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買い物


 巧断源一郎が異形の化け物と戦う数時間前――。私、鉋木事故は駅前のベンチに腰かけて鳩を眺めていた。そこへ、赤色のポニーテールを揺らしながら、カリンガがやってきた。

「…………おはよ、鉋木の」

「おはよう。でも、私の事はコトコでいいわ。呼びにくいでしょうし」

「そうでもないけど……」

 今日はどういうわけか、呼人が私を半ば強引に外出するよう勧めてきて、そのお供にとカリンガを指名してきた。私は、仕事に忙しいであろう彼女にお守りまでさせるのが心苦しいので、遠慮した方がいいのではないか、と提案した。しかし、彼は……

「大丈夫、大丈夫。今日は彼女、夜まではフリーだと思うしさ」

 そう言って、強引に予定を取り付けてしまった。彼の言動から、今日は夕方にでも仕事がある事は明白だろう。それも、私は気づいていたが、何も聞く事ができなかった。

「カリンガ、本当に仕事はいいの?」

「ん? あー、まあ……大丈夫っぽいよ。いやいや、そんな事よりもさ、今日はどこに行くの?」

 彼女は、どうも私に対してはあまり上手に嘘を吐こうとしない。それは、配慮なのだろうか。有り難くあるのだけど、私は何をすれば希望に叶うのか分からない。

「とりあえず、どこかでお茶でも飲みましょう。いい店があるって呼人が言っていたの」

「へぇー、アイツがねぇ……」

 複雑そうな顔をするカリンガを連れて、十分ほど歩いた。その間、会話らしいものは一切ないまま、目的の店に着いてしまった。

 愛想の良さそうなおじさんに窓際のテーブルを示され、私達はそこに腰掛けた。改めて店内を見回すと、ここはどこか外国の田舎町にありそうな喫茶店で、洒落た調度や家具などが柔らかい雰囲気を醸し出していた。

「ほほう……ここは、本格的な紅茶のお店なのかぁ。あっ、ケーキもある」

 カリンガはメニューを熱心にめくりながら、色々と思考を廻らせているようだった。

「おすすめは何かしらね」

「えーっと……コレじゃないかな。季節の紅茶っていうの」

「じゃあ、私はソレと、あと何か焼き菓子みたいなのを貰うわ」

「うわあ……即断即決。えーっと、じゃあ私はどうしようかな……」

「じっくり選んでいいわよ。急ぐような事も無いし」

「そういうわけにはいかないのよ。人がさっさと決めちゃうと焦るの!」

 そういうものなのか……。これからは相手の決定を観察しながら決めよう。

「じゃあ、私はコレ! ロイヤルミルクティーとケーキのセット! すいませーん! 注文お願いします!」

 彼女は、とみに活発に、どこかイキイキとしている。きっと、取り繕っていない時はこういう雰囲気なのだろう。そう、私の前以外では……。

「ねぇ、カリンガ。最近、仕事はどう?」

「うーん………………。まあ…………順調、だよ」

「そう。呼人と仲良くできているようで良かったわ。何しろ、最初がアレだったから」

「あー。そうだね。アレだった……。でもまあ、仕事は真面目にやってるみたいだよ。色々と資料を寄越せと言ってきたりしてるしさ。でもまあ、私を完全に信頼してるって感じじゃないんだよねぇー」

「そうなの? 困ったものね。ちゃんと言って聞かせておいたのに」

「いやいや、まあ必要な連携はちゃんと取れてるからさ。ただ、それ以上の…………いやいや! 別に特別に仲よくなりたいとかは思ってないよ? だって、アイツって絶対に何かおかしいもん。あー、思い出したら寒気がしてきた……」

「そんなにおかしいの?」

「おかしいよ! 族長と面会しても飄々としてるし、もう頭のネジがぶっ飛んでるんだよ! 仕事の方もすんなりこなし過ぎて、本当に気持ち悪いの! もう、とにかく……気持ち悪い!」

