの元に帰って来もしますよ。そうでしょう?」

「…………それも、そうだ」

「でしょう? だから、別にわざわざ取り戻す必要も無いんですってば。ぼくを敵視するのは無駄です。アナタはただ座って、悠々と構えていればよろしい」

「…………」

「その沈黙は了承頂けたと思ってよろしいですね。くれぐれも、ぼくが死ぬまでは手出し無用に願いますよ」

 ぼくは立ち上がり、部屋を後にした。巧断家の人は何も言わず、頭の中で色々と思考を廻らせているようだった。恐らく、ぼくが失敗した後、どうやって自分の所に仕事を戻すか考えているのだろう。その為に誰に根回しをすればいいのか、とか。

 部屋を出て、再び待合い室に戻ると、カリンガが待ってくれていた。

「どうだったの?」

「バッチリだね。他の家は概ね、提案には賛成みたい。今のところ、表だって敵愾心を出しているのは巧断家のみ。ただ、それも丸め込んでおいたから、しばらくは大丈夫だと思うけど」

「……アンタ、ほんと何なのよ。こんなワケの分からない状況にいきなり放り込まれて、何でそんなに飄々としてられるの……」

「まあ、性分だろうね。それよりも、急いで頼みたい事がある。まずは、二つの家から預かった仕事の詳細をまとめて欲しい。巧断家の方は人形使いだ。それも、現代表の関係者らしい。人形の方の詳細も欲しいが、それよりも人間だ。どんなじい様なのか、無関係な事でもいいからとにかく集めて欲しい」

「分かった。ただ、家の情報はよっぽど有名じゃないと出てこないかも」

「問題無い。直接に巧断家から借りてくればいい。脅すよりも、泣きついてみろ。ぼくが死にたくないからってオロオロしてるとでも言ってやれば、奴ら喜んで自慢のじい様を紹介してくれるはずだよ」

「まあ、アンタがそうしろって言うなら、従うけどさ。でも、家のプライドとかが……」

「問題無い。今の家格はどれだけお館様の覚えが良いかどうか、だ。仕事を素早く、丁寧にこなせば自然と、安堵されるはずだよ」

「分かった。こういう芸当はアンタに任せた方が良さそうだ……」

「理解してくれて有り難いよ。それから、実はもう一つ頼みがある。こっちの方が本題に近いけど。コトコに聞いたんだが、回収班ってのがいるらしいじゃないか。死体なんかを処理するんだって? まず、彼らについて詳しく教えてくれ」

「? アンタが知ってもしょうがないと思うけど……。まあ、いいや。回収班っていうのは、一族の中から罪を犯した者とか、特に劣った連中なんかを集めたものだよ。もう知ってると思うけど、人形は血をすするから、それで現場を綺麗にするの。当然、普通の人形じゃないわ。ものすごーく弱くされた、ガリガリで腰巻しか与えられてない人形。私達は『雑巾』って呼んでる」

「なるほどね。そういう事か。それじゃあ、死体は彼らが回収して、一族の枠内で処理をしているってわけだよね?」

「そうね。まあ、私もその場所は行った事が無いけどさ」

「だがまあ、連絡は取れるんだろ? だったら、代表者というか、若頭みたいな奴を選んで会わせて欲しいんだけど」

「ハァ!? 何でそんな事! あのねぇ、回収班は蔑みの対象なの。そんな奴らと代表が直々に会ったなんて他の家に知られたら、どんな噂になるか……」

「別にいいじゃないか。ぼくは自由な身分の獲児なんだし。それに、どうしても彼らの力が必要なんだよねぇ。いやね、初仕事の記念に、あの死体が欲しいなぁって思ってさ」

「………………」

 彼女の顔から一瞬で血の気が引き、再び表情に侮蔑のようなものが混じった。

「そういうわけで、よろしくね」

 カリンガは返事をせず、ただ目を逸らしていた。きっと今、どうして今までこんな奴と上手くやろうなんて思ったんだろう、本当に私はバカだ、とか思っているんだろうなぁ。でもまあ、仕方ないじゃないか。ぼくはこういう奴だもの。

 屋敷を出た時、どういうわけか後から部屋を出たはずのカリンガが先に来ており、ぼくが現れたのを見て、自分だけタクシーに乗って走り去って行った。



「君はそう、きっとすごく辛い境遇だったのだと思うよ。だって、物心ついた時にはすでに優秀な姉と比べられてきたのだから。ねえ、巧断誠慈郎くだん せいじろうくん。ぼくならきっと耐えられないな」

 目の前に座る男は、当事者でも無いのに、分かったような口をきく。

 俺は一時間前、回収班の仕事を一人だけ外され、近所のファミレスで、とある人間と会うように繋ぎ役の赤色ポニーテールに指示された。正直言って、面倒な話だ。

「いえ、俺は別に……」

「別に、か。何故か、最近はそういう風に言う人によく会うよ。どうしてだろうね」

 知るか、ボケ。

 この飄々とした態度は本当に腹が立つ。確か名前は、水瀬……って言ったか。今は鉋木家の代表らしいし、まだ蛹守だとしても人形を持ってる相手に横柄な態度を出る事もできないし。それにしても、コイツって俺とそんなに歳かわらなくねぇ? 何だよ、スーツなんか着こんじゃって。似合わねぇっつーの。

