遠足
たどり着いたのは、とある健康商品を売る老舗企業の工場。広い敷地の中、白壁の大きな建物がドンと建っている。屋上にはマスコットキャラクターのようなものが描かれた看板があり、来る人の目を引く。
車を降りてエントランスに入ると、そこで受け付けをしている女性が立ち上がって丁寧にお辞儀してくれた。
「いらっしゃいませ。本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「すいません。今日、工場見学を申し込んだ、水瀬なんですけど」
「水瀬様ですね……。はい。承っております。それでは、こちらの入館証を各自、首から下げて頂けますか」
「あ、そうだ! すいません、実は急に一人増えてまして……。あの、やっぱり申し込んだ人数じゃないとダメですかね?」
「いえ、大丈夫ですよ。予備がありますので」
「はあ、本当にすいません」
ぼくらは一人ずつ、透明のパスケースに入った入館証を受け取り、それを首から下げた。
「それでは一度、会議室にご案内しますね」
そう言うと、お姉さんは立ち上がって、先導してくれた。館内はどこか簡素で味気ない感じだったが、やはり工場というのはこういうスマートさを売りにしたデザインがいいのだろうな、と思った。
ぼくらは二階にある会議室に通され、そこに並んでいる席に一人ずつ座った。机の上には何かの資料のようなものが白いビニールの手提げ袋に入れられており、資料や試供品などが入っていた。今は一人分足りないので、ぼくの分をカリンガに渡してやる。
お姉さんはぼくらを案内した後、プロジェクターの電源を入れてから部屋の前に立った。
「それでは皆さんには、工場を見学する前に、私達がどういう物を作っているのかなどを知って貰う為に、簡単なプロモーションビデオを見て頂こうと思います。およそ、五分ほどの短いものですので、身構えずにご覧ください」
そう言うと、彼女は部屋の電気を消して、リモコンでプロジェクターを操作した。前のスクリーンに三角形のマークが浮かんだ後、何とも言えない荘厳な音楽と共に会社のロゴがデカデカと出てきた。
それから五分間、様々な商品の紹介や会社の成り立ちなどが上映された。流石に遠足の目的地にこのチョイスは渋すぎたかと、隣を見ると、意外にも年少組二人は熱心に見ており、逆に巧断姉弟はとくに興味なさそうに、早くも試供品を食べ始めていた。二人は相変わらず、一言も口を聞かないが、行動に類似点があるのは良い事だと思う。まだ、お互いに変わらない部分を発見できるという事だろう。
「…………」
プロモーションビデオが終わると、先ほどのお姉さんが戻って来て、不足分の袋を一つ渡してくれた。そして、再び彼女の先導で、工場内を見学すべく歩いて行く。
内部はどの部屋もカードで開けるらしく、どこも厳重にロックされていた。きっと、同じ工場の中でも部署によってはある程度の権限が無いと立ち入れなくなっているのだろう。設置された窓から覗くと、そこにはまるで用途の分からない様々な機械がせわしなく動き、何か操作盤のようなものを、防塵服を纏った人が操作していた。この光景には、年少組だけでなく巧断姉弟も、興味深そうに眺めていた。特に、弟の方がこういうメカメカしいものが好きらしく、態度には表さないものの、目をキラキラと輝かせていた。
年少組+誠慈郎がはしゃいで前に出て行くのを、ぼくとキョウコさんは一歩下がって眺めている。
「おい、水瀬とか言ったか。お前、そろそろ話の続きをしたらどうだ?」
「おや、キョウコさん。もしかして、こういうのって興味がそそられませんでしたか? こういう社会見学的なものって好きそうなイメージだったんですけど」
「今は気がかりな事があるせいでな。それで、いい加減に話せ」
「分かりました。まあ、色々と聞きたい事があるんですよ。まあ、調べても分かる事なのかもしれないですけどね、ぼくはアナタの主観が混ざった意見が聞きたいんです。そう、例えば今の族長をアナタはどう思うか? どういう人物だと分析したか? とか」
「……そんな事を聞いてどうする。私にもじい様のように反抗する可能性があるかどうかでも知りたいのか?」
「違いますよ。あくまで、ぼくがあの人の事を理解する助けにしたいんです。それに、密告なんてしたら、それこそ他家から警戒されて、動きにくくなって損ですよ」
