鬼狩り
…………………………。
ぼくが陣取ったのは、工事で開発された禿山である。入り口は一つ。そして、中腹にはいくつかのバリケードを作っている。さながら、要塞として作り変えたのだ。
一時間ほど待っただろうか。入り口の所に、族長らしき影が現れた。彼は一度立ち止まって、要塞の全貌を見てから、唾を吐き捨てた。
何か声をかけてやろうかとも思ったが、距離があって届きそうも無い。だから、ぼくは宙に二つの提灯を出現させる事で、合図とした。
退く気は無い。やられる気も無い。徹底的にやってやる。その意思表示である。
向こうもそれに呼応し、提灯を出してくる。すると、背後に黒い靄が現れ、そこから赤い甲冑を身に纏った、鎧武者が這い出てきた。腰には刀と脇差、顔には総面がり、目の部分の奥から赤い光が覗いていた。族長はすぐさまそれに乗り込み、腰に差していた刀を抜き放った。
ぼくもすぐさま人形に乗り込み、三叉戟の石突を地面に打ち付けた。それが本格的な開始の合図となったのだろう、族長はこちらへ目がけて一直線に駆けてくる。その突進は、まさに自身の性能を知るが故なのだろう。迷いなど、微塵も無い。そして、彼が近づいて来るほどに威圧されるような感覚を覚える。本当にとんでもない人形みたいだ。
ぼくは彼が寄って来るのをじっと見つめる。そして、ある地点に踏み込んだ時、叫んだ。
「撃てッ!!」
すると、掛け声に呼応して、バリケードの後ろから火縄銃を構えた雑巾達が現れ、敵へ目がけて一斉に弾を放った。二発の弾丸が命中し、他は地面や、あらぬ方向へと飛んで行った。命中率にそれほど期待は無い。そもそも、そういう道具なのだから。
ぼくは、源一郎さんとの戦いである事を思っていた。人形は見た目が日本の古い文化に根差したものが多いみたいだが、それでも武器はとても近代的だった。もしかしたら、何かしらの条件をクリアする事で近代兵器を装備する事が叶うのではないか、と考えたのだ。それは、性能の劣る雑巾だからこそ、必要だった。だから、ぼくは回収班の皆に銃の成り立ちや仕組みなどを勉強するように指示した。結果、近代的な銃は無理だったが、彼らは火縄銃を発現させる事に成功した。
弾丸を受けた敵は、最初は少したじろいだようだったが、ほとんどダメージを与えられていない。火縄銃とはいえ、人形が扱うだけあって銃自体が大きく、威力も実際のものとは比べものにならない。以前行った実験から、薄い鉄板くらいなら余裕で撃ち抜けるという結果が出ていた。それを浴びるように当たっても、ビクともしない。なるほど、最強の称号というのは伊達じゃない。
「まあ、そう上手くはいかないよな。でも、それも織り込み済みだ。第二射、放て!」
すでに銃を撃った雑巾が引っ込み、後ろから新たに銃を構えた雑巾が現れ、再び鉄砲を構える。かの有名な、織田信長が長篠の戦いで行った、三段撃ちを実践したのだ。
「歴史は素晴らしいね。アンタの赤備えもこれで死んでくれるといいんだが……」
火縄銃の再現が成功した事は、すなわちその欠点もまた再現してしまったという事だ。次の射撃の為に筒の中を洗浄しなければならなくなっていた。しかし、それでも的が近くなれば命中率も上がる。当たる数が多ければ、自然と威力も上がる。
最初と比べ、数発が命中するようになれば、さしもの赤備えも体をぐらつかせるようになった。しかし、弾が貫通する事は無く、装甲に小さな傷をつけるのが限界だった。しかし、相手の足取りは明らかに重くなり、今は断続的にやってくる衝撃に耐えながらジリジリと登って来ていた。
「いいぞ! 一発でも多く当てるんだ!」
必死に銃を掃除しては放ち続ける彼らを鼓舞しながら、ぼくは敵の姿を観察した。だが、それも長くは続かない。相手は確実に迫って来るのだ。そして、その時はもうすぐそこまで来ていた。あと五メートル、四メートル……。もしも、最弱の人形が最強の人形が振るう一太刀を浴びたらどうなるだろうか。考えるまでも無い。真っ二つである。
残り二メートルほどとなり、敵は素早く刀を構え直すと、撃ち手が交代する隙を見て、飛びかかって来た。鈍く光る太刀が、一人の雑巾へ目がけて殺到してきた。
しかし、その刃は空を切った。雑巾が素早く後ろへ移動したのだ。敵はさぞ面食らっただろう。何しろ、雑巾というのは動きが鈍いはずなのだから。
そう、だから……誠慈郎くんは工夫をしたのだ。雑巾達を全て軽トラックの荷台に乗せ、本来はありえなかった機動力の大幅な増強を成し得でいた。そう、人形を強くするだけの発想しか持てなかったぼくよりも、はるかにユニークに彼らは強化された。これもまた、言うなれば部下のモチベーションを上げる事のできなかった族長には成し得なかった事なのだろう。
「散会しつつ、射撃を続行!」
軽トラックは、敵から距離を取りながら射撃を続ける。ただし、これにもやはり欠点があった。揺れる荷台の上では、満足に命中させる事が困難なのである。命中率は目に見えて落ちていた。しかし、その代わりに全ての人形が射撃に参加し、あらん限りの鉛玉をばらまき続けた。
ぼくは武器を構え、坂を下り始める。トラックで移動をしているとはいえ、彼らに本格的な迎撃は望めないのだ。肉薄されれば、死は免れない。つまり、どうやってもいずれジリ貧になるのは必定なのだ。だから、ここで彼らを使い切るよりも、ぼく自らが打ち合いに応じて、援護を続けさせる方が、遥かに総合的なダメージは期待できるだろう。
