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化物

 ぼくは焦れる自分自身を抑えながら、努めてゆっくりと相手に近づいた。

「はははッ! どうも、勘違いしてるようだなぁ……」

 敵はむくりと起き上がると、再び刀を構えた。

「人形崩しを何とかした所で、貴様には俺を倒す事はできんじゃないか。何しろ、この甲冑を攻略できてはおらんのだかららなぁ! 追い詰めきれていないのは、よく分かっているだろう? 銃の援護も期待できんぞ。触れたそばから消し飛ぶからな」

「まあ、そうだろうね……」

 ぼくは左手で、誠慈郎くん達に下がるように指示した。こうなってしまっては、最悪の場合に足手まといになりかねない。ここからは、マトモな人形の舞台という事だ。

「でも、その甲冑に敵わないとは限らないよ。勝機は途切れちゃいない」

「その強がりごと貴様をねじ伏せて、ズタズタに切り刻んでやる」

 流石に、ぼくとしてもあまり良い状況とは言えなかった。実は、まさか甲冑全部がそうとは思っていなかったのだ。せいぜい、刀だけだろうと高を括っていたのは本当だ。

 しかし、こうなった以上はやるしかない。

「やああああああああああああ!」

 精一杯の気合いを込めて打ち込む。それを受けられ、反撃に転じられる。そんな攻防を何度も繰り返し、相手が真っ直ぐに戦おうとする度に、意外性を重視した動きでリズムを崩して仕切り直させた。

 ムカデの体の最大の利点は、巻き付いて動きを殺せる事だ。しかし、相手に触れる事ができない以上、その利点は消失したも同然。あとは、多脚を生かした突進力と、三次元移動能力くらいか。

 地形が複雑な場所ほど、ぼくには有利に味方した。しかし、決めての無い状態での長期戦は徐々にこちらを蝕みつつあった。足は何本無くなったのか、今では体のあちらこちらが欠け、体も軋み始めていた。対して、向こうは未だほとんど万全。傷程度の痛手しか負っていない。

 非常に分が悪い、と言わざるを得ない。

「諦めはっ! しないけどっ!」

 相手の剣をいなし、兜を殴りつける。赤備えは、すぐに体勢を立て直して、突きを放ってくる。

「この……」

 無我夢中で戟を振るったその時、偶然相手が斜面で足を滑らせ、刀を落した。まさに、千載一遇の好機だと思い、ぼくはそこに全てを賭けようと、一気に肉薄した。

 ―――――それが、罠とも知らずに。

 こちらの焦りなどとっくに見透かされていたのだ。だから、相手はそれに付け込んだ。

 ぼくが迫るや否や、素早く体勢を整えた赤備えは脇差を抜き、それを振るった。当然、完全に油断していたぼくが避けれるはずもなく、靄を展開していなかった手首を切り落されてしまった。そして、相手は刃を失った戟を蹴り飛ばし、ぼくの胸目がけて脇差を突きこんで来た。

「――――死ね!」

 自分の死が、刃という形で目前に迫ってきていた。ぼくはそれをスローモーションで見ながら、歯噛みした。ぼくの体が、最後まで諦めまいと足掻き始める。相手はそれを意にも介さず、真っ直ぐに胸へ向かって刀を遣る。

 もう、ダメだ。そう思った時、何故だろうか……相手の甲冑の所に小さな、本当に小さな傷が目に付いた。それは、ぼくが与えた傷では無く、雑巾達が撃ち続けている内に偶然にも何度か同じところに当たってできたものだった。

 体が自然に動いていた。すでに負傷して右腕で脇差を払い、今度は肘から先が消え去った。しかし、そうしてできた一瞬の隙を使って、左手を傷に届かせた。

 瞬間――――、奇妙な事だが自分の中でガッチリと何かが噛み合ったのを感じた。左手から黒紫の靄が溢れ、傷に食らいつき、一気に装甲を千切りながら引きはがした。そう、かつて源一郎さんと戦った時にやったように。

「あ」

 そんなマヌケな言葉をこぼしたのは、果たしてぼくだったのか、それとも族長だったのか分からない。でも、次に声を発したのは、間違いなくぼくだった。

「今だ! やれええええええ!」

 二体の人形を覆うように、影が出来た。

「――――応。もちろんだ」

 奥の奥の手。これを決め手にしていたから、ぼくは諦めずに戦えた。

 巨大なボルトカッターの刃が、赤備えの露出した脇腹に食い込み、そこを噛みちぎった。

「があああああああああああああああああああああ!」

 族長が悲鳴を上げ、横へと転がる。見れば、傷は中の人間本体にまで達しているらしく、真っ赤な血が噴き出していた。

「ああああああああ! 何故だ! 何故、貴様がそこにいる!」

 傷口を抑えながら悶絶する赤備えを、僧兵に似た人形が見下ろしていた。

「悪いが、ワシもまだ死ぬわけにもいかんでな。三途の川を渡ってきたぞ」

「あああああああ! クソがああああああ! 分かったぞ、原型が無くなるほどに死体を破壊したのは、この為かあああああああ!」

 ぼくは軽くを息を吐きながら、答えてやった。

「ちなみに、例の死体はぼくがファミレスで殺した人のものだよ。回収班でしっかりと保存しておいてもらった。いやはや、無実な人を殺した上にそれを利用するのは非常に嫌な仕事だったよ。心が痛んだね。しかし……源一郎さん、よくぞ今まで耐えてくれました」

