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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
光の封印
45/56

0-45:雪雲の向こう

光の封印編開始

【0-45:雪雲の向こう】


 クロスヴェルトの人々曰く、ドライの町周辺の木々は、緑の葉の代わりに白い葉が生い茂る。それを神秘的と評するのは、ドライの町に一週間も滞在したことのない者だけだ。

「雪にももう見飽きたねぇ……」

かすれたアルトと共に吐き出された息が、視界に更なる白を加える。それに反発するかのように、エルヴィラは下した髪をサッと背中へ払った。一瞬宙を流れる緩やかな赤い波は、この空間の数少ない彩りだ。

「同感だ。さっさとこの町での探索を終わらせてぇぜ」

 エルヴィラの背後の樹の上から、シルバの同意するボヤキが降ってくる。彼は枝に積もる白い葉を振り落としながら、更に一段高い枝へ飛び移った。そして遥か上に見える物体へ目を凝らしながら言葉を続けた。しかし注意は視線の先に向いているのか、段々と会話ではなく独り言になっていく。

「だいたい山ん中は町のヤツらがほとんど見てんだろ。今更怪しい所なんて見つかんのか? それにジャンのやつ、チビどもの突撃をゼッテー楽しんでやがる。何が『遊んでやればいい』だ。俺はガキの面倒見るほどヒマじゃねぇんだよ、ったく。誰が――」

「おーい、シルバー。何か見えるかーい?」

「――誰が『小さいオジちゃん』だ! 小さいのかデカいのかはっきりしやがれ!」

「……? シルバはまだ若いし、身長も小さくないと思うよー。それより何か分かったかい?」

「聞こえちゃいないよ、エド。放っておきな」

 話は最終的にシルバの愚痴に切り替わり、エドウィンが気にせず繋いでいる会話も、良く聞こえるはずの耳に届いていない。ここ最近のシルバには色々と頭痛の種が多く、戦闘中以外だと偶にこうして苛ついていることがある。ゴルドの件だけでなく、町の子供たちから早々に懐かれて気付けば町を歩くと(たか)られるようになり、大人たちからはなぜか「やっぱり男前だねぇ」と温かい眼差しで見守られる始末。シルバにはこれらが堪えるらしく、待機組の時も一人にしてくれと言わんばかりに、用事が無ければ結界の境界ギリギリの所にある樹の上に隠れるようにしていた。どうやら構われすぎるのが嫌なようなので、仲間たちも危険でない限り放置してあげている。

「さて、アタシらは今日の調査結果でもまとめようかね。地図は?」

「はいこれ。……もう近い所はだいたい調べ尽くしたみたいだね」

 シルバの注意を引くことを最初から諦めているエルヴィラは、エドウィンの差し出した地図に本日の探索範囲を書き込んでいく。赤く塗り潰された部分はすでにドライの町を囲い込み、日に日にその面積を広げるばかりだ。たった三人で外に出たのも、一日で到達できる範囲はほぼ調べてしまったからで、その分早めに切り上げることが前提になっている。

 エルヴィラが本日分の所から矢印を伸ばした所で、ようやく落ち着いたシルバが降りて来た。

「……やっぱり良く見えねぇ。ありゃたぶん雲よりだいぶ高い所にあるぞ」

「本当にちゃんと見たんだろうね。あんたの独り言は全部聞こえてたよ」

「うっせぇ、オメーらに分かるかよ。俺がこの町に来てどれだけ苦労してることか」

「まあまあ。それじゃあ今日は集会所に戻って、これのことだけ早く報告しようよ」

イライラが再発しそうな彼を宥めながら、エドウィンはエルヴィラに代わって鉛筆を取る。矢印の先に書き込んだのは「島」の一文字。

「それにしても異世界って凄いね。空に島が浮かんでいるなんて」

 一人だけ春を纏っているかのように晴れやかに笑うエドウィンは、ドライの町に来てから初めて青を覗かせている空を見上げる。千切れ雲に混ざってそこに浮かんでいたのは、島と呼んで良い大きな岩の塊だった。


「あぁ、そりゃあ〈はぐれ浮島〉だな」

 その日戦士たちが見つけたものを、ドライの町長ゴルドは珍しくも何ともないもののようにそう呼んだ。

 謎の浮島を見つけたことと町近辺の探索がだいぶ進んだことを受けて、戦士たちは今一度話を聞こうと、夕刻ゴルドの家を訪ねた。全員で行くのは窮屈だろうと考えて、クレスとジャン、セドナ、エドウィンの四人だけだ。

 付近の結界装置がありそうな場所は最初に聞いていたのだが、その中に今回の浮島は無かった。知らなかったから挙がらなかったのではという予想は外れ、それならとクレスは質問を続ける。

