0-7:休日は動物と戯れよう
オリジナルの幻想生物など。FGシリーズの動物事情。戦わない戦士達。
【0-7:休日は動物と戯れよう】
目の前をクリーム色の生物が飛んでいる。大きさは小型の犬ぐらいだ。ふわふわとした毛並みはきっと触れば柔らかく、つぶらな黒い瞳とぴょこぴょこと動く小さな耳に胸が騒ぐ。長い尻尾も背中に生えた小さな白い翼も可愛らしい。こちらをじっと見つめて首を傾げるその生き物に、セドナは思わず手を伸ばす。
「あ、フェーンだ。この世界にもいるんだね」
いつの間にか横に立っていたエドウィンの声に驚き、フェーンと呼ばれた小動物に触ろうとしていたセドナは手を勢いよく引っ込めて、のほほんとした顔をふり仰ぐ。
「いいいいつの間に戻って来たんですか!? 声ぐらいかけてください、驚くでしょう!」
誤魔化すように手を振りながら叫ぶその顔は赤い。真面目なセドナはフェーンの愛くるしさに夢中になっている場面を見られたことが恥ずかしくて仕方がなかった。冷静であろうと心掛けている彼女は凛とした態度を常に崩さないようにしているのだが、こと可愛いものに関しては目が無く同年代の少女と変わらぬ一面を見せる。エドウィンは初めて見たそんな態度に微笑ましいと思った。
「いくら呼んでも聞こえてないみたいだったから、何してるのかなと思って。あ、僕の用事は終わってるし気にせずフェーンを撫でてていいよ」
「ち、違います! ふわふわした毛並みを堪能したいとかではなく私の世界のフェーンと同じなのか確かめようと思っただけで! 決して頬擦りしたいとか考えてません!」
「セドナ、本音がダダ漏れだよ」
あはは、と笑いながらエドウィンは羞恥に顔を染めながら必死で否定するセドナを見て、今日も平和だなあと場違いなことを考える。
今日は町の外への探索をせず、買い出しや町の人との交流を深めながら自由に過ごすことにしていた。クレスはシャルロッテの下へ行き、ゴウとアイリスは町の子供たちと遊んでいる。シルバもその容姿の珍しさから子供たちに絡まれ、最初は渋々といった調子だったが今では町全体をフィールドにした鬼ごっこで白熱した戦いを繰り広げている。ジャンは酒場で情報収集という名目のもと可愛い女の子をナンパしているだろうし、一人部屋に籠ろうとしていたライオネルを引き摺ってフィリオンとエルヴィラは牧場を見に行った。エドウィンは町の武器屋を見てみようと、同じく魔法道具の調達に行こうとしていたセドナを誘い、目抜き通りの商店街に来ていた。外で待っていると言ったセドナを残して武器屋の主人と少し話をして、遅くなってごめんと言いつつ出て来て冒頭に至る。
「フェーンってやっぱりこの世界でも野生でいるんだね。僕の世界では一応天族だけど人界に住んでる珍しい種族だったんだ」
エドウィンの知るフェーンはその容姿の愛らしさと人懐っこさからペットとして飼う人もいたが、多くは野生で町の中でも外でもどこでも暮らしていた。
「私の世界では森の中にのみ生息する珍しい動物でした。あと大抵はこのような一色の毛色ではなく斑模様や縞模様の個体が多かったですね」
色も黒から赤から、青いものも緑のものもいて鮮やかだった。名前や見た目はほとんど同じでも少しずつ違うそれぞれの世界のフェーンの特徴を話しながら不思議だねと笑いあう。そこへシルバがやって来た。
「お前らこんなとこで何やってんだ?」
「買い物を終えてこのフェーンについてお互いの世界の事情を話していたんです」
「シルバこそ子供たちと遊んでたんじゃないのかい? 鬼ごっこは?」
「あいつら意外とすばしっこい上に地の利があるからなかなか捕まえられなくてよ。今はこっちに逃げたガキどもを探してるところだ」
渋い顔をしてシルバが答える。パーティ随一の素早さと五感の良さを誇るシルバから逃げ回るとは、この世界の子供たちもかなりやるようだ。ちょっと休憩と言って店の壁に凭れ掛かったシルバは、キューと鳴いて擦り寄って来たフェーンを訝しげに見ながら撫でている。セドナの羨ましそうな視線には気づいていないようだ。
「そういやこの世界のフェーンって喋らねぇんだな。俺の世界じゃ煩いぐらい喋って物売り付けて来るのに」
「喋る!? フェ、フェーンが喋るんですか!?」
「おう。よく口が回る上にかなり頭がいいから商売が上手いんだ。……この世界のフェーンは静かでいいな」
何か嫌な思い出でもあるのだろうか、そう言ったシルバは遠い目をして、なおもぐりぐりとフェーンの頭を撫でまわしている。この可愛らしい生物の意外な一面を知った二人はそれ以上深くは聞かないことにした。……聞けば夢が壊れそうだ。
「キュー?」
フェーンは嬉しそうに目を細めている。ああ可愛い。他の世界では商魂逞しいなんて、知らぬがなんとやらだ。昼下がりの陽気と目の前のもふもふに和む三人を、町の人々は時々不思議そうに見遣りながら歩いて行く。今日もアインの町は平和です。
―――――――――――
鬼ごっこを再開したシルバと別れ、二人は牧場の方へと歩いていた。アインの町の牧場では、クロブと呼ばれる、戦士たちの世界でもよく飼育されている家畜を中心に、馬や羊などを飼っているらしい。クロブは毛の長い山羊のような見た目の動物で、温厚な性格と頑丈さから飼育しやすいことと、ミルクは独特のクセがあるものの栄養価が高いことからチーズやバターにして日常的に食べられるほど身近な家畜である。先ほどのフェーンの件もあり、異世界のクロブもまた違うのだろうかと考えた二人は、町の人達に道を尋ねてフィリオン達がいるであろう牧場を目指していた、はずだった。
