代表
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源一郎との戦いから少しして、ぼくの携帯電話には巧断家代表から何十件という着信と、その三倍近い量のメールが濁流の如くやってきていた。留守番電話も彼女の声ばかりである。最初は罵倒の連続だったが、日を追う毎に進化し、今では慇懃無礼バージョンや、優しい声のバージョンなど様々である。
「……巧断家の代表さんはできれば親密な関係になりたくないタイプだな」
少し冷静になった頃合いを見計らってかけ直そうと思っていたのだけど、まさか更に悪化していくとは思わなかった。今となっては、完全に機を逸してしまって、どう対処したものか迷っている。
まあ、今日は出かける予定もあるし、また明日にでも……。
『ピンポーン』
ふむ。新聞の勧誘が来るような時間ではないけれども。もしかして、よく効くお札とか宇宙の力が詰まった石の販売だろうか。
『ピンポーン ピンポーン』
もしくはアレだ。宗教勧誘。アナタの為に祈らせてくださいって…………。
『ピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポ』
嗚呼……。
今度はドアを乱暴にドンドンと叩く音と、件のあの人が発する怒声が聞こえて来た。
「居るんでしょー!! 早く出てきなさいよ! 何回電話したと思ってんのクラァー!!」
ぼくは溜息をついて、自室から玄関へとのそのそと歩いていく。そんなぼくを見て、先ほどまで楽しげに喋っていたコトコとカリンガは、そそくさとコトコの部屋へ逃げて行ってしまった。
気乗りはしないけど、まあこうなる可能性はあったわけだし、しょうがない。
「へいへーい。今開けますよー」
そう言って、ドアのカギを開けた瞬間、物凄い勢いで向こうから開けられ、黒い着物を着た女性が素早く中へ這入ってきた。そして、ぼくの胸倉を掴むと、般若のような顔でこちらを睨んだ。
「いやぁー……、どうも巧断家代表さん。こんな所までご足労頂きまして」
「…………何で電話に出なかったのよ」
コトコの部屋のドアから二人がこちらをコッソリと覗きながら、「修羅場? 修羅場?」と楽しそうに話しているのが見えた。そんないいもんじゃないぞ。
「いやあ、冷静に話ができるような状態じゃないだろうなと思いまして。それから、ぼくも激戦の後で治療に専念していましたから。おーいてて……乱暴しないで下さい」
「なぁにが、痛いよ! どこも怪我なんてしてないクセに! 全部分かってんのよ。アンタが誠慈郎をたぶらかした事も、全ッッッ部!」
「だったら、別にぼくと話す事なんて無いでしょうに。アナタが知っている通りですから」
「よくも、いけしゃあしゃあと! アンタが負けるはずだと思って、こっちは根回ししてたのよ! それを全部……パァに!」
「とんだ言いがかりですよ。ぼくは絶対に負けるなんて約束をしたわけじゃないし、あくまで予想を口にしただけです」
「ぐっ…………」
「まあ、そんな事はアナタもとっくに理解しているんでしょうけど。正直な話を言えばね、本当に今回は物凄いどんでん返しがあったおかげで、何とかなってしまっただけで、下馬評に間違いは無かったんです」
「お前なんかに、じい様が…………。そうやすやすと信じられるものか。それに、私が怒っているのは、別の理由も多分にある。まず、卑しい回収班なんぞに堕ちたとはいえ、弟をそそのかした事。じい様の死体を弄んだ事。どれも、許しがたい!」
「家族であるアナタが卑しいなんて言葉を付けて語られる方の身にもなってみればいい。彼がぼくに付いた……というより、アナタと敵対したのは必然ですよ。それから、死体の件は謝っても構いません。何しろ、覚醒したばかりで制御ができなかったのですから」
「お前に分かるか。血の繋がりは薄いとはいえ、いつかは食卓を同じにした者同士を殺し合わされた気持ちが……お前に分かるか!」
