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繋ぎ役

 最寄りのバス停からバスに乗って三十分。駅前に到着すると、コトコは無言のままぼくを先導し、最近少し改修された古いマンションへと入って行った。

 鍵を差し込んでエントランス奥のドアを開け、エレベーターの前へと歩いて行く。

 どこか古めかしい灰色の壁と、所々の装飾などが輝いている様は、何だかひどくアンバランスな感じがしたが、どこか親しみの持てる雰囲気だった。古いといっても、掃除はよく行き届いているらしく、みすぼらしい印象はまるで無い。

 ぼくらはゆっくりと降りてきたエレベーターに乗りこむと、六階へ向かった。

全ての景色が下へと過ぎ去って行く中、途中の階で幸せそうに笑う母親と子供が見えた。それを見て、コトコが少し体を震わせたのを見たが、ぼくは何も言わなかった。

目的の階で降りると、共用廊下を東へと歩いて行く。心なし、彼女の歩度が早まっていたような気がしたが、それも気づかなかったフリをしなければならないだろう。

しばらく共用廊下を東へ歩くと、表札に鉋木と書かれた部屋にたどり着いた。

「ここが君の家か」

「ええ、そう。入って」

 彼女は解錠してすると、足早に部屋の中へと入って行ってしまった。ぼくもそれに続き、お邪魔する。

 中は整然としていた。そう言う他は無いだろう。コトコの私物はチョコチョコとあるものの、他には何も無かった。思い出を喚起する物すら、無かったのだ。

 廊下を抜けてリビングに出てみても、その印象は変わらない。リビングは応接用として使われているのだろうか、机を挟むようにソファが並び、テレビ棚のようなものはあるが、そこには本来あるべきテレビは無く、空白となっていた。年季物らしき本棚もほとんど何も並んではおらず、ただ無感動な透明のファイルに挟まった、出前のチラシがあるのみである。

 コトコはソファにちょこんと座ると、何をするでも無く、ただ俯いていたのだった。

「どうやら君は普段、この部屋を使っていないようだ。もしかして、自分の部屋だけで生活しているのかい?」

「ええ、そうよ。大きなテーブルなんていらないし、椅子だって四つもいらないでしょう」

 見ると、リビングの隅には、邪魔そうに固められた大型テーブルと椅子などがあった。なるほど、あれらが家族で住んでいた時に使っていた家具というわけか。

「まあ、殺風景なくらいがちょうどいいさ。掃除も楽だしな」

「そんな事より、蛹守の正式な譲渡を完了させましょう。しばらくしたら、繋ぎ役が訪ねて来るはずだから」

「そうか。じゃあ、まあ……。しかし、本当にいいのか? 自分で言うのも何だけど、特に抵抗も無くサクッとやっちゃうような奴に、そんな物を与えちゃってもさ」

「問題無いわ。もしも、何かあっても族長が直々にアナタを殺しに来るもの」

「聞くに、族長ってのは本当に凄まじい奴なんだな。もしも、ぼくが物凄く訓練をして蛹守を完全に使いこなしても勝てないのか?」

「無理よ。そもそも、蛹守の状態である限り、きっと勝つ事なんて万に一つも無いわ」

「へえ、そりゃすごい。族長の人形はどんな感じなのか聞いてもいい?」

「族長の人形の名前は『赤備え』鎧武者のような姿をしていて、薙刀と二本の刀を持っている。奇をてらったような仕掛けは何も無いけど、とにかく性能が段違いに高い。それもそのはずよ。族長の一族は、人形を受け継ぐ事ができるという特別な血筋だから」

「へぇ、なるほどね。それは厄介だ。まさに、歴代最強の人形ってわけだ」

「そうよ。蛹守にアナタのパーソナリティが反映され、個別名を持ったとしても、何代も受け継がれてきた人形に勝る事なんてできっこないのよ。体の性能がピークのまま百年生きた人間に、若い十代の青年が挑むようなものだわ」

