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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
短編集3
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0-41:雪降る町、黄金との再会

次章までの繋ぎの短編。

【0-41:雪降る町、黄金との再会】


 馬車は野を越え山を越え、街道をひたすら上っていく。結界装置のあった山の反対側に回ると、緑の曲線の頂点付近に白が混ざり始めた。街道を進めば進むほど白の割合は徐々に増え、曇りがちの空からもちらちらと降ってくる。身を切るような冷たい風が吹く頃には、戦士たちはみな普段の装備から耐寒仕様のものへ完全に切り替えてしまっていた。

 一面を雪で覆われた山中に、ドライの町はある。小さな白が空から降りしきる中、戦士たちは町の入口で馬車を停めた。

「うおー、雪すっげーな! めちゃくちゃ寒い! 」

寒いと言いつつ、外に出て来たゴウは雪にはしゃいでいる。中に居た者たちは馬車を降りながら、刺さるような冷気に身震いした。

「な、なぜこの気温ではしゃげるのでしょうか……。冬でもないのにこの寒さとは、本当に不思議な場所ですね」

吐く息は白く、手はかじかんで、耳も赤く痛みを訴えてくる。過ごしやすい気候だったアインの町やツヴァイの町に比べると、ここだけ完全に季節が違っているかのようだ。セドナが手を擦りつつ言えば、フィリオンがマントを差し出して苦笑する。

「俺の故郷の冬みたいだ。雪山の風は平地より辛いからな。これも着るか? 俺は結構慣れたし」

「う……これ以上着膨れるのも嫌ですし、遠慮しておきます」

「確かに動きづらいったらないね。あぁ、この世界に来て今が一番海と潮風が恋しいと思ったよ」

 厚着していると言っても普段着ているものよりも生地が厚手だったり、上から外套を羽織っている程度ではあるのだが、つい二、三日前まで暖かな陽気の中に居たものだから、急に季節感の異なる服装をするのに躊躇いがあるのだ。エルヴィラは元々冬でも割と温暖な地域の出身な上に、これまでの人生で見ない日はなかった海とここしばらく全く関わっていない。慣れ親しんだ風景とは真逆の地へ来てぼやく彼女は、外套も着てはいるが窮屈だと言って前をはだけている。氷属性を持つがゆえにどうやら寒さには強いようで、セドナは若干羨ましそうにしていた。

 この土地の標高が特別高いわけではない。この寒気は地理的要因もあるが、どうも大部分は原因不明だとのこと。厳しい環境の中だからこそ、この町に暮らすのは身体の頑強な獣人たちばかりだ。

「あそこで遊んでいる子供……羊か? 鳥っぽい子もいる。本当に獣人ばかりみたいだな」

ライオネルは家々の陰から見え隠れする住人たちを見て、物珍しさに目を瞬かせている。姿を確認できた人々は、今のところ獣人ばかりだ。これまでシルバ以外に獣人を知らなかったのもあって、ついつい特徴的な容姿へ注目してしまう。彼の横に立ったジャンも方向性は違えど興味はあるようで、首元のマフラー――実は毎日着けている武器防具双方を兼ねた装備である。この町では良いが、暑い日でも外さないので普段は完全に浮いていた――をしっかり巻き直しつつ、町を眺めている。

「樹の上に家があったり屋根にも扉があったり、変わった形の建物が多いな。これは町に居るだけでも飽きなさそうだ。……おっ、どうやら迎えが来たみたいだな」

独特な文化や価値観の違いがあるのは、来る前から想像がついていた。そのせいで困ることも多いだろうと考えたため、シャルロッテに頼んで事前に来訪を伝えてもらっていたのだが、どうやら世話になる相手が来てくれたようだ。

 近づいて来たのは銀世界の中で一際輝く黄金の男だった。戦士たちを見やる力強い眼差しに、奔放に跳ねる硬そうな髪や、そこから覗く三角の獣の耳、後ろで揺れる尾も、全てが雪を溶かす太陽のごとき金色。獣人の男は筋骨隆々の体躯で足元の悪さをものともせず堂々と歩を進め、野性味溢れる笑みを浮かべながら一行へと話しかけてきた。

