作戦
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ある日、ぼくは族長の家へと電話をかけた。最初、お手伝いさんが用件を聞くと言っていたが、急ぎの用があるからと、無理矢理に本人へ繋げて貰った。
「族長、実は巧断家の件で調べていたら、少し困った事が分かりましてね。いやいや、偶然にも巧断源一郎の仲間らしき人物を掘り当てまして。そして、族長が今行っている事についてペラペラ喋りまして……」
『何を言っていた?』
「丘崎正人の関係で、と言えば分かりますか?」
『! 忌々しいじじいめ……そんな所まで嗅ぎつけていたのか。それで、どこまで聞いた?』
「そうですね、ぼくが行った一般人二人の殺害は、例の健康食品会社の株を上げる為に行っていた事だとか。ああ、構いませんよ。ぼくは動機に興味ありませんから」
『今すぐ、その仲間とやらを切り殺せ!』
「それはもう済んでいます。それで、ここからが本題なのですがね……。実は、丘崎はすでに族長を裏切っているようなんですよ。例の会社ですけど、今まで自社製品だけの為に使っていた新技術を、他社製品を作る為にも活用する方針になってから業績が好調、今後もどんどん伸びる可能性があるそうですね。ですが、その技術、実はとんでもない欠陥があるみたいなんです。このままでは、株は上がるどころか、大暴落ですよ」
『何だと! そんなバカな! そんな事をして、何の得があるというんだ!』
「どうも、巧断家は秘密裏にアナタを貶めるつもりのようですよ。丘崎は安全を保障するからとか、何か耳触りのいい事を言われて寝返ったんでしょうよ。元々、あまり大きな仕事をしたがる人間じゃなかったみたいですし。元の地味な商売に戻りたかったんじゃないですかね」
電話の向こうから、何かを盛大に破壊する音が聞こえた。どうやら、八つ当たりしているようだ。
『あの裏切り者め! たんまりと金をくれてやったというのに!』
「心中、お察しします。彼の居場所はすでに割れていますから、ぼくが拷問して、後悔させながら殺しましょう」
『ああ、そうしろ……。いいか、百回……いや、千回だ。泣き叫びながら謝罪させて殺せ。親族に恋人、友人、全て殺せ!』
「了解致しました。それでは、株については下がる前に処分を。よろしければ、ぼくの繋ぎ役をお使い下さい。アレはその筋に強いですから」
『ふん』
その言葉を最後に、通話は一方的に切られてしまった。ぼくは携帯電話を机に置くと、カリンガにたった一言のメールを送っておいた。
それから数日後、情報通りに暴露内容がネット上の噂として取り上げられ、騒然となった。そして、株価は予想通り下降した。
族長はこの計画の為に色んな場所に金をばらまいていたらしく、怒り心頭のまま屋敷中の物に八つ当たりをし、壁という壁が蹴り崩されたのだとか。元々、利益にはそれほどこだわりは無かったが、自身が優良株で一儲けするという勝利感が欲しかったようで、何もかもが手に入らなくなったのがよほど悔しかったそうな。
ぼくはその話をお手伝いさんから聞きながら、その様を想像していた。なるほど、彼ならばそういう事になりそうだ。きっと今頃、丘崎を片づけたという報告が欲しくて仕方が無いだろう。またイライラして、今度は天井を破壊するかもしれない。
ぼくは、自分の部屋で居住いを正して、その時を待った。
それから更に、数日経過し―――――遂に、ぼくはテレビでそれを見た。
それは、例の健康食品会社の新技術に、欠陥など全く見つからなかったという報道である。そう、当の会社が本格的に対応した事で、確実な証拠が提示され、その情報が全くのデマであるという事が証明されたのである。
それにより、会社は知名度を上げ、新技術が大々的にアピールされる結果となった。株価はV字回復を遂げ、様々な所が特集を組んだ。新しい現場管理システムや、それから他社製品を受け入れて利益を伸ばすという斬新な方法が話題を呼び、細かい先まで紹介され尽くしたのだった。
ぼくの携帯電話には、少し前から何度も何度も族長から着信があった。これで十件目である。ぼくは記念すべき十件目で、ようやく通話ボタンを押した。
「もしもし」
『貴様、どういう事だ……』
電話をかけていたのが、まさか族長本人であるとは思わず、少し面食らってしまった。
「…………どういう事とは?」
『とぼけるな! 貴様の情報がデマだった事だ。この落とし前、どうつけてくれる!』
「落とし前と言われましても……ぼくはただ情報を教えただけじゃないですか。未来がどうなるかんて、その時が来てみないと分からないものでしょう? 株で早まって損をするなんて、よくある事です」
