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本家

 次の日、ぼくはコトコのむっつり顔を見ながら、夕方まで家の掃除と日用品の買い出しを行った。ベッドや家具などは、彼女の両親が使っていたものを借りる事にしたので、それの手入れなども、必要な限り行った。家具の模様替えに蛹守を使っている所を目撃された時はまた怒られてしまった。

 しかし、それよりも彼女をイライラさせてしまったのは、ぼくが私生活に色々と言ってしまったせいだ。やれ、シャンプーとトリートメントは良い物を使えだの、歯ブラシはもっと定期的に交換しろだの、女子にあるまじき私生活を指摘した結果、むくれてしまったのである。

 そして今、ひと段落したので、お茶を入れて彼女とリビングで啜っている。

「いい加減、機嫌を直してくれよ。こういうのはね、ちゃんとしなくちゃいけないんだよ。君だって、これから色んな人と会った時、気持ちよく接してあげたいだろう? せっかく美人なんだから、最低限のお手入れはしといた方がいい」

「人と会う機会なんてほとんど無いわ」

「それはこれまでの話だろう? これから人形関係の仕事は全てぼくがやるんだ。君は普通に学校に行って、楽しい青春時代を送って、そして夢を持って生きていくんだよ」

「……よく分からない」

「今はそうかもしれない。少しずつ知っていけばいいさ。ぼくが言ったのも、あくまで一つの意見だしね。君が歩きたい道があるなら、それを行けばいい。否定しないさ。……よっぽどの事が無い限りは」

「…………………」

「まあ、焦る事も無いか。まずは、仕事の無い生活というのがどういうものかを体験してみたまえよ。望むなら、仕事の様子も話すけれども」

 ぼくの個人的な意見としては、彼女にはやはり普通の女の子として生きて欲しい。まだどんな情熱が眠っているのかは分からないのだ。それを阻害されていた今までとはまるで違う、明るい道を歩いてくれれば言う事は無い。

 これはお礼だ。ぼくに役割りを与えてくれた事への些細な感謝の気持ちというやつさ。

 ぼくがお茶を飲み干したタイミングで、呼び鈴の音が鳴った。

「はーい」

 湯飲みを置き、玄関へ向かう。穴から覗いてみると、外に居たのはカリンガだった。

 昨日の事を引きずっているのか、どこかソワソワと落ち着きが無い。心中にちょっとした悪戯心が湧き上がったが、今日はあえて外してやる事で次回のドキドキ感を増量させる事にしよう。

 ドアを開け、ぼくは努めて普通に「いらっしゃい」と言った。

 彼女は、一瞬だけ体を震わせて身構えるような体勢を取ったが、すぐにそれを解き、ぼくを押しのけるようにして強引に中へ入った。

 彼女はのんびりとお茶を飲むコトコの正面に座ると、軽く溜息をこぼしてから話しかけた。

「おかしな事になったわ、鉋木の」

 ぼくはコップをもう一つ持ってきて、急須からお茶を注いでやると、それをカリンガの前に置いた。そして、コトコの横に立って彼女の次の言葉を待った。

「族長が新しい獲児えじとの面会を求めてきた」

「獲児って?」

 ぼくがそう聞くと、カリンガは険悪そうな視線を向けて答えてくれた。

「アンタの事よ。人形を正式に譲渡された人間を、私たちは獲児と呼んでいる」

「ほほう、なるほど。つまり、族長はぼくに会いたい、と。しかしおかしいな、君が報告するのは今夜だって言ってたじゃないか。早すぎないかい?」

「監視されてたのよ。こういう仕事は嫌がってたから、ちゃんと完遂できるか見届けてたってわけ。まさか、獲児を作るとは思って無かったみたいだから、上も混乱してるわ。私もそのせいで真っ先に事情を聞かれたから、色々喋っちゃったんだけど、そしたら族長が是非にも会いたいなんて言ってきて……」

「はっはっは、良好な関係が築けそうじゃないか。ほうら、コトコ。ぼくのやり方だって間違ってるわけじゃないだろう?」

 コトコはお茶を一口啜ったが、何も言わずに黙っていた。

「アンタねぇ、ハッキリ言って友好的かどうかなんて全然分からないわよ。こんな事って初めてなんだから……」

「結構。それで、カリンガ。面会はいつなのかね」

「…………今夜。しかもすぐに連れて来いって。多分、会合の前に会うつもりよ」

「うんうん、素早くていいじゃないか。それじゃあ、早速着替えて向かうとしよう」

「ちょっと、何でアンタが勝手に決めてんのよ! ここは、親である鉋木のが決めるべきでしょう?」

「いやいや。これから仕事関係は全てぼくに任せて貰う事にしたから。もちろん、報告はちゃんとするよ? でも、そういうわけだからさ、これからそういう話はぼくにしてくれると嬉しいんだけどな」

