0-8:異世界の仲間に関する所感・セドナ
今章【異世界の仲間たちに関する所感】の間、ほぼクレスの一人称で話が進みます。
【0-8:異世界の仲間に関する所感・セドナ】
私は勇者として創られた存在であるためか、知識として知っていても実感に乏しい物事が多々あった。特に人の感情というものが私は他の者に比べて薄いようだ。涙を流すことはできたのだから心が無いわけではなく、要は表現方法が分からないだけなのだと思う。元の世界でもよく「他人を見て学べ」と言われていた。
せっかくなのでこの異世界で出会った仲間たちの観察をしてみるとしよう。それぞれの性格を把握することは戦闘や集団行動において役に立つし一石二鳥だ。彼らは一人ひとり全く異なる世界で生きてきたからか、個性が強く日々新たな発見がある。彼らを見れば私も少しは「人間として」成長できるのではないか。
手始めにセドナから分析してみるとしよう。ちなみに理由は部屋が隣というだけだ。ある程度順番の決め手があった方が分かりやすい。
「ゴウ、あまりアイリスをからかうのではありません。アイリスもやられっぱなしではいけませんよ。偶には反撃しなさい」
「だってよー、ちょっとつつくだけで毎回面白い反応するから飽きねーし」
「ううう、反撃なんて無理だよぉ。だっていつも気づいたら悪戯されてるんだもん」
セドナと言えば真っ先に思い浮かぶのはこの真面目で世話焼きな性格だろう。真面目というより母親みたいだと誰かが言っていたが、母親というものがどういうものなのか私には分からないのでとりあえずこう表現しておく。今はアイリスのリボンを解いて遊んでいたゴウを叱りつけているところだ。ゴウがアイリスに他愛も無い悪戯を仕掛けるのはよくあることだ。私には微笑ましい遣り取りに見えるので大抵放置しているのだが、こういう場合に叱るのはセドナだ。ゴウばかりではなくアイリスにも一言付けるあたりが仲間想いな彼女らしい。自分ばかり小言を言われるのは嫌だろうと配慮してのことだと、始め理解できなかった私にエドが教えてくれた。
「クレスも見てないで二人を止めてください」
「すまない。止める必要は無いと判断していた」
「こんな狭い場所で暴れてはテーブルにでもぶつかって怪我をするのがオチです。だいたいこの前の戦闘でも貴方たちは――」
私へと一旦向けられた矛先は再び二人に戻り、内容は以前の戦闘で周りが見えていなかったために怪我をした話に移る。相手の心情に配慮できるのは素晴らしいが、すぐ説教に発展してしまう心配性は玉に傷だとジャンがいつか言っていた。仲間を想うあまりに言い過ぎるきらいがあるとは思っていたが、心配性なこと自体は悪いわけではないため言うべきか悩むところだ。しかしそのことがいつか不和を招かないとも限らない。特にライに対しての言葉は時々私ですら厳しすぎるのではないかと思うことがある。
仲間想いな彼女からしてみれば一匹狼な――と言うとシルバのようだが彼は普通の群れる狼に近い――ライが気に掛かるのだろう。なぜセドナは何度衝突してもライに歩み寄ろうとするのだろうかと他の者に尋ねた時、エルヴィラはそういう性格だからだと言っていたか。ただの「共闘相手」ではなく「仲間」として接しようとしているのに、ライの方はほぼ無反応なので、ムカついてつい棘のある態度になってしまうのだろう、ということだった。失敗しても構い続けているのは、仲間を大切にする彼女にしてみればどんなに拒絶されてもライは仲間であり親しく接するべき相手だからなのだろう。この辺りも真面目な性格が表れているようだ。
「あれ、取込み中か。セドナに用事があったんだが……」
談話室の扉が開き、フィリオンが顔を覗かせる。その声に振り向いたセドナはあっと何かに気づいたようで慌てて説教を切り上げた。
「すみません、後で話そうということにしていたのでしたね。失念していました。……二人とも、ちゃんと反省してくださいね」
はーい、と一応は素直に返事をしている二人だが、特にゴウはまたすぐに何かするだろう。セドナはそれ以上言うことを諦めたらしく、ふぅと一つ溜息をついてから、テーブルで何やら広げているフィリオンの方へ向かう。
「セドナって母親みたいだな」
「……それ以上言ったら氷像の刑ですよ」
「じょ、冗談だって! それより早くこれを済ませてしまおう」
どうやら「母親の様」というのは禁句らしい。氷漬けにすると言う脅しに慌ててフィリオンは話題を変えた。
二人が考えているのは転移魔法の基準点の設置場所だ。
今度探索範囲を広げるためツヴァイの町へ行くのだが、アインの町から徒歩で二日はかかる距離にあるらしい。馬を使うことも考えたが、乗れない者もいるのでやめた。一回目は野宿をしつつ向かうことにするが、帰りや次回のことを考えてセドナが転移魔法の使用を提案したのだ。どうやら一度基準点という転移先の目印のようなものを付けてしまえば、それ以降は好きな時に転移魔法で行けるようになるらしい。ただし基準点は設置した者と同じ者しか利用できないので、今回の場合はセドナが基準点を作り、次回以降はセドナの魔法かそれを込めた魔晶石を使うことになった。道中で基準点を複数作るのは、徒歩で二日もかかる距離を一気に転移させるのは自分の実力では無理だと言っていたからだ。