「ちょっと待ってくれないか。個別名って何だ? あの人形の名前は蛹守だろう?」

「蛹守っていうのは、名前が付く前の赤ちゃんを呼ぶ為にあるような呼び名よ。いずれ、アナタ自身の人形が持つ名前は、人形が教えてくれるわ」

「なるほどね。おっと、少し話が脱線しちゃったな。すまない。それで、正式な譲渡っていうのはどうやるんだ?」

 ぼくがそう言うと、彼女は自身の下唇を思いっきり噛むと、こちらに手招きをした。さっきは自分がやられたせいか、その痛みが良く分かってしまい、憂鬱な気分だった。

 ぼくが近寄ると、今度は跪くように指示してくる。ここで、うっすらと嫌な予感がしてくる。

 コトコは跪くぼくの前に立つと、夕方のようにぼくの頭をしっかり掴むと、いきなり口づけをしてきた。

「ん…………」

 何度やられても慣れるものでは無いが、これが儀式なのだから仕方ないと心で唱え続け、彼女のするがままに任せた。

 コトコはぼくの口中に自分の血を移すと、小さな声で「飲んで」と言った。

 鉄のような味は少し不快ではあったが、ぼくは言われるままにそれに従った。そんな姿を見た彼女は、どんどんと血を送り出して来る。

 正直、頭がパンクしそうだ。こんなに幼い子なのに、本当に薄気味悪いほどに積極的で、情熱的というか……。

 少しして口を離すと、彼女は手の甲で口を拭い、いつもの調子で喋りだした。

「これで完了。アナタはもう、自分の意思で蛹守を出す事ができるはず」

「ああ、何故か分からないけれど、頭では理解できる。不思議なものだな、流し込まれたのは血だけなのに」

「そういうものなのよ。…………アナタが口だけの人じゃないという事は嫌というほど分かったわ。だから渡したけれども、できれば間違った使い方はして欲しくない。それから、一族の人々とは仲良くして」

「ああ、もちろんだとも」

 嫌と言うほどフレンドリーに接してあげようじゃないか。

 なんて事を考えていると、呼び鈴の音が鳴った。どうやら、例の繋ぎ役とやらに会う事ができるらしい。

「今、出るわ……」

「まあ、待ってコトコ。ぼくが出るよ」

 立ち上がろうとする彼女を制して、ぼくは玄関へと小走りで駆けた。

 そう、第一印象というのは大切だ。ぼくもコトコのパートナーになった以上、それなりの態度でいなければならない。友達の友達と会う時のお約束、さりげない笑顔で爽やかに、礼儀正しく、聞き取りやすいやすいようにハキハキと喋る! ぼくの評価が彼女の評価にもなるという事をちゃんと理解しなくちゃ!

 解錠し、ドアノブを捻って軽く押した。それだけで、扉の向こうに居た人間はノブを掴んで自ら開いた。やはり、この家に来慣れているなら、そうするだろうと思った。

 ぼくはパーカーとシャツを素早く脱ぎ捨て、

「ぼく、水瀬呼人! よろしゅくね――――ッ!!」

 と叫びながら、白目を剥き、だらしなく舌をベロベロさせて全力のエア和太鼓で出迎えてやった。

「ひぃ!」

 正面から少女の悲鳴らしいものが聞こえたような気がしたが、なるほど繋ぎ役は女か!

「いいいいいいいやっほおおおおおおぉぉぉぉぉ――――うっ!」

 お約束なんて全部クソ喰らえだぜ! 可愛い女の子に残酷な事をやらせようなんて鬼畜にはこうだ!

 ぼくはズボンのベルトを外し、禁断のチャックに手をかけた。勿論、ズボンだけ下ろそうなんて良心は無い。例え、相手がうら若き乙女であろうと、容赦なんかしない!

「変態! 死ね! やめて! 死ね! 死ね!」

 そうは問屋が卸しません!

 トランクスのゴムに指をかけ、勢いよくずり下した。

「そおい!」

「――――――ッ!!」

 と、その時、ぼくの下半身が黒い靄のような物に包まれた。よく見てみると、これはどうやら暗夜鱗粉であるらしかった。振り向いてみると、倒れながらも右手から鱗粉を飛ばし、眼を血走らせ、歯を食いしばって怒りに顔を歪めているコトコが居た。

「……コトコ、冗談だよ」

 流石に、苦笑いが出てしまう。だって、あんなに無表情を貫き通してた彼女が、まさかねえ……。こんなに怒るなんて……。

「オマエ、コロス」

 何で片言なのかな。よく分からないな。

「ちょっと、鉋木の! 変態がいるわよ! すぐに通報しなきゃ!」

 再び前を向くと、そこには髪の毛を橙色と黄色で炎のような柄にした、ポニーテールの少女がいた。年齢はコトコよりも少し上だろうか。赤色のパーカーとデニムの短パンがよく似合っていた。服装同様、顔もどこか利発そうな感じである。

