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背信


 いつかも来た、広い部屋。今日は最初の時と同じように、ぼくと彼だけだ。正面にだらしなく座るのは、前に会った時とまったく同じ格好をした族長である。

「巧断のじじいを討ち取ったそうだな。しかも、原型も分からないほど破壊したとか」

「申し訳ありません。人形が覚醒して気持ちが高ぶっていたもので」

「ふふ、いいさ。俺としても、なかなか痛快だった。これで、ようやくあの死にぞこないと顔を合わせないで済むと思うと、清々しい気分だ。――――で、貴様に言いつけておいた件はどうだ?」

「はい、巧断家には謀反の兆しがあります。しかし、もうしばらくは直接的な行動はしないかと。言うなれば、相手の戦力が不透明であるから交戦は避けて現状を維持しているって感じですかね」

「そうか! やはりアイツらは俺を殺そうとしているか」

「ええ、間違いなく」

 族長はそれを聞くと、大げさにゲラゲラと笑った。

「つきましては…………、逆臣の討伐はぼくに任せて頂きたいのですが」

「ほう? 随分と乗り気だな。聞いてるぞ、貴様は巧断家の女主人と直接会って、協力を申し込んだのだろう? 他家と比べれば、知らない間柄ではないのに、襲うというのか?」

「その申し出は断られましたから、問題はありません。それから、まあ知ってしまったからと言いますかね。ぼくは、是非ともあの女性を、愛玩用に手に入れたくなってしまったのですよ。だから、傷がつかないように手ずから捕まえたいんです」

「くはっ! 面白い事を考える奴だ。そうかそうか、それは俺も興味があるぞ。ちゃんと躾けたら、俺の前に連れて来い」

「ええ、もちろん。ああ、そうそう。実はこの件でお願いしたい事があるのですが」

「何だ? 言うてみろ」

「巧断家を襲撃する際、族長の名前をお借りして全ての家の代表を収集して事に当たらせるようにしたいのですけれど」

「ああ? 奇妙な事を言うやつだな。戦力に不安があるとしても、どこか一つでいいだろうに。何故、全ての家を使おうというのか」

「それは、すぐに次を探す為です。族長自らの命令である討伐任務だというのに、消極的に動くような輩がいれば、次はそれを理由に攻め潰す事ができる。もっと血の味を楽しめる人間だけを選別するべきだと思いましてね」

「なるほど! ははは、悪知恵の働くことだな。いいだろう、貴様の命令で動く旨、伝えておくよう指示する」

「それでは、早速…………」

「待て待て。家を潰すというのにも、それ相応の名分というやつが必要だろう。本格的に動くのはソイツを用意してからだな。まあ、というよりも…………そうして無駄な準備期間をたっぷり作って、じっくり攻める事で、この楽しい催しを長く楽しもうというわけだ」

「なるほど、そういう事でしたら、ぼくが用意させて下さい。時間に余裕があるのであれば、色々と選択肢も広がるというものです」

「是非ともそうしろ。何せ、貴様の発想は本当に面白いからな。期待できる」

「ありがとうございます」

「うむ。では、下がっていい」

「はい」

 ぼくは深く頭を下げ、そそくさと部屋を後にした。

 丁度、玄関の所でポケットの中の電話が震えたのを感じた。取り出して画面を見てみると、発信者の所にはキョウコさんの名前が表示されていた。一瞬、ギクリとしたが、気を取り直して、通話ボタンを押した。

「もしもし」

『ああ、水瀬か。この前は世話になったな。今、話をしても大丈夫か?』

「ええ、大丈夫ですよ。何か、ありましたか?」

『いや、そういうわけじゃないんだが。実は、じい様の馴染み筋で聞いた事を思い出してな。確か、お館様が活発になった時、よく接近していた人間がいたとかいう噂があったらしいんだ』

「へぇ、それは興味深い……」

『まあ、お前には弟が世話になっているし、借りみたいなものも無いわけじゃないしな。特別に、少し詳しく聞いてやっても構わないぞ?』

「それは助かります。是非、お願いしたいですよ」

『分かった。それじゃあ、分かり次第、そっちに情報を送る』

「よろしくお願いします」

 通話を切って、ぼくは少しその場で立ったまま、色々と考えていた。すると、後ろから女性の声で呼ばれた。振り向くと、そこには以前、屋敷で案内してくれていたお手伝いさんが居た。

