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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
短編集3
42/56

0-42:魔王降臨(前)

前後編です。次の【0-43】に続きます。

【0-42:魔王降臨(前)】


 きっかけが何だったのかは皆忘れてしまったが、その時彼らは先日の結界装置を巡る戦いについて話していた。正確には、一番の疑問になっている存在についてだ。

「それで、あの時助けに来られたのは本当に悪魔のおかげなのですか?」

セドナが半信半疑で報告内容を繰り返せば、そう伝えたアイリスが勢い込んで肯定した。

「うん、悪魔さん。本当の名前は教えてくれなかったけど、助けてくれたし、きっと良い悪魔だったんだと思うよ」

分断された戦士たちが合流しようとした際、不自然なまでにちょうど良い時に現れた案内人。明らかに魔族の容貌でありながら、人間に手を貸した謎の悪魔のことだ。唯一その姿を見て会話したアイリスですら、急いでいるようだったという以外には何も分からなかった。どこから来たのかも、なぜ戦士たちの合流を望んだのかも、結局分からず仕舞いだ。

 親切な悪魔だったのだと評するアイリスに、ライオネルは渋い顔をしている。宿敵イオルムと目の色以外の外見要素が一致しているので、胡散臭い笑顔で親切そうに振る舞う魔王の図しか想像できないのだ。ますます怪しい。

「良い悪魔って……何だか矛盾していないか?」

そんな印象から出て来た言葉に、意外にもエドウィンが反論した。

「そんなことないよ。人間にも悪者が居るように悪魔だって皆がみんな人間にとっての悪とは限らないって、僕の友達は言ってたから」

 エドウィンはライオネルの想像をなんとなく察しながら、それでもと言う。戦士たちの世界は価値観が少々異なっていて、魔族という言葉が指すものもそれに抱く感情も様々だ。大半にとっては魔物含めた敵対種族で、エドウィンにとっては姿や文化が異なるだけの「人間」。エドウィンの世界では、生まれが違うだけという所まで人間と同一視する例は少数派だが、それでも魔族と人間が友好を築くのは不可能ではなかった。

 時々思い知らされる世界の違いは、ほんの少し悲しい。別に誰も価値観を完全に一致させたいのではないが、本心を正確に理解してはもらえないからだ。

「前から思っていたんだが、エドの友達ってどんな奴なんだ? 契約相手の魔族なんだよな」

フィリオンが話のついでとばかりに尋ねる。彼にとっても魔族は敵だが、全部を否定するほどの悪感情は無い。エドウィンの「大切な友人」は別物として割り切っていた。そうでもしないと、異世界の者同士の協力は成り立たない。妙な所で不和の素を作るぐらいなら、余所は余所としてしまった方が簡単なのである。

「僕の友達は、誤解されやすいけど、その悪魔さんと同じように優しい人なんだ。少し事情があって、今はずっと眠っているから会えないんだけどね。……皆にも会わせてあげたいなぁ。本当に凄い人なんだよ」

 エドウィンは残念だと言って苦笑する。この世界の仲間たちも、眠っている親友も、どちらも大切だからこそ仲良くなってほしいというのが彼の願いだ。こうして話して聞かせるだけでは物足りない。

 今は、その心の声に応える者がいない。エドウィンにはどうしようもないと分かってはいても、その日が待ち遠しいのだった。


 そんな話をして数日。ドライの町周辺の探索に雪山での戦闘訓練にと普段通りの忙しさで、話の内容などすっかり記憶の片隅に追いやられていた。もっとも、今この時に呑気な雑談のことを思い出す余裕など、誰にも無かったのだが。

「そら、逃げ惑え! あのまま死を選んでいれば良かったものを性懲りも無く我輩に楯突きおって。この地を貴様の墓場としてくれるわ、復讐者め!」

「俺は復讐になど興味は無い! 自惚れるな、魔王!」

イオルムの放つ氷柱が雪に覆われた地面へ突き刺さる。戦場と化した雪原に描かれた軌跡は、言い返しながら走るライオネルの足跡を綺麗になぞっていた。

 この日は偶然全員で探索に出ていた。山間の雪原に出た所で敵襲を察知し、待ち構えてみれば、怒り心頭の魔王イオルムが現れたのだ。イオルムは戦士たちが何を言うまでもなく、引き連れた魔物と〈影〉をけしかけ、更に自らも魔法で執拗にライオネルを狙っていた。発言から察するに、以前の戦いで脱落したと思っていたライオネルが立て直して向かって来ることが気に入らないようだ。恥をかかされたとも言っていて、知ったことかと返したくとも火に油を注ぎたくない。

