表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/22

百足


 三日間。いつかのように、私は誰も帰って来ない家で待ち続けていた。もう、ビーズをいじるのも嫌になって、触っていない。ただ、リビングで膝を抱きながら、ただひたすらじっとしていた。

 夜中に彼が会いに来てくれたのは覚えている。しかし、目を覚ました時にはすでに姿は無く、家を出た後だった。きっと、事後処理のようなものが残っているのだろうと思い、いつも通りの日々を過ごした。

 しかし、次の日も彼の姿は無かった。私が眠っている間に帰って来た形跡も無い。昨日は泊まりだったのだろうかと思い、携帯電話にかけても繋がらない。流石におかしいと思い、思いつく限りの人に電話をかけてみたが、誰も繋がらなかった。カリンガでさえ、出てくれる事は無かった。

 そして、何も分からないまま、私はこうして待っている。いつか、ひょっこりと帰って来て、今までの心配が全て杞憂であったと思うのだ、と自分に言い聞かせ続けながら。

「………………」

 しかし、私の希望が叶う事は無かった。今日もまた、玄関が開く事は無く、携帯電話が鳴る事も無かった。

 寂しかった。心細かった。寒くも無いのに、震えが止まらない。

 私は彼の最後の言葉を何度も反芻していた。そういえば、どこか様子がおかしかったような気がするのだ。そう、何かを隠しているような。いや……何かを覚悟して、受け入れているような……。

 彼は、私にもう戦わなくていいと言っていた。それは果たして、本当だったのだろうか。

「もう嫌だ…………」

 素晴らしい日々が待っていると思っていた。これからも二人で暮らしていくと信じていたのだ。それがどうだ、この現状は。誰も居ない。もう、どこにも温もりなど無い。

「どうして……嘘をついたの……?」

 自分が何か、気に障るような事でも言ったのか、そんな事まで考えるようになった。本当に嫌になる。何もかもがいけなかったような気がして、不安で仕方なくなる。

 疑わなくてもいいものまで全部疑わなくてはいけなくなるのは、とても辛い。大事な物が色あせて、崩れていってしまうから……。

「嫌だ……嫌だ……嫌だ………」

 腹の奥から、ゴボゴボと何かが湧き上がってくるのを感じた。

 私は何をしているのだろうか。こんな時、彼ならばきっとこんな風に縮こまってなんていないはずなのに。きっとすぐに立ち上がって、飄々とした態度で困難へと向かうのだ。そして、決して諦めずに戦いぬく。困っている人を助ける為に、努力を惜しまない。

「私が、呼人の生き方を蔑ろにしてどうするの…………」

 そうだ、何も知らないままではいけないんだ。まずはそこからだ。動かなければならないんだ。

 私は冷蔵庫の隅にあったチーズを齧り、財布と電話をポケットにねじ込み、最後に彼が残していった紋付羽織をコートのように羽織ると、裾を引きずらないように結んだ。

 家を飛び出し、エレベーターでエントランスまで降りる。そして、私は久しぶりに日光の下に躍り出た。そして、駅へ向かって歩き出した。

 まずは、族長に直接会う。きっと、屋敷に行けば何かしらがあるはずだから。もしも、何も見つからなくても、徹底的に破壊して憂さを晴らす。そして、私がここに、こうしている事を知らしめる。そうすればきっと、何かしらの反応があるに違いない。もしも、何も無かったなら、今度は違う場所を破壊してやる。

