0-5:いざ戦いへ
【0-5:いざ戦いへ】
〈災厄〉により召喚された宿敵との遭遇からしばらくして。あれ以来他の敵も次々と戦士たちの前に現れ、それぞれ複雑な思いを残していった。
「セドナ……大丈夫かなぁ。あの女の人ってセドナのお師匠様だったんだよね? 帰ってきてからずっと悩んでるみたい」
「ああ……。でもオレたちにはどうしようもないんじゃねーの。あれはセドナの問題だし」
異世界からの刺客たちと出会ってしまった探索時のことを思い出しながら、アイリスとゴウは談話室でしばしの休息をとっていた。
――あの人は私が責任を持って倒します。だから傷つけないでください……!
自分への刺客として召喚された師匠と対峙したセドナは、悲痛な叫びで武器を振るおうとした仲間たちを止めた。短い会話の中には親愛の情が籠っておりそれだけ彼女たちの間柄が親密なものだったことが分かる。戦えるのかと問うクレスに覚悟を決めると答えてはいたものの、それ以来時折塞ぎ込むようになってしまった。
「まあ大事な人と戦わなくちゃならねーんだから悩むのも仕方ないよな。オレはあの食いしん坊をどうにかしないといけねーだけだし」
セドナと違ってゴウの敵は全く躊躇する要素の無い魔物だ。散々苦しめられてきた相手だが悩む必要が無いという点では良かったのかもしれない。
「それよりオマエは大丈夫なのかよ。めちゃくちゃ怖がってたじゃねーか」
ゴウはアイリスへと話の矛先を向ける。己が宿敵が現れた時、アイリスは半狂乱になって苦手なはずの攻撃魔法を連発していたのだ。その場はなんとか魔力切れを起こす前に落ち着かせたが、遭遇する度にあのようになってはたまらない。
「たぶん大丈夫。……殺そうとしてくる相手だから怖いけど、私はあの人を止めなくちゃいけないの。それが私の使命なんだって」
頼りない答えを返すがその声は落ち着いており、勇気を持って戦う者の目をしている。かの魔人と戦う覚悟は元の世界ですでに出来ていた。ただ思ってもみなかった時に現れ、突然向けられた敵意に動揺してしまっただけだ。
「なんだ、意外と冷静じゃん。ライも見習ってほしいぜ」
戦う覚悟をすでに決めていたアイリスに安心し、この場にいないライオネルへ不満を言う。
魔王イオルムと名乗ったライオネルの宿敵は確かに魔王の名にふさわしい威厳を持っていた、と思う。なぜ曖昧なのかというと、魔王に並々ならぬ憎悪と殺意を向けるライオネルが一人で斬りかかって行こうとするのを、なんとか抑え込んだのはゴウだったのだが、邪魔をするなと睨んできた瞳に思わず竦んでしまったことばかり頭に残っていて肝心の敵の印象が薄い。
「オレ、あの時ほど殺されるって思ったことはなかったな」
「クレスが帰って来てから怒ってたの。憎き敵の前でこそ冷静であるべきだって。あのライがそこまで怒るなんて、よっぽど因縁があるんだね……」
想像してみてもはっきりとしたイメージは湧いてこない。実際を知るのは結局当人だけなのだ。仲間たちそれぞれに事情があり、計り知れない複雑な思いを秘めている。そこに踏み込めるほど彼らの付き合いはまだ長くない。
そのまま会話もなくぼーっとしていると談話室の扉が開いた。
「おや二人ともぽやーってしちゃって。天気がいいんだから鍛錬がてら遊びにでも行って来たらどうだい」
入ってきたのはエルヴィラだった。手には裁縫道具と破れた腰布があり、どうやら先日の戦闘で破れた個所を補修しようとしているところのようだ。
「なんかそんな気分じゃないんだよ。……なあエルヴィラの敵ってどんな奴なんだ?」
「なんだい藪から棒に。……ああ、敵のことについてぐるぐる考えてたら訳分かんなくなったとかそういうやつかい?」
「えっ何で分かったの? エルヴィラのこと聞いただけだったのに」
それまでの流れを知らないであろう彼女に言い当てられて二人が驚く。目を丸くする二人を見てエルヴィラは悪戯っぽく微笑んで答えた。
「色々と経験してるからね。長年の勘ってやつだよ。……そうさねぇ、アタシの相手っていうよりもアタシの子分の一人と因縁がある奴でね。正直言ってなんであいつが来たのかよく分からないんだよ。恨まれてるのは確かだけどさ」
少し考えてから自分の世界から来た男について語る。確かに色々と暴言を吐いたり――彼女の気性の荒さは有名だった――あの男にとって気に入らないことはしてきたが、世界を脅かすような存在である他の敵に比べてどうも小者だ。
(アタシの世界はまだ平和な方だった、ってことかね。それともあの男が実はとんでもない化物だったり)
彼女は知らない。家出少年の我儘に付き合っていただけのはずだった自分が、いつの間にか宿敵の求めてやまない存在への鍵を握っていたことを。全ての真実が明らかになるのはまだまだ先の話だった。
――――――――――
その夜、探索組も帰って来ていつものように報告をしていた。そしてその日現れたというクレスの宿敵でもって全ての敵を確認したことが明らかになる。