「あれは一体何だ? いつもあそこにあるのか?」

「そうだ。普段は雲よりも上にあって、今日みてぇに晴れた日にだけ見えんだよ。あの浮島だけぽつんとこの辺りにあるから〈はぐれ浮島〉って俺たちは呼んでる」

「『はぐれ』ということは、他にも似たような浮島が?」

呼び名に関する当然の疑問に、ゴルドは何が引っ掛かっているのかようやく察してくれた。

「あー……もしかしてお前ら、シャルロッテの嬢ちゃんから聞いてねぇのか? フュンフの町がどこにあんのか」

「いや? 地図を見た限り、西の海にある群島っぽいってことは把握してるけど」

ジャンが持ってきたクロスヴェルトの地図を広げて、フュンフと記された地点を指し示す。他の四つの町がある大陸からは離れているようで、線を隔てた海域にフュンフの町がある島を始めとして大小様々な島が載っていた。戦士たちの答えにゴルドは頭を掻く。バツの悪そうに耳を下げる姿は、どことなくシルバに似たものを感じた。

「いや悪かったな、ちゃんと聞いとくべきだった。……フュンフの町は確かに西の方の海にある」

ここまで言って、一度勿体ぶった咳払い。得意げに明かす声は、確実に戦士たちの驚きを予測したものだった。

「正確には海の上、の更に上の雲の上だ。つまり空の浮島だ」

 反応は実に様々だった。素直に驚いたのはセドナだけで、クレスやジャンは逆に感心したような表情をしている。エドウィンに至っては、

「えっ! ということはフュンフの町の人たちは天族なのかい!?」

と少々ズレた喜びを滲ませていた。だがそれでゴルドは満足だったようで、嬉しそうに続きを話し始める。

「驚くだろ? 『てんぞく』とか何とかは知らねぇが、あの町に住んでるのは普通の人間だ。お前らと何も変わりはねぇ。でもどうしてそんな所で人が暮らせるのか、そもそもどうして住んでるのかなんて誰も知らねぇんだ。こんな風に、クロスヴェルトにゃよく分からねぇが馴染んでるものが沢山ある」

 ゴルドは少しばかり神妙な顔でクロスヴェルトの事情を教える。世界分裂以降、クロスヴェルトは発展した技術とその知識の一部が虫食いの状態で残された。人々の間で普及している道具はだいぶ構造が解明されてきたが、今もよく分からないまま使われているものは多い。

「フュンフの町と飛翔船はその最たるモンだな。フュンフの町へは世界でたった一つしか無い飛翔船を使うしかねぇ。けど飛翔船の技術は全然研究が進んでねぇから、もし壊れたら一大事だ。だから何年もの間、慎重に扱ってきた」

「もしかして、フュンフの町の調査が進んでないのもそのせいか?」

「そうそう。ヘタなことは出来ねぇってんで後回しになってんだ。人手も少ねぇしな。で、そのうち誰も気にしなくなった」

「その後回し、一体何年続けてきたんだろうね……」

更に事情を聞けば戦士たちも納得できるかと言えば、そうとも言えない。他の世界に比べて発達している技術のほとんどは、世界分裂前から存在しているという。つまり、この世界は遥か昔から変わっていないのだ。たった五つの町で生活を回せているのは、それだけ元々の水準が高かったのだろうが、そこからの進展があまりに遅いというのは戦士たちからすれば心配になる。

「ねぇ、あの〈はぐれ浮島〉を調べる人もずっといなかったってことだよね? だったら結界装置がそこにあるってことも有り得るんじゃないかな」

 エドウィンが思ったことをそのまま口に出す。ゴルドが〈はぐれ浮島〉と呼んだあの島は、フュンフの町を始めとする浮島群から一つだけ離れて存在しているらしい。結界装置のある場所付近では不思議な現象が起こる法則から考えれば、充分に調べる価値はあるだろう。エドウィンの考えに頷いたゴルドは、それならと言って地図に何事か書き込んでいく。

「俺らにとっちゃ当たり前のモンでも、お前らにとっちゃ重要な手がかりなんだもんな。……ここいらで一番山頂に行きやすいのはこの道を進んだ所だな。あとついでに他の調べてなさそうな所も書いとくぜ。ちっとキツいが、それでも行くだろ?」