フィリオンも一応転移魔法を使えるとのことだったので、二人で基準点の設置場所を話し合うことにしたようだ。
「私にシャルロッテぐらいの実力があれば、このような面倒な作業は必要無いのですが……」
溜息をつきながらセドナが言う。シャルロッテほどの魔法使いであれば、基準点を作らずとも目的の場所へ確実に転移できる上に、長距離の転移も簡単にできてしまうらしい。しかしいつでも自由に頼めるわけではないし、何でも彼女に頼るのは良くないとのことで今回は協力を要請していない。
「魔力量の高さは天性の才能だからな。二、三個の基準点で済むセドナも十分凄いと思うぞ。俺だったら三十個ぐらい用意しないとこの距離は無理だ」
「大げさです。本職でもないのに転移魔法を使えるだけ良いですよ。貴方もシルバも魔力は人並み以上に持っているのですから本格的に魔法使いを目指せば大成できるというのに」
「ははは、俺はせいぜい魔法騎士止まりだよ。本職の魔術師になれる頃には引退してるさ。シルバはただの面倒くさがりじゃないか? 詠唱が面倒だとか、弾込めの時間を考えなくていいから楽だとか言ってたし」
ちなみに魔法騎士とは剣や槍といった武器と魔法を併用する職種だ。現在フィリオンやエドがそれに近いが、二人ともまだ詠唱に時間がかかるため武器攻撃主体になることが多い。シルバの魔動式二丁拳銃は自身の魔力を魔法弾に変換するタイプの武器らしく魔力切れしてしまうと何もできなくなるが、元々魔力消費が少なめなこととシルバの魔力値が並より高いため滅多に起こらないらしい。高い魔力を持ちながら技術を磨かない仲間たちにセドナは宝の持ち腐れだと嘆いているが、こればかりは当人次第だろう。
思考が逸れてしまった。今はセドナの性格についてだ。彼女は私の目から見ても十分実力のある魔術師だ。先日の戦闘で難易度の高い魔法を次々に放っていた時など、戦っていたネーソスが少し感心していたような節があった。目を付けられなければよいが。とにかくそれほどの実力者でありながら彼女は少しも驕ることはなく、暇さえあれば書庫にある魔法書を読んだり庭で修行をしたりと努力を怠らない様子が見られる。
「この辺りに作るならこっちは必要無いんじゃないか?」
「いえ、ツヴァイの町へ行くためだけに使用するわけではないでしょうし、ここを省くと少しギリギリになってしまいます。安全策を採るなら少し余裕を持って作る方が良いです」
自分の実力を正確に把握した上で判断するので彼女はいつも安定している。特に魔法に関しては詳しい者が少ないこともあって他者が判断できないので、見栄を張って無茶をしないのは有難い。逆に謙虚に捉えすぎている時に気づいてやれないのは困るが、それで深刻な問題に発展するようなことはほぼ無いだろう。
「ツヴァイの町……一体どのような場所でしょうか」
「シャルロッテ曰くお洒落な町らしい。特にセドナが好きそうな店があるから行ってみるといいって」
「好きそうな店?」
「交通の要所にあるから色々な物が入って来て、女性向けの雑貨や服の店なんかも多い町だそうだ。シャルロッテが以前行った時フェーンのヌイグルミを見つけて思わず買ってしまったって言ってた」
「ヌイグルミ……! あ、ほ、欲しいなんて思ってませんよ! ちょっと、覗くぐらいの時間はあるかもしれないと考えただけですから!」
突然目を輝かせたセドナは顔を赤らめながら聞いてもいないことを否定している。本人曰く「可愛い物に興味が無いわけではない」らしい。それを聞いてエルヴィラが、ちゃんと女の子らしいところもあるじゃないかと笑っていたが、女性というものは皆そうなのだろうか。小動物などを前にしたセドナは普段とは違った表情を見せるが、これは「興味が無いわけではない」どころか「大好き」だということではないのだろうか。そう本人に言ってみたところ真っ赤になって走り去ってしまい、一緒にいたエルヴィラに乙女心が分かってないと呆れられた。乙女心とは何だ。解せない。
ツヴァイの町には数日滞在する予定だが、アインの町で時折するように探索無しの自由行動の日を設けるべきかもしれない。戦うために召喚された我々だが、四六時中気を張っていても士気が下がるだけだ。こうして自由に好きなことをできる機会もあって良いだろう。
「観光に行くわけではないですし、そもそも呑気に買い物をしている場合では――」
このようなことを言っているが別に反対はしないだろう。真面目だがその辺りの融通は利くのが良い所だ。
真面目で仲間想いで冷静で「可愛い物好き」。ここまで分析して思ったが果たして私はここから人の感情について学ぶことができているのだろうか。……まあいい、仲間の事を知れただけで良しとしよう。
【Die fantastische Geschichte 0-8 Ende】




