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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
導入編
4/56

0-4:対峙

【0-4:対峙】


 キン、と金属同士がぶつかる音がする。音の出所は屋敷の庭、もっと言うとそこで手合わせをしているゴウとライオネルが構える剣からだ。

 召喚から一週間が経ち、戦士たちは町の外に出て情報収集や魔物退治をする探索組と、屋敷に残り模擬戦や家事をする待機組に分かれて行動することにしていた。今日の探索組はクレス、セドナ、ジャン、シルバの四人だ。待機組の方ではゴウがライオネルと戦ってみたいと言い出したため、フィリオンを審判兼ストッパー役に――なにせ普段の武器をそのまま使用するので万が一怪我でもあったら大変である。特にゴウは手加減の仕方が下手だった――置いて模擬戦をしている所だった。模擬戦を見ているのは家事ができないエドウィンもで、結局アイリスとエルヴィラの女性二人に家事を任せてしまっている構図である。

(試合はエドに任せて、俺も家事を手伝うべきだったな)

 そう頭の片隅で考えながら、フィリオンは一進一退を繰り返す二人の戦いを眺めた。ゴウが大剣を振り下ろせばライオネルはうまく受け流して軌道を逸らす。そのまま剣を突き出せばゴウは素早い身のこなしで避け距離を取る。

「ゴウは力任せに振り回してるんじゃなくてちゃんとコントロールしてるみたいだね。あの体格であの剣は重みに負けそうなのに、力もあるってことかな」

エドウィンは戦いぶりからそう判断する。ゴウは成長途中にある身には大きすぎるのではないかと思われる大剣を重みに振り回されることなく扱い、時には片手で振るったり素早く引いて回避したりと余裕のある行動をとる。

「実際片手剣では軽すぎて持っている気がしないらしい。どこからあんな力が出てるのやら」

試合から目を離さないままフィリオンはエドウィンの言葉に応える。その時だった。

「これで、どうだ!」

 ゴウはライオネルの剣を手から弾き飛ばすと一気に切りかかる。防ぐ手段を持たないライオネルでは避けるほか無いが、避けた所で武器は遠くに行ってしまっておりすぐに反撃することもできない。もちろんゴウは取りに行かせる気もない。勝利を確信し横に飛び退ったライオネルへと第二撃を繰り出そうとする――

「そこまで! 勝負ありだよ!」

フィリオンの声が響く。その声と目に入った鈍色の物体に振り上げた大剣を止める。目の前に突きつけられているのは短剣だ。実戦であれば確実に避ける間もなく刺さっていただろう。

「――っあっぶねー! おい、どこから出したんだよそれ」

ゴウは慌てて後ろに下がるとライオネルを問い詰める。ライオネルが構えていた短剣は先ほど弾き飛ばした片手剣とは全く別のものだ。最初の日からずっとライオネルが武器らしい武器を装備している時を見たことがなく、探索も被らなかったゴウは、今回初めてライオネルの得物が剣だと知ったぐらいだ。それ以外の武器を持たずに庭に来たというのに短剣などどこに隠し持っていたのか。

「……この〈変幻の神器〉は使い手の意思に応じて姿を変える。また手元を離れても使い手の元に戻って来る性質がある」

面倒くさそうにライオネルは答える。短剣は一瞬光に包まれたかと思うと姿を消し、代わりにいつも嵌めている腕輪が右腕に現れた。そういえば腕輪をしていない彼を見て戦う時は外すのかと思っていたのだが、あれこそがライオネルの武器だったらしい。

「腕輪してなかったのは最初から剣持ってたからだったんだな。弾き飛ばしても無駄とか便利すぎるだろ」

「ゴウは知らなかったんだね、ライの武器。僕も初めて見た時は驚いたよ」

 近寄ってきたエドウィンが二人にタオルを差し出し話に加わる。最初の探索組で一緒になった彼は向かってくる敵に合わせて次々と武器を変えるライオネルの姿に感心していた。

「変幻の神器を使いこなせるだけの武器の技術の方が俺はすごいと思うけどな。剣に弓に槍に……盾にもなるんだよな? それ。優れた武器の能力を余す所なく引き出せるなんて本当に良い主を持ったなその武器は」

同じく感心するフィリオンも主力となる槍以外に剣や弓の心得はあるが、同時に扱おうとは思わない。俺も負けないように頑張るよと言ってライオネルに笑いかけると、彼は無言のまま汗を拭いていた。

「照れてる?」

「違う」

エドウィンの言葉には即答で返す。そんな姿にゴウは意外と面白い奴だなと口に出さず考えていた。異世界から来た仲間たちは皆個性的で話せば話すほど様々な面を見せてくれる。