ゴルドはニヤリと笑って地図を返す。

「あと二十年早けりゃ俺も一緒に戦っても文句言われなかったんだがな、歳は食いたくねぇぜ」

「お心遣いありがとうございます。そのお気持ちとこの情報だけで充分助けられていますよ」

 心底残念そうな言葉にセドナは笑顔で返す。ドライの町の獣人はクロスヴェルトで数少ない戦闘を生業としている者たちだ。ゴルドも現役時代はとても強かったし、今でも言うほど衰えてはいないのだと聞いている。共に戦えたのなら非常に頼もしかっただろうが、贅沢は言わない。

「ではそろそろ失礼しよう。協力に感謝する」

「おう、人手が必要な時はいつでも呼べよ! そん時はハデに暴れてやっからな!」

一通りの情報を揃え、クレスたちは集会所で待つ仲間の下へ帰ることにする。ゴルドの実は前線に出たいだけなのではないかとも感じる見送りの言葉に、思わず四人は笑みを零した。クロスヴェルトの人々は、戦士たちに全てを任せきりにしてはいない。彼らだけでは支えきれない日常を自らの手で守ってくれている。ゴルドの存在はそれを実感させてくれた。


 次の目的地は決まった。遥か雪雲の向こう、空に浮かぶ島を目指して、戦士たちは動き出した。


――――――――――


 その場所には常に光が溢れていた。陽光すらも凌ぐ輝きは、その内に佇む物を神秘的に見せている。石造りのそれは時を経てなお真新しい。来たるべき瞬間までそこに在るために、聖なる光によってあらゆる干渉から守られてきた。

 宵闇の中にあって、真昼のように明るいその場所に、天の王と称される男は居た。彼の味方にこの光の封印を嫌う者は多く、故に静かな時間を邪魔されることもほぼ無い。

「あと五基。解放された古の力は貴様を縛る。この石は貴様の生みの親でありながら、同時にその名の通りの楔なのだな」

 ただ一人の姿しか見えない空間で、メサイスは自身を召喚したものに向かって語りかける。返って来るのは耳が痛くなるほどの静寂。しかしそこに音ならぬ応えがあったのを、メサイスは確かに聴き取った。

「どうした、哀れな化物よ。不敬な手駒を罰するか? ……フン、私がこのような世界においての消滅を恐れるものか。この天王は〈影〉などという穢らわしいものに降ろした程度で従えられはしない」

忌々しいとばかりにメサイスは左の拳を握る。食い込んだ爪が掌の皮膚を裂き、傷口に赤いものが滲む。じんじんとした痛みは紛れもなく彼が感じているものだ。だがその身体はまがい物に過ぎないことを知っている。そのことが気に入らないと、彼は更に傷を広げた。

 〈災厄〉に召喚された者たちは一様に〈影〉の身体を与えられており、異世界の戦士たちとは違って「本物」ではない。たとえこの世界で命を落とそうとも、それは完全な死ではなく、ただ元の世界へと魂が還るだけだ。そしてメサイスはクロスヴェルトで果たさねばならない目的は無く、最終的にはどちらが勝とうとも構わないと思っている。同じ世界から来た青年が目障りであることに変わりはないから、時折機会があれば亡き者にしようかとしていたぐらいだ。


「……沈黙したか。目覚めることすら許されない卑しい存在が、この私の手を取らせるなど」

 メサイスは〈災厄〉の気配が遠のいたことを確認すると、光の下へと向かった。背に翼を広げると同時に、掌の傷は跡形もなく消える。三枚の純白と神聖な封印という、見る者に畏敬の念すら起こさせる取り合わせだが、祭壇を見つめる目はやはり冷徹だ。

「私の世界に醜いものなど必要ない。そうだ、この翼さえも……完全でないのなら――」

後の言葉は空気に溶けて消える。

 宿敵たる魔王サタンの魔力の象徴が紅の邪眼であるならば、天王メサイスには至高とも謳われた六枚の翼があった。しかし魔界撤退後に残ったのはただの一翼、そして今までに回復できなかった半数は、もはや二度と以前の姿を取り戻すことは叶わない。全てに於いて頂点にあった天の支配者が、数多の凡庸な天使と同様の場所へと堕とされたという現実。その張本人は再起を図って人間などという下等な生物の使役に成り下がり、そして今では彼自身も似た状況に陥っている。自尊心の塊のような男が、どうして耐えられるだろうか。

「この祭壇に、大楔石とやら……魔力さえ取り戻せば、このような世界に用は無い」

〈災厄〉や異世界の戦士たち、世界の命運などメサイスの眼中にはない。彼が執心しているのは三層からなる元の世界の統一と、その最大の障害だけだ。

 光を求める戦いの舞台は天に浮かぶ島となるだろう。その時を待つ封印の祭壇は、静かに全てを見下ろしている。


【Die fantastische Geschichte 0-45 Ende】

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