「……何ですか、これは」
「ええと…………競馬……かなぁ」
長閑な田舎の牧場を想像して来た二人は、辿り着いたその場所で異様な熱気に包まれた集団を目撃した。
「いいぞ牧童の兄ちゃん! そのまま振り切れ!」
「ケイ! 跡取り息子が負けたら承知しねぇぞゴルァ!」
「騎士の兄ちゃん頑張れー」
やんややんやと声援を送ったり怒号を上げたりする男たちは、土と汗にまみれて埃っぽい格好をしていることから恐らく牧場の従業員などだろう。その視線の先では三頭の馬が疾走しており、馬上には見慣れない青年――おそらく彼がケイだろう――と見慣れたライオネルとフィリオンの姿。
「さあさあ残すところ後二周だよ! 賭け金を積むなら今しかない! 大勝ちしたけりゃでっかく賭けな!」
「あの、エルヴィラ……何をしているんですか……?」
男たちに混じって何やら煽っているエルヴィラに、セドナが恐る恐る尋ねる。嫌な予感しかしない状況にその顔は若干引き攣っている。
「ん? セドナにエドじゃないか。見ての通りだけど、あんたたちも誰かに賭けるかい? ちなみに本命はこの牧場の跡取り息子のケイで、対抗馬は正統派騎士のフィリオン。まあ牧場生まれ牧場育ちのライがダークホースで今一番なわけだけど――」
「賭博なんてしません! 私が聞きたいのは何でこんなことになっているのかです!」
早口にこの簡易競馬を説明するエルヴィラを遮るようにセドナがとうとう怒鳴る。なぜ仲間がこのような賭け事の当事者になっているのか理解できない。
「なんだいつまんないね。……もうすぐ終わるからちょっと待ちな」
肩を竦めたエルヴィラはそう言ってレースへと視線を戻す。見るとライオネルの馬が一着でゴール替わりなのだろう木の柵を飛び越え、その後にケイとフィリオンの馬が続いた所だった。最高潮に盛り上がっている外野を余所に、セドナは頭を抱えエドウィンは二人ともすごいねぇと素直に感嘆の声を上げていた。
事の発端はこうだ。牧場を訪れた三人は歓迎され最初は普通に中を案内してもらっていた。だが草を食む数十頭のクロブ達の中の一頭の様子がおかしいことに、ライオネルが気づいたことが始まりだった。彼の指摘に驚いた従業員の男がその一頭を調べると蹄にわずかな傷があり、それを気にしていたことが発覚した。案内をしていたケイが、飼っている自分たちですら気づかなかった異常に即座に気づいたライオネルを賞賛し質問攻めにした結果、元の世界では牧童だったことや一人でクロブを飼っていたことなどが分かり、それならあれはどうだこれは知っているかと興味津々のケイにずっと絡まれる結果になってしまったらしい。
さすがに辟易したライオネルの無言の訴えにエルヴィラが出した助け舟がまたまずかった。この牧場で飼っている馬について話が変わったのは良かったが、フィリオンが騎士として馬術も訓練していたと知って、それなら乗ってみないかとケイが言い出した。エルヴィラも誘われたが海上生活ばかりで乗ったことがないので辞退、ライオネルは牧童が馬に乗れないわけがないだろうというケイの押しに負けてしまった。異世界の戦士との交流など滅多にない機会だから競争してみたいと言い出した時、フィリオンは快諾しライオネルはさすがに渋ったが、負けるのが怖いのかという言葉に態度が一変。まるで戦闘時のような本気の眼に変わったライオネルが受けて立つと宣言し、様子を見ていた他の男たちが勝手に盛り上がっていたので、一人蚊帳の外だったエルヴィラは賭けを始めて更に騒ぎを広め、あのような簡易競馬騒ぎになっていたとのことだった。
「いやライが負けず嫌いだったなんてねぇ。フィリオンも相当真剣にやってたけど」
からからと笑うエルヴィラにセドナはげんなりと顔を伏せ、賭博に発展していたのは貴方のせいだったんですねと呟く。怒りを通り越して最早溜息しか出て来ない。ちゃっかり賭けに参加して大儲けしているあたり、彼女は博打好きなのかもしれない。
「あんな風に真剣な顔をすると本当にそっくりだよね、あの二人。靡いてる髪の長さでしか僕見分けがつかなかったよ」
セドナとは対照的にエドウィンは楽しそうに語る。普段は笑っていることの多いフィリオンだが、真面目な顔や険しい表情の時などは釣り気味の目が強調されるのか――ライオネルより若干柔らかいとはいえフィリオンも十分目つきがキツい部類だ――平行世界の同一人物だという説に何の疑問も無くなるほどライオネルと瓜二つになる。後ろ髪の長さや微妙な髪色の差異まで揃えれば入れ替わっても絶対に分からないだろう。
「いやぁ双子の兄ちゃんたちすげぇな! ケイはこの町一番の騎手なんだぞー」
「あの、俺たち双子じゃな――」
「今度は負けないから、また勝負しようぜ! とりあえず今日は日が暮れるまで語るぞ!」
「…………」
大人の男たちに囲まれもみくちゃにされて、苦笑しているフィリオンと眉間の皺を深くしているライオネル。今の二人は見分けがつかないなどということは無い。きっかけはどうあれ町の住人にすっかり気に入られている様子なので、セドナはもう何も言うまいと心に決めた。
平和な休日は和やかに過ぎていく。
【Die fantastische Geschichte 0-7 Ende】