(フィリオンの飯はうめーしエドは優しいし、ライは何考えてるか分かんねーけど聞けば一応答えてくれるし。他の皆だってイイヤツばっかだ。やっぱ来て良かったな、ここ)

 異世界だからこそ出会えた仲間たち。元の世界に帰るころにはきっと話しきれないほどの思い出ができているに違いないと確信し、ゴウは青空を見上げこの先に待つ冒険に胸を躍らせていた。


――――――――――


 待機組が和やかな雰囲気で談笑しているのと同時刻。探索組の雰囲気は全くの正反対だった。目の前の存在に警戒し、いつ戦いが始まってもいいように武器を構える。

「なんでテメェがここに居やがる、ジェラルド……!」

グルルル、と威嚇するように喉を鳴らし、視線だけで射殺せそうなほどに殺気立って正面の男を睨みつけているシルバ。ジェラルドと呼ばれた人物はそんな視線を意にも介さず笑顔で答える。

「少しは歓迎してくれても良いじゃないですか、シルバの坊ちゃん。こうしてワタクシが直々に会いに来てあげたというのに」

糸のように細い目を戦士たちに向け言葉を続ける。

「……〈災厄〉に呼ばれてわざわざ異世界まで追いかけて来たんですよ」


 遡ること十分前。探索組は町から少し離れた所にある森の中を探索していた。朽ちた遺跡が点在する森の中で崩れた大きめの建物を見つけ近寄った時、突如現れた魔物と〈影〉の集団に襲われたのだった。

「実際に戦ってみると厄介ではありますが、倒すこと自体は難しくないですね。霧散するように跡形もなく消えるのは不気味ですが」

難なく〈影〉を焼き払ったセドナは周囲に敵がいないことを確認し感想を述べる。魔物と違って〈影〉は切っても血が出ることはなく死体を残すこともない。実体があるようで無いような不思議な存在だ。それまでにも戦ったが、懸念していた擬態能力もあまり脅威にならず難なく倒してきた。

「どうやら化けても色はそのままのようだ。これなら本物との見分けがつかないということもないだろう」

時には魔物の形になって現れた〈影〉の様子からクレスは冷静に分析する。同意しながらジャンもそれまでの戦闘を振り返る。

「油断は禁物だけど拍子抜けしちゃうな。地面に潜って棘みたいな攻撃をしてくるのもよく見て避ければいいし」

自在に姿を変える特徴を生かして剣のように切りつけたり槍のように刺してくるが、数多の戦場を潜り抜けてきた彼らの敵ではない。そこらの魔物と同じく少数を相手にする分には苦戦することはないという結論に至った。

「とりあえずはそこの遺跡調べてみるか。何かあるかも――っ!?」

 銃を仕舞い建物に近づこうとしたシルバは、何かを捉え総毛立った。これは――

「どうかしましたか?」

突然身構えたシルバに他の三人が不審を抱く。この場にいるもう一人の存在に気づいていない仲間たちの様子に舌打ちした。

「……分からねぇか。そこにいる」

「え?」

「隠れてないで出てきやがれ。お得意の幻影魔法で姿を誤魔化してる癖に、何で匂いだけは隠してねぇんだ」

シルバはホルスターから銃を抜き、先ほど突然自らの存在を誇示するかのように、匂いを放つようになった存在がいる空間を睨みつける。シルバにだけ気づかせるような真似をする悪趣味な人物など一人しかいない。忘れもしない匂いの主はその声に応えるかのように姿を現した。

「いやぁずっとここにいたのに誰も気づいてくれなくて。気配まで隠したは良いものの、このままワタクシを無視して行かれるなんて寂しいじゃありませんか。一瞬でワタクシの匂いに気づくなんてさすがはシルバの坊ちゃんだ」

 そして場面は冒頭に至る。


「坊ちゃんて呼ぶな! あと〈災厄〉に呼ばれたってどう意味だ!」

「ゴルドの旦那の大事な息子なんだから坊ちゃんでいいでしょう。〈災厄〉に呼ばれたっていうのはそのままの意味ですよ」

 毛を逆立てて怒鳴るシルバに、ジェラルドはやれやれといった様子で底知れぬ笑みを崩さぬまま答える。今にも構えた銃の引き金を引きそうだというのに、殺気を向けられた本人は随分と余裕の態度である。

「そこを詳しく話してほしいところだな。貴様は何者で〈災厄〉とはどういう関係だ」

シルバの横に立ったクレスが問う。〈災厄〉の名前が出て来た時点で嫌な予感がしていた。

「おっとワタクシとしたことが自己紹介を忘れるとは。ワタクシはジェラルド・ラトテップ、ごく普通の人間ですよ。以後お見知りおきを。〈災厄〉との関係は……アナタがたと守り人のようなものですよ。シルバの坊ちゃんに対する刺客として呼んだんじゃないですかね、ハイ」