 そんな事を考えながら駅へ辿り付くと、そこで誰かに肩を叩かれた。驚いて振り向いてみると、そこにはどこかで見た事のあるおじいさんが立っていた。

「鉋木コトコちゃんだね。ワシは巧断源一郎、水瀬くんの仲間だ」

「……巧断家の人。仲間だというなら、答えて欲しい事があります。呼人はどこ? どうして帰って来ないの?」

「それは…………」

「言えないという事は、何かトラブルに巻き込まれているのね。何があったの?」

 おじいさんは、押し黙ったまま沈黙した。

「そう。だったら、力ずくでも話してもらうわ」

 私が人形を出そうとすると、おじいさんはギョッとした顔をした。

「待て待て、こんなに人が沢山いる場所で人形を使う気か。それも、真昼間から」

「関係無いわ。どうせ、人形で族長の屋敷を壊すつもりだったもの。必要なら、ここに居る人間全て口封じしてもいい!」

「……驚いた。まさか、こんなに好戦的だとはな。彼は君に普通の女の子として生きて欲しいと言っていた。その願いを摘むつもりなのか?」

「私が求めていたのは、普通の女の子になって呼人と静かに暮らす事。どちらかが欠けているというのなら、私はいらない。関係無い人だって本当は殺したく無いのよ。でも、今は物凄く気が立っているの。それこそ、手元にミサイルのスイッチがあったら衝動的に押してしまいそうなくらいね」 

「……フッ、なるほどな。つまり、彼は君の願いを正確に把握していなかったという事か。いいだろう、そこまで言うなら君を連れて行こう」

 そう言うと、おじいさんはどこかに携帯で電話をかけながら、近くに駐車していた白いバンを指さした。そして、彼に先導されて近くに寄ると、勢いよく扉が開いた。

 そして、中から小柄な体が躍り出て来たのを、人形で叩き戻してやろうと力を込めたのだが、出て来た人物が誰かを理解するや、体が硬直してしまった。

「コトコ!」

 出て来たのは、赤色のポニーテールの少女、カリンガだった。

「カリンガ……。どうして……」

「話は後でするわ。とにかく、車に乗って」

「…………分かった」

 私が車に乗り込むと、そこには見知った顔があった。

「誠慈郎さんに……、キョウコさん……」

「すいません、コトコさん。とにかく、ちゃんと一から事情を説明しますから……」

 そう言われて、私はいつかの遠足で呼人が座っていた、真ん中の列に腰掛けた。隣にはカリンガが座り、後ろにおじいさん。運転席と助手席に巧断姉弟である。

 車はすぐに出発し、道を走り出した。そして、その移動中に呼人が何をしたのか、どうして家に帰って来れなかったのかを説明された。後々の顛末に関してはカリンガもつい先ほど知ったらしく、まだ少し動揺しているようだった。

 ちなみに、どうして誰も連絡を返してくれなかったのかを聞くと、おじいさん曰く、それが呼人の願いだと思ったからだという。つまり、私が一族との関係を完全に断ち、普通の社会へ復帰する、という意味に捉えたから起こった事だった。

 そして、今日。関係者が集まって、私の家へ最後の説明に向かうはずだったのだが、途中で私を見つけた為、声をかけたのだという。

「おじいさん、それじゃあ呼人は牢屋に入ってはいるけど、無事なのね?」

「ああ、もちろんだ。彼の自由をなるべく増やしてやれるよう、取り計らっている」

「そう……」

 しかし、おじいさんの説明によれば、私と呼人が面会する事は叶わないのだという。私が現れて何かを訴えた時、呼人がそれに呼応してどんな事をするか分からないからだとか。恐らく、私が彼を逃がす為にもう一度人形を渡す事を危惧しているのだと思う。

 獲児が人形を返却すれば、それは消滅する。そして、再び与えたとしても、蛹守から始める事となる。しかし、呼人の人形は赤備えに似た能力を持ち、なおかつイレギュラーな要素が多すぎる。だから、例外的に再臨してしまう可能性があると判断されたのだ。

「大体は分かったわ。それで、今からこの車はどこへ行こうとしているの?」

 その疑問には、カリンガが答えてくれた。

「今から、お館様に直談判に行くのよ。今すぐ、アイツを外に出してくれって」

「……それは、ここの全員の意思?」

「えーっとね……、一応は私と誠慈郎はそうなんだけどね。源一郎さんと、キョウコさんは中立というか……」

 カリンガが何か言いたげにしている空気を察したのか、キョウコさんが答えてくれた。

「……曲がりなりにも、私は巧断家の代表だからな。お館様に確固たる意志があるというのは喜ばしい事だし、今は新しい族長の下で全ての一丸になるべく尽力するべきだと思っている。だから、どちらかと言えば、私は釈放反対派だ」

