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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
短編集
7/56

0-6:クロスヴェルトへようこそ!

シャルロッテ視点。本編から外れた穏やかな交流。

【0-6:クロスヴェルトへようこそ!】


 彼女は幼少の頃からそこで暮らしていた。大楔石の祭殿のすぐそばにある小さな家は、大事な使命を遂行するにはちょうど良い場所で、今は亡き祖母と共に慎ましく暮らしてきた。幼い頃は祭殿に籠りがちで、出掛けるとしてもせいぜい慣れ親しんだ町の中までしか行けない守り人という役目を疎ましく思ったものだが、今となってはそんな生活への不自由も不満も感じなくなってきた。幻想的な祭殿の中で静かに物思いに耽ったり我が家で客人をもてなしたり、時折現れる森の動物たちにエサを与えてみたり。外への憧れが消え去ったわけでは無いが、穏やかな日常の中に時々新たな発見を見つけて満足できるぐらいには彼女――シャルロッテは精神的にも成熟した大人の女性である。

(皆さん慣れない場所で不自由していないかしら。後で差し入れでも持って様子を見に行ってみましょうか。でも探索に戦闘にと忙しい時に突然押し掛けたりしたら迷惑になりますわね……)

 特に変わり映えのしない日常を送る彼女が今一番気になっているのは、昨日自らの手で召喚した異世界の戦士たちのことである。突然呼び出して半ば強制的に世界の命運を賭けた戦いに巻き込んでしまった彼らに、シャルロッテは負い目を感じていた。彼らは危険の中に飛び込まなくてはならないというのに、自分が出来ることと言ったら少ない情報を提供することぐらいだ。魔法も召喚魔法と治癒魔法の才を併せ持つ彼女は、修行の成果もあって一流と呼んでも差し支えないレベルではあるのだが、いかんせん町の外に出られないので彼らと共に戦うことはできない上、召喚魔法以外はそれぞれエキスパートがいるので結局シャルロッテの力が必要になる機会はあまり無い。

(でもあの人数だから食事の用意も一苦労でしょうし……。一品でも出来上がっているものがあれば喜んでもらえるのでは。よし、そうと決まれば今日の予定は買い物と料理ですわね。夕方までには屋敷に到着したいわ)

ちなみに現在朝の10時である。彼女の仕事は元々多くないので日の出と共に起き出してしまえば午前中で全て片付いてしまう。つまり彼女は一日の大半暇なのだ。守り人である彼女が暇なのは大楔石に異常が無く平和な証拠なので、後の時間を好きなように過ごしても文句を言う者などいない。

 意気揚々とシャルロッテは町へ出掛ける。何を作ろうか何を聞いてみようかとあれこれ想像を膨らませる彼女は、久々に晴れ晴れとした顔をしていた。


 町に降りると商店の並ぶ目抜き通りへと向かう。まずは野菜を買おうと馴染みの店主に声を掛ける。

「こんにちは」

「お、シャルロッテ。この前来たばかりなのに珍しいな。今日は何がいるんだ?」

「自分用ではなく、昨日いらした方々に料理を差し入れようと思っていますの」

いつもより買い物の間隔が短いシャルロッテに疑問の声を上げた店主は答えを聞いて納得したように頷く。

「なるほどそいつはいいな。そういや本当に歓迎の宴とかはしなくていいのか? 世界を救うために戦って下さるってのに、町の奴らと同じ扱いでいいなんて、なんかむず痒くてよ」

 昨日町の人々と少し話をした戦士たちは宴の話を辞退し貢物なども丁重に断っていた。人々からすればわざわざ異世界から来て自分たちを守ってくれるという彼らを歓待するのは当然のことなのだが、戦士たちはどうも嫌らしい。シャルロッテにはその気持ちがなんとなく理解できた。

「彼らがそう望んでいるのだから従いましょう。きっと私が特別扱いを望まないのと同じ気持ちなのですわ。同じ町に暮らす者同士だというのに遠慮されては、却って壁を作られているようで寂しいですもの」

特に彼らは元の世界でも大勢の人と関わって生きてきたのだろうから、英雄か勇者かのような特別扱いに慣れていないのだろう。実際に「勇者」であるクレスはそういう待遇を望まないだろうし、王族のエドウィンに至っては過度に敬うことを嫌がったぐらいだ。

「そうかぁ、普段通りが一番ってことだな。んじゃあシャルロッテ、替わりにうちの食材で旨い飯を振る舞ってやってくれよ!」

「ええ。おすすめはあります?」

 店主の説明を聞きながら作る物との兼ね合いも考えて品定めしていると、戦士たちへ差し入れを持って行くという話をどこから聞きつけたのか、あれがいいこれがいいと道行く人々すらも口を挟む。歓迎の宴の代わりに彼らなりのもてなしを戦士たちに贈るため、行く先々で様々な人があれこれと助言したりちょっとしたお裾分けを託す。今夜戦士たちは豪華な食事になりそうだ。