「ハァ!? アンタ、鉋木家を乗っ取るつもりなワケ? そんなの許されないわよ!」

 そこで、ようやくコトコが口を開いた。

「カリンガ。私はそれを承諾してるわ。これからは彼によろしく……」

「そんな! あーもう! 意味わかんない! 何でこんな奴に!」

 カリンガは苛立たしげに頭を掻いて、ふてくされたようにソファに寝ころんでしまった。

「まあ、そうカリカリしないで。ホラ、準備してくるからさ」

「カリカリって言うな! 変態! 死ね!」

 いや、これから定期的に使おう。喜怒哀楽がハッキリしてる女の子は素敵だね。

 ぼくは埃を被っていた、コトコの父が着ていたであろうスーツに袖を通した。少し大きいみたいだが、それでも着れないレベルじゃない。ありがたく使わせてもらおう。

 用意を済まし、冷蔵庫の中にある昼ごはんの残りをレンジで温めて食べるようコトコに言ってから、ぼくはカリンガを連れて外に出た。

 彼女は決してぼくの半径二メートル以内には入って来なかったが、遅れれば待っていてくれたし、ちゃんと先導してくれるつもりがあるのはよく分かった。まあ、多分ぼくがはぐれて迷子になったら自分が叱られるからだと思うけれども。

 電車に乗って二駅、そこからタクシーで二十分。衝撃的だったのは、彼女がさっさとタクシー代を払ってしまい、ぼくが半分出そうと提案しても軽くつっぱねた事だった。まさか、こんなにナチュラルに奢られるとは思いもしなかった。それに、結構な額だったような気がするんだけども……。

 彼女曰く、

「気にしないでいいわ。普段は色々とやっててお金には困ってないし、アンタがやった仕事の報酬も私にいくらか入って来るから。まあ、要するにアンタのおかげで私は儲けさせて貰ってるって事よ」

 なのだとか。まあ、彼女がいいと言うならそれでも構わないけれども。

「いいからさっさと行くわよ」

 ぼくが連れて来られたのは、田舎の古い日本家屋だった。かなり広い敷地があり、まさに昔っからのお金持ちですという感じだ。

 カリンガはぼくを手招きすると、少し警戒しながら玄関へと入って行った。

 続いて家の中へ入ると、そこには和服を着たお手伝いさんらしい人が居て、言葉少なく案内をしてくれた。そして、殺風景な和室に通されると、そこで待つように指示された。

「あー、緊張してきたー。アンタ、絶対にふざけた真似はしないでよ」

「分かってるってば。歴代最強の人形にぶった切られたくは無いからね。謙虚な姿勢で臨むつもりだよ。なあ、ところで聞きたいんだけどさ、君ってコトコとはどんな感じで接してたんだ?」

「別に……普通よ。仕事の話をして……まあ、それだけ」

「ああ、やっぱり。しかし、どうしてなんだ? お互い事情も分かってるんだし、せっかく同年代なんだから、もっと仲良くしたらいいのに」

「……そんな関係じゃないのよ。私が会いに行く時っていうのは、あの子に嫌な仕事を持って行く時だから。それに……一度、その事でちょっとした言い合いにもなったし」

「そうなのか?」

「そうよ。私だって、いきなり両親が居なくなったあの子の事情に同情もしたわ。だから、ちょっと優しくしてあげようと思ったら、何て言ったと思う? アナタは自分が手を汚さないからそんな風に能天気でいられるのね、って言ったのよ! もう、本当にふざけんな! 私がアンタの為にどんだけ骨を折ったと思ってるんだっつーの!」

「はっはっは、コトコらしいな。まあ、あの子は少し大人びた所があるけれど、やっぱり子供だからなぁ。君みたいに甘えさせてくれるような人が出てきて、ちょっと接し方が分からなかったんだろうね」

「でも…………」

「まあまあ、これまではそうだったかもしれないけど、これからは彼女も普通に立ち位置が変わるわけだから。もう、同じ事は言わないさ。……もし良かったら、彼女がこれから普通の女の子になれるよう、世話してあげてくれないか?」

「ちょっと……何で私がそんな……」

「ぼくは男だから、やっぱり限界があるんだよ。無理にとは言わないけど、一度くらいは彼女と話をしてみて欲しいな」

「まあ、考えておいてあげるわ……」

「助かるよ」

 と、そこで先ほどのお手伝いさんが入って来て、面会の準備が整った旨を伝えてくれた。

「さてと、それじゃあ行きますか」

 ぼくらは立ち上がって部屋を出た。そして、案内されるままに廊下を歩き出した。少しすると、赤い紙の障子戸が現れた。お手伝いさんはそこで立ち止まり、何も言わずに頭を下げた。

 ぼくはその言わんとする所を汲み、障子戸を開けて室内へと入った。

「ほう……」

 天井には壮大な彫り細工がほどこしてあり、正面の襖には豊かな色彩で巨大な龍が描かれていた。結構な威圧感のある部屋だっただが、奥の得体の知れなさを思えば、まだ生ぬるい方である。

 ぼくが素人でも分かる。この襖一枚を隔てた向こうは、もはや異界だ。いつ何時、自分が理不尽な暴力で薙がれてもおかしくない、現代社会の理屈が通じるかも怪しい場所。

 しかし、それでも引き返す気は無い。こうなるかとは分かっていたのだ。コトコの状態を見ていれば分かる。この一族というのは本来、人形の力を使う際には結構な道徳的なブレーキを持っていたはず。それが今、損なわれつつある。いかに族長といっても、脅して強いるには限界があるだろう。そんな時、喜んで仕事を引き受けようという人間が出てくれば、目利きしたくもなるだろう。

 全ては目論見通りなんだ。むしろ、今はぼくが有利。売り込めば売れる。間違いなく。

 恐怖で腰が引けてしまっているカリンガを置いて、ぼくはズンズンと歩みを進めると、努めて粗暴に襖を開けた。


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