 姉の言い分に、続いて弟が乗っかった。

「俺も実は、釈放賛成派ってわけじゃないんだよな……。そりゃあ、納得はできないし、横暴だとも思うんだけどもさ。何より、水瀬サン本人が提案したっていうんじゃなぁ。俺はあの人の部下だと思ってるからさ、あの人が最善だと信じたんなら、とやかく言うべきじゃないのかなってね……」

 カリンガが小さく「裏切り者め」と呟いたが、それについて彼は何も反応しなかった。

次はおじいさんの意見を聞くべきかもしれないが、それは遠慮してもいいだろう。彼が誰の為に動いているかなんて、察しがつくのだから。

「ねえ、カリンガ。アナタにも言いたい事があるかもしれないけど、ここは私に任せてくれないかしら」

「それはいいけど……。えっと、一応聞いておくと、コトコは私の味方、よね?」

「ええ、もちろん。でも新しい族長の出方次第では色々と変わってくると思うわ。ああ、そうそう……」

 そして、できるだけ大きい声で車内に居る全員に言った。

「私ならいつでも制圧できるなんて思って油断しないで頂戴ね。鉋木家だって立派な武闘派。そこいらの人形にはそうそう負けやしないから」

 一気に車内の温度が下がったような気がした。とくに、おじいさんとキョウコさんが明らかに殺気立っているみたい。でも、そんな事したって撤回はしないわ。だって、本当の事だもの。

 ピリピリとした雰囲気のまま、その後の車内で誰も喋る事なく、目的地に着いた。

 私は履いていた靴をキッチリ揃え、あくまで行儀よく、従順に見えるように振る舞った。そして、案内人に連れられて、いつも代表達が集まっているという部屋に通されるまでそのままでいたが、あと襖一枚という所で本性をむき出しにしてやった。

「オルァ!」

 最後の襖を思いっきり蹴りぬいてやったのだ。これには、他の四人も面食らい、真っ青な顔をして固まってしまっていた。

 だが、そんな彼らをわざわざ待ってやるつもりも無いので、私はズンズンと歩いて室内へと入っていく。すると、奥には同じく目を丸くしている線の細い女性が居た。

「鉋木家代表、ただ今参りました」

 私はその女性の対面に用意された座布団に座り、相手からの出方を待った。ちなみに、後ろでは「なんたる無礼!」と激怒しているおじいさんを巧断姉弟が必死に抑えているようだった。

「……えっと、よ、よく来ましたね。鉋木事故さん……」

「事情は全て、ここに来るまでに聞きました。単刀直入に申し上げます。今すぐ私を呼人に会わせて下さい。それができないのであれば、彼を外に出して下さい」

「……残念ですが、それはどちらもできません」

「ただ話すだけでもダメなんですか? 私が彼と距離を開けていれば、何の問題も無いはずじゃないですか」

「正直に言いましょう。私としても、会わせてあげたいという気持ちはあります。しかし、もしも何かのキッカケで彼が脱走でもしようものなら、しかるべき処置を取らなければならなくなるのです。私は、時が来れば彼を正式に仲間として迎えたいと思っていますから、それまではどうしても大人しくしておいて欲しいんです」

「つまり、六十年よりももっと短い期間で終えさせるという事? それは、どれくらい?」

「少なくとも、半分の三十……いえ、二十年は欲しいです。それだけ経てば……」

「話にならないわね」

 そう。これじゃあ話にならない。二十年? そんなに長い間、私に待てというの? 無理に決まってる。バカバカしい。そもそも、一族全ての人間がバラバラで腰抜けだったから、あんな事が起こってしまったのに。仮にあのまま族長が気ままに生き続けていれば、死人だって一体何十人、いえ何百人になっていた事か! それを食いとめただけでも、褒められて然るべきでしょう? それなのに……。

「私はそんなに待てないわ」

 そう、それなのに……。私も、何もしなかった。ただ、彼におんぶされて、ここまで来てしまった。

「……鉋木さん。乱暴はよして下さい。ここで戦っても何も変わりません。彼だって、アナタにそんな事をして欲しいとは思ってないはずです」

「勘違いしないで。私だってそれくらい分かっているわ。私がこれから、普通に暮らしていく為にはどっちにしろ一族と反目するわけにはいかない。それに、私が呼人の願いを蔑ろにする事もできない」