「…………ふむ、私はお館様の事はあまり良く思っていない。それはそうだ。最強の人形という切り札を持って、私達に理不尽な命令を下すのだからな。当たり前だし、隠す気も無い。そうだな……あくまで私の感想でお館様を分析するなら、やはり我の強い人だ。それから、どこか退屈を持て余しているようなきらいがある。かつてはもっとギラギラとしていたが、今はあまり張り合いというものを感じていないようだ」
「なるほど。そうですか。彼のギラギラが無くなってしまった原因というのに心当たりはありませんか?」
「これはじい様が内密に教えてくれた事だが、どうやらお館様もまた、お前と同じ獲児なのだとか。元々、赤備えは強い人形だ。一度、新しい族長の心の弱さを拒絶した事があるらしい。もちろん、普通そんな事は起こりえない。誰もが、自分の身の丈に合った人形を顕現させるからな。しかし、あの家は人形を継承する。だから、そういう事が起こってしまったんだろう」
「ははあ、なるほど。それで本来、族長となるべき人が成長するまで、今の彼に人形を渡していた、とか?」
「そういう事だ。出自も定かではないが、とにかくめっぽう人形に強い。赤備えを御しきっているのがその証拠だ。しばらく、彼に発言権のようなものはほとんど無かったが、誰が言ったのか、赤備えを持っている彼こそが本来の族長であるべきではないのか、なんて言葉が出たらしくてな。結果、彼は増長して当主から人形を奪い、実権を掌握した。その時、かなりの無茶をしたらしいが、それも閉鎖的な環境ゆえ、ほとんど外には出なかったらしい。じい様も馴染みの筋から偶然それを知ったそうだ」
「つまり、それまでの彼は大きな力を持ちながらも、受け止めきれなかった本来の族長の下で動いているのが気に入らなかったわけですか。そして、野心をもってギラギラしていた、と。そうなると、アナタの感想もよく理解できる。きっと、一族を掌握したとしても、その使い道については深く考えていなかったんでしょうね」
「恐らくそうだ。ところが、少し前から突然、理不尽な命令を下すようになった。それこそ、全く私達とは縁もゆかりも無い人間を殺せと言ったり、家同士を仲違いさせるような命令を下したりだ」
「ふむ。多分、何かしらの指標を見つけたと?」
「さあな。実験的に何かをしているのか、それともただの気まぐれで適当にやってるのか」
「そればっかりは、本人でなければ分かりませんね。ところで、本来の族長は結局、どうなってしまったんでしょうか?」
「それも分からん。人形を継承した時点で、利用価値はほとんど無くなったとも言えるからな。手にかけられていても、おかしくはない。ただ、じい様は生きていると信じていたみたいだけど」
「ほう、その理由については何か話していましたか?」
「いいや、何も。というより、盲目的に信じていただけで、とくに根拠も無さそうだったよ。そうそう、じい様が離反したのは、確かそれが原因だった。一刻も早く救い出さなければならないからと言って、準備もそこそこに行き当たりばったりで挑んでしまったんだな。私は、じい様がじっくりと攻めていれば、結果は分からなかったと思っているよ。まあ、身内の贔屓目だけれどもな」
「源一郎さんは、本当に強かったですよ。ぼくも危うく殺されかけましたから」
「だが、お前は生き残り、結果的に勝利した。きっと、じい様も未熟な蛹守が相手ならばと、高をくくっていたんじゃないのか」
「……まあ、何と言いますかね……ぼくとしては、明言は避けたいです」
「そんな事だろうと思った……」
彼女は肩を落しながら、溜息をついた。
「ところで、源一郎さんならば赤備えを撃破できたとの事でしたけど、それじゃあ最強の人形というのは別に、それほど圧倒的ではないという事ですか?」
「さあ、それこそ実際に戦ってみなければ分からないだろうな。一応、私は幸運にも様々な人形を見る機会があったが、やはり強さにもある程度の限度があるらしい事が分かったからな。現実的なレベルでの性能差であれば、戦略次第でどうにかもなるだろう」
この意見については、あまり参考になりそうも無い。何しろ、ぼくの悪徳ノ宮が人型じゃない時点で、どうも例外があるらしい事は予想できるから。
「それでも、やはり伝説になるくらいだし、昔の人形で殺し合いをするのが常だった頃で一番強かったわけだから、何かあるんだろうとは思うがな」
何か。高性能であるか、もしくは対人形での戦闘における、切り札のようなものがあるのか。後者だとしたら、一体どんなものなのだろうか。