「同情はします。でも、アナタは彼らを切って代表としての自分を選んだ人間であるはずだ。感情的になるのは分かりますが、今更になって家族ぶって代表として取るべきではない行動に及んでいる事は、納得いきかねますね」
「私は……私だって……家族を優先したかったさ。でも、仕方ないじゃないか。家を潰すわけにはいかないんだ」
「そうですね」
彼女、本当にダメージを受けているみたいだ。もしかしたら、まだ代表としては未熟なのかもしれない。未だ、人間としての感情に振り回されながら、情を挟む事の許されない場所で頑張っている。きっと、悪い人ではないんだろうな。
「ハァ…………。えーっと、代表さん。ちょっとこれから時間ありませんか?」
「…………無い」
「じゃあ、無理矢理にでも作って下さい。今日、一日」
「何だ、一体何をする気だ!」
「一緒に遠足に行きましょう」
明らかにイラッとした顔で、ぼくを睨みつけてきた。でも、引き下がったりはしない。
「実はこれから、皆で行く所なんですよ。アナタも一緒に来るといい。そしたらまあ、色々とお互いに有益なお話ができるはずですよ。さあ、どうします? 乗ります? それともここは退きますか? 言っておきますけど、お誘いはこの一回こっきりですよ」
「…………………」
すでに一回、いいようにされた上、人間性も信じられたものじゃない。ここで、相手のペースに乗せられるのはよくないな……。みたいな事を考えているであろう事が、手に取るように分かる。彼女は、自分で思っている以上に表情が雄弁だ。
「あ、一応アレですよ。弟さんも来ますよ」
「ぐっ…………んぬぬ…………いいだろう、行ってやろうじゃないか。だが、言っておくが私は今すぐにでもお前の首を掻っ切ってやりたくて仕方ないんだ。ゆめゆめ隙は見せない事だ」
「じゃあ、決まりって事で。ぼくも言っておきますけど、ずっと年下の女の子達を怖がらせるような事はしないようにお願いしますよ」
まあ、彼女がぼくに危害を加える事は無いだろう。今や族長の意思に最も沿っているのがぼくなのだから、それを殺そうものなら、家の格が下がるだけでは済まないだろう。ヘタをしたら、保身の為に他の家から袋叩きに遭うかも。まあ、代表さんが武勇に優れて、刺客を片っ端からぶった切れるなら、それも悪くないかもしれないけど。
ある程度の用意はすでに整っていたので、誠慈郎くんが車を回してくれたタイミングで出発する事ができた。
最初、突然の姉の出現に彼は露骨に嫌そうな顔をしていたが、それ以上はとくに会話をするでもなく、素っ気なくそっぽを向いてしまった。それを見て、少し懐かしげな顔をしていた姉も、ふくれっ面でそっぽを向いた。
車の座席は六つ。運転席に誠慈郎、一番後ろの二つには少女二人。そこまではすんなりと決まったのだが、果たしてこのタイミングでぼくと代表さんをどう配置したものか悩ましかった。結局、運転手の熱烈な要望により、助手席は空席にして、真ん中をぼくと代表さんで座る事となった。
移動中の車内は不思議な空間だった。年少組は後ろでお菓子を食べてゴロゴロとし、運転手の彼は持参してきたゴキゲンなBGMを披露すべきか否か、ずっと迷いながら運転し、ぼくと代表さんに至っては、何も話さずひたすら景色を見ていた。
しかし、流石にそろそろキツくなってきた。何か、ささやかな会話ができれば。
「えーっと、巧断さん。このままずっと代表さんって呼ぶのもアレですし、名前とか教えて貰っても構いませんかね?」
「……強固。巧断強固よ。強いに固いでキョウコ」
またそんな名前なのかよ……。やっぱり、この人達って独自の法則で名前を付けてるんだろうな。男は割と普通だけど……。いや、ナントカ朗が多いか。コトコもキョウコさんも、一応はナントカ子みたいな、古風な法則の一旦は見えるような気がしないでもないな。
「キョウコさん、でよろしいですかね。ええ、まあ公の場所ではちゃんと代表さんと呼ばせて貰いますけれども」
「そんな事はどうでもいい。そろそろ本題に入ったらどうだ。有益な話ができるんだろ」