族長は怒りに任せて、とにかく凄まじい罵詈雑言を叩きつけるように叫び続けた。ぼくは、電話を肩で支えながら、随分前に買った金融商品に関する本を広げてみる。ああ、やっぱりそう書かれているじゃないか。
ああ、どうしよう。すごく楽しい。もう、我慢できそうにない。
「くふっ……、アハ! アハハハハハハハッ!! アンタも災難だったねぇ!」
『ぬぐうううううううう! お、俺を、アンタと言ったか? なんたる無礼……!!』
「偶然にもぼくを巻き込んだのが、運の尽きだ。はしゃぎ過ぎたんだよ、オッサン」
『裏切っていたのか。貴様も巧断の人間と通じていたか!』
「残念だがハズレだ。ぼくは最初から誰の仲間になどなっていなかった。汚れ仕事は全部請け負う? ははは、あんなの信用を得るのと、弱みを探る為にやっただけさ。無関係な一般人を殺すという仕事。最初からおかしいと思ってたよ! もしかしたら、アンタの尻拭いなんじゃないかって予想してた。まあ、当たらずとも遠からずって所だったな。おかげで、こうしてマヌケな様を伝え聞く事ができて、本当に痛快だよ! ははは、屋敷中の壁を踏み壊したんだって? バカめ、自分を守る物を粗末に使うなんて、それこそ長たる者の器じゃない証拠だな! はははははははは!」
『殺してやる……ッ!! 今すぐに! 全ての家の人間を収集して、お前を殺してやる!』
「それは無理だな! 他家の人間はみーんな、巧断家討伐に出かけちゃったよ。それも、族長から全権を渡された人間に指示されてね! 彼らには、一日は説得に使い、武力行使は極力避けるように言ってある。そして、族長からいかなる命令が来ても、現行の任務を優先するように、ともね。まあ、でもこっちは要らなかったかもしれないね。だってアンタに急いで助けに駆けつけてくれるような忠臣はいないもんな」
『だったら、俺自らが行くだけの事よ! 俺には最強の人形があるのだ! 荒事に部下など、そもそも必要無いわ!』
「それがアンタの限界だよね。猿山の大将。今から言う所においでよ。ぼくだって、こうなったからにはやりあうつもりだったんだ。白黒しっかり、付けようじゃないか」
『望む所だ』
ぼくは族長の屋敷がある場所から少し離れた山中を指定し、電話を切った。逆上した相手は手玉に取り易くていい。しかも、日頃から傲慢に振る舞って見逃されてるような人間なんて、最高。
ぼくは椅子から立ち上がると、近くに控えていた誠慈郎くん達に声をかけた。
「今まで散々に威張り散らしていた、バカな無頼漢をおちょくってやったぞ!」
皆が、嬉しそうに「フゥー!」と歓声をあげ、ある者は手したり、またある者は握りこぶしを振り上げたりした。
「さて、諸君。ここで、彼を討ち果たして、初めて任務完了だ。ぼくもこの日がとても待ち遠しかったよ。やりたくもない仕事をさせられて、本当に辛かった。……今日で終わりにしよう! 約束しよう、勝利した暁には、君たち全員を優遇すると!」
「イエァ!」「やってやるぜ!」「終わったら高級風俗で豪遊したい!」「おめーの粗末なムスコでも相手にして貰うには、金払わないといけないもんな!」「ウルセー」「俺は腹いっぱい飯を食うぞー」「焼肉だ!」「いや、すき焼きだ!」
それぞれが束の間、思いのたけを吐き出した。
「オーライ、いい感じだ。全部叶えてやろう。その為に、絶対に死ぬなよ」
今度は、全員が一人もズレる事なく、応と返事をした。
「さあ、戦闘準備開始だ! 今夜の働きは、三代先まで語り継がれる大事業だ。絶対に手を抜くなよ!」
そこにいる全ての人間が腹からあらん限りの声を出した。
そして、ぼくは再び椅子に腰かけた。そして、素早く準備を始める皆を眺める。すると、誠慈郎くんが何か小さな箱を抱えながら、小走りでやってきた。
「水瀬サン、コレ……。送り主は分からないんですけど、届けられて来ました」
「中身は何だい?」
彼が包装を解いて開けてみると、中には真っ黒な紋付羽織が入っていた。ぼくはそれを手に取り、試しに広げてみた。すると、背中にムカデをイメージしたような家紋と、悪徳之宮という文字がデカデカと染め抜かれていた。
「おいおい、何だか物々しいな。どういう代物なんだ、これ?」
「ああ、それはアレです。一族の代表が、何か大事な時に着るやつですよ。確か、全ての家から認められた時、正式に送られるものだったはずなんですけど」
「まあ、とにかくコイツを送りつけて来た人間は、ぼくを一人前として認めてくれたってわけだ。そして、それに見合う働きをしろってわけだ。いいじゃないか」
ぼくが今着ているのは例によってコトコパパのスーツだが、ぼくは気分よくその紋付羽織を羽織った。
「さあ、行こうか。愚鈍な王は打倒し、あるべき形に戻そう。あるべき世界に、あるべき夜に、そして……少女のあるべき姿を取り戻そう」
ぼくは見晴らしの良い場所で、最強の人形を待った。