「水瀬様。旦那様から、土産を持たせるようにと、こちらを」

 そう言うと、彼女は手に持っていた紙袋を渡してくれた。

「いやあ、これはご丁寧に。ありがたくいただきます。時に、アナタ――――さっきの電話の内容を、聞いてましたか?」

「いえ、お客様のお話を盗み聞きするなど、滅相もありません」

「構いませんよ。族長に伝える時、一緒に言っておいて下さい。彼女のおかげで面白い事を思いついた、と」

「…………かしこまりました」

「それでは、失礼します」

 ぼくが家の外に出ると、そこにはすでにタクシーが一台、待っていた。やれやれ、すっかり持て成されるようになってしまった。居心地が悪いったらないな。ついこの間まで、ぼくは特別待遇されるような立場じゃなかったっていうのに。

 しかし、何はともあれ、せっかくの好意を無下にするわけにもいかないので、ありがたく使わせて貰う事にした。

 駅に着いてから、ぼくは少し本屋に寄ったり、コーヒーを飲んだりして、時間を潰した。一時間ほどブラブラしていただろうか。すると、キョウコさんから一件のメールが届く。ぼくはそれを待ってましたと言わんばかりに、飛び付いた。

「投資コンサルタントの……、丘崎正人おかざき まさと……。ふぅん……」

 こうきたか。でもまあ、これで何となく族長の事が少し理解できた。それに、この人はもしかしたら利用できるかもしれない。

 ぼくは再び本屋へ戻り、投資関連の棚で二冊ほど本を選んで買った。そして、改札前のワッフル屋で三つほど美味しそうなのを見繕い、それが冷めないよう家路を急いだ。

 少し息を弾ませて家にたどり着くと、リビングでコトコがビーズを使って小さなタペストリーのようなものを作っていた。

「ただいま、コトコ。ほら、今日はお土産にワッフルがあるぞー」

「おかえりなさい。丁度、おやつの時間だし、早速食べましょうか」

 言うと、コトコはビーズのセットを机の端に寄せ、台所でお茶の用意を始めた。

 ぼくの過去を話した夜以来、彼女は明らかに何事にも積極的に動くようになった。それがどういう心境の変化によるものなのか、ぼくには分からない。できれば、彼女自身の胸の中が穏やか柔らかくあってくれればいいと思っている。

 リビングで向かい合いながら、ぼくらはワッフルにかぶりつく。コトコは食べるのが初めてらしく、まずはそのデコボコとした外見をよく観察しているようだった。もしかして、ビーズアートのインスピレーションが湧いたりするのだろうか。

 そして、ようやく彼女は小さな口でかぶりき、満足そうな笑みを浮かべた。

「美味しいかい?」

「美味しい!」

 夢中になって頬張る姿は、見ていて飽きない。どこか小動物の食事めいた愛嬌がある、と言ったら彼女は怒るだろうか。あ、そういえば……。

「なあ、コトコ。もしも、家の中にずっと裸の女性がいる生活ってどう思う?」

「……気持ち悪いと思う」

「まあ、そうだよね」

「食事中に変な事を言わないで。何を考えているの?」

「まあ、そう怒らないでくれよ。今日ちょっと、そんな話が出ただけさ」

「……仕事として必要な事なら…………我慢する。でも、あんまり長い間は嫌」

「安心してくれ。別に本当にしようってわけじゃない。冗談に決まってる」

 もしもやるとしたら、どこか別に部屋を借りる事になるか。それもどうなんだか。

 先ほどとは打って変わって気まずい雰囲気になってしまい、非常に申し訳ない。彼女もこの空気が嫌だったのか、新しい話題を提供してきてくれた。

「ねえ、呼人。考えたんだけど、あのテーブルを出さない?」

 彼女が見ていたのは、部屋の隅にある大きなテーブルである。以前は家族で使っていたものらしいのだが、ぼくがこの家に来た時にはすでに邪魔にならないように倒して端に寄せられていた。