「八つ当たりにしてもキツいぞこれは……! ライ、援護するからしっかり逃げろ!」

「言われなくとも!」

ジャンが襲い来る魔物を倒しながら、混戦にならないよう調節して走り回っているライオネルへ檄を飛ばす。イオルムの攻撃に魔物を巻き込みつつ、仲間には危険が及ばないようにしているのだが、それだけで凌ごうというのは無謀だった。セドナが幾分攻撃を相殺しても、休む暇も無く爆撃を受けているのだ。他の者は魔物をライオネルに近づけさせないだけで手一杯で、イオルムを狙う隙が無い。


 ライオネルに疲労が見え始め、イオルムの攻撃はまずます激化する。そして状況を打開すべく、エドウィンが一つの賭けに出た。

「ライ! 僕の後ろに!」

魔物の包囲を突破し、仲間たちから少し距離を取った所で膝を着き、盾を構える。指示を聞いて背後へライオネルが滑り込むと同時に、詠唱を行った。

「〈闇をこそ我が糧と成せ、魂喰いの盾〉!」

イオルムの放った黒球は盾へと引き寄せられ、魔力となってエドウィンの内へと吸収されてしまった。彼の魔法が発動している間、すぐ傍にいるライオネルへの攻撃は届かない。そこへ更にアイリスが防御魔法を展開し、防戦の構えを見せる。イオルムの配下も無限ではない。仲間たちが攻勢へ転じる隙が必ず生まれるはずだ。

「ふん、光でありながら闇の呪文を唱えるか。我輩の魔力を奪おうという身の程知らずに免じて、褒美をくれてやろう」

 その考えを悟ったか、イオルムは嗜虐の笑みを浮かべる。エドウィンの使った魔法は闇属性のもの。ならばイオルムが、その特性により通じているのは当然のことだった。

「――っ!? う、ゲホッ、ぐ……」

「エド、大丈夫!?」

突然苦しみ出したエドウィンに、アイリスが慌てて駆け寄る。治癒魔法を掛けようとする彼女を制し、エドウィンはブレてしまった魔法を持ち直させたが、その顔色は蒼白だ。

(吸収されたはずの自分の魔力を操ってる……! やっぱり、普通の魔物とは段違いだってことかな……)

自身の魔力とせめぎ合うイオルムの魔力が、身体に負荷をかけてくる。ただ魔法で取り込んだだけでは、魔力はイオルムの制御下にあるままで、更にエドウィンはそれを変える術を持たないのだ。今までそのような高等技術を持った敵はほとんどいなかったのだが、魔王を名乗るだけあってそう易々と攻撃を封じさせてはもらえない。彼は自ら毒を飲み込んでしまったようなものだった。

「まずは貴様らから始末してくれよう」

(だめだ……今ここで、盾を、手放すわけには――)

 イオルムが追い打ちを掛けようと詠唱する。エドウィンにはその声が遠くから聞こえてくるようだった。アイリスが更に防御魔法を重ね、ライオネルが庇うように前へ出たのも、気配でしか分からない。暴れる魔力に意識を削られながら、それでも仲間を守るという、己が決めた役割を果たそうと、盾だけは構え続けた。

 そうして全ての感覚が無くなってしまう直前。内側から響いた、名を呼ぶ声だけは、はっきりと捉えられた。


――――――――――


 イオルムの攻撃は戦士たちの誰一人として傷つけることが叶わなかった。闇の炎はアイリスの防御魔法を突破した直後、内側にいた者たちを不自然に避け、一人のもとへと殺到した。膝を着いていたはずの彼はいつの間にか立ち上がり、盾も剣も仕舞って空いた左手を伸ばす。差し出された手へ炎は纏わりつき、腕から身体全体へと広がった。

 何の抵抗もせずに魔法を受けた彼の様子に、イオルムは訝しみながらも勝利を確信する。灰となるのを見届けるまでもない。その前で呆然としている宿敵へ標的を戻すべく、一段と強まった火から目を離そうとした。

「この程度か。異界の魔王」

だが、その身を焼くかと思われた炎は一瞬で掻き消え、彼は何事も無かったかのように平然と腕を下した。言葉には怒気が籠っていて、そんな声が出せたのかというほどに低く冷たい。

「王を名乗る者がこれで終わるはずがあるまい。それとも、その称号は飾りか」

 尚も言い募る「エドウィン」は、本来の鮮やかな緑ではなく、正反対の緋色でイオルムを睨みつける。その豹変ぶりに戦士たちは言葉を失い、怒りの矛先にいるイオルムも隠しきれない動揺が伝わってしまっていた。