「随分とヒヤヒヤさせよって。何度、出て行って加勢しようとしたか分からんぞ。それにしても、ワシからの合図はちゃんと理解しておったようだな」

「ええ、あの紋付羽織でしょう? 一目見て分かりましたよ。悪徳『之』宮って書いてましたし、まあそもそも味方が少ないから丸わかりでしたけどね。アレを見て、ちゃんとここに来てると分かって良かったですよ。安心して戦えました」

 あの日、花断をある程度破壊した所で、ぼくは源一郎さんに自分の計画を話して説得していた。本当ならば戦わずに済ませられれば一番良かったのだけど、死んだと思わせておいた方がより効果的に奇襲が見込めると思い、彼を制圧したのだ。まあ、こちらがイニシアチブを取りたかった、というのもあるけれど。

 源一郎さんには、一切の隙を作らぬように本当に死んだように振る舞ってもらった。彼の協力者はおろか、ぼく自身にさえ接触しないように指示しておいたのだ。あくまで、世間と他家の動向を見ながら、こちらに合わせてくれるように頼んでおき、こうして渾身の一撃を与えるに至った。

「ぼくの作戦勝ちだ。……と、言いたい所だが、これじゃあ勝つべくして勝ったとは言えそうにないな」

「バカ者、まだ終わってないぞ」

 ぼくらは苦しそうに呻き続ける族長を見た。中の人間にまでダメージが及んだ以上、そう遠くない内に絶命する事は避けられないだろう。だが、それを黙って見ているわけにもいかない。トドメは刺さなければならない。

 本来であれば、手負いの虎に近づく事などあってはならない。だがしかし、ここはぼくが決めなければならない場面だ。そう、あくまで全てを始めた人間として。

 ぼくは遠くに転がっていた三叉戟の柄を拾うと、その先端に靄の口を出現させた。

「源一郎さん、念のために弓で手足を封じて貰えますか」

「了解した」

 彼は得物を弓に変形させると、何本もの弓を射って地面に磔にした。族長は人形崩しでその矢を消そうと試みたが、どういうわけか発動する事は無かった。

 ぼくは近寄ると、相手の傷口に得物を突きつけた。すると、もう息も絶え絶えの族長が話しかけてきた。

「……待て、やめろ。俺を殺してどうする。それで、今度はお前が長になる気か? やめておけ、すぐに反乱は起こるぞ。お前など、数に押されて終わりだ」

「ぼくは長にはならない。あるべき形に戻すんだ。赤備えは本来の主に戻す」

「……バカめ、生きてるとでも思ったのか?」

「ああ、生きてるさ。何しろ、アンタはまだその人を殺すわけにはいかなかったから。何故なら、アンタはまだ人形を継承させる術を聞き出していないだろう?」

「……どうしてそう思う」

「別に確証は無いさ。もしも、その人が生きてるとしたら、そういう可能性が高いって思っただけ。まあ、アンタの口から真実を聞こうなんて思っちゃいないよ。殺した後で、じっくりと探させて貰う」

「…………クソが。待てよ。俺はもう助からないんだぞ? わざわざ殺すのか」

「ああ、殺す。それが、けじめだ」

「俺は悪い事などしていない……。直接殺したのは、貴様らだ。俺は善良だ……」

「気にしないよ。だって僕は―――――善人だって喜んで殺す」

「くたばれ、化け物」

「アンタが先だ、悔いて死ねクソ野郎」

 ぼくは傷口に向けて戟を突きこんだ。そして、束の間の断末魔が響き渡った後に、赤備えは霞のように消え去り、族長の遺体だけがそこに残った。

 しばらくただ、茫然と遺体を見続けた。そして、源一郎さんに肩を叩かれて我に返り、周囲に集まってきていた誠慈郎くん達回収班が熱望している事を、してやる事にした。

 左手の拳を天に突き上げ、高らかに宣言した。

「歴代最強、赤備えを討ち取ったぞッ!! 勝ち鬨を挙げろ!」

 全員が瞳から涙を溢れさせながら、腹から雄叫びを上げた。それはさながら、自身を縛っていた全ての鎖を断ち切った解放感そのものだった。その多幸感たるや、何にも替える事ができないほどに最高だと思った。

 ぼくらはしばらく、言葉にならない声で叫び続けた。


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