「それで、俺は何でこんな所に呼び出されたんスかね?」

「ああ、そうだった。いやね、カリンガに若くて求心力のありそうな回収班の人を紹介して欲しいって頼んだまでは話したよね」

「ええ……」

「それでね、実は君と仲良くなれたらなって思ってね」

「は?」

 なんだコイツ、頭おかしいんじゃねぇの? それとも誰も教えてないとか? 落ちこぼれの掃き溜めである回収班と、族長に面と向かって会えるようなトウトいお方がお友達になりたいって? 意味わかんねぇ。

「まあ、とは言っても、やっぱり下心があっての事でね。君たちにお願いしたい事がたくさんあるんだよ。うーん、具体的に言うとね……初仕事の時の死体が欲しいんだ。記念に」

 うへぇ……はにかみながら何を言ってんだ、コイツ。気持ちわりぃ……。ホント、やっぱりお館様のお気に入りなだけはあるよ。完全にイッちまってる。

「えーっとですね、俺もアンタの希望を叶えてあげたいんスけど……。あれはもう、ちゃんと処理しちゃったんで、残って無いんですよ……」

「そうか、それは残念だ。うーん、仕方ないよなぁ。ずっと置いておくものでも無いだろうしなぁ。しかし、惜しいなぁ。それじゃあもう、二人目をそうするしかないのかぁ。あ、そうだ。防腐処理とかってしてもらえたりしない?」

 本当に気持ち悪いな……。そんな、オプションを注文するみたいに言うなよ……。無理に決まってんだろ……。

「そんな技術、ウチは持ってません……。やりたきゃ、自分でやって下さい」

「そうか。分かったよ、帰ったらネットで調べてみるよ」

 正気じゃねぇ……。

「それじゃあ、一応はちゃんと死体はぼくにくれるというわけで。あっと、一応、受け入れの準備ができるまでは預かってくれるかい?」

「ええ、構いませんよ……」

「ありがとう。とても助かるよ。ところで、さっきの話だけども……君ってお姉さんに対して、劣等感とかあったりするのかい?」

 どうして、そこに戻って来るんだよ……。どうでもいいだろ。まさか、本当にお友達にとか考えてるんじゃ……。うへぇ……。

「無いとは言いませんけどね。まあ、結果的にそうなったんだから仕方ないじゃないスか。それに、一度ここまで落ちたら、二度と浮き上がる可能性なんて無いんだし、恨みがましく生きるよりも、現状で満足して気楽に生きた方が楽しいですよ」

「なるほどね。それって、他の回収班の人たちも同じような考えだったりする?」

「そうスね。まあ、中にはずーっと恨みがましく生きてる人も居ますけど。先に精神をやっちゃって、潰れていきますよ」

 そう、何人も見て来た。酒に溺れたやつ、薬を始めたやつ、暴力なんかに向かったやつから、修行僧みたいになったやつまで。それこそ、多種多様に。俺はそういう生き方も悪くないと思うけどね。羨ましいよ。生きてるーって感じ?

「なるほど、つまり今は回収班全体が現状を受け止めて粛々と仕事に徹してるって感じか。しかし、可哀想な話だね。とても辛いだろうに」

 あ、今のはカチンと来た。安っぽい言葉で、本当に同情してるみたいな態度とりやがって。本当に、何も知らないクセに……。

 自然と、テーブルの下で拳を強く握っていた。

「………………」

「いい感じだ」

 相手がそう言ってから、はっとして顔を上げると、自分が観察されていた事に気づいた。

「君、すごくいいぞ。ぼくが言った事に腹を立てたんだよな? とても仲間思いって事だな。なるほど、それならば求心力もありそうだ。それに、聞くところによると、結構そういうまとめ役ってやつが嫌いじゃないらしい」

「だから何だっていうんスか」

「君、一族の人間を見返してやりたくないか?」

 それは、悪魔が囁くような言葉だった。は? 俺が? 何で、そんな事って感じ。

「ぼくはまだ一族の関係者になったばかりでね。思うように動いてくれる人物というのが居ないんだよ。それに、一般人を味方にしても戦力にはならないしね。君たちだって人形を持っているんだろう?」

「雑巾の事ですか? アレは……戦力になんてなりませんよ。すごく弱いんです」

「そうらしいね。でも、生身よりはマシだしね。それに、まとまった数が居て、モチベーションも高い。君の能力次第では、統率力も悪くないレベルになるだろう」

「烏合の衆ですよ。どうやったって戦力になんてなりっこないです」

「そうでもないさ。雑兵と呼ばれるような人達の槍の長さを改良して、立派な戦力にしたような例もあるし、兵隊の少なさを補う為の集団戦法だって進化してきた。戦争の舞台には、それこそ色んな人が上がったものだろ?」

「それは、そうですけど……」

「工夫というのは、そういうものだ。相手が油断してくれる相手なら、隙も大きい分だけ、結果的にとても効果的になるわけだし」

 何だろう……、コイツ……。もしかして、本気で言ってるのか? だとしたら、完全に頭がおかしい。いや、おかしい……わけじゃないんだ。コイツは、俺達とは別のコミュニティから来た人間なんだ。だから、違う見方で物事を判断する。発想も、まるで違う!

