表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
地の封印
37/56

0-37:全ては定められた流れ

【0-37:全ては定められた流れ】


 ドライの町へ至る道のりは半分を越え、見える景色も遠くまで広がる草原から、緑の森林と茶色い岩肌が所々露出した山が増えてきた。街道付近は定期的に整備しているようで、崖と斜面に挟まれた道も馬車一台が危なげなく通れる程度に広げられ、崖崩れの跡には落石防止の魔法が施されていた。シャルロッテ曰く、山と街道の管理は主にドライの町が担当しており、獣人の身体能力を活かして広大な山々を日々点検しているらしい。

 木々の間を飛び回る人影を三度目撃しつつ――最初は敵かと身構えたが、みな友好的に手を振って来たので話にあった獣人だと分かった――戦士たちの馬車は山間の道を進む。外の者は時折遭遇する魔物に警戒しているが、中に居る者は体を休めながら思い思いに時間を使っていた。と言っても動かせるのは口と頭ぐらいなので、雑談半分講義半分といった内容の会話か、一人黙々と考えに耽るかだ。そしてアイリスは、後者に時間を割くことが多くなっていた。

 他にすることが無いという状況は、今の彼女にはちょうど良かったのだろう。何をするにつけても、どうしても意識が自分の内側へ向いてしまうか、皆の役に立とうと変に気負ってしまいがちだったのだ。


 アイリスにしか出来ないこと。それを見つける機会は、思ったより早く来た。

 馬車に揺られることにも慣れてきて、ちょっとやそっとの震動では考え事への集中も途切れなくなった頃。視界を横切った存在に気づき、アイリスは驚きの声を上げた。一つ二つと通り過ぎる小さな輝きは、更に数を増していく。

「あれ?」

「どうかしたのか?」

「精霊が……。この辺り、精霊が何だかたくさん集まってるの」

普段ならば意識しなければ目に入らない彼らが、今はなぜかはっきりと見えていた。無邪気にそこら中を飛び回り、軽やかな笑い声まで響かせている。

 アイリスは首を傾げながら、精霊たちの言葉に耳を澄ませてみた。

『アッチ?』

『ドッチ?』

『オハナ! オハナ!』

『ヨンデルヨー』

しかし内容はどれも要領を得ない。元々精霊たちは会話で意思疎通を図ろうとすること自体が少ない。どうもアイリスに何か伝えようとしている訳でもないようで、彼女の視線に気づいているかも怪しく、全くバラバラな呟きで辺りを賑わせているだけだった。

 首を捻ったままのアイリスを見て、フィリオンが問いかける。精霊の様子など彼女にしか見えないので、何に彼女が困惑しているのかも分からない。

「何かおかしいことがあるのか?」

「おかしい、のかな。でも理由も無くこんなには集まらないはずなの。誰かが呼んだとか、濃い魔力が溜まってるとか、とにかく精霊を惹きつける何かがあるんだと思う」

今や気のせいとは言い難い勢いで増えていく精霊たちを眺めながら、アイリスは思いついた理由を答えた。

 エルフ特有の力に目覚めて以来、何度か精霊たちの力を借りたことはある。しかし彼らの生態に詳しいわけではなく、ただある程度の意思疎通を図って行動を制御することしかできない。

(ローランならすぐ分かるのかな……)

無意識に髪に結んだリボンを触りながら、精霊との交流が深い青年なら今の状況をどう見るだろうかと考える。存在が気になるほどに集まっているのだ。おそらく彼も、何かの予兆と捉えるだろう。だとすれば、そこから何が読み取れるか。

(オハナって、お花かな。呼んでるって言ってるから、誰かが集めた? でもそんなことができるのは――)

 この世界で精霊を操れる者を、アイリスは自身を除いて一人しか知らない。彼女を付け狙っている魔人アポカリュプスだ。しかし精霊を集める理由が分からない。ツヴァイの町での一件でも彼は動いていたようだが、戦士たちの邪魔をすることに何の益があるのだろうか。この世界に彼の求めるものは無いというのに。