 想定した以上に多くなった荷物を抱えせっせと町はずれの屋敷へ向かう。時刻は午後5時前。予定通りだ。なんとか辿り着いて呼び鈴を鳴らすと、出て来たのはジャンだった。

「どちらさん……ってシャルロッテか。こんにちは、見るからに重そうなその荷物はどうしたんだ?」

扉を開け来訪者がシャルロッテであることを確認したジャンは彼女が抱えている荷物を見て目を丸くする。話しながらさりげなく彼女の荷物を取り上げる辺りはさすがといったところか。

「差し入れとお裾分けですわ。十人分の食事を作るのは大変でしょう? 少しでも足しになればと思って作ってまいりましたの。あとは町の人達から」

「これは嬉しいね。素敵なレディーの手料理が食べられるなんて。町の人達にも今度お礼を言っておかないと」

せっかくだから上がってお茶でも飲もうよ、という言葉に甘えて食堂へ向かう。キッチンではすでに夕飯の支度をしていたのだが、作っている二人の組み合わせを少し意外に思った。

「あら、料理をしているのはアイリスとシルバですか?」

「そうそう。作る量が半端じゃないからって早くから支度を始めたのはいいんだけど、当番になったアイリスが見ててハラハラするぐらい危なっかしくて」

どうやら調理には慣れているようだが、指を切ったり皿を落としそうになったりと、細かいドジを短時間で立て続けにやらかしたらしい。料理のできないジャンは銃の整備をしていたシルバの傍で見守っていたのだが、さすがに不安になってきていた。

「で、五回目に指を切ったあたりで見かねてシルバが手伝い出して、現在に至るというわけ」

気になって作業が手につかねぇと言って、遠慮するアイリスから半ば強引に包丁を奪って野菜を刻み始めた手つきは慣れたものだった。手際の良さに感心していたアイリスには一人暮らしが長かっただけだと不機嫌そうに答えていたが、尻尾がぱたぱたと落ち着かなげだったので照れていただけだろう。

「ふふ、皆で料理をするのも楽しそうですわね。今度は私もこちらで料理当番に参加してもよろしくて?」

「もちろん君なら大歓迎だよ」

ウィンク付きで答えるジャンの言葉に、ふともう一つ町の人達から託されたことを思い出す。

「歓迎といえば、もう一つ町の人達から皆さんへお伝えするように頼まれていたことがありますの。後で他の皆さんにも伝えていただけますか?」

「ああ、何だい?」

 心配していたほど戦士たちは異世界の暮らしに困っていないらしい。彼らを召喚した者としては、それなりに楽しく生活していってくれそうな様子に喜ばしい限りであり安堵にほっと胸を撫で下ろしたくなる。これから彼らはこの世界の者たちの「良き隣人」となって、時に賑やかでそれまでにない華やかな「日常」をもたらしてくれるだろう。そんな彼らへクロスヴェルトの民が贈りたい言葉はただ一つ。


「『クロスヴェルトへようこそ!』」


―――――――――――


【おまけ:料理当番追加】

*会話のみ

ジャン「あ、また水こぼした」

シルバ「…………」

「大丈夫かねぇ。あの調子じゃ終わる気がしないんだけど」

「……気になるんなら手伝えばいいだろ」

「俺、作ってもらう派だから料理できないんだよね。手伝っても邪魔になるだけかも」

「じゃあ放っとけよ」


アイリス「えっと……確かこれはこうして……痛っ」


「大丈夫か? また指切った?」

「へ、平気……これぐらいならすぐ治せるから! ちゃんと作り上げてみせ、て!?」

「おっと危ない。足元濡れてるから気を付けて」

「うう……ごめんなさい」

ガタン

「!? え、えっと……シルバ、どうしたの……?」

「気になって集中できねぇ。貸せ」

「でも、当番になったのは私だし……」

「とっとと終わらせるために手伝ってやるっつってんだよ! 切るのは俺がやるからオメーは他の準備しやがれ!」

「ご、ごめんなさい!」

「はいはい、か弱い女の子相手に凄まない。アイリス、素直に手伝ってもらいな」

「うん……」

「フン」


「わあ、切るの早いねえ」

「……別に一人暮らしが長かったから慣れてるだけだ。こっちはいいから自分の手元に集中してろよ」

「あ、ご、ごめんね」

(尻尾めっちゃ揺れてるんだけど。素直じゃないねぇ)


そして本編に続くのでした。


【Die fantastische Geschichte 0-6 Ende】


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