「せっかちですね。遠足はまだ始まったばかりだっていうのに。まずはアレでしょう、しりとりとか王様ゲームとかで場をあっためるもんでしょう」
「くだらん事を言うな。お前と親しく遊んでやる義理も無いし、とにかく不快だ」
「仕方ないですね。まあ、それじゃあちょっとだけ。ぼくは今、一応それなりの戦力を保持しているわけですけども、これから何をするか分かります?」
「……さあな」
「地位の向上です。上を叩いてね。ああ、言っておくと、他家からヒンシュクを買うのは分かってますよ。でも、そんなものはどうとでもなるでしょう? とくに、今の体制なら、どんな理不尽が通ったっておかしくは無い」
「ふん。別に登り詰めた所で何も変わりはしないぞ。お前はずっと、族長に命令されて人殺しをするだけの役目さ。それで、一体それが私達にどう関係がある?」
「すっとぼけないで下さいよ。今や鉋木家は末席。となれば、巧断家もぼくのターゲットなってもおかしくは無いんですよ?」
「だから、それがどうしたというんだ。ちっとも利益になんてなりやしないだろ」
「ですから、こういう事ですよ。ぼくと手を組みませんか? とお誘いしてるんです」
「ハッ! それが利益だって? 私にお前らと一緒に大義名分も無く、他家を蹂躙して利益を得ろっていうのか? バカバカしい」
「そんな事は求めてませんよ。言ったでしょう、もう戦力は揃っていると。だから、アナタにはぼくがする事を黙認して欲しいんですよ。それと、色々な情報を提供して貰いたいんです。もしくは、ダミーの情報源であってくれればいい。そうすればホラ、上の人間が没落していき、結果的に巧断家は再び地位を上げる事ができる」
「つまり、お前の悪事を見逃して、自分は降って来る利益を勝手に集めろって事か。またこの前と同じような事を言い出したな」
「いえいえ、今回のはあくまでぼくらが協力者になるわけですから、キッチリとアナタに利益を渡しますよ。他にも、何か困った事があれば手伝ってもいいですしね」
「そうなると、はやり私にもリスクが付きまとうと考えていいんじゃないか?」
「ええ、それはもちろん。何しろ、ぼくに協力するわけですから。といっても、アナタは守りに徹していればいい分、やり易いと思いますがね」
「……仮にお前に協力するとしても、私は表だってはできないな。あくまで、情報交換をする程度に留めておきたい」
「あくまで、協力者ではなく、必要な場合だけ話し合いの席を設ける程度の関係、という事ですかね?」
「そういう事だ。お前からの利益など信用ならんからな」
「いいでしょう。それで十分です。ただし、こちらから出せる情報も制限せざるを得ない事はご了承頂きたい。というわけで……早速こちらから情報をお渡ししましょう」
ぼくは自分の鞄からA4サイズの書類が入る茶封筒を引っ張り出して、彼女に渡した。
キョウコさんは少し怪しんでいたが、意を決して中にある書類を出して読み始めた。
「……………。何だこれは、ふざけてるのか? 『悪徳ノ宮』? こんな人形はあり得ない。人間の形をしていないようなものは、発現しないって知らないのか?」
「源一郎さんも同じことを仰っていましたよ。でも、残念ながら全て本当です。だからこそ、ぼくのような若輩者が彼に勝利する事ができたわけですしね。何なら、どこかで証拠として見せてもいい」
「…………ふん」
彼女はその書類を食い入るように見ていた。きっと、嘘かもしれないとしても、一応は目を通しておくべきだと判断したのだろう。
「それで……お前は、自分の情報をこんなに曝け出して、私から何を聞き出そうっていうんだ?」
「ああ、それは…………おっと、そろそろ目的地に到着ですかね? まあ、続きはまた後にしましょうか」
「そういえば、どこに向かっているんだ?」
「工場ですよ。今日は皆で工場見学をする事にしてたんです。ホラ、最近はそういうのが流行ってたりするでしょう?」
彼女は何も答えず、自分に流行り物の事など聞くなと言いたげに溜息をついた。