「おう、お前らが異世界の戦士ってヤツらで合ってるか?」

「ああ。貴方は――」

クレスが代表して答え、真っ先に出迎えに来た壮年の男へ逆に名前を確認しようとする。シャルロッテから話は聞いていたので、検討は付いていた。言葉を遮って名乗り出す男の容姿も、事前情報の通りだ。

「俺はゴルドだ。このドライの町長をやってる。お前らのことはシャルロッテの嬢ちゃんから聞いてるぜ」

 ドライの町の長、ゴルドは歓迎すると言って、その狼の尻尾を一振りして見せた。


 ゴルドは外見に違わず豪放磊落(らいらく)な男だった。

「いやぁ長旅だっただろ。そこにこの寒さでワリィな。この辺りは一年のほとんど雪に覆われてんだ。毛皮が無ぇ人間にはちっとツレェ場所かも知れねぇが、頑張って耐えてくれや」

ハッハッハ、と豪快に笑いながら言う彼は現在、言葉とは裏腹に毛皮の無い人型だ。服も防寒仕様には特段見えない。この地で暮らしてきた彼に寒さはもはや慣れたものなのだろう。

「日頃から鍛えている。この程度の寒さならば問題は無い」

「クレス、それに当て嵌ってるのお前だけだから。病み上がりじゃなくてもキツいんだけど」

「わ、わた、私、し、死んじゃいそう……」

クレスの常人離れした受け答えを真っ先にジャンがツッコみ、更に後ろの方からアイリスが歯の根が合わない震え声で必死に寒さを訴えている。そんな様子にゴルドはまたも大笑いしていた。

「こりゃあ早く部屋ん中に入らねぇとヤバそうだな! そうそう、泊まるとこだがこの町にゃ十人も入るデケェ宿なんてねぇから集会所を使ってくれ」

「集会所? 僕たちが居る間は使わないのかい?」

「ちゃんと使う機会っつったら町長の会議ぐれぇだからな。普段は年寄連中がお喋りと手仕事に精出してるが、別に代わりの場所はいくらでもある。俺の家でも良かったんだが、うちのガキのチビどもがうるせぇし部屋も足りねぇ。ま、いつ何があるか分かんねぇし、お前らも他の奴らの干渉が無ぇ方がやりやすいだろ」

 ゴルドの提案にはさりげない気遣いが見られる。山間部のあまり大きくない町で大所帯が滞在できる場所は少ないからという理由もあれど、戦士たちの日常生活と町の人々のそれとのズレを、適度な距離感で解消しようと言うのだ。普通の人々と生活を共にするのは苦では無いが楽ではない。たまたま穏やかに一日が終わることはあるが、朝から晩まで戦い漬けの日々も無くはなかった。どうしたって暮らしの流れは異なるし、それでお互いが気を遣い続けるのは居心地が悪い。その点、この集会所やアインの町の屋敷は付かず離れずのちょうど良い距離で過ごせるのだ。

「ありがたいね。お言葉に甘えて使わせてもらうよ」

「おうよ、好きに使ってくれ。あ、でもモノ壊すのだけは勘弁してくれよ? 一応言っとかねぇと何かあった時すぐ俺に小言を飛ばしてきやがるんだ。しかも俺が言い返せない所だけ」

 礼を言うエルヴィラに対して、ゴルドはあっけらかんと少々情けない実態を明かす。それは彼が町の者たちに慕われているからこそのことだが、口を尖らせる仕草と相まって愚痴の内容も子供っぽく聞こえてくる。厳つい容姿に不思議と嵌っているその雰囲気は、何とも親しみやすく惹かれるものがあった。