「これからお客様も増えるかもしれないし、それにカリンガが来れば三人で食事をする事だってあるでしょう?」

「うーん……、まあ言わんとしている事は分かるよ。でも、ホラ。こっちのテーブルでも今は大丈夫だしさ。別にいいんじゃないかな」

「そうかしら……」

「そうだよ。まあ、もしもぼくが何かベストジーニストでも受賞したらホームパーティーをするから、その時は必要かもね」

「呼人はあまりジーンズを穿かないじゃない。いつも同じ綿のパンツかスーツだわ」

「じゃあ、ベスト綿パニストだ」

「そんな賞は無いはずよ」

「まあ、とにかく今はこのままでいいよ。ぼくは案外、気に入ってるからさ」

 コトコはまだ納得していないようだったが、別にそれほどこだわりがあるわけでもないのか、それ以上は何も言わなかった。正直、ぼくとしては彼女の前向きな提案を却下するのは胸が痛い。しかし、ぼくだっていつ油断して討ち取られるか分かったものじゃない。その時、再び使い道の無くなってしまったテーブルを片づけるような事を彼女にさせたくは無いのだ。

「そういえば、ビーズのアクセサリー。本格的に作っているみたいだね」

「ええ。私、こういう作業が好きみたい。ホラ、どんどん上達してるでしょう?」

 彼女は作りかけのミニタペストリーを見せてくれた。

「うんうん。よく出来ているじゃないか。へぇ、これはパンダかな?」

「鶴よ」

「そうか、鶴か。これはいい鶴だ。とても健康そうだ」

「どうもありがとう」

 ぼくという奴は……。どうしてこう、見る目が無いのかな。誰がどう見たってこれは鶴じゃないか。妙な事を言ってしまった。

「実はこれね、もしも私がその……学校……とかに、行くようになって、友達ができたらあげたいなって……。まあ、もちろん、もう少しセンスを磨いてからだけど……」

 何て事だ! コトコが! 学校! だなんて! ああ、ぼくはバカ野郎だ。彼女の思いやりの結晶とも言うべき作品を、あろう事か間違えて不安にさせてしまうなんて! ああ、悔しい。時間が巻き戻せるなら。

「ごめんよ、コトコ。そんなに気持ちが篭っている作品を、ぼくなんかが……」

「いいのよ。自分でも薄々気づいていたから。むしろ、もっと精進するモチベーションに繋がったわ。誰が見ても分かるようじゃないと、付けて貰えないものね」

 自分が作ったアクセサリーを友人に身に着けて貰う。それは、コトコの夢なのだろうか。だとしたら、とても素晴らしい。何て美しいんだ。ああ、もう何だか胸がジーンと熱くなってきた。ああああああああああ。

「ンアー……」

「呼人? どうして、白目を剥きながら、舌をだらしなく垂らしているの? それはどういう気持ちを表現している顔なの?」

「団欒、かな」

「それは感情ではないと思うわ。私、そんなに変な事を言ったかしら」

「いやいや、変じゃないんだ。ただ、君がとても魅力的に変わっていく様が嬉しくてね」

「……………」

 きっと彼女は照れるだろうなと期待していたが、実際には「何言ってんだコイツ?」と言わんばかりの困惑気味の無表情だった。

「いや、すまない。忘れてくれ」

 ぼくにキザな台詞が似合わないのか、彼女がそういうのを好きでないのか。どっちにしろ、今度からはもっと勢いで押し切ろうかな。

 ワッフルを食べ終え、ぼくは食器を流し台に置くと、自分の部屋へ向かった。部屋に入るや、そのままベッドに倒れ込み、枕を抱きしめながら目を閉じた。

 と、そこでやるべき事を思い出し、ポケットから電話を取り出した。そして、キョウコさんから貰った情報をカリンガに転送し、近々誠慈郎くんも交えて三人で話し合いがしたい旨を追って送っておいた。

 返信は五分もしない内に返って来た。カリンガ曰く、相手は堅気っぽいので、情報はすぐに集まるだろうとの事だった。

「ふう……何か、ちょっとずつ仕上がってきてるな……」

 ぼくはカリンガと誠慈郎に二日後、昼食を一緒に食べながら話をしないか提案してみた。すると、すぐに両者から大丈夫である旨の返信が来たので、ぼくは携帯を枕元に置いて、本格的に目を閉じたのだった。まだ四時にもなっていない。寝るには早すぎるけれども、このまま寝てしまおう。晩御飯はどうしようかな……。ああ、そうだ。今日はオムライスでも焼いてやるか。ケチャップで絵を描いてやろう……。そこまで考えた所で、ぼくはまどろみの中へ落ちて行った。


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