「ま、とにかく族長には逆らわない方がいいって事ですよね!」
「フン、相手の戦力が不透明であるから交戦は避けて現状を維持する、と言うんだ」
「なるほど。いつか、使わせて貰います」
キョウコさんとの会話に熱中していたせいか、工場見学もほとんど終わってしまっているというのに、記憶に残っている部分が一番最初以外にほとんど無かった。
「いやあ、キョウコさんがこうして冷静に話して下さって、とてもありがたいです。できれば、正式に協力できればと思っているくらいで……」
「勘違いするな。お前の言葉に従ったわけじゃないが、私も代表としての態度を維持できるよう精進しなければならないという自覚はあるんだ。だから、今は感情を抜きにしてこうして話していられるだけだな。それと――――」
彼女は少しだけ瞳を泳がせて、誠慈郎くんを目に留めた。
「弟の、あんなに表情豊かな顔は久しぶりに見たんだ。じい様の事を帳消しにはできないし、お前の事は信用ならないが………その事だけは、な」
「差し出がましいようですけど、少しだけ彼と話してあげてくれませんか。今なら、きっと大丈夫でしょう?」
「……そうだな。後で時間を作ってみる」
見学が終わってから、案内をしてくれたお姉さんに見送られながら、ぼくらは工場を後にした。丁度、そろそろ昼食の時間ではないか、という話になったので、誠慈郎くんがリサーチしておいてくれた、近くにある定食屋へ向かう事になった。
そこまでの車中、キョウコさんはぼくの隣ではなく、進んで助手席に座ったのだった。最初、誠慈郎くんはギョッとして、気まずそうにしていたが、姉の方から温和に話しかけると、どこかギクシャクしつつもそれに応え始めた。
彼女は、「食事はちゃんと摂っているか」「体に異常はないか」「仕事は辛くはないか」と質問をしていて、それは本当にぼくからすれば家族としてあまりにも真っ当で、どうしようもないくらい眩しい光景だった。
その内、姉はずっと察していたのか、「音楽でもかけたらどうだ?」と提案し、弟はどこか自然な仕草でオーディオのスイッチを押した。するとスピーカーから、ちょっと流行りからは外れているが、ドライブには丁度よさそうな、小気味のいい曲が流れだして来た。
車内はどこか不思議な緩やかさと心地よさに満たされ、ぼくは窓の景色に目を向けて少しだけ満たされた胸中の何かを軽く吐き出した。
それから、昼食にご当地丼なるものを食べ、ゆるキャラの専門ショップに行って大きなぬいぐるみを買って、日が沈んだ頃に地元へと帰って来た。
ぼくと年少組はマンションの前で下ろして貰い、誠慈郎くんはそのままキョウコさんを実家の近くまで送っていくらしい。まだ、溝が完全に埋まったわけではないだろうが、二人はどこか親しさを取り戻しつつあるように、ぼくには見えた。
去って行く車を見送り、カリンガが大きく伸びをしながら言った。
「んーー~っ! さて、と。それじゃあ私も帰ろうかな」
「夜道は危険だし、途中まで送っていくよ。コトコは先に家に帰っておいてくれ」
コトコは頷くと、カリンガに別れの挨拶をしてから、人形を抱きかかえてエントランスの中へ入っていった。
「別にいいよ? いつもの事だしさ」
「まあまあ、そう言うなよ。すぐそこまでだからさ」
ぼくは勝手に歩き出し、それにカリンガが追従してくる。ほんの数分ほど歩いて、周囲に人気が無い事を確認してから、隣を歩く彼女に話しかけた。
「――――それで、今日の首尾はどうだ?」
「……分からないっていうのが正直な話。詳しい解析は家に帰ってデータベースと睨めっこしてみないと分からないわ」
「頼むぞ。これからの為に、この分析はとても重要だからな」
「でも……コトコに黙ったまま仕事の準備をするのは、気が引ける……。一応、代表が不在だったからある程度は分かったけど、やっぱり巧断家はかなり戦力が落ちてるみたい。有力な人はあまり残って無いわね。今、襲われたとしても満足な反撃ができるかどうかは怪しいところ」
「やっぱりそうか。まあ、予想はしていたけれどもね。第二位から下の方へ落されてるくらいだし。それじゃあ、カリンガ。残りも頼むよ」
「ええ、分かったわ……」
ぼくらはそこで別れ、お互いの家へ向かって歩き出した。ただでさえ電灯の少ない道は、歩けば歩くほど暗くなり、まるで真っ暗な穴の中へ這い入っているような気分だった。