 ごめんなさい、呼人。完全にアナタの願い通りにはできないわ。

「だから、私が一族の仕事をするわ。その働きに応じて、呼人の刑期を縮めて」

「……それでは、彼の願いは」

「もちろん、普通の生活は捨てないわ。あくまで手伝える範囲に絞って、両立を目指していく。それなら、問題無いでしょう?」

「ええ、そうですね。それであれば…………今の肩書は邪魔になるかもしれませんね。鉋木さん、アナタは一族の上下関係から抜けて、新たに協力者という立場でこれから関わってみませんか?」

「……協力者」

「そうです。私は、自身に起きた事を反省し対策を考えました。そこで、族長である人間が暴走した時に対処できるような集団を作っておきたいと思ったんです。それを、アナタにやって貰いたい」

「……いいわ。それでいい。そっちの方が仕事も多そうだし」

「具体的な事はこれから詰めていかなければならないでしょうが、そこでアナタがもしも目覚ましい働きをしたのであれば、彼を解き放つ日も必ず近くなるでしょう」

「一刻も早く、彼を連れ出すわ。そして、もう一度一緒に暮らす。絶対に」

 私がそう言い切ると、後ろから誠慈郎が声を上げた。

「お館様。俺を巧断家に戻してくれるという話ですけれどもね、やっぱり無しにして貰えますか? 俺はできれば、コトコちゃんに協力してあげたいんです」

「ええ、構いません。力になってあげて下さい」

 次に、キョウコさんが近寄って来て、私の肩に手を乗せて言った。

「何かあれば、私が相談に乗りましょう。それほど知略に長けているわけではありませんが、それでも何かの役には立つかと」

「ええ、巧断家代表。よろしくお願いします」

 そして、カリンガ。

「まあ、私はコトコに着いていくつもりだったしね」

 最後におじいさんだけは、私ではなくお館様の傍らに行き、

「ワシはあくまでお館様にお仕えする身。お前たちに協力してやるわけにはいかん。……だがまあ、あくまで個人的に……彼は英雄として扱われるべきだと思っている」

 と、少し複雑そうな顔をして言ってくれた。

 全ての人が立ち位置を明らかにした所で、お館様は大きく二つ頷き、再びこちらを真っ直ぐに見据えてこう言った。

「鉋木家を廃し、新しい集まりとなる。そこには、家ではなく隊と付けるのが相応しいでしょう。それで、アナタ方はこれから何と名乗りましょう?」

 別に、考えていたわけでは無かった。ただ、聞かれた時にそれしかないような気がしていたから、自然と口から零れていた。

「百足隊」

 その提案に対して、そこに居た全ての人間が満足そうに頷いてくれた。

「いいでしょう。鉋木事故、アナタが隊の責任者です。これから存分に働いて下さい」

「はい」

 もう、これ以上の話をするつもりも無かったので、私は紋付羽織の結んだ裾を翻して、部屋から出ていく。それに続いて、誠慈郎くんが着いて来てくれた。

 呼人、ごめんなさい。私はまだ戦うわ。でも、これからは無理矢理にやらされて、その中で意味を求めるような事はしない。あくまで、私が望んだ事をするわ。そう、意味ある戦いだから、私はする。

 アナタの為になら、何だってするわ。私はアナタの生き方を肯定したい。だから、結果としてアナタがどう思おうと、必ず助ける。

 涙はもういらない。アナタの為なら苦しい事など、ありはしないのだから。一緒にいられるようになったら、今度はたくさんの誰かを笑顔にしましょう。

 きっと、私たちが再び出会えた日、もう一度この世に生を受ける。今度は暖かい日差しの下、草の匂いがする爽やかな風の中で。

 何も無いからこそ、これから何もかもを始められ、変わって行けるという自由。

 私は玄関を出た所で、大きく空を仰いだ。

帰ったら、いつか家族で使っていたあの大きなテーブルを出して、綺麗に掃除しよう。いつの日か、たくさんの愛すべき人達と囲む為に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