 打ち解けるのに時間はかからない。彼らは寒さも忘れて和気あいあいとこの出会いを楽しんでいた。


――――――――――


「おっと、早く行きたいだろうが、ちょいと待ってくれ」

 戦士たちが町について軽く紹介してもらい、そろそろ移動しようとなった時、ゴルドは少しだけと言って待ったをかけた。理由は言わずに戦士たちの間を抜けると、一番後ろで馬車に寄りかかっていた人物の前に立つ。

「……獣人も一人いるってぇのは聞いてたんだ」

「…………」

 ゴルドは真っ直ぐにシルバを見て言う。シルバは腕を組み、決して視線を合わせようとしない。顔を背けきれていないのが、露骨に意識しながらも無視しているという状態を際立たせていた。彼の複雑な想いを察している仲間たちは、あえて到着からこれまで話題にしなかった。そして今も余計な口は挟まない。

 ゴルド・ウルフ。それがシルバの養父であり、今は亡き〈黄金の獣王〉であり、そしてこのドライの町長と「同一人物」に当たる獣人だ。ドライの町へ行くにあたり、シャルロッテはこのことを戦士たちに話してくれていた。一度シルバが彼女に聞かせた父の話と、彼女の知るゴルドが、否定できないほどに似ているからと。しかしそれを聞いてもシルバは普段通りだった。変に気遣われるのは好きではないと直前まで一部の者の耳に入れさせないようにしていたが、その者たちが話を聞くまで本当に何も感じなかった程度には、どこまでも平常心を保っていた。

 心は既に決まっていたのだ。

「……んだよ、オッサン」

無言で見つめ続けているゴルドへ、ようやくシルバが目を向ける。目元に力を籠め、誰が聞いても不機嫌そうな声で唸る。当然だ。彼にとって用も無く「睨みつけてくる」のは喧嘩を売っているのと同義なのだから。目の前に居るのは、彼の「親父」ではなく、よく似ている「別人」だ。一線を引いた呼び方が、彼の答えだった。

 むしろ突っかかっているのはシルバの方という有様だが、ゴルドは少し興味深げに片眉を上げて見せただけで、突然の威嚇にも文句を言わなかった。なおも目を逸らすことなく、耳を一度震わせる。そして、腰に当てていた右手を伸ばしたかと思えば、己の肩よりも低い位置にあるシルバの頭を掴んだ。

「悪くねぇ目ぇしてんじゃねぇか、坊主。お前は将来ゼッテェ大物になるぞ。この俺が言うんだから間違いねぇ」

耳と耳の間の狭い範囲で、ぐしゃぐしゃと銀髪をかき乱す。面食らったシルバが硬直したまま目を白黒させているのが面白いのか、牙を覗かせてにかりと笑いかけた。

「じゃ、俺は仕事に戻るぜ。何かあったら遠慮なく頼れよ!」

「感謝する」

 撫で始めたのと同じぐらいの唐突さで手を離すと、ゴルドはさっさと別れを告げて立ち去った。クレスが応えている後ろで、シルバはまだ衝撃を引き摺ったままゴルドを見送る。仲間たちが何事も無かったように動き始めてから、ぎこちない動作で触れられた部分に手を伸ばした。

「チッ……まだガキ扱いかよ」

ぐしゃぐしゃにされた髪を手櫛で整えながら、誰にも聞こえないぐらいの声で拗ねたように呟く。

 久しぶりに感じた大きな手の温かさは、憧憬に尊崇に悔悟に哀惜にとあまりに沢山の想いを運んできた。上手くやれると思っていたのだが、いざ実物を目の前にしてみたら、激情を抑えるだけで精一杯だった。記憶にあるより随分と歳を取っているようだが、それでも懐かしい黄金の輝きは全く同じだ。他人として扱うなど早々に無理が出てしまいそうなぐらいに。

 その辺りも含めてまだ子供なのだろうが、もうすぐ七年になろうかというのだから、そろそろ一人前と認めてもらわねば困る。だからシルバは努めて気にしないようにすると、心に決めた。