「幻影魔法で姿を隠せる『ごく普通の人間』ね。……〈災厄〉はどうやら『ごく普通の人間』まで異世界から召喚するほど俺たちを危険視しているらしい」

ジャンは肩を竦めて言うが、先ほどよりも警戒を強める。嫌な予感は当たっていた。しかもシルバに対する、ということは。

「――っ魔法の気配……! 避けてください!」

セドナが声を上げると同時に突風が吹き荒れる。刃物のような鋭い風が戦士たちの立っていた場所を切り裂いた。左右に避けた彼らは、現れたもう一人の人物の声を聴いた。

「……道化め、勝手なことをするでないわ。わざわざ我らの存在を知らせるような真似をしおって……」

 現れたのは白髪の老人だった。皺だらけの手としゃがれた声から相当高齢だと分かるが、戦士たちに向ける眼光は鋭い。

「おっとこいつは驚いたな……。まさかマリウス大教主様直々に俺を殺しに来るとは。老体に鞭打ってわざわざ異世界まで来るなんて、よっぽど俺のことがお嫌いのようで」

言葉こそおどけているが、ジャンの顔は引き攣っている。彼の元いた世界で絶対の存在であったソマリア教の、最高指導者にして魔法の達人であるマリウス大教主。彼は不信心者というだけでなく、ある事情から大教主自ら討伐令を出すほど憎まれている。しかし異世界まで追いかけて来るとは、その執念深さにもはや笑うしかない。

「神を汚す大罪人が馴れ馴れしく口を利くな。わしはお主がしでかした数々の所業を許しはせぬぞ」

「いやぁ格好良かっただろ? 生贄の儀式という名の公開処刑に処せられそうになった乙女を颯爽と救い出す俺。覚えててくれてるなんて嬉しいなぁ」

「減らず口を……!」

「貴方ただの傭兵じゃなかったんですか……」

怒りを煽るように元の世界での武勇伝を語るジャンに思わずセドナがツッコむ。ただの傭兵がここまで大教主から恨まれるだろうか、いやない。

「まあまあ落ち着いてくださいよ大教主サマ。そんな様子じゃ余計な情報を漏らしてしまうのはアナタの方です。まあそれが色男サンの狙いでしょうがね」

ジャンの煽りに怒り心頭のマリウスをジェラルドが諌めた。狙いを読まれていたジャンは内心舌打ちする。やはり油断ならない人物のようだ。

「でも幾つか気になってそうなことは教えてあげますよ」

「貴様何を考えておる……!」

「何? どういうつもりだ」

 とんでもないことを言い出したジェラルドに、マリウスとクレスは同時に驚きの声を上げる。

「だってフェアじゃないですから。それに教えた方が面白いと思いますよ」

細い眼をますます細め、ジェラルドは大仰な身振り手振りを交えて話し出した。

「……まず一つ目、〈災厄〉によって召喚されたのは全部で十人です。人、と数えていいのか疑問な方もいますが。そして二つ目、ワタクシたちは〈影〉に精神を定着させたような存在、つまり中身は本物ですが体は偽物です。例えこの世界で死んでも元の世界へ帰るだけなのですよ。最後に三つ目、偽物の体でも能力その他は元の世界と一切変わりはありません」

次々と明かされる事実に戦士たちは動揺する。ジェラルドの言うことを総合するならば、元の世界の宿敵とも言える存在が、戦士たちそれぞれに対する刺客として召喚された。しかもこの世界で倒したとしても、元の世界には影響せず意味が無いということだ。

「とりあえず今回は挨拶程度で留めて、帰るとしましょうか。無用な戦いは避けたいので」

「何が戦いは避けたいだ……! 来いよ、俺と戦うのがオメーの役目なんだろうが!」

 言いたいだけ言って去ろうとするジェラルドにシルバが吠える。クレスたちも構え直し臨戦態勢を取る。わざわざやって来てくれた倒すべき敵をここで逃がしたくはない。

「今は見逃してやろうというのに自ら命を散らすか、愚か者どもめ。……貴様らの相手をする機会はまたいずれ訪れよう。それまでせいぜい迫る脅威に怯えることだ……」

黒い影が二人を包み込み、次の瞬間にはそこにはもう何も残っていなかった。逃げられた、とシルバが悔しそうに呟く。

「……大変なことになりました。急いで戻り皆に報告しなければなりませんね」

 それまで二人の敵がいた空間を見つめながらそう言ったセドナは姿を見せなかった己が宿敵について考える。

(私の相手は、やはりあの人でしょうか。……まだ覚悟できていないというのに、こんな形で戦うことになるとは)

 この先に待ち受ける戦いを憂い目を閉じる。そこには暗闇が広がるのみだった。


【Die fantastische Geschichte 0-4 Ende】


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