「魔神ネーソス。今日のところは宣戦布告といった態だったが次からは容赦なく襲って来るだろう。……しかし奴は神であることにプライドを持っていて、自らが実力者と認めた相手以外に興味を向けることはあまりない。私に対しては戦いを挑んで来るだろうが、君たちには実力が分からない内は様子見を決め込むものと思われる」
元の世界での経験を元にクレスは語る。実際無力な人々を襲っていたのは配下の魔物たちで、ネーソス自身はクレス一行と直接戦う時以外は表に出てくることはなかった。
「舐められてるってことか? けっ、気に食わねぇな」
「でも逆に好都合なんじゃないかな。僕たちはそれぞれの相手だけでも手一杯なのに他からも狙われるなんて厄介なだけだよ」
不満げなシルバをエドウィンは諌める。二人とも特に厄介な相手に目をつけられているのだ。敵は少ないに越したことはない。
「エド、貴方の敵であるあの男についても聞きたいのですが……。てんおう、でしたか?」
「ああ、天王メサイスだ。清浄にして神聖なる天族の王であり全世界を統べる絶対の支配者、とか名乗ってるけど、迷惑なだけだからやめてほしいんだよね。天界だけで満足してくれてたら人界も魔界も平和だったのに……」
本当に困ってるんだ、と語るエドウィンの顔には怒りや憎しみの色は無く純粋に困惑を浮かべている。心が広く裏表の無い彼の性格を如実に表しているようだ。
「魔界って魔物の世界じゃないのか? そいつらのことまで心配してんの?」
「そういえば説明してなかったね。僕の世界では魔物と魔族は全く違う存在なんだ。魔族は天族と同じように召喚師と契約して力を貸してくれるし、種族と住む世界が違うだけ。僕は魔召師、魔族と契約する召喚師の資質があるから結構身近な存在なんだ」
ゴウのもっともな疑問に苦笑しつつ、さらりと貴重な召喚魔法の才があるという爆弾発言――本人には全くその気はないが――をする。その瞬間、空気が凍りついたのは言うまでもない。
「…………は?」
「え、ちょっと待て。お前召喚師なの!? しかも魔族召喚するの!?」
「一応は。でも全然扱えないから戦力としては見てないんだ。時々自分でも忘れるぐらい」
身を持って召喚師の貴重さを知るセドナが唖然とし、いち早く発言の意味を理解したジャンが思わず叫ぶ。召喚魔法の才があったら私頑張って修行するけどなぁとアイリスは羨ましそうに言うがそれに答える者はいなかった。――このふわふわした雰囲気の王子様は実は大物かもしれない、と考える者もいたとかいないとか。
「……その話は、ひとまず置いておくとしよう」
まだ衝撃を少し引きずりながらクレスは強引に話を戻す。
「今後は敵の動向にも注意しつつ探索を進めねばならない。明日の編成を決めよう」
前衛後衛のバランス、個々の実力、疲労度、目的地、その他考えるべきことは山ほどある。様々な意見が飛び交い夜は少しずつ更けていく。
今宵は満月。太陽の暖かな光とはまた違った優しい月明かりの下、クレスは庭に立っていた。仲間たちは皆寝静まっておりあの喧騒が嘘のようにしんとしている。使い慣れてきた聖剣だけを腰に提げ、じっと夜空に浮かぶ満月を見上げる。今彼の脳裏を占めているのは昼に対峙した宿敵との対話。
――ここには汝の仕えるべき女神はおらぬぞ。それでもなお戦うか
――光の女神は居なくとも、守るべき存在がいる。彼らの剣となり盾となることが私の使命
――フン……我と戦うためだけに創られた存在でありながら、斯様なか弱き者どものためと抜かすか
――違う。私は「勇者」であり「兵器」ではない。ゆえに―――
(思えば私も随分と丸くなったものだ。……いや、これが「人間」らしさというものなのかもしれない)
かつて創られたばかりの頃は魔神を倒すという使命のみを果たそうとしていた。それから多くの人々に出会い、己の創られた意義を、「勇者」として生を受けた意味を考えるようになった。光の女神はなぜ魔神に対抗するため「人間」の勇者を創ったのか。それこそ強大な兵器や獣でも良かったはずだ。
(「人間」であること。そこに女神の真意があるとすれば、私のしていることは間違いではないはずだ)
――今の貴方にならば、この剣を振るうこともできましょう。聖なる刃に邪を払う力が宿るかどうかは貴方次第
鞘から聖剣を抜き放つ。誕生からこの剣を授かるまでに変わった所があるとすれば。
――私は「勇者」であり「兵器」ではない
――ゆえに私は人と共に在り心を持って接するのだ。絆こそが人の持つ力であり邪を払う刃となる
――――貴様を倒す、か弱き者の力だ
そして二つの力はぶつかり合う。まだ戦いの火蓋は切って落とされたばかり。対峙する彼らの未来を知る者はいない。
さあ、いざ戦いへ。
【Die fantastische Geschichte 0-5 Ende】