 頃合いを見計らっていたのか、後ろから馬の手綱を引いて来たフィリオンに呼ばれ、シルバは仲間たちと共に歩き出した。あの金狼と同じように、積雪も気にせず堂々と。


 集会所に向かいながら、フィリオンはふとあることに思い至り足を止めかけた。声も出しそうになったが、気付かれないよう必死に喉元で飲み込む。

(あれ? ゴルドさんが言っていた「うちのガキのチビども」って「ゴルドさんの子供のそのまた子供たち」ってことだよな、たぶん)

一瞬では意味を把握しかねる表現だったが、冷静に考えてみればそういうことだろう。確認しそびれたので正確かどうかは分からない。しかし合っているなら、ゴルドは孫がいる歳だということだ。が、そこは別に驚くようなところではない。

(それって、もしかして)

 フィリオンは前を行く背を思わず凝視する。更なる修羅場が彼に待ち受けている予感がした。


 ゴルドはザクザクと雪を踏み締めながら家へと向かっていた。途中一本の樹の横を通り過ぎた時、おもむろに一人の男の名を呼んだ。

「おい、クロウ」

顔は前を向いたまま、立ち止まりもしない。まるで独り言のようだ。にもかかわらず、樹上に居た(からす)の獣人は黒い翼を広げ、ゴルドのもとへ降りて来た。

「戦士様方ならちゃんと集会所に向かってやすよ。町の連中にも困ってそうなら手を貸せって前から伝えてやす。おチビさん二人は家に居やすから今日突撃かますことは無いでしょ。あとは旦那待ちでやすね」

 クロウと呼ばれた男は横へ降り立つと、問われる前に独特な口調で答えを返す。今ゴルドが知りたがっていることは長年の付き合いで分かっていた。だから戦士たちが到着してから今まで、彼はずっとその様子を観察していたのだ。先回りして情報を集めておけば、後はゴルドのその時の気分で決まる指示を仰ぐだけで良い。

 一呼吸の間を置いて、ゴルドは保留にしていた判断を告げる。守り人シャルロッテから戦士たちの来訪と「彼」の存在を聞いてから、ずっと決めあぐねていた問題だった。

「……作戦その七でいく」

「作戦があるなんて聞いてやせんよ。しかも七つも。……ハイハイ。戦士様の中によぉーく知ってる誰かさんと似た人がいても知らん顔しとけ、で良いんでやすよね」

「分かってるじゃねぇか」

数字は今思いついただけだ。ゴルドは良く言えば細かいことを気にしない、悪く言えば大雑把な男なので、大まかな意図が相手に伝われば充分とばかりに言葉が足りない。特に思考を読む勢いで察してくれるクロウには雰囲気だけで済ませてしまうのだった。案の定何と判断するか薄々感付いていたクロウは、ゴルドの決定を正確に口にしてくれた。

「どうでやした? 遠目で見た感じ、まだ子供でやしたでしょう」

 仕事の時間は終わり。後のことは他愛の無い世間話だ。だからこの問いにもそう深い意味は無い。ただよく見知った子供の顔があったから、なんとなくゴルドの感想を聞いてみたくなったのだ。

「ああ、ちょっと懐かしい感じだった。かなりやさぐれちゃあいたが――」

ゴルドは苦笑する。らしくもなく対応を迷っていたのが馬鹿らしかった。対面した「彼」は知っているよりも荒んだ雰囲気だったが、その程度で本質まで誤解してしまうようなゴルドではない。何せ、誰よりも良く知っている存在のことだ。彼がどう接してほしいのかも、あの一言で充分伝わった。ならば、ゴルドがそれを叶えてやるのは当然だ。

「――根っこは本当に同じだな。口は悪ぃしクソ生意気でカッコつけようと背伸びしまくってるが、ちゃんと熱いモンは忘れねぇで仲間の輪ん中に留まってるところとか、そっくりじゃねぇか。俺の大事な息子(シルバ)と」

 世界が違っても、変わることはない。黄金の獣王にとっての息子は、血の繋がらない銀狼ただ一人なのだ。


【Die fantastische Geschichte 0-41 Ende】


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