こちらから降りて行った事で、敵も目標を雑巾達からこちらに切り替えてきた。それはそうだ、この場で脅威になり得るのはぼくだけなのだから。
この土地を要塞と見立てても、立てこもるつもりも、それができるとも思わなかった。坂はあくまで勢いをつけて肉薄する逆落しの為、陣取ったに他ならない。そう、ここまではあくまで予定通りなのである。まあ、もしも銃でもっとダメージが与えられるようであれば、多少は臨機応変に対処したろうが……。
「いいさ、予定より悪くはなっていないんだからな!」
ぼくは勢いに任せて三叉戟を突出した。敵はそれを刀で受け、横に弾いた。そして、素早く踏み込んで上段から刀を振るって来る。ぼくは戟を回転させ、刃の横っ面を思いっきり弾き、再び構え直して今度は横凪にして首を狙った。
族長は身を屈めて躱すと、低い体勢から体ごと当たるように刀を突きこんできた。しかし、横合いから銃弾で食らった事で体がよろけ、速度が落ちた。ぼくはその隙を狙って、石突で思いっきり面を突いてやった。辺りに、金属同士がぶち当たる甲高い音が響き渡った。しかし、どちらも砕ける事は無く、決定的な一撃とはならなかった。
族長は少し下がって間合いを取ると、再び刀を構えた。
「大口を叩くだけの事はある。なるほど、面白い戦い方だ」
「褒美はいらないよ。欲しいのはアンタの首だ」
「しかし、未だ決定的な打撃は与えられていない。貴様らは本当に、俺に勝てると信じているのか? これまで、赤備えを相手に幾多の人形が立ち向かって来た。そして、それをことごとく撃破してきた。中には集団でかかって来た者たちも居たろう。だが、それでも勝つには至らなかった。そして、お前のお仲間は皆、出来損ないの雑巾どもだ」
「だが、まだ大ムカデとは戦った事が無いだろう。しかも、頭に三度の矢を受けても死ななかった特別製だ」
「フン、人形であれば一緒よ。それに、化け物とはいえ性能はそれほどではない」
「そうかい。じゃあ、もっと張り切っていかないとな」
「無駄だと言わせて貰おうか。この赤備えが最強と謳われた理由を教えてやる」
族長がそう言った瞬間、場の空気が変化したのが分かった。明らかに異質な感覚がこちらの危機感知能力を刺激してくる。一体、先ほどと違って何が変わったというのか、よくよく観察してみると、刀に違和感があった。
正体を知る前に、刃は迫って来る。先ほどと同じように受けるべきなのは分かっていた。しかし、それだけは絶対にしてはならないと本能が訴えていたのだ。ぼくは結局、本能に任せて動く事にした。多少の無理は承知の上で、体ごと思いっきり横に転がったのだ。
刃は、足の一本の先を少し切り取った。ところが、驚くべき事に、それだけでは済まなかったのである。切られた数センチだけではなく、足一本分がもろとも消し飛んだのである。
「………………ッ!」
汗がどっと噴き出すのを感じていた。ヤバい。あれは本当にヤバい。明らかに何かがおかしい。
「……いい勘だ。避けて正解だったぞ」
「いやはや、本当にビックリだ。確かに、二つ警戒していた。最強の理由についてね。明らかに性能の高い人形なのか、それとも対人形戦において決定的な働きをする何かを持っているのか、と。どちらか一方だなんて決めつけるんじゃなかったよ。まさか両方とはね」
「そう言う事だ。この人形崩しの性質こそが本領よ! 人形ならば例外なく触れただけで消し飛ぶというわけだ」
「……厄介極まりない」
ぼくは相手が構える前を狙い、戟を叩きつけるように、相手の頭めがけて振り下ろした。敵はそれを、ゆったりと構えながら刀で受けようとすらしなかった。
攻撃が命中する刹那、相手の甲冑が細かく振動したかと思うと、次の瞬間には戟の刃が消失していた。
「――――刀だけが対象とは、一言も言ってないぞ」
あの甲冑全てが人形崩し……、それでは並の人形では敵うまい。例外があるとすれば、飛び道具を使う相手くらいか。源一郎さんが赤備えと戦っても生き残れた理由はそれだったのか。
「やれやれ、聞いておくべきだったな……」
こちらの攻撃が空振りに終わったのを見計らってから、族長はゆるりと刀を振り上げ、速さを重視した振り方をしてきた。それはそうだ、当たれば勝ちなのだから、力はほとんどいらない。
確かにピンチには違いないが、言ったはずだ。ぼくは警戒していた、と。そういう能力がある事は想定済みなんだ。
ガギリと、刀が噛み止められる音がした。消失したはずの刃の所には、黒紫色の口のようなものが現れ、それが刃に噛みついて止めていた。
さて、敵の動揺はいかほどだろうか。
「な、なんだと? まさか、そんな…………!!」
上々だ。ぼくにだって、奥の手くらいはあるさ。言ったろう、まだコイツと戦った事は無いだろうってさ。経験をアテにするなよ。
ぼくは刀を離すと、ガラ空きになった脇腹を突いた。口は消え去る事なく、相手を押し倒した。
「残念ながら、人形崩しも特別では無くなったようだ。分かったろう? ぼくは……いや、この人形は、アンタを殺す為に生まれたんだよ。さあ、お迎えの時だ、大人しく覚悟を決める事だな」