「カリンガ! 通報はしないで! 彼は何ていうか……私の……人形を持ってるから……」

「ハァ!? アンタ、気でも狂ったの? こんな犯罪者に渡すなんて、どうかしてるわ! それとも、まさか私への嫌がらせじゃあ……ッ!!」

「違う! そうじゃないの。さっきまではマトモだったのよ。本当よ、信じて。現に、さっきの仕事をやり遂げたのも彼だから!」

「えええっ! ちょっと、何よもう、意味わかんない! 勝手に人形を譲渡するし、仕事もやらせるなんて! あーッ!! もう、何だコレ!」

 どうやら、場が混沌としてきたようだ。ここは、ぼくが仲裁せねばなるまい。

「まあまあ、お嬢さんがた。ちょっと落ち着こう。ホラ、繋ぎ役の君も家に入って。寒かったろう、何か温かいものでもいかがかな」

「死ね」

 まあ、そうなるよね。ぼくでも同じ事を言うと思うよ。

 十分後、コトコは諸々の事情を繋ぎ役の女性に話し終え、次にぼくの顔面をボコボコにした。そして、全裸のまま洗面器で下半身を隠し、部屋の隅で立たされているわけである。

「なあ、コトコ……。何もそんなに怒らなくたっていいじゃないか」

「……一族の人とは仲良くしてって言った」

「ちょっとお茶目に挨拶しただけじゃないか。むしろ、これは友好的な……」

 コトコがギロリと鋭い視線をよこしたので、ぼくはもうそれ以上は何も言わない。

「つーかねぇ、鉋木の。アンタの判断を上がどう判断するか分かんないよ?」

 彼女――繋ぎ役である少女、名前はカリンガとかいう――は、疲れたような顔で極力ぼくを見ないようにしながら発言した。もしかして、ウブなんだろうか。

「……大丈夫。さっきの事以外は概ね、好印象に受け取られるはずだから。後は、アナタが喋らなければ、きっと問題無いはずよ」

「まあ……そうかもしれないけど……。はあ……、あんまりいきなり変な事しないでよね。私だって一蓮托生なんだから、面倒事は困るのよ」

 そう言って、カリンガはぼくのほうをチラリと見た。

「ぴろぴろ~」

 精一杯のふざけ顔でそんな事を言ってやると、またコトコがすっ飛んできて、ぼくを押し倒して馬乗りになり、顔面を何度も殴打する。

「はぁ……あんたら、もう嫌……」

 カリンガは頭を抱えて俯いてしまった。そして、あくまでコチラは見ない。大丈夫ですよ、ちゃんと洗面器で隠してますから。

 しばらくぼくをサンドバッグにしてから、肩で息をしているコトコは、再びソファに戻って、同じく頭を抱えてしまった。

「なんで、こんな人に人形を与えちゃったんだろう……」

「本当よ。これだったらまだ、欲望のままに銀行強盗するような奴の方がナンボかマシだわ。完っ全にね」

 酷い言われようだ。ぼくがやった事が銀行強盗よりも許しがたい事だったなんてな。だがまあ、しかしこの雰囲気にも飽きてきたな。最初はちょっと、面白いかもって思ってたけれども。

「カリンガさんって言ったっけ? ぼくの事、上とやらに報告するんだよね?」

「……ええ、そうよ。明日の夜にある集会に、今回の仕事の報告と一緒にするわ」

「そうか。だったら、こう報告して欲しいね。『すでにある程度、蛹守を使いこなしており、暗夜鱗粉での結界も余裕。しかも、人殺しに淀みが無い』って」

「はあ? 何よソレ、そんなバカみたいに持ち上げろっていうの? 大体、アンタはさっき譲渡されたばっかりでしょ。鱗粉の使い方なんて」

「もう覚えた」

 ぼくは鱗粉で体を衣服のように覆って見せ、少し動いてみて、形がブレない様も示した。

「アンタ、いつの間に……」

 洗面器の中でね。

「それから、もう一つ注文がある。君って仕事と受け取って来るんだよな? その種類を限定して欲しいんだ」

「もしかして、対象は悪人だけとでも言うつもり? ダメよ。そんな我儘は許されない。そもそも、降りてくる仕事を選り好みする事なんて、本来はできないんだからね」

「いいや、その逆だ。今日みたいに、善良な人間ばかりを殺したい」

 それを聞いて、二人の少女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、コチラを見た。

「ああ、別に善良な人ってくくりは別に無くてもいいか。つまりね、他の人がやりたくない仕事を全部こっちに投げて欲しいんだよ。誰にだって、手にかけたくないような相手がいるだろうし、気が乗らない事情もあるだろう。そういうの全部、ぼくが引き受けよう」

「な、何言ってんの? はあ? 嫌な仕事全部って……正気?」

「もちろん、正気さ。ぼくは、コトコがやりたくない仕事だって全部引き継ぐつもりだし、それが増えようとそれほど変わりはしないさ」

 ぼくは笑顔を浮かべて、こう言った。

「ぼくが、一族全ての『やりたくない』を引き受けるよ」

 カリンガは若干引きつった顔で、コトコは困惑した顔で、それぞれぼくを見た。

「はっはっは! 皆で幸せになろうじゃないか!」

 ………………。

 それから、カリンガとコトコはヒソヒソと何事かを話し合い、色々と議論が交わされたようだったが、コトコがぼくの意見を通すように強く出た為、カリンガはしぶしぶ承諾する事となってしまった。そして、不機嫌なまま、何も言わずに家から出て行った。


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