「何……貴様、それは――! ……貴様がいかな力を持っていようと、人間などという卑小な存在に使役されているようでは程度が知れている。不愉快だ、その器ごと消え去れ!」

何かに気が付いたイオルムは、苛立ちのままに魔物をけしかける。他の戦士たちに向かっていたものも含めて、全ての魔物が「エドウィン」へと殺気を向けた。だがそれも、

「邪魔だ。寝た子を起こすでない」

たったその一言で、何も起こらぬままに終わってしまった。魔物たちは塵も残さず消え、後に立っているのは戦士たちとイオルムのみ。忌々しいと呟いた魔王の怒りは、攻撃を容易くいなされることよりも、その存在が「人間に味方する」ことに向けられていた。

「なぜだ……なぜ、貴様のような存在が人間などと共に居る」

「さてな。陳腐だが、こればかりは運命だと言わせてもらおう」

 焦るイオルムに対し、「エドウィン」は嘲笑いながら答えた。ニィと口の端を吊り上げ、侮蔑の眼差しを向けるその表情は、決して見たくはなかったものだ。

「……新たな客人が此方へ向かっておるようだ。貴様の魔力も口に合わぬ。来ると申すなら相手になるが、格の差は明らかであろう?」

 余裕たっぷりに宣言した彼は、イオルムへの興味を失ったのか、視線を明後日の方角へ移した。空を見つめる横顔は静かで、それだけならば普段のエドウィンだ。しかしどこまでも禍々しさを放つ目の色が彼の異常を際立たせていた。


「エド! 一体どうしたんだ!」

「――違います。あの人は、中身が違います! エドの魔力はあんなものではありません!」

 クレスの呼びかけに応えたのは、震えを必死に押し殺したセドナの声だった。彼女には視えてしまった。柔らかな白い力を、一瞬で覆い隠した黒が。そして「エドウィン」の赤い眼は、人間には有り得ない――魔の眷属のみが持ち得る邪眼だということも、魔術師である彼女は分かってしまった。身体に収まりきらない魔力は黒い霧のように彼の周囲を漂っている。そのような状態は、保持できる量に限界が存在する以上、あってはならないというのに。

「視えぬ者が惑うは無理もあるまい。だが断片とて繋ぎ合せれば何かしらの形を作るものだ。そなたらがそれすらも出来ぬ愚者であるならば、とんだ見込み違いだったと言わざるをえぬ。今は良いが後に問うても答えぬぞ」

 「エドウィン」は言外に戦士たちの警戒と困惑を呆れながら、ちらりと視線を寄こし、知りたければ自分で情報を収集せよと指摘する。彼自身は最初から解答を示してやるつもりは無い。ただ問われたならば答え、踏み出したならば導くぐらいはする。真実を求める姿勢を見せたなら、その時こそ与えよう。戦士たちが結局彼の正体に気付こうと気付くまいが、彼にとってはどちらでも良いのだ。ただ今この場所に居て「これからも関わり合いになる」からこそ、物のついでで教えてやっても良いという、至極優先順位の低い案件なのだから。


 まるで人が変わってしまったようなエドウィンに、この場に居る者たちはそれぞれ異なるものを見る。違うが故に答えを揃えることはできない。様々な感情と思惑が交錯する中で、真実を得る一手を口に出したのは、アイリスだった。

「えっと……あ、悪魔さん……だよね。どうしてまた助けてくれたの? エドも居なくなっちゃったし、貴方は一体、何なの?」

ような、ではなく、事実人が違うのだ。彼女には仲間たちの言う「エドウィン」の姿の方こそ見えていなかった。先ほどまでエドウィンの居た場所に立っているのは、つい最近世話になったあの紅い瞳の悪魔だ。戦士たちを導きながらも、味方ではないと言って去った彼が、今この時に再び姿を現した理由は。

「クククッ、そんな呼び名であったな。……真名を教えても支障無い頃合いだ。此度はしかと記憶に刻むが良い」

 アイリスが恐る恐る呼ばわった名前に、悪魔は喉を鳴らして嗤った。ようやくきっかけを作り出したことへの褒美として、答えの一つを明らかにする。

 衆目を集めるように右手で大仰に宙を薙げば、エドウィンのマントがはためき、悪魔の纏う黒い霧が広がった。その名乗りは温和な王子のものではなく、一つの界に覇を唱えし王者のもの。


「我が名はサタン。三層世界は魔界を統べる王なり。――エドウィン・アルタイルは我が唯一の主にして無二の友。この身を害せし者よ、命惜しくばこの魔王サタンの前より疾く失せよ」


【Die fantastische Geschichte 0-42 Ende】


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