 彼女は少し感情的になっているのか、机の上で頭を抱えて、ゴロゴロと転がり始めた。行動が正直でとても可愛らしい。今度、私もやってみよう。

「あと、他にも! アイツのメールって全部、絵文字でキラッキラしてんのよ! 気持ち悪い!」

「私とのメールでは、普通に文章だけよ?」

「えっ、という事は…………私だけ!? ちょっ、嘘……」

 まあ、間違いなく彼はこういう効果を狙ってやっているんだろうと思う。その為に、試行錯誤しながらポチポチと携帯をいじる姿が目に浮かぶ。

「あー!! もう、何なのかなぁ! ムカつく! 変態だよ! とんだ変態だよ!」

「まあ、変態よね」

「でしょ? 絶対にそうでしょ!? もう、メールしたくないわぁ…………」

 これまで聞いた事も無いような可愛らしい態度に、自然と口元が緩んでしまっていた。

「…………何、笑ってんのよ。他人事だと思って」

「ごめんね。ただ……私達ってそれなりに顔を合わせて来たけれども、こういう話をする事って無かったじゃない? だから、何て言うか……すごく嬉しいの」

「えっと、あー……そっか。まあ、私もだよ。アンタとは、いつかこういう風になるような気がしていたけどね」

「そうなの。……ねえ、カリンガ。いつも休日は何をしているの?」

「お! いいねぇ、そういうの。普通の女の子っぽい感じ。まあ、私はパソコンと睨めっこしてるのが常だなぁ。外に出てもあんまり、面白い事も無いし、そもそも欲しい物はネットで手に入る時代だしねー。お昼ごはんも、今は頼めば美味しいお弁当が届くし」

「それは、とても便利ね。それじゃあ、あまり外に出る事って無いの?」

「そうでもないよ。服を買いに行ったり、美味しい物を食べに行ったりするし」

「それじゃあ、今日はお願いがあるの。実はショッピングモールに行ってみたくて」

「おー、いいじゃん! 私も丁度、新しい靴が欲しいと思ってたんだよねー」

 そこで、紅茶とお菓子が運ばれてきた。綺麗な白色のティーポットは、まん丸でとても可愛らしい。

「とてもいい香り……」

「うーん、ケーキもおいしそー。変態のクセに、いい店を知ってるわ」

 彼女はすっかり上機嫌になっており、自身のケーキを細かい場所まで観察して堪能しているようだった。このゆったりした空気は嫌いじゃない。

 ティーポットからお茶を注ぎ、カップを満たしていく。そして、お互いに揃った所で、私はカップを突き出して。

「乾杯」

 と言った。すると、カリンガは吹き出して、口を押えたまま横を向いてしまった。

「……………何か間違っていたかしら」

「くっ、ふふ……いや、違うんだけど。というかまあ、違わなくは無いというか。コトコ、そうやって乾杯するのはお酒とかの時よ。こういう場所ではしないの」

「そうなのね……。知らなかったわ」

「いやいや、しょうがないって。笑ってゴメンね。まさか、そうくるとは思わなくて」

「いいわ。これから勉強していくもの」

 精一杯の冷静さを持って接したつもりだったが、どうも顔の火照りは収まってくれない。そんな姿を見て、またカリンガがニヤニヤとしだす。もう少し隠してくれてもいいのに。

 まあ、でも……。自然に名前を呼んでくれたのは、ちょっといいかも。

「いつまでも笑ってると、ケーキを横取りするわよ」

「ゴメンってば。あ、それじゃあ一口食べる? アーンしてあげる」

 彼女の中では、私はもう自分の妹のように思っているのかもしれない。まあ、悪くない気分なのは本当だけれども、ここまで甘くされるというのもむず痒い。

 まあ、別にいいかな。

「アーン」

「はーい、どうぞー」

 口中に、生クリームの嫌味無い甘さが広がって、すぐにとろけていく。人に食べさせて貰うというのは、本当に特別なのかもしれない。多幸感で頭が痺れてしまいそう。

 お茶を楽しみながら、ひとしきりもしも呼人に復讐するならどんなドッキリを仕掛けるか、という話で盛り上がってから、店を出た。そして、近くのバス停に移動して、ショッピングモールへの直通バスに乗り込んだ。

