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晩餐


 彼女に人形を返してから、ぼくは元々持っていた自分の服に着替えて、すぐに家を出た。深夜の街をひたすら歩き、たどり着いたのは、いつかも来た雑居ビルの屋上だった。あの日と同じように、牛乳と板チョコを持って、フェンスの向こう側を眺めていた。

 すると、誰かがやって来る気配があり、ぼくは入り口に視線を向けた。

「あの日も、ここでこうしてたんですってね」

 やってきたのは、カリンガだった。

「ああ、そうだ。こうして眺めて、食事をして、そしてフェンスを登った所で声をかけられたんだ」

「ふぅん。その牛乳とチョコって組み合わせ、もしかして一番お気に入りなの?」

「そうでもないよ。コンビニで手に入る食べ物なら、もっと豪華で美味しいものがたくさんある。まあ、これはこれで悪くないけどさ」

「へぇ、だったら何で、それにしたの? 人生最後の晩餐だったんでしょう?」

「だからって、一番美味しいものを選ぼうとは思わなかったんだよ。だって、一般人がおいそれと口にできないような美味は世の中にいくらでもあるけど、それを食べなくたって、一杯三百円の牛丼でも満足できるじゃないか。だったら、一番に拘る必要も無い。何番目か分からない美味しい物でいいって思ったんだ」

 そう、幸せだってそうだ。人並みという言葉に拘らなければ、ぼくは幸せというやつを知る事ができるんだ。

「まあ、アンタがそれでいいんなら、いいけどさ」

「変な話をしちゃったな。ゴメンよ。それで、君はどうしてここに? ぼくを労いに来てくれたのか?」

「まあ、それもあるかな。これで、晴れて私も胸糞悪い仕事とはオサラバだし、だからまあ、そのお礼っていうんじゃないけどさ。例のデマを流した件について、昔どこかのお人よしを利用して罪を逃れた誰かさんに被ってもらったからさ」

「ははは、もう今となっては名前もうろ覚えだけれどね、ぼくは別にその人を恨んじゃいないよ。だって、そのおかげで父は助かったんだからさ」

「そうかもしれない。でも、その後はどうかしら。アナタに着せた濡れ衣を散々に糾弾していたのは、誰かしらね」

「やれやれ…………」

「まあ、そういう事だからさ。とにかく私が気に入らなかったから勝手にやっただけだし。気にしないで」

「いいや、ありがとうカリンガ。ところで、その様子だと君……もしかして、ぼくの両親にも何かしたんじゃないのか?」

「何かして欲しかった? 居場所と今どうしてるかは知ってるけどね。聞きたい?」

「いや、遠慮しておくよ。彼らならきっと、それなりに楽しくやってるだろう」

「……まあ、何も言わないけどさ。私はあんまり納得してないけどね。それじゃあ、この辺でオサラバするわ。もう夜も遅いしね。今日はきっと、ぐっすり眠れるはずだし。楽しみにしてるのよね」

「ああ、短い間だったが、骨を折ってくれてありがとう」

「アンタの為に特別に働いた仕事については、いつか埋め合わせをして貰うからね」

「…………。ああ、そうだな」

 ぼくはコトコやカリンガ、誠慈郎くん達にはお館様への提案を話していなかった。

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみ」

 彼女には申し訳ないが、約束は守れそうに無い。まあ、もしもあの世なんてものがあるならば、一足先に行って快適に過ごせるよう、準備くらいはしておいてやろうかな。

 カリンガが屋上の扉に手をかけた時、ぼくは大きな声で彼女を呼び止めた。

「まだ何か用?」

「やっぱり、両親に電報を打ってくれないか。そうだ、熊のぬいぐるみに抱えさせて届けるやつがあったんだよ」

「何て打つの?」

「イツモミテイル、と」

 彼女はにんまり笑うと、「了解」と小さく返事をして、帰って行った。

 まあ、これくらいはいいだろう。実際には何もしないんだし。

 ぼくはしばらく下の風景を覗きながら、ささやかな晩餐を楽しんだ。

 ………………………。

 明けて、次の日。ぼくは再び、族長の屋敷へとやって来ていた。そして、いつもの部屋にはすでに、全ての家の代表と、お館様が揃っていた。

「鉋木家、現代表。水瀬呼人。こちらに出て来て、真ん中に座りなさい」

 お館様の隣に侍っていた源一郎さんが、押し殺した声でそう言った。ぼくはそれに従い、他家の代表達が並ぶ列の真ん中に座り、お館様と相対した。

 そして、直々に今回の件について、丁寧な労いの言葉をかけて貰った。そして、ぼくの今後の扱いについての話となった。その話題が出た瞬間、室内の空気がざわついたのが分かった。他家の代表達にも、様々な思惑があるのだろう。

「―――鉋木家代表の働きは目覚ましいものがあった。しかし、その過程において無関係な人間を二名殺害し、遺体を損壊させた。これらは、避けられた犠牲であると言わざるを得ない。よって、鉋木家代表としての地位を剥奪、人形も元の持ち主に返却とする。そして、今後このような事が起こらないよう、厳然たる罰則として――――死罪を申し渡す」

 部屋中がドヨドヨとざわめいた。彼らはてっきり、ぼくの功績が認められ、様々な優遇を受けると思っていたからである。

「慎んで、沙汰をお受け致します」

 そして、ぼくが素直に頭を下げた事で、代表達はいよいよわけが分からなくなり、何も言えずにいた。

「―――ただし、今回の件において功績を加味しなければならない。それらは、協力を行った者達の立場を改善させる事でまず、報いるとする。そして……水瀬呼人、本人についても、減刑を許し、六十年の地下牢幽閉に変更する」

 今度は、ぼくが面食らう番だった。これでは、話が違う……。

 だが、こちらが何かを言おうとする前に、お館様が強い口調でこう言った。

「この度の件、私が赤備えを御しきる事ができなかったのがそもそもの原因である。そして、それは私自身の弱さが原因だった。今後は、自分を鍛え、立派な族長たる評価を受けるに値する振る舞いを心がける。今回の沙汰は全て、私の独断である。異議がある者は遠慮なく申せばいい」

 そういえば、裁量を任せると言ったのはぼくだったっけか。そうか、これがアナタのやり方、選んだ方法ですか。だとしたら、ぼくは何も言うつもりは無い。これだけ頼もしければ、きっと今後も問題は無い。ぼくの我儘など、些細な事だ。

 お館様の宣言に対し、異論を唱える者は居なかった。…………まあ、キョウコさんは何かを言いたげだったのを必死に飲みこんでいるようだったけれども。

 もしかして、ぼくを擁護してくれるつもりだったんだろうか。囮に使ったのを怒ってないという事かもしれない。いや、怒っているけど一応は、っていうのが一番ありそうな所かな。

 しかし、それを確かめる機会は得られなかった。ぼくは人形をすでに返却している事を確認され、その日の内に地下牢へと入れられる事となったからだ。

 最後に付き添ってくれたのは、源一郎さんだった。だから、ぼくは最後に、コトコや誠慈郎くん達の事をくれぐれもよろしくお願いします、とだけ言っておいた。随分と懐かれてしまっていたから、もしかしたら変な気を起こすかもしれない、と危惧していたのだ。

 それに対して源一郎さんは、「万事任せておけ」とだけ答えてくれた。その表情に自信のようなものを見て取り、ぼくは安心して檻の入り口を潜ったのだった。


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