 アポカリュプスの仕業と思われる謎の現象にアイリスが悩む一方で、同じように考えていたライオネルがあることに気付く。

「……それってもしかして、楔石にも反応するのか?」

彼の視線の先には、結界装置探索に役立つかもしれないと貰っておいた、楔石の小さな欠片があった。いつ反応があるか分からないので、荷物の上に出して置いていたものだ。彼がそれに手を翳して暗がりを作ってやると、今まで何の変哲もない結晶でしかなかったものが、僅かながらに光を放っているのが分かった。(もや)のような魔力は外へ漏れ出し、二本の細い線が螺旋を描いてどこかへ伸びている。ただその魔力の鎖は目指す先が遠すぎるのか、小指ほどの長さで途切れてしまっていた。

 楔石同士の共鳴。今の現象は、事前にシャルロッテから聞いていた通りのものだった。見逃してしまいそうなほどに微弱だが、ようやく期待していた反応が得られたことに戦士たちは沸き立つ。

「楔石の魔力が強ければ、精霊たちが集まってもおかしくないよ!」

「もしどちらも結界装置の楔石に反応しているとすれば、ここをただ通り過ぎることは出来ませんね。外にも知らせましょう」

「よく気づいたね、ライ。あとアイリス、これの反応だけじゃ物足りないからね。あんたの目も頼りにさせてもらうよ」

 エルヴィラの言葉が、アイリスに一つの決心をさせた。

(そうだ。エルフ族の力でなら、みんなの役に立てる。私が、みんなを結界装置まで案内するんだ……!)

 力強い首肯に、頭のリボンが揺れる。揺れる臙脂色がいつも以上に勇気を奮い立たせてくれた。


――――――――――


 街道沿いの開けた場所に馬車を止め、戦士たちは緑の生い茂る山中に分け入ることになった。馬車と馬の見張りにエドウィンとシルバが残り、他の八人は楔石の反応とアイリスの指示を頼りに進む。予想外だったのは、ゴウもまた感じるものがあったことだ。

「んー……。やっぱりこの辺りの土地、元気な気がするんだよなー」

「土地が元気って、どういうことなんだい。さっぱり分からない感覚だよ」

「なんか、こう……山神の力が吸い取られないってゆーか、逆に貰ってるみたいな。なんか今ならすんげーワザが出せそうな気がする」

「戦闘になっても許可するまで絶対にやるんじゃないよ、いいね?」

大地から力を貰っているせいなのか、若干興奮気味のゴウに念を押しながら、エルヴィラが辺りを見回す。今のところはよくある人の手のほとんど入っていない山だが、こうも立て続けに反応があると全てが気になってくる。

「どうだい? アタシには鬱陶しいくらいの緑があるだけなんだけど、何かありそうなのかい」

「う、うん。精霊たちもどこかを目指してるみたい。なんとなく行く方向が揃うようになってきたよ」

 アイリスは無数に飛び回る精霊たちの光に目を眩ませながら、懸命に彼らの向かう先を見極めようとしていた。

(しゅ、集中しなきゃ……これは見えすぎ!)

見える数が多ければ、声の聞こえる数も多いのだ。瞬く光が目に痛いだけでなく、頭にわんわんと響く声もなかなかに辛い。なんとか力を調節しようとするが、肩に力が入りすぎているのか何度か失敗してしまった。

 頭を振ったり深呼吸したりと忙しない彼女の様子を、他の者たちはハラハラと見守っている。楔石の反応は弱く、ゴウの勘も漠然としている。今は彼女に頑張ってほしい時だ。


 そうして何度も立ち止まりつつ、一行は少しずつ前へ進んでいた。今まで結界装置のそばで何があったかを考えれば、自然と緊張感が高まる。鋭敏になっていく感覚は隣を歩く仲間たちの心音すら拾えそうだ。魔物の一匹すら見ない空間は、彼らの緊張が伝染したかのように静かだった。

 だが次に起こった現象だけは、彼らの影響ではなさそうだった。急に強くなった風が木々を揺らし、嫌な空気を運んで来る。日が陰ったわけでもなく、辺りが暗くなったように感じた。