 今まで、カリンガとは親密になった所がまるで想像できなかったけれど、今はそうでもない。お互い、話す事は尽きないし、知りたい事がたくさんあったから。彼女の髪はちゃんとケアしないとボサボサになってしまう事や、カラーリングをしてもらっている美容室の事、自宅に虫が出ないよう、最大限の努力をしている事など。何気ない、全ての話題が彼女の輪郭を浮き彫りにしていく。

 バスは三十分ほどで目的地に着いた。私達は様々な店を冷やかしながら、ブラブラと歩いて見て回った。中は数年前に出来たとはいえ、まだまだ綺麗で、珍しいもので満ちていた。もっと早く足を運んでいればな、と思わないでもない。

「あ、見て! 何だろうアレ!」

 家電屋の前にある広場で、たくさんの人が集まって何かをしていた。近づいて見てみると、ビーズアート体験ができる催しのようだった。

「ねえ、コトコ。これやってみない? これはすごい女の子っぽいよー」

「やりましょう」

 二人で受け付けを済ませ、並べられテーブルの隅に座って、インストラクターの人に基本的な事を教わりながら、二人でチマチマと作業をした。カリンガは手先がとても器用で、中級者向けのレシピを迷う事なく仕上げていっている。私は、まだよく勝手が分からないので、簡単なのを選んで慎重に作って行く。

 しばらくして、カリンガはできた! と叫んで作品を見せてくれた。それは、小さなハートマークが二つ並んだ、可愛らしいチャームだった。本当に素晴らしい出来だ。

「私も完成したわ」

 私のは、デフォルメされたテディベアを目指した小さなアクセサリー……なのだけど。

「……何だか、アレね。すごく何て言うか……個性的ね」

「下半身にモザイクのかかったおじさんみたいだわ」

「ぶふっ! アハハ! ちょ、ごめん! でも、おかしアハハハハハ!」

 どうすれば綺麗な色合いになるのか分からなくて、試行錯誤しながら行った結果、こういう事になってしまった。まあ、インストラクターのお姉さんが苦笑いしていたので、そういう雰囲気は察していた。

「でも、個人的には気に入ってる。初めて作ったんだもの。次にやる機会があれば、今度は私もハートとかにするわ」

「そ、そうよ。いい記念じゃないの。……気に入ったなら、これからは何度でも挑戦できるし。それに、その時はまた付き合うから、さ」

「……ありがとう」

 それから、ホールを後にして、またショッピングモール内を回った。昼ごはんにはインド料理店で、三種類のカレーが選べるサービスを手分けして六種類味わった。お腹が膨れたら映画を見て、フードコートで評価を話し合い、映画の半券で初めてガンシューティングゲームをしたり……。

 夜まで、本当に楽しい時間を過ごした。私達が紙袋片手に再び駅前に戻って来た時には、すでにとっぷりと日が暮れていた。

「あー、今日はモリモリ遊んだー。こんなに一気に色々したの初めてだー」

「私もよ。すごく楽しかった」

 カリンガは、気持ちよさそうな顔をして夜空を仰いだ。

「あーあー、このままコトコの家になだれ込んで遊びたい気分だわー」

「お仕事もウチでやればいいんじゃない?」

「んー、できない事は無いけど、やっぱりやめとく。ちゃんと切り替えていかないと」

「そうね。それじゃあ、またの機会にでもしましょうか」

「うん!」

 彼女は、どこか満足げな表情で、元気よく返事してくれた。それが、私にはとても魅力的て、美しく見えてしまった。彼女は本当に可愛らしい。

「じゃあ、またね」

 カリンガは手を振りながら、足早にどこかへと駆けていく。その背中に手を振りながら、私は見えなくなるまで見送り続けた。

 家に戻ると、紙袋を自室に置き、コップに水を汲んで一気に飲み干した。そして、もう一杯注いで、それを持ってリビングのソファに腰掛けた。照明は明るさが、先ほどとの落差を明確にしてしまい、胸に寂しさが去来した。

 何となく、立ち上がって電気を消し、月の明かりだけを部屋に迎えて、私はソファに座ってぼんやりと彼を待ち続けた。


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