「……俺達を兵隊に仕立て上げて、一体何をしようっていうんです?」

「倒すのさ。敵をね」

 その、嫌らしくもギラギラとした野心的な瞳は、何故か俺の心を掴んだ。具体的な話なんて何もされてないのに、すごくドキドキしたんだ。今までずっと、俺達みたいなのを顧みるような人間が一人も居なかったからかもしれない。ここまで初心になるほど、俺たちはずっとぞんざいに放っておかれていたんだ。

「……っと、誠慈郎くん。ちょっと少し待ってて貰えるかい? なぁに、すぐに済む」

 そう言うと、彼は携帯電話を持って、トイレへと向かった。

 俺はドリンクバーに行ってジュースを注いでから席に戻ると、色んな思考が働くのをやめられなかった。仲間をどうやって説得しようかとか、集団戦法ってどんなものがあるんだろうか、とか。まるでそろそろ文化祭でもやろうとしているような気分だった。

 まあ、でも……ここでは決定せずに、一度は返事を保留にして、信用できる奴にだけ相談してもいいかもしれないな。

「やあ、ごめんごめん」

 七分ほどだったろうか、彼がトイレから帰って来た。

「あれ? あの……水瀬サン、ほっぺたの所、何か赤いのが付いてま……」

 ギクリとした。それは、間違いなく……。

「え? ああ……これはうっかりしてた。どうもありがとう」

 そう言うと、彼は紙ナプキンでそれを拭うと、クシャクシャと丸めてテーブルに置いた。

 今、自分の心臓が早鐘のように高鳴っているのが分かった。そして、まるでガチガチになっている自分を驚かせるように、ポケットの携帯電話が震えた。

 素早く取り出し、発信者を確認する。相手は、回収班の仲間だった。俺はすぐさま通話ボタンを押して、電話に出る。

『あ、誠慈郎さん? 今出た死体なんですけど、他とは別にして保管しておけばいいんですよね?』

「あ、ああ……」

 今出た? 今って? 今だよな? まさかだろ、ちくしょう。こんな自然に? 本当にただトイレに行って帰って来ただけじゃないのかよ。何だコイツ。何なんだ。怖ぇ。足が震えてきた。絶対に、頭がおかしい。こんなの、俺の知ってる暗殺じゃあない。

「誠慈郎くん。長期的に精神的な苦痛を感じるとね、それに慣れてしまって、むしろそこから抜け出たいという気持ちすら無くなっていくんだ。そして、何も変わらずにそのままでいる方が安全だ、と考えるようになる。でも、人間の精神というのはそういう風にできているんだ。だから、君たちは悪くない。断じて、君たちに非など無いよ。しかし、そういう人達を動かすっていうのは、並大抵の事ではできないだろうね。でも、君なら何とかなるはずだ。だって、とても賢く、優秀なのだから」

「…………………」

 ああ、怖い……。でも、そうだよな。俺達と違うっていうのはそういう事なんだよな。これがもしも、一族の人間だったらどうよ? 当たり前だと思ってる方法で、結果も出ないのに、ゴチャゴチャとやってる。そんな奴にやらせたいか? 無駄だよ。絶対に無駄に決まってる。きっと、過程も結果もつまらない。だったら、狂ってるくらいが丁度いいはずなんだ。

「…………おい」

『はい? 何ですか?』

「帰ったら、話がある。全員を集めておいてくれ」

『え? はあ……。分かりました』

 俺は携帯の通話を切り、再びポケットに収めた。水瀬は、その様子を見て、とても満足そうに笑うと、ウェイターを呼んでメニューを持って来させた。

「そういえば、ぼくは晩御飯がまだだったんだ。せっかくだから、君も食べていきなよ。奢るからさ」

「どうも…………」

 本当は、食事なんてしたくは無かった。それこそ、走って帰ってすぐに仲間に話をしてやりたい気分だったのだ。

「ぼくは、ステーキがいいなぁ。これとライスにしょう」

 なんて残酷な男なんだろうか。あんな事をしてすぐに、肉を食うなんて。本当にどこまでも薄気味悪い……。でも、それが気に入った。

「俺も、ステーキでお願いします。一番大きいやつ」

「御馳走しよう」

 俺にはその時、相手が本当に悪魔であるように見えたのだと思う。まさか自分が、本当に魂を売る場面に巡り合おうとは、今朝起きた時は予想もしなかった。ああ、でも悪くない。悪くない気分だ……。

 その日食べたステーキはこの世のものとは思えないほど美味しくて、気が狂ってしまいそうだった。


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