『ヤダ!』

『コワイ、コワイ!』

『ニゲロー!!』

「あっ!?」

 騒ぎ出した精霊たちはあっという間に姿を消してしまった。

「精霊たちが……! みんな、何か来るみたいだよ! 気を付けて!」

光が逃げた後の空間は、アイリスの目にはますます不気味な暗さに見えた。精霊たちが怖いと言うもの。近づく影。いずれも覚えがあった。


 身構える戦士たちの前に現れたのは、予想通りの人物だった。

「やハり、精霊に惹かれテ来たか……」

転移魔法で現れたアポカリュプスは、彼らが来ることは承知していたと、なぜか溜息混じりに呟いた。諦観の念が映る臙脂の瞳は、アイリスの知る魔人とは様子が違っている。

「……分かってたの? 私たちが来ること」

「遥カ以前より定メらレたことダ」

その違和感に戸惑いながらも彼女が問えば、彼はしゃがれた声に苦々しさを込めて答えてくる。先を読んだというよりも、予定調和だと言わんばかりだが、その根拠を戦士たちは知らない。更に彼がこの状況に不満そうな理由など全くもって分からない。

 しかしそんな戦士たちを置いて、アポカリュプスは淡々と言葉を発し続ける。

「ワレは結界装置ノ在り処を知っテいル」

まるで台本を読み上げているかのようだった。事実、彼にとってはこれも「お決まり」の台詞なのだろう。

「それで、何でわざわざ俺たちにそれを教える?」

 ジャンが先を促す。アポカリュプスの宣言に対する驚きは無い。敵は今までの二回とも彼らに先んじて見つけ出していたのだ。今回もそうであったとして不思議ではない。ただ気になるのは、わざわざその事実を伝えに来た目的だ。

 アポカリュプスには何やら戦士たちのあずかり知らぬ事情がありそうだが、それを察するにはあまりにも彼の言葉は唐突すぎた。

「全てハ輪廻の中ノ不変なる流レ。ワレもナンジらも、幾度トなく繰り返シながら、常に異なル選択と結果の組ミ合わせヲ生み出した。此度の流れモ無数に分かタれた支流の一ツになるノミ。再ビ交わるカ新たナる流れト成るかは、竜ノ牙ですら知りエぬこと。――故にワレは不変ノ先の変化を望ム」

彼に真意の全てを伝える気はない。彼にとって伝えるべきはこの後の一言だけだ。


「明日の陽ガ天頂に昇ルまで。そレがナンジらに与エる猶予ダ」

「……何?」

「陽の傾ク時、ナンジらノ希望は灰塵ニ帰す」


 しん、と静まり返った場に、先ほどまでの警戒とは異なる緊張感が満ちる。

「明日の真昼に結界装置を壊す、ってことかい。それを聞いて、アタシらが黙ってるわけがないことは承知の上でやってるんだろうね」

エルヴィラが真意を探るように言えば、アポカリュプスはじっと戦士たちの反応を窺っている。返された沈黙は肯定の証だ。

 すでに結界装置の所在を掴んでいながら、すぐ壊さない上に、戦士たちに猶予を与える。余裕があるからこその慢心か、罠だけではない別の目的があるか、そこから考えなければならない時点で彼らは後手に回っていた。

 ただ、全てを先読みされているかもしれないとしても、戦士たちが今すべきことは一つだった。

「ワレもただ待チはセぬ。障害ハ全て排除されナけれバ……」

アポカリュプスの雰囲気が、徐々に殺気立ったものに変わっていく。地面から〈影〉が次々に湧き出た。臨戦態勢なのは戦士たちも同じだ。

「我々にとっての障害は貴様の方だ。貴様をここで倒せれば時間制限など気にせずに済む」

クレスの言葉が開戦の合図となり、双方が一斉に動き出す。

 後方へと下がったアイリスに目もくれない魔人は、その臙脂の瞳をいつにも増して怨嗟で濁らせていた。


【Die fantastische Geschishte 0-37 Ende】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